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1冊ごとに色味が異なる「赤」〜『広告』文化特集号の装丁に込めた思いと制作の裏側

3月31日に発売した『広告』最新号。みなさんご覧いただけましたでしょうか?

雑誌としては小ぶりの文庫本サイズで辞典のような厚みがあるという、ちょっと変わった形状のため、「まるで鈍器」「レンガみたい」などとおもしろがっていただいている様子を目にします。

今回の装丁のいちばんの特徴は、1冊ごとに色味が異なる「赤」の表紙。血液のように濃かったり、ピンクがかっていたり、朱色っぽかったり。様々な「赤」を組み合わせてつくられたこのグラデーションは、シルクスクリーン印刷の技法で職人が手作業で刷り上げたものです。

2019年のリニューアル創刊以来、毎号その装丁や販売方法などをとおして特集にまつわる思索の入り口づくりを行なっている『広告』ですが、「文化」を特集した今号で、なぜ「赤」をシンボルカラーとしたのか、このnoteでは、『広告』文化特集号の装丁に込めた思いや具体的な制作過程についてご紹介したいと思います。

100時間以上の打ち合わせを経てたどり着いた「赤」

編集長とデザイナーが議論を重ね、試行錯誤を経て生まれる装丁や販売方法などの企画。毎号そうなのですが、今号は「文化」という多義的で複雑な概念であったため、とりわけ苦労しました。

デザインチームは、リニューアル創刊号から『広告』のデザインをお願いしている上西祐理さん、加瀬透さん、牧寿次郎さんの3人。

編集長の打ち合わせメモやデザインチームとのグループLINEでのやりとりを見返すと、最初の打ち合わせは昨年の5月13日。そこから毎週のように打ち合わせを重ね、最終的に「赤」の表紙で進めることになったのが11月28日。この半年強の間に26回の打ち合わせがありました。1回の打ち合わせが平均4時間ほどのため、実に100時間以上の打ち合わせを重ねてたどり着いた装丁ということになります(実際には関係のない雑談も多めなので、本題を話した時間はもう少し短いです)。

その紆余曲折についてはデザインチームと編集長によるトークイベントで詳細が語られる予定なのでここでは省略して、最終的に決まった案について説明します。

発売時のnoteで、今号の表紙をとおして「同質のなかの差異/差異のなかの同質」を表現したかったと書きましたが、言ってしまうとこれはあとづけです。実際は、そろそろ決めないと本当にまずい……というタイミングだった11月28日の打ち合わせで、突然「赤い表紙とかいいんじゃない?」という発言が飛び出したのがきっかけでした。

そこまで議論してきた土台があったとはいえ、その段階では、なぜ「赤」なのかはっきりしていませんでした。しかし、「赤」になにか感じるものがあったデザインチームは、その場で1,000ページ超の文庫本に赤のカバーを被せて見え方を確認しました(この時点で文庫本サイズにすることやその場合1,000ページほどになることはほぼ決まっていました)。リニューアル創刊以降発刊した4冊の過去号と並べたりもして、「なんかいいよね」「しっくりくるね」という空気がチームのなかに流れました。

そこから、なぜ「赤」が「文化」と関係するのか、しているように感じるのか、チームで議論を進めました。そのなかで、「赤」には「血」「コカ・コーラ」「日の丸」「共産主義」など様々な意味やイメージがあること、そしてその意味やイメージを共有するインフラこそが「文化」なのではないかということを話しました。

さらに、「血」は太古の昔から人類(および動物)に共通しているものであるのに対して、「コカ・コーラ」はグローバリゼーションによって世界に広まったもの。「日の丸」は日本のナショナリズムと「共産主義」はイデオロギーとの結びつきが強い。「赤」から想起するものの背景に、「文化」を考えるうえで重要な風土や伝統、宗教や政治、グローバリゼーションやナショナリズムなどの観念があることに気がつきました。もちろんほかの色でも同じことは言えるかもしれませんが、人の営みから生まれる「文化」を語るにあたって、すべての人のなかにある「血」の色である「赤」をシンボルカラーとするのがしっくりときたのです。

そしてこの考えを補強するために、実際に世界で「赤」にどんな意味やイメージが込められているのかを可視化できないかと、連動企画として「赤から想起するもの世界100カ国調査」を行なうことにしました。

この調査は、色彩学者の日髙杏子さんに監修してもらいながら、今年の1月に実施。世界100カ国、12,000以上の回答が集まりました。調査結果を『広告』ウェブサイトで公開しているのでぜひご覧ください。

「同質のなかの差異/差異のなかの同質」をどう具現化するか

さて、「赤」をシンボルカラーとすることが決まったあと、どんな赤にするのがよいか議論がスタート。打ち合わせの場にあった赤い本を集めてみて、1色の「赤」ではなく、様々な「赤」があることによって、「赤」に込められた様々な意味やイメージを表現できないかと検討をはじめました。

「同質のなかの差異/差異のなかの同質」という言葉そのものは発売直前に編集長が考えたもので、この時点ではありませんでした。ただ、意味やイメージを共有するインフラを「文化」と捉えたとき、人々がものごとに対して抱く意味やイメージは、単に同じか違うかに分けられるわけではなく、同じだけど違う、違うけど同じということが多々あるのではないかという話はしていました。

そこで、1冊のなかに複数の「赤」をいれながら、1冊1冊異なる色味にする「赤」のグラデーションをつくれないかという案に帰着しました。

赤の色味やグラデーションの見え方を検討している様子

ここからはどうやって1冊ごとに異なる色味の赤のグラデーションをつくるか、その実現方法を詰めていく段階に入ります。

アート本や写真集など、高品質かつ特殊な印刷を得意とする印刷会社に問い合わせ、どんなやり方があるかを相談したところ、オフセット印刷で異なるインクを徐々に足していき色味を微妙に変えていく手法やインクジェット印刷で赤のパターンをたくさん刷る手法などの提案がありました。

これらの案も含めて、デザインチームと議論するなかで、シルクスクリーン印刷でできないかという話になり、先述の印刷会社に再度相談したところ、「シルクの現場でも事例のない仕事になります」とのことで、シルクスクリーン印刷で様々な赤のグラデーションをつくるのは難しいと言われてしまいました。

そんななか、デザイナーの上西さんが以前仕事をしたことのあるシルクスクリーン版画工房の「ムラマツ工芸」なら今回のような特殊な要望にも応えてくれるかもしれないと相談してみることになりました。

シルクスクリーン版画工房「ムラマツ工芸」とは

埼玉県草加市にあるムラマツ工芸の職人は、社長の村松一男さんと社員の高沢啓文さんのふたりだけです。小さな工房ながら、著名なアーティストの作品を請負ったり、シルクスクリーン印刷の新たな技法を積極的に開発したりと、業界では知られた存在です。

ムラマツ工芸

村松さんは御年75歳の大ベテランの職人。シルクスクリーン印刷と出会ったのは19歳で、当時働いていた看板制作会社が、大量の印刷物をつくるために導入したのがきっかけだったとのこと。とはいえ、当時はシルクスクリーン印刷を学ぶところもなく、完全に独学で身につけたのだとか。

ムラマツ工芸社長・村松一男さん

「僕らの時代は誰も教えてくれる人がいなかったから、本を読んだりして自分で考えるしかなかった。印刷物を見ると、これはどうやったらシルクスクリーンで印刷できるかと考える癖がつきましたね。そのおかげで、お客さんから『こんなことをやりたい』とイレギュラーな相談をされても対応できるのかもしれません。新たな技法を開発するところからやることもあります」と村松さん。

その後、村松さんは29歳で独立し、平成元年に工房を法人化。その技術力の高さで数々の賞を受賞しました。

そして15年前、現在は社長の右腕として活躍する高沢さんが入社。高沢さんはイギリスの美大で版画を学び、帰国後にその技術を活かそうと職を探すなかで、ムラマツ工芸に出会ったそう。

「地元の広島にはなかなか職がなくて。体当たりで自分の絵を持って回ろうと上京して、訪れた1軒目がムラマツ工芸だったんです」と高沢さん。

社員の高沢啓文さん。5月1日から工房を引き継いで代表取締役に。

「ただ、そのときあんまり会社がよくない状態で、給料をそんなにあげられないよって言ったんだけど来てくれて。いまもう彼はなんでもできて、逆に食べさせてもらっているような状態です(笑)」と村松さん。

ムラマツ工芸は小規模な工房だからこそ、シルクスクリーンの新たな可能性を柔軟に探求できることが強みだと村松さんは言います。

「大きい会社だと採算の合わない仕事は断るでしょうし、やったことのない技法を試すとなると費用対効果を考えますよね。うちはふたり体制だから、やろうと思えばできるんですよ」

こうして、村松さんの長年の経験に裏打ちされた技術と、前例のない依頼でも前向きに取り組む姿勢をあわせ持つムラマツ工芸が、今回の『広告』の表紙印刷を引き受けてくれることになりました。

仕様決定に向けての試行錯誤

ムラマツ工芸に表紙の印刷をお願いすることが決まってからは、どうやって1冊ごとに異なる色味の赤のグラデーションを実現するかの試行錯誤がはじまりました。デザインチームで工房を訪ね、村松さん、高沢さんとともに、色の種類、刷り方、用紙を決定すべく試作を繰り返しました。

・機械か手刷りか

まず、シルクスクリーン印刷には全自動と半自動、そして手刷りの3つの方法があるのですが、村松さんはこの案件を聞いてすぐに手刷りでやると言いました。柔軟にグラデーションをつくるのは機械ではできないそうです。

・面付けと表紙テキストの印刷

表紙の面付け(※裁断や取り都合を考慮した用紙上の配置)は、4×2の8面(1枚の紙から8枚の表紙がとれる)が適切とのことで、これをベースに色の配置を検討することに。さらに、雑誌名や特集、発売日などの表紙のテキストはあらかじめオフセットで印刷をしておいて、その上からシルクスクリーン印刷を行なうことになりました。

・グラデーションをつくる色の配置

下図の資料は最初にムラマツ工芸に渡した仕様のたたきです。5つの異なる赤のラインをつくることで、表紙1枚あたり2種類の赤のグラデーションになるように考えました。

試作を進めるなかで、さらにラインを増やして9つのラインにすることになりました。表紙1枚あたり3種類の赤のグラデーションが入る仕様です。

色の指定については、いわゆる「赤」を7色(A〜G)、いわゆる「赤」から少しはずれる色を12色(①〜⑫)の計19色をデザインチームが選定。これを「A①B②A③B④A」といった具合にルール化して、計63種類の色の組み合わせを作成しました。

・刷り方と組み合わせごとの刷る枚数について

刷りはじめはインクとインクの混ざりが不十分で境界にムラができやすいため、滑らかなグラデーションが現れる6回目以降の刷りから採用とすることに。組み合わせごとに23枚刷ることで、8面×63種類×23枚で合計約11,500枚を作成することになりました(予備含む。発行部数は10,000部)。

また、同じ色の組み合わせといっても、23回刷ると最初のほうがグラデーションのコントラストが強く、最後のほうが馴染んで弱くなるため、同じ色の組み合わせであったとしても刷るたびに微妙に仕上がりが異なります。

さらに、毎回用紙を180度回転させて刷ることで、グラデーションの組み合わせが逆順になり、パターンをさらに増やしました(たとえば「A①B②A③B④A」が「A④B③A②B①A」になる)。

・用紙の検証

もともと想定していた表紙の用紙(色上質 うすだいだい 最厚口)で試作をしたところ、色が混ざったところにうっすらと斑点が出るケースが見られました。インクの色の組み合わせや刷り方、用紙の種類など複合的な要因が考えられましたが、複数の用紙で試すことで斑点を軽減できないかと、追加で5種類の用紙(OK ACカード 淡クリーム、オーロラコート、OKトップコートマットN、片面クロームカラー、アラベール-FS ナチュラル)で刷ってもらいました。結果として、いちばんムラや斑点が目立たなかった「OK ACカード 淡クリーム」を採用することになりました。

検証用の5種類の用紙

・仕上げについて

シルクスクリーン印刷をしただけだと、独特のヌメッとしたマットな質感になるのですが、少しツヤがあったほうが印象がさらによくなるのではと、「赤」のグラデーションを刷ったあとに、メジウムオーバーコートといってツヤのある透明の溶液で刷ることでツヤ感を持たせる仕上げとしました。

こうして様々な検討・検証をとおしてすべての仕様が決定。実際の制作をはじめたのは2月上旬でした。

最終の仕様をまとめた資料

シルクスクリーン印刷の制作工程

ここからは、シルクスクリーン印刷の実際の制作工程をご紹介します。ムラマツ工芸の工房に伺ったのは2月上旬。印刷の前準備である「見本に合わせてインクのデータをとる」という作業が終わり、本格的な印刷が始まった頃でした。

「どのインクに何をどれぐらい足せば見本の色になるかというのをあらかじめ調べてグラム数で出しておくのですが、今回は赤のバリエーションで19色あるのでこの作業にかなり時間がかかりました。でも、必要なインクの量の確認にもなるので大事な作業なんです」と高沢さん。印刷は、このデータをもとにインクを混ぜ合わせるところから始まります。

1)データをもとに調色する

インクを混ぜ合わせる作業を「調色」と言います。色を合わせるのはもちろん、インクのやわらかさも均一になるよう調整。朝一番のインクの硬さと、暖房が効いてからのインクの硬さも変わるのだとか。天候や気温も考慮しながら、ドリルのようなミキサーで混ぜ合わせていきます。

2)台に紙をセットする

雑誌名や特集、発行日などが印刷された表紙の紙をセット。この1枚の紙から8冊分の表紙が生まれます。

3)版の上にインクを並べる

9色のインクを、組み合わせ指定紙に合わせて並べていきます。「両端は多めに、あとは均等になるように置いて、全体が同じ色幅になるようにしています」。

4)スキージでインクを練る

インクを並べたら、スキージと呼ばれる板でインクを練ります。「インク同士の境界線をちょっと緩くさせて、グラデーションになるようにします」。

5)スキージを引き、下の紙にインクを落とす

均等に力がかかるように腰を入れてスキージを引きます。ちょっとした力加減でひとつの色が強く出てしまうこともあり、技術がいる工程です。「最初の数回はインクが混ざっていないので、ボツです。5回目くらいから馴染んできれいなグラデーションになるんです」。

6)乾燥させる

1枚1枚乾燥させます。色の組み合わせ1パターンあたり23枚刷っていただいていて、1日に刷れるのは「いまのところ10パターンくらい。徐々に早くなってきています」とのことでした。

予期せぬトラブルを超えて無事納品

実は今回、予想外のトラブルが発生しました。スケジュールに大きく影響したのは、インクの消費量が想定以上だったため、メーカー在庫がなくなってしまったこと。「メーカーから在庫がないと言われて驚きました。いままでそんなことはなかったですから。それで時間をロスしてしまいました」と高沢さん。

また、インクのやわらかさの調整にも苦労したと高沢さんは言います。「きれいなグラデーションになるようにインクのやわらかさを均等にする必要があるのですが、原材料の違いなのか、混ざって広がるインクと混ざらないインクがあるんです。隣にくるインクによっても違って。混ざらないインクがあると、そのインクだけ分離してグラデーションが出ず、苦労しました」

こうしたスケジュールや技術面でのトラブルがありながらも、2月下旬にはすべての表紙を印刷し終え製本所に無事納品。表紙を「1冊ごとに異なる色味の赤のグラデーション」にする案が決まってから約3カ月。実現できる確証があったわけではないので当初は不安もありましたが、ムラマツ工芸の村松さんと高沢さんのおかげで、なんとか実現することができました。

ぜひ書店で「赤」の色味を比較してみてください

発売から約1カ月。ありがたいことに書店やAmazonでの売れ行きはとても好調です。たくさんの書店から追加発注をいただいています。実は書店分の在庫が残り少なくなってきていて、追加はまもなく終了になります。Amazonや書店のオンラインストアでも販売していますが、今号は1冊1冊「赤」の色味が異なりますので、ぜひ店頭でお気に入りの「赤」を見つけていただければと思います。

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そしてご購入いただいた方、読んでいただいた方は、アンケートのご協力をお願いします。アンケートにご回答いただいた方のなかから抽選で50名の方にAmazonギフト券(Eメールタイプ) 1,000円分または「広告Vol.417 特集:文化」1冊を進呈します。

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『広告』文化特集号のデザイン秘話を語り尽くすトークイベントを開催

このnoteで紹介しきれなかった制作の裏側について、『広告』デザインチームと編集長が語り尽くすトークイベントを京都・恵文社一乗寺店で開催します。

約半年のあいだ100時間以上に渡って「文化」に向き合い、それをどう体現するか、デザインチームが議論したことすべて話します。

入場料は500円(1ドリンク付)なので、お近くの方はぜひ足をお運びください。配信もするので、遠方の方はオンラインでの視聴も可能です。

#1 「文化」をいかに体現するか〜『広告』文化特集号のデザイン秘話
グラフィックデザイナー 上西 祐理 × 加瀬透 × 牧寿次郎

開催概要

[日時]2023年4月30日(日)13:30開場/14:00開始(15:30~16:00終了)
[主催]恵文社一乗寺店
[会場]恵文社一乗寺店 イベントスペースCOTTAGE/配信あり
[参加料金]現地参加/500円(1ドリンク付・定員30名)、オンライン視聴(YouTube配信)/無料
[お申し込み]予約フォーム、または電話(恵文社一乗寺店:075-711-5919)、店頭にてご予約ください。

トークイベントはこの後も続々開催予定です。詳しくは以下をご覧ください。

> 『広告』文化特集号トークイベント


『広告』編集部

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