6_ハイブランド

6 チープをモチーフにするハイブランド 〜 価値付けのゲームはどこへ向かうのか

あの、青いIKEAバッグそっくりのバッグ。一見、大衆的でチープなモチーフを扱ったアイテムがいま、高価格で販売されている。それらをリリースしたのは、バレンシアガ(BALENCIAGA)、 ヴェトモン(VETEMENTS)など、いずれも昨今のファッションシーンを牽引するハイブランドだ。両ブランドの中心人物であるデザイナーのデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)は、一体なぜこのようなアイテムをつくったのだろうか?

そして、なぜ消費者たちは、チープなモチーフ×高価格といった相反するコンビネーションに心を掴まれるのだろうか? 10年サイクルで変化するというファッションシーンにおける変遷を追い、その過程に登場するメインプレイヤーたちの“価値付けのゲーム”のありようから紐といていく。

デムナ・ヴァザリアが起こした価値転換

2015年にバレンシアガのアーティスティック・ディレクターに就任したデムナ・ヴァザリアによって、2017年春に発表されたのが、IKEAのバッグ「FRAKTA」を模したアイテム「アリーナ・エクストラ・ラージ・ショッパー・トート・バッグ」だ。

ご存じのとおり、元ネタとされるIKEAのバッグは、約100円という安値にもかかわらず、耐久性、機能性、サスティナブル性に優れていることで有名だ。一方、バレンシアガは、子羊革とダブルプリントの子牛革を使用しており、実用性の低い正反対のつくりとなっている。そしてなんと言っても、その値段が20万円(2000倍)以上であることは、大きなギャップとして目に飛び込んでくる。

デムナが、このバッグをつくった意図とは何なのだろうか。そのひとつに、彼の服づくりへのアプローチが関係している。日常に存在するありふれたものをファッションへと転換する。これが彼の手法であり、大衆的でスタンダードなものを、ラグジュアリーに昇華させることで、彼独自のアイテムへと仕立てあげていく。バレンシアガの“IKEAバッグ”もそのアプローチの結果、生まれたものだろう。

もうひとつは、アーティスティック・ディレクター就任直後の彼自身に託された役割だ。それは端的に言えば、ブランドイメージを刷新すること。バレンシアガと言えば、オートクチュールを代表する高級志向のブランド。そこに、ストリートウェアにおいて、ビッグシルエットなどトレンドの火付け役となったヴェトモンのデザイナーであるデムナが就任するのは、従来のハイブランドの世界観にまったく異なる価値観を持ち込むような事件的出来事だった。言わば、ストリートとラグジュアリーの境界線を曖昧にするような役割を担っていたのだ。

彼のコレクションは、デザイナー自身、そして、ブランド全体のファッション業界に対するステートメントとして機能しており、そんなブランドの変化が現れているアイテムのひとつに“IKEAバッグ”があった。

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ファッションは、ビジネスとコンセプトが重要であるとデムナは説く。その態度は、仕立てやクオリティに重きを置いていた、かつてのデザイナーたちとはやや異なると言えるかもしれない。

ビジネスに関して言えば、彼自身が指揮を執るシグネチャーブランドであるヴェトモンについて、アイテムの流通量を抑え希少性を保つ売り方が商業的だと揶揄されることもあるほどだ。もちろん個人の表現としてクリエイションを行なっている部分はあるだろうが、戦略にもとづくクリエイションでもあることは、デムナの大きな特徴と言える。

バレンシアガのコレクションは、手の込んだ仕立ての高級なクチュールに大衆的なストリートを持ち込むというコンセプトのもとつくられたものだが、なかでも“IKEAバッグ”は、ひときわ極端な表現として目立ち、ユーモアすら感じられる。実際、「IKEAバッグそっくりのアイテム」として、ハイブランドに興味のない人々にもおもしろがられ、その値段のギャップも手伝ってか世界中のバイラルメディアに取り上げられた。

“IKEAバッグ”は、ある意味、ネット上の反応を計算した上でつくられた「話題づくり」のアイテムとも言えそうだ。

こうしたアプローチは、いままでハイブランドを追ってきた購買層の心にも響く。彼らが従来ハイブランドに感じていた期待感は、数十年をかけ次第に退屈へと変化し、徐々に新しい一着を買うことへの疑問を抱かせ始めた。そこに現れたのが、デムナであり、伝統あるハイブランドにおいて、“IKEAバッグ”のような、ある意味「ダサい」アイテムをラグジュアリーとして提示したことが、新しい何かを求めていた彼らの購買意欲を掻き立てた。

彼らにとって、大量生産への揶揄とも取れるユーモアを楽しむことこそが新たなラグジュアリーとなり、それらを身につけることもまた、コンセプトそのものを楽しむスタンスの現れとしてステータスとなる。

さらに、いわゆるミレニアル層のような若い世代には、別の形で“IKEAバッグ”が受け入れられた。先述したとおり、ハイブランドへの退屈の波は、若者たちが持つハイブランドへのイメージにも同様に波及しており、そのとき、溝を埋めたのがファストファッションだった。

ただ、「ハイブランドのコピー品」といった指摘が話題となるファストファッションも巷にあふれ始め、飽和状態となりつつあった。そんな状況で登場したのが、ヴェトモンやバレンシアガの独創的なアイテムたちだ。

もちろん高価格帯で販売されるアイテムには手を出せないが、形が似ているビッグシルエットのTシャツや“本物のIKEAバッグ”といったチープなアイテムを自身のスタイリングに取り入れることで楽しむ動きが盛んになった。その上、バレンシアガの“IKEAバッグ”は、若手ブランドにもインスピレーションを与え、二次創作的な動きも生まれた。たとえば、ロサンゼルスを拠点にしているブランド、プレジャーズ(PLEASURES)とチャイナタウン・マーケット(Chinatown Market)は、2017年に“本物のIKEAバッグ”の素材をリメイクしたキャップを約4,000円で発表、スタジオ・ヘーゲル(STUDIO HAGEL)は、同様にリメイクのシューズを発表するなど、ひとつのトレンドと呼べるまでにその熱は広がっていった。

安価なモチーフ×高価格のアイテムという一見トリッキーな組み合わせは、セレブリティや従来のハイブランドファンなど購買力のある層には、従来的な価値付けの延長にある新しいステータスを与えた。

一方で若い世代には、SNS上のバズやトレンドに参加することで生まれるような体験価値(=従来とは異なる潜在的な購買意欲や創作意欲)を体現させるきっかけとなった。“IKEAバッグ”からは、そんな価値の移り変わりが見えてくるのではないだろうか。

そして、こうした価値付けのルールをつくりだした中心人物こそが、デムナ・ヴァザリアであり、彼がファッションのあり方を再定義する新世代のデザイナーと呼ばれる由縁になったのだ。

ヴァージル・アブローが用いる広告的手法

現在、デムナとは異なるアプローチでも、新たな価値はつくり出されている。その一端をご紹介しよう。コンセプト重視のデザインを、より強力に打ち出しているのがヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)だ。

彼もデムナと同じく、自身のブランド、オフ・ホワイト(OFF-WHITE)でストリートウェアを手がけた後、2018年にルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)のアーティスティック・ディレクターに就任する。最初のバズが起き、彼の名が知られるようになったのは、Tシャツから。彼はいまではブランドの代名詞的に親しまれているモチーフ「“ ”(=クォーテーションマーク)」を必ずどのアイテムにも加え、そのなかに意表を突く単語を入れ込むことで、ひと目でヴァージルのデザインだとわかるよう示してきた。

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協力:WORM TOKYO

このキャッチーなモチーフのコンセプトを表していたのが、2018年3〜4月に日本のカイカイキキギャラリーで開催されたヴァージルの個展「“PAY PER VIEW”」。展示では「俺たちは全員、消費という行為によって形作られている」とのキャッチコピーのもと、大胆に黒く塗りつぶされたキャンバスの右下に、大手広告代理店やメディアのロゴを配置した作品などが並び、広告が人々の行動に与える影響を示した。

これには、ヴァージル自身が頻繁に言及する「泉」で有名なマルセル・デュシャンのレディ・メイドの精神とも共鳴するものがある。デュシャンが便器に書いたサインや、商品のロゴは、記号が加わることで、ものに新たな意味付けが与えられるという機能を果たすが、彼が多用するクォーテーションマークもまた同様の機能を持っている。

つまり、オフ・ホワイトにおけるクォーテーションマークとは、ブランドのアイデンティティを示すだけではなく、テーマやコンセプトを落とし込む窓にもなっているのだ。これは形や色といった、もの自体のデザインでコンセプトを体現してきた従来のブランドとは大きく異なる点と言えるだろう。

ヴァージルは、ファッションに現代アート的な手法を持ち込むことで、コンセプチュアルなアイテムを生み出す。こうしたアプローチは、ファッションにおけるロゴの役割を再定義し、従来とは異なる新たな価値付けの可能性を切り開いて見せたのだ。

仕立てに回帰するキコ・コスタディノフ

加速度的にトレンドが移り変わるなかで、新しい価値付けすらもすぐに廃れてしまうことは無視できない。そんな流れから離れようとしているのが、ロンドン発のブランド、キコ・コスタディノフ(KIKO KOSTADINOV)だ。

このブランドの特徴は、ユニフォームやワークウェアといった機能的なディテールを追求し、さらには、デザイナー自らがパターンを引き、手作業にこだわる点。派手な装飾が特徴の同年代のロンドンブランドとは異なり、あくまで日常生活における機能性を重要視した、普遍的な価値のある服づくりに取り組もうとしている。

キコのディテールや服づくりへのこだわりは、コンセプトに重きを置くヴァージルとは正反対と言えるだろう。

彼はInstagram上で、ヴァージルによるルイ・ヴィトンのアーティスティック・ディレクター就任後初のショーで発表されたアイテムに対し、事細かにそのつくりの甘さを指摘したり、アイテムの参照元となっているであろう事例を引っ張ってきたりといったパフォーマンス(?)を行なったこともある。

昨今の、コンセプトが重視され、アイテムそのもののデザインが軽視されている現状に批判的な態度を示しているのだ。

キコのような過去への回帰とも言えるアプローチが、今後、どのような価値を帯びるのかがわかるのは、もう少し先になるかもしれない。現状のコンセプト重視のアプローチがまだまだ続くこともありうる。

ただ、ファッションにおける大きな転換は、10年ごとに起こると言われている。いまから10年後、われわれはまた新たなプレイヤーによる新たな価値付けのゲームに驚かされることになるだろう。

構成:酒井 瑛作/文:倉田 佳子/写真:草野 庸子/スタイリング:EIJI TAKAHASHI(ACUSYU)

倉田 佳子 (くらた よしこ)
ファッションライター/コーディネーター。1991年生まれ。ロンドン留学後、国内外のファッションデザイナーやフォトグラファー、アーティストなど幅広い分野で取材。SSENSE、i-D JAPAN、STUDIO VOICE、FASHIONSNAP.COMなどに寄稿。共同翻訳・編集に『“複雑なタイトルをここに”』。

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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。

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