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79 サーキュラーエコノミーの理想論の先にあるもの

サーキュラーエコノミーへの注目

われわれがよく知る流通は、生産されたものを1カ所に集め、効率よくエンドユーザーに分配していく一方通行の仕組みだ。しかし、昨今の持続可能性の議論のなかで、こうした一方通行の流通モデルの限界が指摘されている。ものを生産し、販売するだけでなく、使用後に回収し、再生するといったところまで含めた新しい流通のモデルを取り入れる企業も増えてきた。こうした流通はサーキュラーエコノミー、あるいは循環型経済という概念で捉えられている。

サーキュラーエコノミーとは、資源やエネルギーを使ってものをつくり、使ったあとに廃棄するのではなく、再生し再活用することで廃棄物を出すことなく循環させる経済の仕組みのことだ。これまでのリニアエコノミー(直線的経済)、いわゆる使い捨て型の経済の仕組みに対するカウンター概念として提唱された。

サーキュラーエコノミーへの注目には、資源の枯渇や環境に対するインパクトの問題が背景にある。最近では脱プラスチックの動きからレジ袋が有料化されたり、飲食店におけるプラスチック製ストローが紙製のストローに置き換わったりといった動きから、より身近に感じられるようになったはずだ。人類が生存できる限界点を定義するプラネタリー・バウンダリー(※1)という考え方があるが、もはや地球環境はこれ以上の廃棄を受けつけることができなくなりつつある。

サーキュラーエコノミーへの転換をリードする代表的な組織のひとつにイギリスのエレン・マッカーサー財団がある。当財団は、サーキュラーエコノミーという新しいシステムを確立するために必要な3つの原則を提示している。ひとつめは、廃棄と汚染を生み出さないようデザインすること(Design out waste and pollution)、ふたつめは、製品と素材を使い続けること(Keep products and materials in use)、3つめは自然システムを再生すること(Regenerate natural systems)である。サーキュラーエコノミーを実現するためには、循環のシステム全体をデザインし、素材を循環させ、自然のシステムを維持し、回復することが必要だとされている。

未曽有の環境危機のなかで持続可能な社会をつくるためには、エレン・マッカーサー財団が指摘するように、循環のシステムのデザインが重要だ。しかし、その新しいシステムへの移行はそれほど容易なものではないだろう。環境問題は産業革命とともに生じたといわれるが、資本主義の膨張もまた産業革命以降、人間が辿ってきた道である。サーキュラーエコノミーの実現のためにはこれまでの資本主義の原理をどのように変革していくかが課題となる。

持続可能な社会を構築するためのドーナツ経済学を提唱しているケイト・ラワースは、環境再生的な経済設計に支えられて初めて、環境再生的な産業設計が真に実を結ぶことを指摘している。持続可能な新しい経済のモデルに対して、過度な株主資本に依拠する企業は、そのモデルからどれだけの利益が生まれるかを問うだろう。だが、真に循環型経済を実現するためには、ひとつの企業だけではなく、複数の企業がエコシステムの輪のなかに入る必要がある。ラワースは企業の行動原理を変革する環境再生的な経済設計の必要性を説く。

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ケイト・ラワースが提唱するドーナツ経済学の枠組み(ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う──人類と地球のためのパラダイムシフト』をもとに作成)

CSRやSDGsといった活動は、企業の一部分やひと握りの市民が唱えるだけの理想論で留まることが多かった。しかし、それでは真の変革からは遠い。プラネタリー・バウンダリーの議論が示すように、現代社会は、人間が快適に持続的に営みを続けられる環境の姿を取り戻せるかどうかの瀬戸際まできてしまっている。ラワースが指摘する環境再生的な経済設計がいよいよ必要だ。本稿では、サーキュラーエコノミーが理想論に留まることなく、社会に定着するためのヒントを探るために、企業、バリューチェーン、都市・地域の各レイヤーにおける事例を見ていく。

サーキュラーな企業──パタゴニア

パタゴニアは持続可能な社会の実現のためにビジネスを通じて貢献する代表的な企業のひとつだ。パタゴニアは2018年「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む(We’re In Business To Save Our Home Planet.)」という新しい企業理念を掲げた。地球を救うことが組織の目的であり、ビジネスはそれを実現するための手段であるという位置付けを明確にした大胆な理念だ。ちなみにそれまでの企業理念は、「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。

そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する(Build the best product, cause no unnecessary harm, use business to inspire and implement solutions to the environmental crisis.)」であった。以前の企業理念は、最高の製品をつくることがまずあり、ビジネスによって環境問題を解決することがそれに続く形で述べられていたが、今回の理念の刷新によって、大きな目的としての地球を救うという姿勢がより強調された形になっている。

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