見出し画像

感性と理性の衝突で固定概念を超える。 それが「恋する芸術と科学」

雑誌『広告』歴代編集長インタビュー|第3回 市耒健太郎

平成以降、雑誌『広告』の編集長を歴任した人物に、新編集長の小野直紀がインタビューをする連載企画。第3回は、平成24年7月~平成26年10月に編集長を務めた市耒健太郎に話を聞きます。掲げた媒体コンセプトは「恋する芸術と科学」。芸術的発想と科学的思考を高次元で衝突させることで、次世代にふさわしい創造性のありかたを模索し、多種多様な領域のメンバーが連携するプロジェクトノートを目指しました。ここから派生したのが、現在、市耒が主宰する「恋する芸術と科学」ラボです。雑誌という形をどのように捉え、取り組んでいたのでしょうか。

“オワコン”だと思っていた雑誌を、
未来を創造する運動体としてとらえてみる。

小野:市耒さんはもともと、クリエイティブディレクターとしてCMとかいわゆる広告制作の仕事をされてましたよね。どうして編集長になったんですか?

市耒:知らない。僕も聞きたいよ。確か平成23(2011)年の暮れくらいに打診があったんだよね。正直、最初は「さむっ!」って思ったの。個人的には「雑誌ってオワコンじゃん」ってひそかに思っていたから、遠回しにお断りができたらなと。「少しだけ考えさせてください」ってやんわり伝えたら、「いや、命令だから」って(笑)。

小野:拒否権はないと(笑)。

市耒:だから、いくつか会社にお願いしたんだよね。ひとつは「雑誌の名前を変えさせてほしい」ということ。『広告』と名前が付いた雑誌に違和感があったというのが理由。でもやっぱり『広告』は外せなかったから、結局『広告|恋する芸術と科学』ってタイトルにさせてもらった。

ふたつ目は、「新しいデザインを考える運動体にさせてほしい」ということ。いまも昔も、知識は本にある。現在、情報はウェブにある。じゃあ雑誌はというと、役割が失われているんじゃないか。最初はそう思ったんだけど、雑誌って思考の多様性を勢いよく表現する力をもっているんだよね。だったらワーク・イン・プログレスで取り組める運動体にしていこうと思った。つまり、完成された企画じゃなく、僕たちの思考やプロセスをそのまま企画としてアウトプットする雑誌にしたいと。

このふたつをお願いしたら「いいよ」って。だったら「思いっきりやってやろう!」って。

ワーク・イン・プログレスな運動体とは?

小野:ふたつ目のワーク・イン・プログレスな運動体ですが、具体的にどのような雑誌の在り方を目指したんですか?

市耒:毎号、つくり方を変えたんだよね。クリエイティブといわれる仕事は目的に対する手法を編み出すものだけど、手法を生み出すこと自体が目的になることもあるでしょ。つまり、雑誌という何百グラムの紙の塊をつくる時、毎号、全く異なる手法とテーマで制作しようよってこと。

要は「雑誌をつくっちゃダメだ」って直感的に思ったの。雑誌という体裁に当てはめると、どうしても毎号同じフォーマットになっていく。そうじゃなくて、「エコエゴエロ」(vol.390)とか、「君の言っていることはすべて正しいけど、面白くない」(vol.392)とか、特集ごとに違うメンバーを招集して、違う手法でプロジェクトを構築しながら、その断片を誌面に落とし込んでいった。たとえば、インデザインもフォトショップも一切使わないで、丸々一冊仕上げてみたりね。アートディレクターの森大志郎さんや、若手の編集メンバーと入念に話し合いながら、既視感があるものは徹底的に排除して。

小野:なるほど大変そうですね。トラブルとかなかったですか?

市耒:そりゃ、トラブルしかなかったよ(笑)。でも、デザインって、新しい思想や概念を構築することなんだから、問題を起こすこともそもそもの仕事の一部なんだよ。たとえば特集「君の言っていることはすべて正しいけど、面白くない」は、校了3日前に30万字くらい書き直すことになって、めちゃくちゃ大変だったよ。人工知能の専門家や文化人類学者、アーティスト、教育学者、宗教家とのディスカッションを、赤裸々な編集会議も含めてそのまま全文掲載しようとしたんだけど、具体名をバンバン出しすぎるのはやっぱりダメだって(笑)。

小野:30万字って、本3冊分くらいありますよね。読者に読ませる気はあったんですか?

市耒:まぁ、当時は、宇宙空間に投げかけるつもりでつくってたから。

小野:たしかに。メディアアート的に編集されているなって、感じていました。

市耒:そうだね。大学で先端芸術表現を専攻していたから、この何百グラムの紙の塊をどう捉えるかは、僕にとってすごく重要だったんだよ。悪い意味ではなく、雑誌をある種“私物化”しなければならない。だって、つくり手のエゴがほとばしっていないと、いいものなんて絶対つくれないでしょ。自分がこれまでに見たことのないような「思考の塊」をつくりたかった。それもひとつのメディアアートなんじゃないか、って思ったんだよね。

理性と感性を衝突させ、新しい価値を生み出していく。

小野:市耒さんはいま、クリエイティブ、テクノロジー、産官学などの融合によって新しい領域の事業開発を生み出す「恋する芸術と科学」ラボのリーダーとして活動されていますよね。これはもともと考えていたテーマだったんですか? それとも『広告』をきっかけに導き出されたんですか?

市耒:ラボをつくりたい気持ちは以前からあった。まずさ、広告会社の業務自体が、CMの制作、ブランドの売り場づくり、製品デザイン、店舗設計とか、いまや多岐に渡っていているじゃない。僕がクリエイティブディレクターのポジションで、建築家、ミュージシャン、文化人類学者といった方々と一緒にプロジェクトに取り組むのはもはやデフォルトで、そんな時に「広告屋さん」っていわれると、すごく仕事がやりづらかったんだよね。

小野:「広告屋さん」の枠を超えるためにラボをつくった。

市耒:もうひとつ。たとえば、グラフィックデザイナー、建築家、ミュージシャン、僕の4人で打ち合わせをすると、めっちゃ疲れるわけ(笑)。みんな言語が違うからさ。だけど、それこそが大事なんだよ。言語が異なる人たちがぶつかって、モノをつくることが。それが「コレクティブクリエイティビティ」。つまり、合理的な集合知を意味する「コレクティブインテリジェンス」の先にあるものだと思ってる。破壊的な創造知の結晶化。

小野:その思いが「恋する芸術と科学」ラボにつながっていく。

市耒:いつの時代においても、相反するもの同士がぶつかることで、新しいなにかが生まれてきたんじゃないかって、ずっと考えていたの。芸術と科学、伝統と先端技術、グローバルとジャポニズムとかね。これらは象徴的な対立であり、とくに芸術的な感性と科学的な理性が高い次元で衝突した時、固定観念を超えた価値が生み出せる。人間にも同じことがいえて、だからこそ異なる言語をもつ者が一緒にヴィジョンを構築した方がいい。やっぱり“ドキドキ”は大切だから、「恋する芸術と科学」しかないだろうと。

思い入れの特集「東京、川ろうぜ」。
最後にして最初の一冊。

小野:「恋する芸術と科学」ラボでは、特集「東京、川ろうぜ」(vol.396)から派生した「Tokyo River Story」プロジェクトが推進されていますよね。歴代編集長のみなさんに、手がけた雑誌『広告』の中で最も思い入れのある一冊を聞いているんですけど、市耒さんはやっぱり「東京、川ろうぜ」号ですか?

市耒:うーん、どれも思い入れがあるから難しいね。ただ現在進行形で、「恋する芸術と科学」ラボで取り組んでいるプロジェクトは、どうしても気持ちが強くなってしまう。「東京、川ろうぜ」号を制作している時、「僕たちはクリエイティブ産業として重要なことに携わっているな」って意識が芽生えたんだよね。

なにがいいたいかというと、行政、企業、建築家、プロデューサー、生物学者、文化人類学者、ミュージシャン、飲食など、みんなが川にコミットしないといけない。違う領域の専門家が集まり、ひとつの題材をグランドデザインしていく。そしてその先へ進んでいけることが、クリエイティブ産業なんだよ。直感的だった自分のやり方が、確信にかわったのが「東京、川ろうぜ」号かな。

市耒元編集長が選んだ“渾身の一冊”は、平成26年(2014年)の秋に発行された『広告』vol.396 特集「東京、川ろうぜ」
こちらで無料公開

小野:そもそもなんですけど、どうして川なんですか?

市耒:文明の基幹は川なんだよ。古代文明は必ず川の近くで起こった。僕らの体の半分以上は水でできているし、人は水辺がなければ死んでしまうから。これが第1段階ね。第2段階は、川の周辺に街ができ、文化、農業、経済、交通機関が発展を遂げていった。まさに川は人間の生活の中心だったわけ。第3段階になると集住が加速し、都市の垂直化が始まり、交通も陸路や空路が中心になってくる。すると、川の存在意義が一気に薄くなり、人は川に背を向け始めちゃう。そして第4段階が、「やっぱり川って都市の動脈だよね」ともう一度、価値創造に向かうフェーズ。

小野:市耒さんにとって、そのフェーズがいまなんですね。

市耒:そう。あとさ、僕のところに外国人の訪問客がよく来てくれるんだけど、みんなパリのセーヌ川を見ながらワイン飲んだり、プラハのヴルタヴァ川の美しい夕焼けを見たりといった体験があるから、「Take me to the Sumida-gawa!」っていわれる。でも、連れて行ける素敵な川辺がないんだよ……。ホントは夕方に浴衣着て川沿いのしだれ柳の下を歩いてさ、屋台でウナギの串焼き食べて川床でビール飲んでプハーッ! ってやりたいのに。できるところがないのはなんで? って話。

小野:とくに都心にはないですよね。

市耒:だから、官民一体の集合知でデザインしていこうと。「Tokyo River Story」のサイトはみんなでデザインシンキングするモジュールのような感じなのよ。川は理性と感性がぶつかる象徴的な場所。デザインと社会課題、感情と科学技術、生活者と政治、現にたくさんの相反する要素が衝突している。川を「総合芸術の最高峰」と定義して、理性と感性を衝突させ、ドキドキさせる絵を描いていきたいんだよね。

小野:「東京、川ろうぜ」号で、一番読んでほしい企画はなんですか?

市耒:竹村公太郎先生(財団法人リバーフロント整備センター理事長)との対談企画。安藤広重が描いた江戸は、川と人々が共存する非常に素晴らしい文化だった。そこからたかだか200年で、川はビルや高速道路、堤防にブロックされ、影を潜めつつ申し訳なさそうに悲しく流れている。昭和39(1964)年の東京オリンピックのために近代化を推し進めなければならない状況もあったしね。僕はそれに対して批判的な態度をとっているわけではないんだよ。でもすべてを踏まえた上で、川の役割、ポテンシャル、文化的可能性、未来のデザインについて話す相手がほしかった。それで竹村先生にご協力いただいたんだよね。

次に見据えているのは「教育」。

小野:『広告』をつくる前と後、市耒さんの中で変わったことはありますか?

市耒:クリエイティブ産業の幕開けを体感したよね。理性と感性を衝突させ、新しい絵を描き、問いを生み、運動体をつくり、そこに公的機関と優先順位の高い機関を組み込み、社会実装していく。そのニーズと現場を実体験することができたなって。

小野:世界経済フォーラム(ダボス会議)・ヤンググローバルリーダーズに選出されたのは、編集長時代でしたっけ。

市耒:うん、平成26(2014)年かな。僕、『広告』をハーバードとかMIT(マサチューセッツ工科大学)とかに献本してたのね。グローバルに読まれることが前提で、英語の記事も多くしていたし。理性と感性の衝突により、情報資本主義や金融資本主義を超えるなにかを打ち出したい。たぶんアカデミックな世界のどなたかが、そんな僕たちの概念構築に興味を抱いてくれたんだと思う。

小野:もしまた『広告』をやることになったら、なにをテーマにしますか?

市耒:教育。それ以外ないね。AI、IOT、ビッグデータ、ロボティクスの時代、いまだに受験で「藤原鎌足が生まれた年は?」なんて設問はおかしいでしょ。ネットで検索すればすぐに分かるのにさ。これからはクリエイティブシンキングを基準に考え、人生における無限の可能性と世界の営みをいかにして連携させるかを学ぶべきだと思ってる。それは子どもだけの話じゃなくて。重要なのはライフ・ロング・ラーニング(生涯学習)だよね。

小野:答えがサッと出てきましたね。

市耒:これは、ずっと「恋する芸術と科学」ラボでやろうと思ってることだから。領域を横断する「創造性」を前提とした学びについてね。でも、雑誌づくりは想像以上に大変だったけど、才能あるスタッフにも恵まれて、そのプロセスは本当に面白かったよ。ひと言で言うと、大学にもういっこ通ったような、そんな感じだったね。

市耒健太郎
平成10年、博報堂入社。クリエイティブディクターとして、企業の経営課題に基づいた戦略立案から TVCMを中心とするクリエイティブおよびメディア開発、商品開発までを統合的に担当。自動車、通信、家電、ゲーム、コスメ、外食、教育、官公庁など、国内外を問わずブランディング業務を歴任。平成24年1月に雑誌『広告』編集長に就任。平成26年10月までに8冊を発行した。「恋する芸術と科学」主宰/編集長。食文化の未来をデザインする「発酵醸造未来フォーラム」の代表も務める。
撮影:青野千紘
博報堂プロダクツ所属。フォトグラファーとして、広告、雑誌、CFなどの撮影を中心に活動中。特集「非言語ゾーン」(vol.394)の表紙撮影をはじめ、市耒編集長時代の『広告』では数多くの企画の撮影を担当した。

インタビュー:小野直紀 文:大森菜央

市耒元編集長 渾身の一冊を無料公開】

インタビューにてご紹介した市耒元編集長 渾身の一冊をオンラインにて無料公開します。

『広告』2014年10月号 vol.396
特集「東京、川ろうぜ」
こちらよりご覧ください

さらに、その中のイチオシ記事をnote用に再編集しました。

Let’s redefine the concept of “river” to expose new creative potential.(市耒元編集長イチオシ記事)
こちらよりご覧ください




いいなと思ったら応援しよう!

雑誌『広告』
最後までお読みいただきありがとうございます。Twitterにて最新情報つぶやいてます。雑誌『広告』@kohkoku_jp