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55 近代合理主義と流通 〜 マックス・ウェーバーをとおして見る「合理化」の正体

はじめに

今日私たちが生きる資本主義の世界は、「合理化」の追求の結果として、便益の享受という点で絶頂に登りつめた世界かもしれない。流通においては、フォード主義以降の大量生産・大量消費に伴って、大量仕入れ・大量販売を行なうマスマーチャンダイジングが発展。多数の店舗を統括し展開するチェーンオペレーションの広がりとともに、百貨店、スーパーマーケット、コンビニエンスストアなどが隆盛を極めていく。また、戦争における兵站(へいたん)(※1)に端を発する物流機能を統合的に管理するロジスティクスの発達も流通の合理化のひとつである。

これらの結果として、広くあまねく、より早く、より安く、欲しいものを手に入れることができる現代の流通の世界観が誕生したのである。そして、この世界観の延長線上にインターネットが登場し、アマゾン、アリババなどのプラットフォーマーがさらなる合理化を推し進めているのが現代の流通の姿だといえる。

本稿では、こうした現代の流通の姿を生み出した「合理化」の正体を探るべく、20世紀最大の社会学者とも称されるマックス・ウェーバー(1864〜1920年)の研究をひもとき、「合理化」の起源と彼が予見した未来、さらには「合理化」がもたらした社会のあり方について論じていく。

ウェーバーは、自分が生まれ落ちたヨーロッパ近代の特質を考え抜き、「近代資本主義の精神」の成立を論じた『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904〜05年)を発表したあと、さらに、古代ユダヤ教にまで遡って、西洋における近代合理主義の起点を追究した。そして、人類の古代から近代に至るまでの歴史を「世界の魔術からの解放(=脱魔術化)」と捉えた。「脱魔術化」とはすなわち「合理化」である。ウェーバーは自分の生きるヨーロッパ世界を、後述のように、宗教史的に見れば「脱魔術化」が完成した世界だとした。

ウェーバーが近代の特質を捉えようと格闘した時代は、ちょうどニーチェが「神の死」を宣告(※2)し、理論や理性による認識ではなく、本能や“ナマ”の体験や直観を重視する「生の哲学」の影響のもとに、近代文明に対する批判が高揚していた時代でもあった。

このような空気を吸いながらなされたウェーバーによる近代合理主義の分析・評価は、単純に近代を賛美するものでも、全面批判するものでもない。「合理化」に関するウェーバー論の解釈は様々であるが(※3)、本稿では、一般的な解釈を手がかりに、「合理化」「合理主義」が本来的に両義的なものであり、そのようなものとして今日の世界につながっていることを考えてみたい。

近代以前の営利活動

イギリスの偉大な経済学者・哲学者であるアダム・スミスが、“交換”は人間の本来的な性行であり、この交換という性行が自ずと社会のなかの分業を生み出すと論じたように、交換やそれを媒介する貨幣、そして流通という概念は、人間の歴史とともに古くから存在する。

旧中国、インド、バビロン、エジプト、古代地中海沿岸などにもそうした経済活動が古くから見られ、資本の増殖を目指すという意味での“資本主義”的な営利活動は、16世紀初頭に起こった宗教改革以前の時代にすでに展開されていたのである。

地球上を覆う交換・流通も、15世紀末コロンブスが西回りで新大陸を発見して以来急速に拡大した。もちろん遠隔地間の物流は、絹を典型とする王侯の奢侈品(しゃしひん)にみられるように古代からあるが、大航海時代以降、「商業革命」と評されるような地球規模に広がり、やがてはヨーロッパを中心とする世界市場の形成へとつながっていく。

しかし、新大陸発見とその後の時期の交換・流通は暴力、略奪、植民地化、奴隷労働と渾然一体のものだった。危険や冒険と隣り合わせの長期にわたる遠隔地との取引は、南アメリカ大陸やアジアの後発地域へのひどい搾取や恣意的な交渉によって、香辛料や砂糖などを安く買い叩いてきてヨーロッパで高く売るという非道徳的なものであった。これは、当時のヨーロッパの先進地域において、交通網の整備によっていくつかの商業圏が形成され、契約や明記された商業上の道徳的なルールがあったのと対照的である。

「信仰」を駆動力に成立した合理主義

西欧では近代になって、上記のような近代以前の営利活動と並んで、「それとはまったく異なる、世界中ほかのどこにも発展することのなかったような種類の資本主義」が生まれてきたとウェーバーは言う。時間と金を合理的に使い、日常生活を規律化し、資本を増殖させていく経済システムの「合理化」は、どのようにして成立したのか。まったく逆説的なことに、それは、信仰という非合理的なものが駆動力になって生まれたのである。

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