Let’s redefine the concept of “river” to expose new creative potential.(市耒元編集長イチオシ記事)
「川」という概念が
抱えきれなくなっているものを
見つめながら、
「川」に創造的な可能性を
見いだしていこう
日時|2014年7月19日 11時–13時
場所|株式会社博報堂 赤坂本社9F s.a.lルーム
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対談
竹村公太郎
東北大学客員教授、元国土交通省河川局局長、
公益財団法人リバーフロント研究所研究参与、
日本水フォーラム代表理事・事務局長
市耒健太郎
博報堂クリエイティブディレクター
『広告|恋する芸術と科学』編集長
なぜ、今、川か?
東京の川の生成を見る。
市耒:竹村先生、今日は本当にお忙しいところをありがとうございます。まず簡潔に、なぜ今、わたしたちクリエイティブチームが「川」をテーマに、スタディとプランニングを始めたのかの経緯をご説明させてください。
まず根本的な疑問には、「川とは、一体、だれのものなんだろう?」という強い疑問があると同時に、文明の基幹である川が、NY、パリ、ロンドン、あるいは、古代文明と比較しても、東京ではあまり文化的には語られなかったよねという問題があります。あるいは語られなかったと言っては語弊があるかもしれませんので、経済成長や土地、道路や空港どの交通機関の発展に較べて、相対的にはあまり語られなかった、と。
また、一方で、わたしたち博報堂の『広告』クリエイティブチームがこれまで3年間「恋する芸術と科学」を標榜し、それを軸に活動してきたのですが、まさに「川」こそ「芸術と科学」のぶつかる象徴的な場所なのではないか、という考えにいたったことです。「川」という表象では、デザインとソーシャルイシューの問題、経済と文化の問題、テクノロジーとエモーションの問題、生活者ひとりとポリティクスの問題など、多くの相反する要素が衝突しています。
そこで、普段は一般企業の成長戦略やリ・デザインを担当するぼくたちが、仮に「東京の川」をクライアントとしたときに、どんなことを提案できるだろうか、と話し始めたのが発端です。そういう意味では、今回は、雑誌を制作するというよりも、クリエイティブモジュールを制作するというかたちをとっており、社外からも、建築家、プログラマー、生物学者、都市工学研究家、空間デザイナー、そして各大学機関などの参画をいただき、このように広範囲な作業を進めています。
竹村:このウェブいいね。モジュールという考えもいいと思う。
http://tokyoriverstory.org/
竹村:若い世代が、このように川に取り組んでくれるのはうれしい反面、川って長い歴史がつくるものだと思う。だから、君たちも川を見るときは、なによりも「時間軸」を含めて見るのが非常に大事になってくるんです。一言に「川」っていっても、政治的な意味と、経済的な意味と、文化的な意味では違ってくる。そもそもの歴史から紐解きますと、あの利根川でさえ、元々は江戸湾に流れ込んでいたのを、徳川家康によって銚子の方へと大規模工事で遷移させられた訳です。利根川は、日本人のほとんどは自然だと思っているが、本当に自然、いわゆるありのままの、人が手を加えていない状態ではまったくないんですね。むしろ、ほとんどの川がそうだと言ってもいい。昔、湿地で、芳醇な栄養分と素晴らしい山々に囲まれた、この可能性ある関東平野を徳川家康が見つけた。しかし洪水が多かったのと、支流が多かったので、このメインの流れの方を、江戸を避けて、銚子の方に引き直すわけです。
市耒:川の歴史的役割を見ると、もともとは漁場であり、農業用水の源であり、生活用水であり、流通交易の中心であり、交通であり、儀式的役割であり、まあ、生活の中心だったわけですよね。当然、芳醇な川の周りに自然に人が住み始めて、その後は、農業が発展し、商いが生まれ、集住が加速し、その後は都市の垂直化(高層マンションや高層オフィスの多量発生)が始まります。その一方で、集住と共に、都市の流通や物流が道路や空路によって発展して行くと、漁場も農業用水も、交易も、すべてが川を中心とする必要がもはやなくなる。物理的にも、情報的にも、文化的にも、垂直発展を始めて、「川沿い」という地理的魅力にあまり意味がなくなる。すると、急に生活リアリティとして、川を忘れられるような、水道代を払って都市の生活があれば、川ってあんまり東京の人は目を向けていない感じがするんですね。煮詰めた言い方をすると、都市集住化の過程で「見放される運命」をたどるのが川なわけです。VolvicやEvianを飲みながら、環境問題を語っているようなことがDefault化している。この写真を見てください。ぼくたちは、この航空写真[『広告|恋する芸術と科学』vol.396 p.052]をベースによく話すんですけど、この集住は、単なる集住と言っても、かなり広いよねと。14000平方キロメートル(※)に渡り関東平野をここまでフラットに、都市化したわけですから、世界でもまれに見る都市実験が進行していると言える。その間を、隅田川や多摩川が、江戸川が、あるいは神田川や目黒川なんて、もう目立たないように目立たないように、と、申し訳なさげに通っていると。そして、ほとんどの場所から「川が見えない」ようになっている。ビルに、高速に、堤防にブロックされ。しまいには暗渠に。これはなぜなんでしょう。
※平成22年国勢調査 大都市圏・都市圏
全国図 (PDF). 総務省統計局 (2012年11月28日).
2013年4月27日閲覧。
人間らしさが嫌ってきた「川」
竹村:東京の発展は、単純に言うと、治水との戦いの歴史です。隅田川を見ても、あのコンクリート堤防の高さは昭和34年に起きた伊勢湾台風と同じ規模のものを想定して、過剰に反応してしまった面もあると思う。少し塀が高すぎて、生活と川を遮断してしまった。
あと、とても大切なことは、近代は「揺らぎ」のあるものを排除していきた歴史でもあるんだ。人間の脳の仕組みを養老孟司さんから学んだのですが、爬虫類脳がまず中心にあって、ここが管理しているのは、性欲とか食欲とか動物としての本能的なこと。そして次の大脳旧皮質が、ほ乳類の情動、好き嫌いとかをコントロールする。で、一番の問題なのが、最後の大脳新皮質なんですが、この場所が人間を人間たらしめている場所なんです。ここが得意なことは、「計画」「予測」「制御」なんです。
ホモサピエンスの脳機能の発展レイヤー
出典|ポール・マクリーン「脳の三層構造仮説」
竹村:電車が時刻通りに通る、時計が正確に動く、会社が予定通りに生産する、こういうのが新皮質が好きなこと。それに対して、都市における「川」は、その真ん中を通りながら「制御できないもの」の代表なんです。だから、人間の意識は端っこに追いやって行くんですね。つまり、人間の人間らしい脳が、川を嫌っているんです。
たとえば安藤広重のこの絵(東京高輪海岸蒸気車鉄道之全図)をご覧ください。これは明治に敷かれた初めての蒸気機関車の絵ですね。見てください。蒸気機関車が、この道路のさらに向こう、海の上に敷かれているでしょう。蒸気機関車が敷かれたときに、沿線の旧大名たちがこんな煙を吐く機関車など離れろ、と反対したんです。だったら海の方に追い出してしまえとなってしまった。日本の近代の最初の公共事業で、水辺が犠牲になっていった。川とか海は自然であり、「制御できないもの」として近代化では優先順位を下げてしまった。広重が、それを見事に記録してくれた。
東京高輪海岸蒸気車鉄道之全図 歌川広重
竹村:それ以来、産業化というのは「コントロールできるもの」だけを都市の中心に選んできたとも言えます。ビル、企業、行政、道路、鉄道。ある種、水辺はそういう近代化の犠牲になってきたとも言えるんです。今、こうやって、君たちみたいな若い世代が立ち止まって、川に振り返ってきてくれるというのはいいことだけど、1964年の東京オリンピックでは逆に川をつぶしちゃったわけで。では、そこが悪いとか悪くないとかいう議論ではなくて、そのときは経済成長というものを社会が優先したんだから、他に選択肢が意識としてもなかったというしかないんです。ただ、分かってほしいのは、昆虫とか魚とか、何も言わないからね。唯一、水辺と直結する意味では、魚屋さんや漁業関連者がいるけど、彼らもお金を払えば遠くから買えるぞということで、宿命的に川辺を犠牲にしちゃったっていうのがあると思う。
市耒:今、東京大学の新領域研究の方で「Sustainability×Creativity」というタイトルで特別講義をやらせていただいています。そこには、まさに世界中の留学生が集まっているですが、さまざまな新興国から修士課程から博士課程のみんなが口々[講義記録>『広告|恋する芸術と科学』vol.396 p.148]に言っていたのが、経済発展の過程で川が急速に変貌していく様子です。ぼくたちは東京の川に対して悲観的な態度を取るのではなく、そして事実上、綺麗になってきている歴史も踏まえた上で、「課題先進国」としてのソリューションを東京でテストして、それをモジュールとしてオープンソースで配ることをやってみたいというお話しをさせていただいたのですが、すべての学生がとても好意的に受け止めてくれました。しかしその反対に、企業の成長力学や、各政府の思惑を考えると悲観的な見方をせざるをえないという意見もありました。
竹村:僕は色々な立場から川の問題に関わってきたから、一概に言えないこともあるけれども、一番大切なことは、「絶対に悲観的にはなってはいけない」ということ。これを見てください。東京の川だって、あるときはこのような状態だったのです。このような状態から、その時代時代の叡智を結集して、ここまで復活してきた。だから、絶対に諦めずに、前向きになりながら、若い才能を、川とそれを取り巻くエコシステムのために流入させてほしいんです。
どこに所属するのか分からない川。
でも、もっとも影響の大きい川。
市耒:一口に「川」と言っても、その意思決定の過程に、行政、企業、飲食店、公共施設、住民など、きわめて多くのステイクホルダーを含んでいるにもかかわらず、みんなが部分最適に終始していて、まるでこっくりさんのようにどのようになにが決まっているかも分かりにくい。またその一方で、わたしたちの生活への美的そして環境的影響がきわめて大きい点です。つまり「アンコントローラブルなのに、ビッグインパクト」であることが川というイシューの特性だと思います。
竹村:ひとつはさきほど申し上げた、人間の習性であり、制御したい、制御する方向にあるということ。一方で、人間は「揺らぎ」というものに非常に弱いんです。もしかしたら動物的根源的な欲求では「川と一緒に揺らぎたい」のに、もっと人間的な制御機能や社会の意思決定のレイヤーになると、とたんにダメになってしまう。ボツにされちゃう。
もうひとつは、行政の縦割りがあります。つまり「川」という「きわめて全体的な問題」が、国の各行政組織、都、区といった各ステイクホルダーの間にこぼれおちてしまっている。国土交通省が川の治水と利水と環境を考えて、環境庁が水質を考えて、農水省が農業用水を考えて、都が川の分断された行政を考えて、区がさらに狭い区間を考えるということの、それらすべてがパーツパーツになって、本質的な問題がもれちゃうということが一番の問題。予算が減っているのもあるですが、構造的にはこれが一番大きい。
僕は、これらを解決してくれるのは、民間企業と市民しかないと思っている。もっと正確に言うと、民間と市民と行政の掛け算だろうな。各セクターが部分最適を求めてしまい、全体を見ない。それをぜひ乗り越えなければならない。私としても、それをお手伝いするような見解であったり、専門知識であったりを、まとめて分かりやすいに社会に提供するような活動をしています。リバーフロント研究所では、水辺空間及び水循環系に対する知見提供と技術普及を考えて、日本水フォーラムでは、世界の学会と産業界、省庁・自治体、NPOを結ぶ役割を果たそうとしています。
市耒:まさに竹村さんのそういったご知見もわたしたちと共有いただければ幸いです。一番の問題は、わたしたちがソーシャルイシューを考えるときに、「こっからはクリエイティブ」「こっからはビジネス」「こっからは学術」「こっからはポリティクス」と勝手に線引きしてしまうことだと思います。僕たちはこの部分最適の問題を、徹底的に克服することで、最高の「OPEN COLLISION(開かれた衝突)」を生み出したいと考えています。「あなたは東京大学のだれだれですか」「あなたは国土交通省のだれだれです」「博報堂のだれだれです」を超えて、腹を割って集まって、叡智と専門性と創造性を衝突させあうことで、今までにないグランドストーリーを描けないかということなんです。
違う言い方で言うと、東京という、世界でも希有な広さと密度の集住と経済発展を経た上での「川」というイシューは、エコシステムを後回しにしてきちゃったというネガティブ批判も容易にできますが、実は「課題先進国」というポジティブな見方もできるわけです。人口問題も、過度な資本主義の発展もそうですが、そういうところに付随する問題が、比較的早期にこの国に表出してきているからこそ、その本質的な問題解決を他国に先んじて創造できる、シミュレーションできる。そして他先進国もASEANもBRICSも、これから必ず同じ問題を通るわけで、そこに日本人の優れた感性と理性を集結することで、課題解決をして、かつそれを無償で世界中に提供すればいいのではないか、と。私たちの場合は、東京の川の文化や経済問題を解決するモジュールを発表して、そこまでの研究費やフィーは各自プロボノで参画いただき、他国の行政や企業がモジュールの実装を考えるときに、その参加者や参加企業にフィーや制作費が落ちるような仕組みにしたいと考えています。
竹村:河川流域で考えると「河川流域特区」という考え方も、政治・経済・文化を一緒に論ずる土俵を作る意味でとても良いことだと思います。またモジュールということで、東京の知見を海外に出していくのも賛成ですね。
市耒:河川流域に沿った特区って僕もすごい賛成なんです。なぜかというと河川が蛇行しながら「線としてのエコシステム」として存在しているのに、そこに対するアプローチが、省庁、国、都、区、企業と点ごとにバラバラであれば、やっぱり川あるいは流域文化圏は守れないと思うんです。特区は一見、トップダウンなシステムに聞こえますけれど、そこで河川保護や河川流域文化推進に対して法人税を減らしていけば、ボトムアップの文化ができる。たとえば植物再生のバイオフィルム開発のベンチャーや、川床でどじょう料理を食べさせる風流のある店などを思い切って優遇すれば、河川と美しく住む企業と住民の関係が、自然に織り上がってくるはずです。リバー・セントリック・エコノミクスと僕たちは呼んでいるんですけど。
水の循環を大きく捉えて、
川の未来を作ろう
竹村:エコシステムで言うと、線もありますが、水の循環も忘れてはいけない。ちなみに水循環基本法という法案が、6月20日に通りましたが、これはきわめて大きな概念です。つまり、川というものを表面的な水の流れではなく、膨大な地下水の流れを含めた、決定的な循環をはらんだ規模で見直すということです。たとえば、これを見てください。これは実は「利根川の地下水」なんですね。なんと、徳川家康が付け替えた利根川は銚子の方に流れたように見えて、地下水系は脈々と江戸湾に流れていたんだ。なぜ東京湾というのがいまだ瑞々しく存在できているか。これは利根川の膨大な水量の地下水が流れ込んでいるからなんです。
上|関東平野の河川
©ROOTS/Heibonsha.C.P.C/アフロ
下|日本列島の地下水の視覚化シミュレーション
提供:リバーフロント研究所 製作:地圏環境テクノロジー
竹村:これは、コンピュータに地形と地質のデータを入れて、そのモデルをつくってグリッドに細分化して、そのグリッド一個一個に、水の透水係数を入れていくことで、エコシステム全体の水の流量を可視化したシュミレーションモデルです。そこに雨を地理統計通りに降らせれば、地下に染み込み、岩盤が水を流す場所は、高いところから低いところに向かってスライドしていく、ということで、水の流れの連続方程式が組めるわけです。すると利根川の地下水は銚子ではなく、江戸川の地下に流れ込んでいることが分かる。
上|表流水と地下水のシミュレーションの概念モデル
出典:株式会社地圏環境テクノロジー
中・下|水循環シミュレーション動画より
提供:リバーフロント研究所 製作:地圏環境テクノロジー
竹村:上辺だけ見ていると、分からないかもしれないけど、ほら、縄文時代を見ると、東京の平野は海の下にあったことが分かるでしょう。
6000年前の関東平野 海面5m上昇モデル
提供:国土地理院
市耒:川というものが、地下水系との循環から眺めると、氷山のほんの小さな一角であることがよくわかりますね。
竹村:そう。東京という世界一人口が集中していて、閉鎖的水域である東京湾で、なぜこれまで江戸前の豊かな美味しい魚介類がとれるかという謎。これは関東平野を囲む山々から、栄養分を運んだ水が、フレッシュな地下水として今もドクドクと流れ込んでいる、まさに奇跡の湾なんだよ。同様に、駿河湾には富士山の栄養分高い地下水が流れ込んで、潮水と混じり合って、独特のプランクトンを育てるから、最高のサクラエビを育てる漁礁になる。小田原のかまぼこだって、富士山の水が育てた漁礁が定置網を可能にした。日本の港を見ていくとね、地下水の流れ方と魚種の水揚げとの関係がすーっと見えてくるんです。
市耒:竹村さんのお話しを伺っていて、一番感じたのは、もしかしたら「川」という概言葉自体が、2つの意味で、「エコシステムの実態を言い当てていない」のかも知れないということです。1つ目は、「大蛇」のようないわゆる自然の川ではなく、「川」という人間の都合で治水された状態の水の「一本の流れ」を、近代的には「川」と定義しているということ。もう1つは、川というのは、地下水も含めた、壮大の水循環のシステムの氷山の一角であるのに、その上辺だけを差しているということです。
竹村:確かにそうかもしれないね。エコシステムを包括する意味での「川」という言葉を作り直さなくてはならないのかもしれない。意識を変えるという意味で、僕がやりたいのは、Google Earthの水版を作ってみたいよね。きみたちのウェブサイトみたいに地表の川も、生活や文化に直結するからきわめて重要だけど、その地下水版も作っていくと、世界の科学者が、すべての水系を一気に議論できると思うんだ。
市耒:まさにGoogle WaterMapですね。東京で、不動産や都市発展を話すのも、これまでは垂直的な発想でしか、つまり上向きにしか話されてこなかったですが、下方向、つまり、今自分が立っているまさに真下に、これほどまでに豊かな水系が脈々と流れていることを知るだけで、意識がまったく変わると同時に、喜びも責任も変わってきます。
竹村:今まで、地形というのは国家の秘密事項だったわけです。油田がここにあるとか、基地がここにあるとかね。でもGoogle Earthが出たときに、すべてふっとんじゃったでしょ? ロシアも、イラクも、イランも、衛星写真で全部見えちゃって、それをだれもがアクセスできちゃうわけだから。それって、本当に意味が大きいんだよね。地図そのものが視点になり、視点というのはね、人類の考えを変えるんだよ。いろいろ議論はあると思うけど、国レベルでの情報の開示をするのに、僕は賛成だ。
その情報を利用して自分の利益を追うひともあるかもしれないけれど、それよりも、水の循環という意味で、若い人たちが国や企業を超えて、ぜひ水や川に関する議論を進めて欲しいと思う。どんなに壮大で感動的なシステムの中に、人間が生かされているかを、肌で感じてほしいんだ。
写真:©Syoin Kajii,courtesy of the aritist and FOIL GALLERY、©FUSAO ONO/SEBUN,Photo|amanaimages
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『広告|恋する芸術と科学』2014年10月号 vol.396
特集「東京、川ろうぜ。」
▶ こちらよりご覧ください
※2014年10月3日発行 雑誌『広告|恋する芸術と科学』vol.396 特集「東京、川ろうぜ。」より転載。記事内容はすべて発行当時のものです。