14 「最新」があたりまえの世界へ 〜 アップデート前提のものづくり
家電やファッションの世界では、「新しさ」という評価指標が氾濫している。一方で、必ずしも「新しさ」を売りにしないものづくりのカタチがある。スマートフォンアプリは最新バージョンであることがあたりまえであり、ユーザはそのことをもはや意識すらしていない。Microsoft OfficeやAdobeなどのPCソフトも、パッケージ買い切りからアップデートによる逐次的な機能追加のモデルに移行した。
Amazon EchoやGoogle Homeなどのスマートスピーカーもまた、とくに操作をしなくても随時アップデートされ機能が追加されていく。いま、「アップデート」を前提とするものづくりが様々な分野で広がっている。そのとき、つくり手と生活者の関係はどのように変化するのだろうか。
アップデートへの「期待」で選ばれるテスラ
アメリカの電気自動車メーカー「テスラ」は、アップデート時代のものづくりの好例だ。通常の場合、自動車は、新車を買っても翌年には新モデルに性能が追い抜かれ、どんどん古くなっていくのがあたりまえだ。しかしテスラでは、ソフトウェアアップデートの配信により過去のモデルにも最新の機能が追加されていく。事実、2018年末には自動運転の車が自ら空きスペースを見つけて駐車できるAdvanced Summonと呼ばれる機能が対応車種に実装されるなど、着々と実績を積み重ねている。
さらに、現在発売されているテスラの全車両には、「完全自動運転」に必要なセンサーやハードウェアがあらかじめ搭載されており、今後のアップデートで完全自動運転に対応する予定であることが発表されている。前述のような機能追加の積み重ねにより、アップデートによる完全自動運転対応への道程はかつてよりも着実に現実的なものとして意識されるようになってきた。
ただし、自動車においてはアップデートによってもたらされる懸念も拭いきれない。従来の自動車は発売前に入念な検査を行なうことで安全性を保証しているが、アップデートによって性能・機能が変わる状況においては検査の意味が薄れてしまう。
日本では自動運転車のソフトウェア更新を国土交通省の許可制にするという動きもある。しかしながら、同クラスの車種に比べて割高と言えるテスラがそうした懸念を跳ね除けてなお選ばれる理由には、今後のアップデートに対する期待も含まれているに違いない。
未来のアップデートを買う人々
アップデートされることを前提に製品がつくられ、生活者もアップデートに期待を寄せて購入するという状況は、ゲームの世界ではすでにあたりまえのことになっている。
たとえば任天堂の格闘対戦ゲームシリーズの最新作『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』は、初期状態で選べる74キャラクターに、有料アップデート(DLC:ダウンロードコンテンツ)でキャラクターやステージを追加することができる。任天堂が発売前にすべてのアップデート計画を発表したところ、ファンの多くはプレイする前から約7,000円のゲーム本体と同時に約3,000円の全DLCを事前購入したのである。肝心のコンテンツは未発表にもかかわらず、今後1年ほどで追加されるであろうコンテンツに決して安くはない対価を支払ったこの現象は、任天堂が遂げるであろう「アップデート」に、多くの人々が期待を膨らませた結果と言えるだろう。
こういった、コンテンツが更新されていくことを前提とした楽しみ方は、かつては課金制のPCネットゲームに限られていた。しかし近年では、家庭用ゲームの世界にもあたりまえのように広まっており、若いファンたちはその変化を柔軟に取り入れている。
任天堂が導入したDLC事前予約購入の仕組みは「シーズンパス」と呼ばれ、『ゼルダの伝説』や『Call of Duty』、『ACE COMBAT』など世界的なゲームのほとんどがすでに導入済みだ。
ただし、ゲームの世界においてもアップデートにつきまとう懸念はある。対象年齢を決定するレーティング制度を発売時点ではマイルドな表現でくぐり抜け、アップデートで過激な内容に差し替えたり、逆に過激とみなされた表現がアップデートで削除されてしまう「表現規制」も問題になったりと、強制的なゲーム内容の変更には賛否が分かれている。
アップデート時代のビジネスモデル
アップデートがあたりまえの時代においては、つくり手の収益構造も変化しつつある。メーカーやゲーム、コンテンツ業界では、製品開発への投資を新製品発売後に回収するという高リスクなビジネスモデルがあたりまえだった。
それがアップデートに対する継続的な課金システムを導入することで、「つくりっぱなし」ではない長期的な改善・開発の原資を得ることができるようになったのだ。ゲームにおいては、アップデートによりゲーマーたちに長期間遊び続けてもらうことで、口コミによる拡散や継続的な課金による開発資金の確保が期待できる。
Adobeも2012年以降、パッケージの販売中止とサブスクリプションモデルへの移行により収益を安定させ、思い切った研究開発への投資を行なうことができるようになった。
こうしたアップデートが前提の時代には、つくり手のスタンスも見直しが必要と言える。いままでのような、いかに質の高い「完成品」を発売できるかという視点ではなく、「いかに今後の進化の可能性を期待させるものをつくれるか」という視点も重要なのである。
重要なのは「信頼」のアップデート
アップデート前提のものづくりがあたりまえになれば、単なる「最新」には意味がなくなる。生活者は、その製品の現在の価値だけではなく、いかに発展・進化していくのかを重要視するようになり、プロダクトやブランドへの期待は店頭に並んでいる製品のクオリティと同じか、それ以上に重要なファクターとなるはずだ。
それに伴って、つくり手は「最新」こそが価値だった時代の考え方を離れ、生活者との信頼関係をあらためて築き直す必要があるだろう。製品への期待は既存のブランドのもつ単なる知名度や安心感ではなく、一度生活者のもとに届けた製品をいかによりよいものにアップデート・改善してきたかという実績を通じてしか得ることができなくなる。
たとえばテスラは、イーロン・マスクCEOが定期的に今後のアップデート予定や目標を告知し、それを実際に達成し続けることで生活者の信頼を築いてきた。また任天堂のゲームファンに見られたアップデートに対する「先行投資」は、いままで積み上げてきた「このシリーズならもっとおもしろくなるはず」という信頼の表れでもある。
しかし、完成度の低いアップデートや予定の遅延が続くなど、ひとたびアップデートに起因する事故が発生してしまえば、こうした信頼は一瞬にして崩れ去るだろう。夢を見せるだけではなく、生活者とのコミュニケーションにより期待値をコントロールしていくことも重要である。
近年の例をあげると、2018年にパナソニックが「くらしアップデート業」というコンセプトを発表した。これまでの同社製品には「アップデートできる製品」のイメージは薄く、今後どうやって実績を積んでいけるかが試されていく。今後も、様々な業種にアップデートの時代が到来するだろう。
そこで大切になってくるのは、「この製品なら、このつくり手ならもっとよくなっていくはず」という実績にもとづく信頼になるはずだ。それを醸成するのは、何よりもつくり手の見せるものづくりへの誠実な姿勢であってほしい。
構成:伏見 遼平/文:菅 拓哉
伏見 遼平 (ふしみ りょうへい)
ソフトウェアエンジニア。東京大学在学中にオープンソースライブラリ“enchant.js”開発チームリーダーを担当(共著書に『ゼロからはじめるenchant.js入門』ほか)。その後フリーランスとして様々な開発に携わる。主なプロジェクトにPechat(博報堂)、Sight(IPA未踏事業)などがある。現在は外資ソフトウェア企業にて地図サービスの開発に携わる。
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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。
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