32_時代を超えて再評価

32 時代を超えて再評価されるもの 〜 なぜ’70〜’80年代邦楽の世界的リバイバルは起きたのか

数年前より、1970~1980年代の日本のPOPSを中心とした様々な音源への再注目・復刻が、ヨーロッパを中心に不思議な盛り上がりを見せている。オンラインメディアの出現により、国やジャンルなどあらゆる固定概念を取り払って楽曲に出会える時代において、シンプルに「良曲」と判断された楽曲が評価され、そのなかには有名アーティストが生み出したヒットソングから、日本人もほとんど知らない未発掘音源までもが含まれている。

発表当時は反応や規模も様々だった楽曲がネット上に再収束し、驚異的な再生回数を叩き出す現象を考えたとき、“現代の感性に刺さる/刺さらない”を形づくる源流とは何だろうか? かねてより日本の楽曲を海外へ紹介・販売してきた第一人者であるオンラインレコードショップORGANIC MUSICのオーナーChee Shimizu氏と、いまや店頭でのリバイバル音源がもっとも売り上げを伸ばし、音源の再発事業も手がけるHMV record shop 渋谷の長谷川賢司氏にインタビューを行ない、リバイバルの動向、普遍的な価値を見出す感性の仕組みを探った。

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── ここ数年、様々な国で日本の音楽がフィーチャーされ、日本国内で逆輸入的に再評価されるという現象が起きています。かつて国内で大ヒットした著名アーティストの楽曲から、知る人ぞ知るアンダーグラウンドな音楽までジャンルは様々ですが、いつ頃から、どのような経緯でこういったムーブメントが起こったのでしょうか。

長谷川:日本独特のレアグルーヴの再評価が顕著になってきたのは、2010年前後からだと思います。国内のクラブなど、ローカルな現場では’90年代前半からそういった音楽を流すDJがすでにいました。しかし、日本語の歌詞の壁や洋楽の「コピーである」というイメージが強く、主流になることはありませんでした。当時かけるときは勇気がいりました。気持ちに余裕がないとかけづらかったです(笑)。

Shimizu:その気風は最近まで続いていたように思います。日本語の歌詞だとダイレクトに入ってきてしまうので、気恥ずかしさを感じる部分があったかもしれません。

長谷川:Shimizuさんの活動などをきっかけに日本音楽に対する壁が崩れ始め、オンラインメディアの普及によって急拡大したと思います。YouTubeはもちろん、世界中の人々がDJ的に楽曲をミックスし、アップロードを始めたSoundCloudの影響は大きいです。

Shimizu:2008年にORGANIC MUSIC(※1)を始めたんですが、ヨーロッパへ音楽を買い付けに行った際に、向こうのショップやアテンドをしてくれる方々にお土産として日本のレコードを渡していました。日本の音楽は彼らからすれば未知であり、「あなたは日本人なのだから、日本の埋もれた音楽をもっと探すべきだ」と言われました。

様々な国のエキゾチックな音楽のひとつとして受け入れる彼らに触発され、2010年頃からチームを組み、海外の音楽を探すのとまったく同じ感覚で国内の楽曲を探し始めるようになりました。そこでおもしろいものがいっぱいあるということがわかったんです。

長谷川:自分でも再発見したんだ。

Shimizu:そうですね。聴く耳が変わり、自分のフィールドで聴くことができるようになりました。

長谷川:世界中にDJのコネクションというものがあって、そこで音楽がシェアされたことも影響していますね。

Shimizu:楽曲の拡散はインターネットも関係しているんですが、源流という意味ではそういったフィジカルな動きが大きいです。とくにヨーロッパは陸続きなのでローカルでDJや音楽通の人が接触する機会が多く、横のつながりが強い。

長谷川:単発で知っている日本産の曲はあっても、シーンとしては体系化されていなかった。それが、各DJがコレクションを蓄積していくことで会話のトピックになり、私たちが海外の音源を探すような感覚で日本の音楽を掘るという土壌につながっていったのだと思います。

Shimizu:ニッチな世界の話ですが、いままでにもこのようなことが小規模で起きていました。

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── 2年ほど前から、日本にレコードを買いに来る外国人がテレビで取り上げられるようになりました。また、海外リスナーの影響で竹内まりやさんの『Plastic Love』がYouTubeで2,500万回以上、松原みきさんの『真夜中のドア~Stay With Me』が1,300万回以上再生されたりして、逆輸入的に日本のミュージシャンがカバーするという動きも起きました。その起点は何だったのでしょうか。

Shimizu:やはりYouTubeを中心としたWEBがきっかけだったと思います。アルゴリズムを使った関連動画が表示されるようになり、深く掘り下げなくても手っ取り早く情報が飛び込んでくる状況になったのは、かなり影響がありました。

長谷川:2014年に渋谷のHMVがレコードショップとして復活したんですけど、同時期から楽曲を国外で音源化したいというオファーが制作者宛てに激増しました。原盤を探しているという問い合わせも急に増え、Shimizuさんの動きも受けて日本の音楽の評価が海外で変化していると実感するようになりました。Discogsというサービスの登場も大きいです。

Shimizu:Discogsとは、レコードを中心に個々人が音源の情報を投稿・編集できるデータベースで、CDやレコードの売買もできるサービスです。あっというまに巨大化し、現在は世界のインターネット上における中古レコードの売買はほとんどDiscogsで行なわれています。あとはイギリスのNTSといったSNSを経由したコミュニティーラジオの登場です。僕もそこで番組をやっていて、トラックリストを必ず提出するため、アーカイブから楽曲を探しやすい仕組みがつくられています。それを関連楽曲の提示されるサイトで検索する、というサイクルで加速したのだと思います。

── 芋づる式に音楽を探せる環境が整ったということですね。

Shimizu:ハウス、ディスコの流れから入った僕らと日本のヒップホップから入った人、歌謡曲のDJから入った人など国内だけでもきっかけは様々です。インターネットで自分たちのスタイルを広く公開できるようになり、大きなシーンになったという流れです。さらに2010年頃から全世界で若い世代がYouTubeなどから劣化したままの音源や映像をひろってエディットする文化が生まれ、「Vaporwave」「Futurefunk」と呼ばれるジャンルが広がりました。

’70~’80年代のシティーポップと言われる音楽もサンプリングされるようになり、その元ネタを探す所から広がった経緯もあります。そのようなネット上の動きと先ほどのフィジカルな動きが絡み合い、急速なスピードで様々な音楽が知られるようになりました。もともと日本はアジアのなかでいち早く先進国となり、外国の文化が’80年代という早い時期に大量消費されたことで、その世代がノスタルジーな動機からアップロードした音源がWEB上にソースとして大量にあふれていたわけです。それが様々な流れの下地になっています。

長谷川:嗜好やルーツは多種多様なので、それらのジャンルの共通項をひろい上げられた音楽が注目を浴びているのだと思います。

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── 日本の楽曲を探す海外の人たちは、何に引っかかっているのでしょうか。

長谷川:「日本の音楽だから」という理由ではないと思います。

Shimizu : 「ほかの国の音楽と違っていていい」という感覚でもありませんね。早い段階で先進国化し、いまよりも大量のお金がかけられたいい環境で録音された楽曲たちなので、並べて聴く際に受け入れやすいんだと思います。

長谷川:戦後、カルチャーが欧米から一気に流入したことで国内に大きな衝撃が走り、質の高い音楽やミュージシャン達が育つきっかけになりました。でも、流通の面では海外へ発信するという思考がなく、国内で完結してしまっていた。そんな状況が最近まで続いていました。島国という立地と英語を話せる人が少ないことも、日本の音楽カルチャーが閉鎖的になってしまっていた原因でしょう。

Shimizu:海外との物理的な距離も壁になっていましたよね。

長谷川:たとえば工業製品は評価を早くに得られたことでどんどん海外に輸出されていきました。ものづくりという側面から言えば、日本の音楽も同じくらい進んでいて’80~’90年代くらいまでは海外と遜色のないものをつくっていたように思います。海外や新たな世代からすれば、「すごくいい“鉱脈”が眠っていた」と。それがインターネットを媒介して一気に表に出てきました。まだまだこれから火がつく音源も大量にあると思います。

Shimizu:質の高い音楽が眠っていたというのは確かです。そこに、海外でたまたま「日本にこんないい音楽があった」という感覚が生まれた、というのが正しい認識です。

長谷川:隔絶された島国の私たちが「和モノ」として音楽を聴いてきた文化と、海外での音楽の聴き方はまったく違うでしょう。たとえば、日本では歌詞を重要視してしまう。その辺りについてはデジタルネイティブの世代がうまく感覚の共有をしている気がします。

Shimizu:日本の文化としてアニメも早い段階から輸出されましたが、それも海外の人が日本の音楽に興味を持つ入り口にある程度はなっていたでしょう。様々な要素が少しずつ絡み合っているんだと思います。

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── そういった流れから、音源の復刻が実現することはあるのでしょうか。

Shimizu:国内でレコードを出すなら、いま売れることも考えなくてはならないですが、海外ではその障壁を飛び越えやすいです。マーケットが広いので流通する枚数も多く音源化しやすい。国内だと海外で販売する物流システムがまだ整っていないというのもあります。

── 海外のほうが価値を再定義しやすい面もあるのでしょうか。

Shimizu:気軽なんだと思います。フットワーク軽く動けるので。ありとあらゆるツテから実現させる道を探すんですね。

長谷川:日本でも見習うべきところだと思っています。売れる/売れないをひとりのスポークスマンが責任を持って一手に引き受けるので。これが日本だと、「売れるんですかね……」という自信のなさが出てきてしまう。自信を持って進めるというケースが少なすぎる。

Shimizu:再発/復刻に関しては、先ほどのネット評価やYouTubeの動向などを気にしていたら遅いわけです。そんなことを気にしているうちに、どこかの国の誰かが動いてしまいます。その前に、そこに興味を持って行動に移そうとプロデュース的判断のできる人が必要になってくる。

相手のマーケットは全世界なので、僕らも向こうの流通に乗っていかないと「広がっていく」ということに関しては難しいと思います。あとから追いかけても遅い、ということです。「好き」を押しとおせる人間と、それをフォローできるプロデューサー的な存在の必要性ですね。ここに関しては、国内の動きはまだとても小さなものです。

── 世界中に点在するファンが複合的に集まり、彼らがある音源やプレイリストに集中して数値化されるため、大きなことが起きているようにネット上では見えている。それを一手に集めるシステムがないとビジネスにはならないということですね。

Shimizu:はい。実現するのはかなり大変ですが。

長谷川:しかし、日本の小さなマーケットのなかから、驚くほどニッチな音源を海外の人がひろい上げていくのはおもしろいです。

Shimizu:そうですね。先ほどのNTSというインターネットラジオのイベント出演のためイギリスに行ったら、海外の若いDJが日本のプロレス実況のレコードをかけ始めたり……。いままでこんなことはなかったです。

長谷川:店頭を見ていると海外からレコードを探しに来る人が急に増え、いまではそういった和モノが一番の売れ線になっています。たとえば少し前まで山下達郎の『FOR YOU』というアルバムは中古価格が1,500円でしたが、この2年で5,000円まで跳ね上がりました。海外のお客さんの影響ですぐに売れてしまい、「レア化」したんです。

Shimizu:いままで大量に在庫のあった音源が国内ファンにはひととおり行き渡り、海外に運ばれた。海外ではまだまだファンが増加しているし、どんどんマニアック化すると思います。楽曲に支払う金額も増え、マイナーな音源もどんどん海外に運ばれていくでしょう。

長谷川:円安の影響も大きいです。タイ、インドネシア、フィリピンなどのお客さんは定価で大量に買っていき、向こうではそれが10倍の価格で売られているそうです。

Shimizu:アジア圏の富裕層の生活水準が急激に上がり、オーディオへのこだわりなどを含めて音楽を聴くことが趣味になっており、中国や韓国でも大きなマーケットになりつつあります。

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── 価値があとから認められるという可能性について、実際にいま音楽制作を行なっている人が参考とすべき部分はあるのでしょうか。

Shimizu:墓場のように見える場所をつねに掘り起こし、再評価する人々はこれからも世界中で増え続けると思います。いま現場を見ていると、ライブでいい音で鳴らそうという意識のミュージシャンも多いですし、ネットにあふれている低解像度のMP3音源からサンプリングして現場で鳴らすという文化も並行してあるので、どちらも表現として残っていくと思います。

商業主義的/個人主義的、またはいい音楽/使い捨ての音楽とも言えますね。つくるという行為自体がすでにプラスなわけで、そこにどれだけのモチベーションがあるかだけなので、自分のいいと思えるものを追求するしかないですね。

長谷川:WEBメディアの充実やファン層の拡大、良質なものを求める意識の広がりによって、つくり手とファン双方がいいものを追求できる環境は整ってきていると思います。

構成・聞き手:黒柳 勝喜/文:山田 さき/写真:山本 華

Chee Shimizu (ちー しみず)
DJ、選曲家、プロデューサー、ライター、レコード・ショップ「ORGANIC MUSIC」の運営など、多彩な顔を持つ音楽人。著書に『obscure sound~桃源郷的音盤640選』(リットーミュージック)。17853 Records、JAPANISM(HMV record shop)など複数のレコード・レーベルを主宰。
長谷川 賢司 (はせがわ けんじ)
1990年よりDJとしての活動を始め、20年以上にわたりDJ、選曲家、パーティーオーガナイザーとして活動。レコードショップ「ミスター・ボンゴ」、ライブハウス&シアター「音楽実験室 新世界」店長を歴任後、エイベックス株式会社にて制作ディレクターを経て、現在HMV record shop 渋谷のバイヤーを担当。
脚注
※1 ORGANIC MUSIC……オーガニック/エスニック/サイケデリック/スピリチュアル/エクスペリメンタルなど国内外を問わずセレクトされた音源がそろうChee Shimizu氏が運営するオンラインショップ。http://organicmusic.jp/

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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。

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