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いいものをつくる、とは何か?

「広告はもうやりません。ものづくりをやります」と博報堂の役員に宣言したのが5年前。まさか“広告”を冠した雑誌をつくることになるとは思いもしませんでした。

『広告』は、変な雑誌です。編集長が2〜3年に一度変わって、その度にテーマも体制も、判型も価格も、全部変わります。“広告”という誌名なのに、広告について扱うことは稀です。だから、僕も広告を扱わず「ものづくり」を扱うことにしました。

僕は博報堂で働く傍ら、個人で「YOY(ヨイ)」というデザインスタジオを主宰しています。YOYでは「新しい表現」を求めて、家具や照明などをデザインしています。一方で、博報堂では「monom(モノム)」というプロダクト開発チームの代表をしていて、「新しい機能」を求めてものづくりに取り組んでいます。

YOYとmonom、ふたつの異なるベクトルでものをつくってきた僕は、少し前から「自分はこの先、どんなつくり手になるんだろう?」とふとした拍子に考えるようになりました。編集長をやらないかと声がかかったのは、ちょうどそんなタイミングでした。

編集なんてやったことがないし、雑誌もほとんど読まない。YOYやmonomの仕事量もかなりある。そんな状況で、自分が編集長なんてやっていいのだろうか……。そうしばらく悩んだのですが、自分のこれからを考える機会になればと引き受けることにしました。そうして、どんな雑誌にしようかと思案していたところ、僕はふたつの胸を衝く出来事に遭遇したのです。

ひとつは、昨年の終戦記念日のことです。以前から観たいと思っていた『野火』という戦争映画を鑑賞したあと、監督・主演を務めた塚本晋也さんのドキュメンタリーを観る機会がありました。20代でこの作品の原作に出会った塚本さんは、50代で実際に制作するまで、資金繰りに苦しみながらも、どうにか作品化しようともがいてきた過去を語ります。

『野火』に対する異常なまでの執着を、情熱的なプレゼンなどではなく、あくまでも淡々とした口調で話す姿が印象的でした。「この人は『野火』を撮ることをプログラムされて生まれてきたんじゃないか」と思ったほどです。

映画を観た直後の感情の高ぶりもあり、ふいに激しい悔しさが込み上げてきました。人生を賭けてものづくりに向き合っているか? その問いに答えられない自分が情けなかった。もちろん、人生を賭ければいいものがつくれるとは限らない。ただ、会社という安全地帯に身を置いていると、知らず知らず賢い生き方を選びとってしまうことがあります。だからこそ、塚本さんの愚直な姿に打ちひしがれたのです。

もうひとつは、昨年の文化庁メディア芸術祭の授賞式での出来事です。その席で、功労賞を受賞したミニ四駆などで有名なタミヤの田宮俊作会長のスピーチにショックを受けたのです。若かりし日の田宮さんは、自社製品を販売しようとアメリカに赴いたところ、当時は「メイド・イン・ジャパン」なんて誰も見向きもしなかったそうです。帰国した田宮さんは、その悔しさから品質向上を決意しました。

そして、田宮さんのスピーチはこう続きました。「だから弊社は、平日はもちろん、土日祝日も休むことなくカスタマーサポートに力を入れてきました」と。品質をよくするためのアクションとして最初に語られたのが、設計や製造工程の改善ではなく「カスタマーサポート」だったのです。

僕はハッとしました。ものづくりは、ものをつくって終わりではない。そのことはよくわかっていたつもりだったのですが、それだけではなく、「つくって、届けて、使われて、そしてフィードバックをもらって、またつくる」この“ループ”こそがものづくりなんだと気づかされたのです。後日この気づきを、アパレル会社を経営する友人に伝えたところ、「そんなのあたりまえだよ」とばっさりと言われてしまいました。

受託を前提とする広告やデザインの仕事においては、納品とともに仕事が完了することが多くあります。そうした仕事のあり方に慣れきっていた僕は、そのあたりまえのことに無自覚なまま、ものづくりをしていた気になっていたのです。

このふたつの出来事をとおして、つくり手としての自分に欠けている視点がたくさんあることを痛感しました。これまで、YOYでも、monomでも、「いいものをつくりたい」と自分なりにものづくりに向き合ってきました。でも、「いいものをつくる、とは何か?」という問いに向き合うことは一度もなかったのです。そんな自分を恥じると同時に、裏を返せば、つくり手としての自分の伸びしろがまだあるんじゃないか、という前向きな気持ちが湧き上がってきました。こうして、ごく個人的な衝動から僕が編集長を務める『広告』のテーマが決まったのです。

雑誌『広告』は、「いいものをつくる、とは何か?」という問いを全体テーマとします。そして、ものづくりを取り巻く様々な常識や慣習、いま起きている変化に向き合って、この問いを思索するための「視点のカタログ」としてリニューアルします。

2019年7月 『広告』編集長 小野直紀

小野 直紀(おの なおき)
博報堂monom代表/クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー
1981年生まれ。2008年博報堂入社。2015年に博報堂社内でプロダクト・イノベーション・チーム「monom(モノム)」を設立。手がけたプロダクトが3年連続でグッドデザイン・ベスト100を受賞。社外ではデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を主宰。その作品はMoMAをはじめ世界中で販売され、国際的なアワードを多数受賞している。2015年より武蔵野美術大学非常勤講師、2018年にはカンヌライオンズのプロダクトデザイン部門審査員を務める。2019年より雑誌『広告』の編集長に就任。

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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。

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【リニューアル創刊記念イベント レポート】
この記事に登場する映画監督 塚本晋也さんとトークイベントを行いました。

映画監督 塚本晋也 × 『広告』編集長 小野直紀
〜 「価値あるもの」を生み出し続けるために

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