これからの著作権教育 〜 なぜつくり手は著作権を学ぶべきなのか
つくり手たちは、著作権にまつわる知識をどこで身につけるのか。昨今、話題になる著作権にまつわるトラブルやSNSでの炎上は、多くのつくり手たちが著作権法について学ぶことなく、現場の経験則でものづくりをしていることも原因のひとつかもしれない。そこで、メディアプロデュースや創作表現など、つくり手を目指す学生たちに知的財産権を教えている弁護士の鈴木恵美氏と、ファッション・ローを専門とし、アパレル企業やアパレル業界を目指す学生たちに講義を行なっている弁護士の海老澤美幸氏のおふたりに著作権教育の現状と課題について話を聞いた。聞き手に『広告』編集長の小野直紀が加わり、これからの著作権教育を考える。
著作権教育の需要は急速に高まっている
小野:鈴木さんと海老澤さんはそれぞれ著作権教育に携わっていらっしゃいますが、具体的にどのようなことをされているのか、改めて教えていただけますか。
鈴木:私はいま、3つの大学で知的財産権について教えていて、ひとつは中京大学の法学部で4年生のゼミを受け持っています。もうひとつは愛知淑徳大学の創造表現学部という、つくり手になりたい学生が集まる学部で1年生の必修科目を担当しています。
3つめは名古屋工業大学で、産業経営リテラシーというカテゴリーのなかの準必修科目。そこで単位を取らないと研究室に配属されないので、3年生の多くが知的財産権を受講していますね。つくり手を目指す学生向けとなると2つの大学になりますが、講義をしてほしいというご依頼はたくさんいただいていて、つくり手を育てる大学や学部で「知的財産権を学ばせたい」という要請が高まっている印象はあります。
海老澤:私は長年ファッション誌の編集やスタイリストとして働いてきた背景があり、業界に対する問題意識を持ち弁護士になりました。そのため、いまの弁護士としての仕事はほぼ100%ファッション業界に関係しています。
文化服装学院などファッション系の学校で講義をしたり、最近だと企業から呼んでいただくことも多いですね。たとえば『VOGUE』などを出版しているコンデナスト・ジャパンがクリエイティブインフルエンサー育成プロジェクトを立ち上げ、その中心として『RUMOR ME(ルーモア・ミー)』というインスタグラムオンリーのメディアを運営しているのですが、そのなかで発掘されるクリエイティブインフルエンサー向けに研修をしています。
インフルエンサーは15、6歳〜20歳前半くらい、文化服装学院の学生も20歳前後で非常に若く、法律を学んだことがないという方が多いです。
小野:つくり手に向けた著作権教育の需要が高まっているということですが、何かきっかけはあったのでしょうか。
鈴木:そうですね、背景には政府が2015年頃から知財創造教育を推し進めるようになり、教育機関が対応を迫られたということがあります。あとはSNSでクリエイターの方々がつながるなかで、著作権にまつわるトラブルが一瞬にして広がるようになったのも大きいと思います。
でも、クリエイターの方が「これって大丈夫かな」と思ったときにインターネットで検索しても、適切な答えはなかなか出てこない。そうした状況もあり、デザインスクールや文化センターなどからも依頼を受けることが増えました。
いままでもクリエイター向けに著作権教育を行なう場はあったようですが、法律や判例など、法学部で使う教科書の内容をまとめたような授業になりがちで、クリエイターには全然伝わらない。そこで「実際に使える著作権を教えて欲しい」と求められることが多いですね。
小野:海老澤さんはどうお考えですか?
海老澤:ファッション業界においては、著作権教育をほとんどしてこなかったと思います。私自身、出版社でファッション誌の編集をしていた頃に、たとえば研修などで教わることもなかったですね。編集は出版権や写真に関する権利など、結構大きなものがかかわる仕事ではあるのですが。
文化服装学院、モード学院、バンタンなどファッションのクリエイターを育てる学校でも同様で、日本のファッション教育のいちばんの問題は、いわゆる職人的な技術に特化する傾向が強く、ビジネスや法律を十分に教えていないことだとずっと言われてきていました。だからみなさん、社会に出てビジネスをスタートしたときにすごく苦労してしまう。でも最近ようやく、教育現場の認識が少しずつ変わってきたのかなと思います。
私がいま教えているインフルエンサーたちのなかには15、6歳くらいの若い子もたくさんいるのですが、彼らはちょうどデジタルネイティブの世代。生まれた瞬間からSNSがあるという子たちですね。他人の写真やデザインをサクッとパクれる日常のなかに生きていながら、著作権をはじめとする権利のことについてきちんと学ぶ機会がないままいまに至っているので、結構危ういと感じています。
実際にたくさんのトラブルが起き、それがニュースになるなかで、インフルエンサー自身はもちろん、彼らをマネージメントする側も、著作権教育の大切さに気づき始めたのかなという気がします。ですから鈴木先生がおっしゃるとおり、びっくりするくらいの勢いで著作権教育に対する関心が高まっていると思います。
著作権法という枠を知ることで
よりよい作品が生まれる
小野:ファッション業界で意識の高まりが起こったきっかけは何かあったのでしょうか?
海老澤:やっぱりSNSの発展ですね。また、技術の発展により、海外からファストファッションが入ってきたり、海外のECも身近になりパクリ商品に対する意識が高まったということもあるのではないでしょうか。
小野:著作特集号で海老澤さんにご協力いただいた「コピーと戦うファッション・ロー」の記事でも、ファストファッションでデザインのコピーが横行し、ファッション・ロー(ファッション産業に関係する法律領域)の需要が高まっていったと書かれていましたね。
海老澤:ここ20年くらいで情報の流通スピードが一気に加速したことで、急速に著作権侵害は進みました。みんな息を吐くように著作権侵害をしていますよね。そこに対して教育が追いついてなかったんじゃないかと思いますね。
小野:ファッションにおいては、服のデザインに著作権がなかったりしますよね。商標権や意匠権で守られたりはしていますが、そういう意味で後手に回ったということはあるのでしょうか。
海老澤:ファッション業界はもともと権利意識が低い傾向にあります。そもそもファッションは何かの模倣から生まれていますし、さらに模倣が繰り返されることでトレンドになる。そうして発展してきた文化なので、権利についてとやかくいうのがかっこ悪いという風潮もあるように思います。それは著作権だけでなく、商標権の部分でも同じことを感じています。全体的に権利意識が高くない結果、教育を含め、権利に関する対応が後手に回っている気はします。
小野:マンガやアニメなどコンテンツの業界はもともと著作権に対する意識が高いのかなという印象ですが、教育はどうだったのでしょうか。
鈴木:インターネット以前からコピーはたくさんあったわけですが、もっとも「権利を意識しなければ」と思わせるきっかけとなったのが、2015年に起きた東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム問題だと思います。これがもう衝撃だったと。クリエイターのみなさんは、それまで参考にしたり、取り入れたり、そうすることでむしろ広めてあげているみたいな意識があったなかで「パクリはまずい」という意識が高まったのは、オリンピックのエンブレム問題だと聞きますね。そこからちゃんと勉強しようと思ったと。
グラフィックデザイナーの佐野研二郎氏がデザインした2020年東京オリンピックのエンブレム(左)と、ベルギーのリエージュ劇場のロゴ(右)。2005年、佐野研二郎氏がデザインした東京オリンピックのロゴについて、ベルギーのリエージュ劇場のロゴをデザインしたデザイナーであるオリビエ・ドビ氏が、自分の制作したロゴと類似しているとして国際オリンピック委員会に対し使用の差止めを要求。佐野氏は「劇場ロゴは見ておらず、また、両者は似ていない」と主張。色使いやデザインにも違いがあり、著作権侵害に当たる可能性は低いが、インターネット上で批判が拡散された結果、最終的にエンブレムの取り下げを余儀なくされた。 引用元:(左)商標登録第6008748「特許情報プラットフォーム J-Plat-Pat」ウェブサイト、(右)「リエージュ劇場」ウェブサイト
小野:なるほど。オリンピックのエンブレム問題は確かにインパクトが大きかったですよね。広告業界でもこれを機に著作権に対する意識が大きく高まりました。ファッション業界にも影響はありましたか?
海老澤:直接影響を与えたという話は聞いていませんが、インパクトは相当だったと思います。あれは法律的には問題はないけれど世間では炎上してしまうという「走り」でもあったのではないでしょうか。最近、そういうケースがすごく多いですよね。法律の問題とは別にリスクを考えなくてはいけなくなっているというのは、オリンピックのエンブレム問題が少なからず影響していると思います。
小野:確かに、法律的には問題なくても気をつけなくちゃいけないというのはすごい重要ですよね。道徳的にだったり、倫理的にだったり。そういうことも授業や研修で教えていたりするのでしょうか。
鈴木:私はつくり手にとってはむしろそっちが大事なのかもしれないと思っています。形式論で「これは著作権侵害をしていない」と言うのではなく、やはりいろいろな関係者と仕事をしたり、社会にプロダクトを受け入れてもらえなければ、本来の目的が達成されないのがつくり手の方たちだと思うので。
一方で、炎上したときにすぐ謝ったり引き下がったりすればいいのかというと、そうでもない気がしています。みんなが「これはどういうことなのか」という観点を養っていくことが教育の役割だと思っています。
海老澤:私もすごく意識していますね。いつも言っているのは、枠を知らないと越えられないということです。だから、まず法律という枠を知りましょうと。知ったうえで、それを超えるのか超えないのか、超えないためにどうするのか、逆に超えるならどんな風に超えるのか、という判断を重ねることでクリエーションはよくなっていくと思うんですよね。
炎上リスクについては、いま企業さんはすごく関心があって、具体的に研修で話してほしいという要望は多いです。パクリ商品として炎上するものでも、実際は法律的に問題がなかったり、微妙なものも少なくない。でも、SNSで写真を並べられて「これはこれをパクってる」と何万人にも拡散されてしまうとブランド価値は大きく毀損するので、どう回避したらいいかという相談をいただくことは増えています。
「攻め」と「守り」の著作権教育とは?
小野:つくり手への著作権教育に話を戻しますと、自由にクリエーションするための「攻め」の著作権教育と、権利侵害されないための「守り」の著作権教育があると思うのですが、攻守の視点からのお考えをお聞かせください。
海老澤:私は先ほども言ったように、枠を知ってクリエーションを高めるという意味での「攻め」を意識して欲しいと思っています。たとえば、自分も編集者時代はそうだったのですが、あるテーマをもって建物の前で撮影した場合に、非常にいい写真にもかかわらず「この建物の権利者からクレームをつけられてしまうかもしれない」という勝手な忖度でその写真をボツにすることがあったんですよね。著作権のことを知っていれば、「建物の前で撮影してもOK」という判断ができてその写真を自信をもって使えるわけです。著作権を知っていれば、攻められるんですよね。
クリエイターには、著作権の細かい知識というよりは、どこまでがよくてどこからがダメなのか、そうした点を嗅ぎ分ける感覚を養ってもらえたらいいなと思っています。クリエイターへの教育という意味では、やはり「攻め」を意識するのが大事だと思っています。
一方で企業に対しては、「攻め」ももちろん大切なのですが、「守り」も同じくらい重要になってきますね。広告を出すときにはこういう点に気をつけてくださいとか、契約書はこういう形で締結しておいてくださいとか、企業として硬く守る点をお伝えすることも多いですね。
小野:鈴木さんはどうお考えでしょう。
鈴木:著作権の制限を知っていたら、不安にならずものづくりに集中できるということを伝えています。著作権法は、著作権者を主人公として書かれていますから、「勝手にやっていいんだよコーナー」もあるんだよと。それを知らないから、「この辺でやめておこう」とか「これはダメだろう」とか、自分の創作範囲がどんどん狭くなってしまうわけです。
また、クリエイターの方々は会社に所属するというよりフリーでお仕事される方が多いので、クライアントと契約書を交わす際によくわからないままサインしてしまうということもあります。最近は契約書に著作権の内容が追加されることが増えているのですが、おそらく委託する側も受ける側も著作権のことをあまりわかっていない。
特許については大きなお金が動きますし、各企業が叡智を重ねたテンプレートを持っていますが、著作権は大きな会社でもよくわかっていないまま内容だけ追加して、揉めてからお互いそんなつもりじゃなかったとなるケースを見ています。それだけに、勉強が必要だという認識は強くなっているのではないでしょうか。
小野:講義や研修では、具体的にどのように教えられているんでしょうか。
鈴木:大学で教えるようになった1年目は教科書を六法にしたんですが、これではダメだと思って、自分でゲームをつくったり漫画をつくったりしました。
小野:プロフィールにゲームクリエイターと書かれていますが……。
鈴木:自分でイラストを描いて、仲間に助けてもらいながらゲームギミックも考えて、ゲームマーケットにも出ました。
海老澤:すごい!
小野:教育での必要性から始められたんですか?
鈴木:そうですね。著作権の講義って法学部の学生でも難しいと思うし、ましてやクリエイターを目指す学生に著作権を普通に教えても難しいので、まずは世界観をわかってもらうことを意識しています。
自作のゲームのほか、一般財団法人の「たんぽぽの家」さんがつくった「知財でポン!」というゲームを使ったり。あとは、Twitterで知り合った漫画家さんと著作権の漫画をつくってコミケに出たり。やっぱり最初にとっかかりがあれば、抵抗なく勉強できる気がするんです。そこを提供するのが私の仕事かなと思っています。
エドガー・デールのコーン・オブ・ラーニングという教育理論があるのですが、そこでは「聞かせる・読ませる」が最悪な教育だとされています。全部を事細かに教えるだけではなく、やっぱり自分で考えたり触ったりができる教育に価値があるかなと思っています。
海老澤:若いインフルエンサーや学生さんたちは、法律にこれまで触れる機会がなかったり、そもそも興味がない方も多い。だから、できるだけ優しい言葉で、できるだけ彼らが身近に感じてもらえるキャッチーな具体例で話すようにしていますね。たとえば、「最近、ジジ・ハディッドがパパラッチに撮影されてね。その写真を自分のインスタに勝手にアップしたらパパラッチから著作権侵害で訴えられてるんだよね」とか、海外の有名モデルやミュージシャンの話など、身近な時事ネタを入れていくと興味をもって聞いてくれたりします。
若い世代に教えるときは、いかに彼らに自分ごととしてとらえてもらえるかが大事。デジタルネイティブ世代で、写真をSNSにアップするのが日常になっている彼らには、写真の著作権と肖像権の関係を説明して注意喚起することが多いですね。先のジジ・ハディッドの話題もその一環といえます。
著作権は写真を撮った人が持っている権利で、写真をどう使うかを決められる権利。これに対して、肖像権は人間全員が持っている権利で、無断で自分の肖像を撮影されたり公表されない権利。だから、友達に自分の写真を撮られたら、友達がその写真をどう使うかは自分が決められるけれど、自分がその写真を自由に使うことはできないよと。この話をすると、みんなとたんに自分ごとになりますね。
著作特集号にみる、法律を再編集する必要性
小野:今回、この対談を企画したのは、鈴木さんが『広告』著作特集号のコピー版を大学の授業で教科書としてご利用いただいたことがきっかけとなっています。編集部一同とても嬉しかったのですが、どういう経緯で採用していただいたのでしょう。
鈴木:愛知淑徳大学で知的財産権を教える際、1年目は六法を教材にしたんですけどあまりよくないなと思って、2年目はデザインやグラフィックの情報誌『MdN』(エムディエヌコーポレーション)の著作権特集号を教材にしました。でも、定期刊行物なので書店の保管期間との関係で翌年は使うことができなくて。その次は、実践的なところがいいと思い『著作権トラブル解決のバイブル! クリエイターのための権利の本』(ボーンデジタル、2018年)を教科書にしてみましたが、学生からは難しすぎると言われてしまいました。そこで次を考えなくちゃいけないと悩んでいたなか、『広告』の著作特集号があると知って、急遽これを教科書にしようと思いました。
この著作特集号はオリジナル版とコピー版を出されていましたが、権利者がコピー版を自ら出すという発信の仕方をまず学生に見て欲しかった。それから、弁護士ではない人たちが著作権について語るところを見て欲しいとも思っていました。事例がたくさん掲載されていて、著作権についての歴史を学ぶこともできる。
知識を得てもどう使うかがわからないと勉強するメリットを感じられませんから、クリエイティブ・コモンズが積極的に付与されている点もすごくいいなと思いました。
小野:ありがとうございます。とはいえ記事の内容は個人的にもけっこう難しいかなと思うんですが……。
鈴木:そうですね(笑)。なので講義で取り上げる記事は僭越ながら選択させていただき、「著作権は文化のためになっているか」「引用なき名作は存在しない」「コピーと戦うファッション・ロー」「これからの著作権」を特に使わせていただきました。
小野:学生の反応はどうでしたか。
鈴木:すごいよかったです。コロナの影響でオンライン講義を行なっているので、後日のレポートやアンケートでの反応ですが。とくに「コピーと戦うファッション・ロー」「これからの著作権」、あとは「中国と日本の『ホンモノとニセモノ』」など中国に関する記事ですね。
いま、ファッション・ローのほかにエンタメ法とか出てきていますけど、そうやって法律を編集して、あなたたちのための法律なんですよと見せることが非常に大事なんだなとこの雑誌で再認識しました。
小野:そのご意見は非常におもしろいですね。確かに、ファッション・ローといったときに、ファッション法という法律があるわけじゃなくて、著作権や商標権、不正競争防止法などをファッション業界向けに再編集したものがファッション・ローということですよね。なるほど、そういう視点はなかったです。
海老澤:いままで法律は民法、刑法など縦割りで扱われてきました。ファッション・ローはそれを横軸でとることが大事だと思ってきましたし、アップカミングだと思っていますが、鈴木先生のおっしゃるとおり再編集ととらえるのはとても新鮮ですし重要だと思いますね。
小野:いまは誰もがつくり手になりうる時代ですよね。それを考えると、小説家や写真家などつくり手を目指す学生向けだけでなく、著作権教育が義務教育に組み込まれたり大学の一般教養に組み込まれたり、そういうことがあってもいいのかなと思います。
鈴木:もともと内閣府の計画では、プログラミング教育や英語教育と並んで知的財産教育をやるべきだというコメントは出ていたはずです。ただ、教える人材が足りていないという実情があります。人材やメソッドさえ整えば取り入れたいという学校や企業はたくさんあるので、そこが急務だなと思っています。
海老澤:私もまさに小学校くらいから法教育をやるべきだと思っています。いまの子どもたちは生まれた瞬間からSNSがありますから。ただ人材が足りていないというのは、そのとおりですね。
鈴木:文化庁が制作した教材で、「はじめて学ぶ著作権」というやなせたかしさんがキャラクターをつくられたスライドがありまして、いいなと思いました。私が幼い頃に道徳の授業で使っていた教材のような感じで勉強できるイメージですね。
海老澤:やなせたかしさんのスライド、いいですよね。ああいうものをもっと活用した教育は少しずつでもいいのでやったほうがいいと思います。
著作権を学びやすくするためにつくられた「はじめて学ぶ著作権」のスライドショー。小学校などでの著作権教育の教材として活用が勧められている。キャラクターは絵本作家やなせたかし氏によるもの。 引用元:「文化庁」ウェブサイト
鈴木:ほかにもいい教材はつくられているのですが、あっても知られていないというのが問題かもしれませんね。
海老澤:広報活動がうまくいってないかもしれないですね。うまくPRしながら、早い段階から教育を始めたほうがいいと思います。
小野:人材不足という話がありましたが、いまコロナによってオンライン授業が増えるなかで、もしかしたら人材の解決になったりするのでしょうか。たとえば海老澤さんや鈴木さんがオンラインで5,000人に授業をする、みたいな。そうなるといいのかなと思ったりしました。
海老澤:いま、YouTubeでそれをやろうと計画していて。
小野:おお、いいですね。
海老澤:私の場合はクリエイター向けになるんですけど、ファッション・ローはこういうことだよ、という講義を予定しています。なかなかつくる時間がないんですけど(笑)。あとはTwitterでファッション・ロー講座をしたり、少しずつ情報発信を進めているので、上手に活用してもらって教育が広がればと思います。
小野:ちょっと話がそれますが、2025年の大阪・関西万博の公式ロゴ「いのちの輝き」がネットでパロディとして弄ばれていた現象についてです。個人的にはおもしろいなと思っているのですが、著作権法的にはNGですよね。ああいう動きをどう思われるか伺いたいです。
2025年大阪・関西万博の公式ロゴ(いちばん上の画像)と、Twitterに投稿された多くの二次創作物の一部。「いのち輝く未来社会のデザイン」という万博のテーマから、ネット上では「いのちの輝きくん」という愛称で話題になり、様々な二次創作物が生まれている。 引用元:「2025年日本国際博覧会」ウェブサイト
鈴木:結局オープンクローズは自分たちでデザインしていかないといけない、ということをこのロゴの事例をとおして伝わるといいなと思います。
小野:オープンクローズとはどういうことでしょうか。
鈴木:クローズは権利保護が強い、利用させない、著作権を権利として行使するということです。一方で、オープンはフルに使わせるというイメージがあると思いますが、使い方のバリエーションをつけるということです。たとえば初音ミクもそうなのですが、非営利目的で公序良俗に反しない限りという条件つきで二次創作を認め、広まってから違うところでマネタイズする。それは著作権者自身が何の権利を持っているかわかっていて、どのように許諾をするか、期間や使い方をアレンジしたからこそできたこと。そのようにオープンのバリエーションをつくれるんだよということを知ってほしいですね。
小野:万博のロゴはオープンにはしていないですよね。
鈴木:そうですね。だから権利者がダメだと言ったら、みんながやっていてもダメです。でも、権利者があえて放置することもある。自分が権利者ならそういう選択もできるということですね。
小野:著作権法がものづくりを規制するものという捉えられ方ではなく、つくり手へのリスペクトとかマナーとか、みんなで楽しもうみたいなポジティブな気持ちを育むものになるといいですよね。それがそれぞれのジャンルの文化発展にもなりうるのかなと。
鈴木:そうだと思います。みんながいまの著作権法について変だな、みんなにとってよくないという声があがれば、著作権法全体や細かなところが変わっていく可能性がありますので、その意味でもみんなに知ってもらうことがいいのかなと思っています。
漫画のスクリーンショットが違法化になりかけたときも、著作権者である漫画家さんたちが「自分たちは真似しながら作品をつくってきて、権利者でもあるけれど侵害者でもある」という声をあげたからこそ、改正のあり方を動かしていけたと思います。
海老澤:そもそもは著作権の発展って文化の発展とセットなはずなんですけど、いまは著作権のシステムが時代に追いついてないんですよね。日本にはフェアユースもないですし、パロディは著作権侵害になってしまう。それはおかしいよねと声をあげるためには、著作権の現状をきちんと知る必要があるので、その点でも著作権教育は大事なんだという気がしますね。
つくり手と法律家のタッグがものづくりの武器になる
小野:著作特集号では法律家の水野祐さんに全体を監修いただいたんですが、彼はいろんなクリエイターとタッグを組んで、つくり手が創作性を高めるにはどうしたらいいかという視点で法律を捉えている人だなと思いました。法律家とつくり手が一体となってものづくりをしていけば、すごい武器になりますよね。
海老澤:弁護士に依頼するのは敷居が高いと思われている傾向があって、なかなかタッグを組みたいと言いづらいという声を聞くことがあります。水野先生が推奨されているように、そうした動きがどんどん増えていくといいですよね。
鈴木:弁護士は相手と喧嘩をするためだけにいる存在と思われていることが多くて、なんだか怖くて相談できないという方もいらっしゃいますが、喧嘩しないために法律家がいるんですよということがもう少し伝わればいいなと思います。
海老澤:プロジェクトの最初から入れるのがベストなんですよね。みなさんに言うんですけど、最初から私たち弁護士を入れてほしいと。そしたら仕組みづくりからいっしょに始められて、トラブルを未然に回避できて、費用も労力も格段に少なくて済みますよと。
小野:お金の問題も、何か新しいビジネスモデルで気軽に相談できるようになるといいですよね。
本日の対談でも改めて著作権にまつわる発見がありました。縦軸ではなく、ファッション・ローのように横軸で法律を編集することや、小学校くらいから法律を学ぶということがいま求められているということ。ただ、実行するためには人材不足を解決しなければならないなど課題も見え、本当に有意義な時間を過ごさせていただきました。おふたかた、ありがとうございました。
海老澤・鈴木:ありがとうございました。
文:猪谷 千香
海老澤 美幸(えびさわ みゆき)
弁護士、ファッションエディター・スタイリスト。慶應義塾大学法学部卒業、一橋大学法科大学院修了。フリーランスのファッションエディター・スタイリストとして『ELLE japon』『Harper’s BAZAAR』などのファッション雑誌で仕事をしたのち、業界の法律問題を解決するため弁護士に転向。三村小松山縣法律事務所所属。Fashion Law Institute Japan研究員。ファッション関係者の法律相談窓口「fashionlaw.tokyo」主宰。文化服装学院非常勤講師。
鈴木 恵美(すずき えみ)
弁護士、ゲームクリエイター。名古屋大学法学部卒業、名古屋大学法科大学院修了。企業や自治体への研修のほか、愛知淑徳大学、中京大学、名古屋工業大学の非常勤、中央大学の客員研究員を務める。恵美法律事務所代表。共著に『いろいろあるコミュニケーションの社会学Ver.2.0』(北樹出版、2020年)があり、「第29章 お弁当になることができないゆるキャラ」を執筆。note:著作権ゲーム創作日記(https://note.com/emip)
猪谷 千香(いがや ちか)
東京都生まれ。明治大学大学院考古学専修博士前期課程修了後、新聞記者を経て、ニュースサイト記者に。著書に『つながる図書館』(ちくま新書)、『その情報はどこから?』(ちくまプリマー新書)、『町の未来をこの手でつくる』(幻冬舎)など。
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この記事は2020年3月26日に発売された雑誌『広告』著作特集号のスピンオフ企画です。
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雑誌『広告』著作特集号に掲載されている海老澤美幸さん監修の記事を全文公開しています。
49 コピーと戦うファッション・ロー
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