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134 風景から感じる色と文化


色で感じる文化

コロナ禍で海外に行くことも、人が来ることも少なくなったが、「文化」を感じるのは、自分たちとは異なる文化を持つ共同体の地域に行ったり、人が来たりするときだろう。

1874年(明治7年)に政府の招きで来日したイギリスの化学者、ロバート・ウィリアム・アトキンソンは、『藍の説』において「日本において藍は染料となして、これを使用するのが大変多い。日本に来て全国に至るところで藍色の衣裳をみる」と記載し、「ジャパン・ブルー」と称したという(※1)。また、1890年(明治23年)に来日した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も、『神々の国の首都』に着物や暖簾など藍がいたるところで使用されていることを記している(※2)。日本の藍染めに用いられる蓼藍と、その染色の技術は、染色家の吉岡幸雄によると、中国や朝鮮半島から5世紀頃に輸入されたという。安土桃山時代前後には徳島県の吉野川流域で栽培され、全国に流通するようになった。庶民も購入できる安価で染まりやすい染料であったため、衣服や暖簾などあらゆるところで使われていたのだ。

しかし、いまや日本にそんな風景はどこにも見当たらない。わずか150年程度前の話ではあるが、その間、西洋からの急速な文化の流入によって、日本の街は一変する。とくに、人工的な合成顔料や染料の輸入は、藍染めのような伝統的な産業や風景も解体してしまったのである。18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパにおいて、多くの合成顔料・染料が発明され、明治維新後の日本にも大量に入ってくる。それが日本の色彩文化を大きく変えたことは間違いない。明治以前までの日本の色彩文化は、民俗学者の柳田國男が「天然の禁色」(※3)と称したように、天然の顔料や染料を使用していため、発色には限界があった。それらがとくに鮮やかさという面で日本の色彩文化を制限していたといってよいだろう。

ただし、それ以前からも長崎の出島を経由して、合成顔料・染料は少しずつ入ってきている。「ベロ藍」と言われるベルリンで発見された人工の藍、プルシアン・ブルーは、幕末に活躍した葛飾北斎、安藤広重などの浮世絵に用いられ、とくに北斎は多用した。北斎が富士山や海、空で使用する鮮烈な青は、オランダ経由の交易によって「ベロ藍」が持ち込まれなければ表現できなかっただろう。

日本の陶磁器や漆器は「ジャポニスム」として、ヨーロッパの芸術家たちを魅了した。同時に輸出された浮世絵は、マネや印象派の画家たちに大きな影響を与え、ゴッホなどは遠い異国の地である日本の光を求めて、日本の気候とは対極とも言える地中海性気候の南仏に行き、強い日差しと乾いた空気のなかで鮮やかな絵画を描いた。このように色彩文化には地域性と国際性の循環構造がある。問題なのは、今日の行き過ぎたグローバリズムと文化の均質化だろう。

地域の色と地理

では、地域の色を規定するものは何だろうか? 色彩大国フランスにおいても、1960年代、建設業界が工業化され、風景の均質化や色彩環境の悪化が叫ばれていた。とくにプラスチックのような石油化学素材や化学塗料は、発色がよいため容易にその土地の色を解体してしまうからだ。

フランスの著名なカラリスト、ジャン・フィリップ・ランクロは、再び地域性を取り戻すために、フランス全土を調査する。とくに注目したのは土である。フランスの土には、人類最古の顔料と言われるオーカーや石灰岩、花崗岩など様々な色の地層がある。それらの土が建材に使われ、その地域の基層の色になっていることが多い。

ランクロは、その地域の建築に使われている素材、スケッチ、写真、建築の配色のパターンなどから、その地域固有の色や配色を分析していった。そして、地理のなかに見られる色彩と色彩文化を、「色彩の地理学」と命名し、1977年に、ポンピドゥー・センターで展覧会を開催するほか、1982年には『フランスの色彩』(※4)として書籍にまとめた。その後、ランクロは、「色彩の地理学」の概念と築き上げた分析手法を使いながら調査の対象をヨーロッパ、さらに世界にまで広げ、『ヨーロッパの色彩』『世界の色彩』を刊行する。『世界の色彩』のなかでは、瀬戸内海に面した室津(兵庫県たつの市)も触れられている(※5)。世界中の色に注目して見てきたランクロが、日本を取り上げるに際して、室津を選んだのは興味深い。古い街並みが残る漁村に、「色彩の地理学」を見たのであろう。

ランクロがフランス全土から集めたという土のサンプル。「色彩の地理学」のシンボルになっている 画像:『カースタイリング別冊──色彩の地理学』(ジャン・フィリップ・ランクロ、カースタイリング出版、1989年)5頁より

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