15 アップデートする建築とプログラマー的建築家
建築にとっての「新しさ」とは何か。とかくスクラップ&ビルドのサイクルが根付いてしまっている日本では、直して使い続けるよりも、商品を買い直すように新築することが“安くてウマい”方法だった。それがいま、変わりつつある。先が読めない社会に対応するべく、未完でもいいから自分にアジャストできるものが求められているのだ。完成品を渡す納品型から、ニーズに対応し続けるアップデート型の建築へ。変わり続ける建築の価値を探ってみよう。
納品して終わりじゃない。アップデートが必須の現代建築
2020年の東京オリンピック・パラリンピックを目前に控え、新国立競技場をはじめ東京近郊でオリンピック施設が次々と建設されている。これにより東京の地価も上昇、大手ディベロッパーによる大規模再開発があちこちで行なわれ、東京中が工事中といった感じだ。
この資本優先的な展開や、いわゆる“スターアーキテクト(著名建築家)”がデザインする、見たこともないような斬新な形の建物こそ、ほとんどの人がイメージする“建築”であり“建築家”だろう。それは圧倒的な「もの」としての存在感で人々を魅了する。新しい形が価値になるそれは、まさに建築家の「作品」だ。そして、建築においては、建物が竣工し、クライアントの手に渡る瞬間が、「完成」。作品としてできあがる瞬間となる。
とはいえ、建築はそこでオワラナイ。美術作品と違い、実際に人が中に入り、使っていかなくてはならない。それでも、「作品」としての建築は究極のオーダーメイドとして重宝され、建築家は「先生」として崇められてきた。
それが最近変わってきている。国内外問わず、著名建築家がデザインするアートピースとしての建築という像が、崩れつつあるという。むしろ、チームで活動する建築家たち、建った後も都度のニーズに対応する「使い方」を重視した建築が増えているのだ。なぜだろう?
問題山積み! 少し先も読めない現代
建築は、ほかに流通するものに比べると耐用年数は比較的長い。一般的には、設備関係が30~40年、構造自体は100年以上と言われ、木造の法隆寺は1,000年以上レベル。先を言ったらきりがないが、まあまあ先まで想定しつつ、設計していくことが大前提となる。
ところが、最近は少しの先も見えない。少子高齢化、家族の形や、ITによる働き方、ライフスタイルの変化、自然災害の増加など、「想定外」が常態化しているような状況だ。いまはあたりまえになっているマンションのLDKという単位だって変わるだろうし、多拠点生活があたりまえになるかもしれない。経済を大きく左右するAmazonやAirbnbといったIT系のビジネス展開は、1~2年単位で劇的に変化を打ち出していく。
こうなると、何かを建築・開発するとなっても、オーナーも、デザイナーも、ユーザーも、先が読めないまま走り出さないといけない。そんななか、「まさにこれ」という解答を出すことは、ますます困難になっている。
下図には、建築にかかわる現実の社会状況をトピックごとにあげている。こんなことも関係しているの? と思われそうなトピックもあるかもしれないが、実はそれぞれ密接に関係している。たとえば、PCさえあれば仕事ができる状況では、オフィスという場所そのものを考え直す必要がある。
カーシェアやモバイル・サブスクリプションが進めば、そもそも自宅に駐車場が必要なくなる。核家族が単位となっている住宅の間取りだって、高齢者や単身者世帯のほうが増え、多拠点生活が進んでいけば意味のないモデルになるだろう。
相次ぐ自然災害は、建物の強化のみならず、住む土地(地理的条件)の見直しを迫ってくる。日本、そして東京は、この世界が今後歩んでいくであろう都市像を具現化した、壮大な実験場でもあるのだ。
一歩先行く建築家たちの、ラディカルなデザイン
設計者は、先が読めないからといって、空っぽの箱をユーザーに丸投げするわけにはいかない。そこで、「どう使うか?」がより重要視されるようになってきている。最初に行動に移したのは、若い建築家たち。いまの30~40代、いわゆるロスジェネ世代の建築家は、世界的にはリーマンショックによる不況でほとんど仕事がなく、日本では東日本大震災に追い打ちをかけられ、建築家の職能を見直さざるを得なくなった。彼らは従来の建築家のカウンター的存在となり、約10年のときを経て、その活動を評価する波が生まれている。
・半分だけデザイン。あとはユーザーに委ねる
2016年に建築におけるノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞した、チリをベースに活動する建築家、アレハンドロ・アラヴェナ。彼が様々な専門家と立ち上げたチームELEMENTALは、未完成を意識したデザインを徹底する。
「キンタ・モンロイの集合住宅」は、立ち退きにあったスラム街の住民のためのソーシャル・ハウジング。最低限の水回りやコンクリート構造のみを提供し、残りは住民が少しずつセルフビルドしていくプランだ。また、地震の被害を受けたコンスティトゥシオン市には、仮設住宅の建設資金を使って恒久的な住宅を設計した。こちらも、やはり半分のみ。あとは住人がお金を工面しつつ付け足していくシステムだ。現在はウェブサイトにこれらの図面をアップ、オープンソースとして誰でも使えるようにしている。
ELEMENTAL設計による「キンタ・モンロイの集合住宅」
©Cristobal Palma / Estudio Palma
・地域の自律を促す“しくみ”づくり
イギリスの設計家集団Assembleは、2015年にアート界で権威あるターナー賞を受賞した異色のチームだ。彼らが設計するのは、「建物」ではない。「プロジェクト」を設計するのである。受賞作「グランビー・フォー・ストリーツ」は、失業や人種問題で暴動が起き、スラム化していたリバプールのグランビー地区を舞台に、廃墟を住民とともにDIYで改修して、公共の待合場を兼ねた庭に生まれ変わらせたり、新たな地産品をつくって地元の経済活性に貢献する“しくみ”をつくったことが評価された。
地産品といっても、もともとここに観光資源はない。そこで、廃墟修繕のDIYから得たノウハウを、廃材を使ったインテリア製品を売る小さなワークショップへと発展させた。改修後の現在は、住民が運営を引き継ぎ、可愛らしいタイルやマグカップ、テーブル、照明、ドアノブなどを販売している。
Assembleによる陶芸ワークショップ
提供:Assemble and Granby Workshop
脱・ハコモノ行政。差し迫る課題をポジティブに
課題先進大国と言われる日本は、まず公共事業での変化を迫られている。もともと、日本ではバブル時代に「ハコモノ行政」と呼ばれる、全国に公共施設を設置する政策があった。経済も人口も右肩上がりのままという想定から、大量の公民館、図書館、博物館、美術館がつくられた。
しかし、極端な人口減少にともない、利用者は減り、維持費を捻出することさえ苦しいのが現実だ。しかも、ハコモノ全盛期だった’80年代末から30年ほどが経ち、設備面の理由から、改修を要する時期が一気に訪れていることも、再考に追い打ちをかけている。そんななか、これからを予感させる建築が生まれつつある。
・公立美術館を、みんなが集まるカルチャー・ハブに変える
建築家の西澤徹夫と浅子佳英の共同設計+森純平による「八戸市新美術館」(建設中)は、旧来型の美術館を大胆に拡張した、アップデート型のプランが注目を集めている。美術館をラーニングセンターと位置付け、この建物自体が、土地固有の文化資源を市民と学び、共有していくプラットフォームとなることを目指している。
興味深いのは、「ジャイアントルーム」と呼ばれる巨大空間と、機能や用途に特化した個室スペースの両方があること。イベントやミーティング、トークなど、人が集まるアクティビティが担保される大きな部屋と、展覧会やスタジオ、アトリエなど特定の使い方に最適化された小さな部屋を、ユーザーが組み合わせて使うプランだ。
住民がここで地域文化を学び成長していくように、美術館の使われ方もその都度変わっていく。人も空間も成長していくたびにアップデートされる建築だ。
「八戸市新美術館」の俯瞰図と内部のアクティビティ例 提供:西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオ設計共同体
・最低限のフレームをつくり、運営にも伴走する
「おしか番屋」は、東日本大震災の津波被害を受けた牡鹿半島にある小さな建物。設計した建築家の萬代基介は、住民にヒアリングをした際、予測できない変化を許容できる建築が求められていると感じた。
「ある時、地元の方から『建物をつくってくれたら、あとはそこから考えるから大丈夫』と言われた。それはけっして投げやりな言葉などではなく、彼らの自信のようなものだった」(「10+1 website」2017年10月号より)。
この気付きから、彼は背景に消え入るほど繊細な構造の余白をデザインした。付き合いはそこで終わらず、竣工後は、萬代自らが、建築家の千葉学や新しい石巻をつくるプロジェクトISHINOMAKI2.0の人たちとともに、サイクルツーリズムイベントなどを企画。地元のお母さんたちに交ざり、お弁当をいっしょにつくって振る舞ったりもしている。建築家がユーザーに伴走することで、建築自体も成長しているのだ。
萬代基介設計の「おしか番屋」 ©萬代基介建築設計事務所
グローバルに均一化する、資本主義的な物件価値
一方で、グローバルな資本主義的社会では、建築を投資商品とする動きも加速している。REIT(リート)は、投資家から集めた資金で不動産を運用し、収入などを元に投資家に分配する金融商品。これは、世界各国のあらゆる建物を、条件別に分類・数値化した上で価値を定めている。
また、各国で定め方は異なるが、地球環境への配慮や室内の快適性などの環境性能を数値化し、ランク付けをする指標も浸透している。どちらも、ある一定の条件や分類のなかでランクを定めるので、どうしてもこぼれてしまう価値が出てくる。たとえば、古さがいい味を出している物件なども、単純に経年がマイナスとされてしまう。そのため、この価値基準が、画一的なデザインや開発をドライブさせるという指摘もある。
ただ、次々とオフィスの概念が変わっていく現在、立派なオフィスビルをつくっても、企業が短期間に出入りして収支予測がつかないといった状況も頻発している。すでに欧米では、ディベロッパーが新たなオフィス形態を模索しているのだとか。今後は都市の大規模開発にも変化があるかもしれない。
経済価値を生みながら、ゆっくりと北へ延び続ける元線路
つねに変化し続けるアップデート型の建築の萌芽はあちこちで生まれている。しかし、より大きな規模の建築にも適用するためには、経済効率性もよくなければ広まらないだろう。そのひとつの可能性として、ニューヨークにあるハイラインを紹介したい。
「ハイライン(The High Line)」は、ニューヨーク市にある全長2.3㎞に延びる帯状の公園。マンハッタンにかつて存在したニューヨーク・セントラル鉄道ウエストサイド線の高架部分を再利用する形で建設されている。
この計画は、ものの設計だけでなく、利用の仕方もあわせて提案するプロポーザルによって決定した。公園は、ランドスケープコンサルタントのフィールド・オペレーションズと建築設計事務所のディラー・スコフィディオ+レンフロによってデザインされ、植栽デザインと工学デザインの担当者もいる。
設計のテーマは、「Keep it simple, Keep it wild, Keep it quiet, Keep it slow.(シンプルに、野生のままに、静かに、ゆっくり)」。廃線を活かしたデザインに、目立って大きな造形を設置した新築感は一切ない。美しい植栽やちょっとしたベンチ、すり鉢状のミニステージ、小さな水場など、その場ごとにさりげないしつらえが添えられているくらいだ。
ニューヨークの「ハイライン」 提供:ferrantraite/Getty Images
格好の散歩道となったこの公園は、観光客にも大人気で、年間約500万人が訪れる。また、ハイラインはもともと産業用の鉄道だったこともあり、建物に接近したり突き抜けたりしている。これが結果的に周辺の不動産価値を上げることにつながり、高級レストランやコンドミニアム、ギャラリーなどが次々移ってきているという。計画は、廃線跡を少しずつ直すようにフェーズを分けて南から北へと延び、現在もさらに延び続けている。
ハイラインのもうひとつの特徴が、イベントをつねに仕掛けていくことだ。運営は、フレンズ・オブ・ハイラインという組織が担っているが、引き続き、建築家やデザイナーもかかわっている。
あちこちで、短期的な展示やインスタレーション、ガイドツアー、ポップアップストアなど、多様なイベントが催されているので、訪れる人も飽きることなく楽しめる。
そのひとつ、2018年に行なわれた『ザ・マイルロング・オペラ』は、作曲家デイビッド・ラングと、ハイラインを設計した建築事務所の考案による。1.6㎞にわたる道に地元の歌唱グループ約1,000人が並び、それぞれが独自に歌うこのイベントは、大きな注目を浴びた。
最初の街区ができてから10年。絶えずイベントを繰り出すことで、地域活性の核であり続けるハイラインは、つねに成長し、出来事(イベント)をゆるやかに包み込む場としての可能性を示している。
やわらかく、ゆるやかな、しくみ
未来が想定できない。そんなネガティブな状況を逆手にとって、予測不可能なことを生み出す土壌をつくること。ここまで見てきたように、それこそが、これからの建築に求められている。
それを実現する建築家は、ゆるやかな“しくみ”をデザインする、プログラマー的な存在と言える。予測可能な未来をデザインするのではなく、様々な出来事を促す最低限のシステムやツールを「空間的に」用意する行為は、プログラミングに近い。
そこには、空間自体を調整してアップデートしていくハード的な面も、実際の運営やイベントづくりに伴走するソフト的な面も含まれる。完成品を納品してサヨナラではない、むしろ、ゆるやかなしくみという種をまき、そこから育てていくことが大事になっていくだろう。
この姿勢はデザイナーである建築家に限られることではない。建物を使うユーザーである私たち、出来事を仕掛けようとするクライアントも共有できることだ。不確定であることをみんなでシェアして、わからないことに賭けてみる。その意識こそが、変化する建築を育てる。そして、変化ありきのものへの投資や経済活動につながれば、都市は変わっていくはずだ。
文:柴原 聡子/監修:小林 恵吾/インフォグラフィックス監修・素案作成:早稲田大学小林恵吾研究室
小林 恵吾 (こばやし けいご)
建築家。早稲田大学准教授。早稲田大学、ハーバード大学大学院を卒業後、2005~2012年レム・コールハース率いるOMA/AMOのロッテルダム事務所に所属。中近東や北アフリカの大規模建築や都市計画プロジェクトを手掛けた。2014年に第14回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の展示デザイン、2018年には「ゴードン・マッタ=クラーク展」(東京国立近代美術館)の会場構成を担当。
柴原 聡子 (しばはら さとこ)
編集者。早稲田大学で建築を学んだのち、設計事務所や美術館勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、書籍やウェブサイトを企画・編集するほか、展覧会やイベントのPRも行なう。2012年、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」(東京国立近代美術館)を企画。
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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。