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40  引用なき名作は存在しない 〜 映画における「昇華行為」と「オマージュ」

映像演出の仕事に携わっていると、撮影前の打ち合わせなどでクライアントから「リファレンスの動画があれば見たいです」と言われることが頻繁にある。それとは別に、自らほかの作品を参考にしたり意図的に取り入れたりすることもある。もちろん、そのまま真似することはないが、色味やある一瞬のカメラワークといった断片的な情報を、様々な作品から取り入れるという行為が、映像というジャンルにはあたりまえのように存在する。それは、巨匠と呼ばれる監督たちにおいても積極的に行なわれており、映像制作における手法として確立している。

ここでは、映画制作においてつくり手がほかの作品からどのように影響を受け、自分の表現に取り入れているのかを考察し、正しい引用のあり方を探っていく。


積極的に引用を行なう名監督たち

作家主義と大作主義の両立に成功している監督のひとりであるクリストファー・ノーラン。『バットマン』をもとにした三部作「ダークナイト・トリロジー」(2005~2012年)、『インターステラー』(2014年)、『ダンケルク』(2017年)などの作品が軒並み2億ドル近くの全米興行収入を記録し、アカデミー賞に複数部門ノミネートされるなど、高い評価を得ている。

そんな彼の代表作のひとつ『インセプション』(2010年)において、無重力状態のなか敵と戦うシーンや空間が歪むシーンの表現を、今敏によるアニメ映画『パプリカ』(2006年)から直接的な形で引用している。

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『インセプション』において『パプリカ』から直接的な引用を行なっているシーンの比較。無重力状態の表現が引用されている 引用元:(上)『パプリカ』(今敏、「パプリカ」製作委員会) ©2006 Madhouse, Inc. and Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc.、(下)『インセプション』(クリストファー・ノーラン、WARNER BROS. PICTURES) ©2010 Warner Bros Entertainment Inc.

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『インセプション』において『パプリカ』から直接的な引用を行なっているシーンの比較。空間が歪む表現が引用されている 引用元:(上)『パプリカ』(今敏、「パプリカ」製作委員会) ©2006 Madhouse, Inc. and Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc.、(下)『インセプション』(クリストファー・ノーラン、WARNER BROS. PICTURES) ©2010 Warner Bros Entertainment Inc.


またノーランは近年、新作を発表するたびに様々な映画作品からの影響や引用を明言するようになった。それは、自身の映像がいかにして構成されたのか、そのリファレンスを公開することで作品の理解をより深めてもらうためだと考えられる。

ノーランに限らず、映画の世界では引用という手法が黎明期より頻繁に行なわれており、巨匠のひとりであるスタンリー・キューブリックも他作品からの引用が多い代表的な監督である。

たとえば『2001年宇宙の旅』(1968年)で、パースが過剰に効いた宇宙船内を飛行士が歩くシーンやメッシュ状の壁に囲まれた未来的な部屋のセットなどは、チェコ初の国産SF映画『イカリエ-XB1』(1963年)から引用していると思われる。 

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『2001年宇宙の旅』における宇宙船内を飛行士が歩くシーンは『イカリエ-XB1』から引用を行なっていると思われる 引用元:(上)『イカリエ-XB1』(インドゥジヒ・ポラーク、Barrandov Studio) © National Film Archive、(下)『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック、MGM PRESENTS THE STANLEY KUBRICK PRODUCTIONS)

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『2001年宇宙の旅』における未来的な部屋のセットは『イカリエ-XB1』から引用を行なっていると思われる 引用元:(上)『イカリエ-XB1』(インドゥジヒ・ポラーク、Barrandov Studio) © National Film Archive、(下)『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック、MGM PRESENTS THE STANLEY KUBRICK PRODUCTIONS)


『時計じかけのオレンジ』(1971年)に関しても、制作のリサーチ時に観たという松本俊夫による『薔薇の葬列』(1969年)より引用しているのがわかる。『薔薇の葬列』の主人公が施している過剰な下まつげのメイク、マッシュルームボブといったスタイルを、『時計じかけのオレンジ』では主人公アレックスのビジュアルに取り入れている。そのほか、アングルをまねた3人が歩くシーンや、定点カメラによる早回しを参考にした乱闘シーンが登場する。『シャイニング』(1980年)で強い印象を残す双子(実際には年子の姉妹)は、写真家ダイアン・アーバスの作品 (1967年撮影)から着想を得ており、幅広い分野から引用を行なうことに対してためらいのない監督と言えるだろう。 

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『時計じかけのオレンジ』が引用したと思われる『薔薇の葬列』との比較。主人公の特徴的な下まつげが類似している 引用元:(上)『薔薇の葬列』(松本俊夫) ©1969 Matsumoto Production、(下)『時計じかけのオレンジ』(スタンリー・キューブリック、ワーナー・ブラザース映画) ©1971/Renewed ©1999 Warner Bros. Entertainment Inc.

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『時計じかけのオレンジ』において『薔薇の葬列』から引用したと思われるシーンの比較。3人が横に並ぶ場面のアングルが類似している 引用元:(上)『薔薇の葬列』(松本俊夫) ©1969 Matsumoto Production、(下)『時計じかけのオレンジ』(スタンリー・キューブリック、ワーナー・ブラザース映画) ©1971/Renewed ©1999 Warner Bros. Entertainment Inc.

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『シャイニング』の1シーンにおいて、着想のもととなったと思われるダイアン・アーバスの作品との比較 引用元:(上)『diane arbus』(ダイアン・アーバス、Aperture、2011年)、(下)『シャイニング』(スタンリー・キューブリック、ワーナー・ブラザース映画) ©1980 Warner Bros. Entertainment Inc.


「昇華行為」という引用のあり方

この二大監督の例からうかがえるのは、引用元の作品のストーリーや意図に固執することなく、引用する側がそれらを自身の演出のリファレンスとして意識的に抽出しようとする態度である。そうして抽出された構図や技法を、研ぎ澄ませながら自身の作品に取り入れている。さらに、様々な作品から抽出したエッセンスを織り交ぜ、自身の作品をより高い次元に引き上げていく。こうして成立させた引用は、元の作品からの「昇華行為」が成功していると言えるのではないだろうか。

キューブリックの活躍した1960年代当時、引用元とされたのは彼らにとって辺境国の作品であり、それを観ている人口も圧倒的に少なかった。インターネット普及以前の世界ということもあり、“バレず”に持ち込めた……という側面もあったのだろう。しかし、そこに対してネガティブな言及をする人は現在でも少ない。世界中に映画作品が大量にあふれ、すでに完全なオリジナルを創作することが稀になりつつあった’60年代当時から現在へとつながる、「正しい引用=昇華行為」として参考になる例だろう。

一方でノーランは、キューブリック的引用のコツを現代的にアップデートし、さらに引用元や影響を受けた作品をことあるごとに公言することで、視聴者の引用元への理解を間接的に促し、自身の作品のメッセージをより的確に届けることに成功している。この点も踏まえ、キューブリックとノーランの大きな違いは、引用元の作品へのリスペクトを示しているかどうかという点だ。そのためノーランの引用は「昇華行為」であると同時に「オマージュ」であると言える(「オマージュ」という言葉の語源はそもそも、フランス語の「hommage(尊敬、敬意)」であり、リスペクトのことである)。

「改作」という手法

いままで挙げた例とは少し異なり、「昇華行為」や「オマージュ」と言えるか一見判断に迷う引用を行なう監督もいる。

『ブラック・スワン』(2010年)や『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年)で知られるダーレン・アロノフスキーは、引用元の作品を色濃く残したまま取り入れることが多い監督である。『ブラック・スワン』では、今敏の『パーフェクトブルー』(1997年)という日本のアニメ映画を、いくつかのシーンでほぼそのままと言っていい形で取り入れている。映画全体でも、カットの演出、キャラクターのイメージ、そしてストーリーのベースにいたるまで、『パーフェクトブルー』からの多数の引用が見受けられ、『パーフェクトブルー』を観たことがある人にとっては類似性を強く感じる作品となっている。

しかし、その指摘に対して、アロノフスキーはなぜか「影響は受けていない」と発言している。以前『レクイエム・フォー・ドリーム』において、とあるシーンを引用するために『パーフェクトブルー』の実写化権まで買っているのに、である──アロノフスキーの様々な発言を踏まえると、『パーフェクトブルー』よりもバレエの『白鳥の湖』のストーリーや彼自身の作品『レスラー』(2008年)からの影響を強調したいため、「影響を受けていない」という発言をしたのではないかと思われる。

ここで『ブラック・スワン』と『パーフェクトブルー』との具体的な類似点を以下に挙げてみる。

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