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76 「よい本」が生まれる環境を、出版流通から考える

書籍商(商業用語)

書籍商というものは、その業界において、これを営む者がこれに必要とされる知性と知識を有する場合、敬意を表される。この職業は、優れて高尚にして卓越せるもののひとつと見做されるべきであろう。世に商いは数あれど、書物のそれは、われわれの知るもっとも古いもののひとつである。創世紀元1816年にはすでに、かの有名な図書館が、エジプト第三王のはからいで建造されていたのだから。
──ダランベールとディドロの『百科全書』(※1)

筆者は、ライターでもリサーチャーでもない、ただの本屋だ。

アルバイトを始めたのは19歳。気がつけば10年が経った。いつしか本を読むことは食事や呼吸をするのと同じように生活に馴染んでいる。トイレでも、信号待ちでも、キッチンでカレーを煮込んでいる間でさえ傍には本がある。できれば30年後も同じように働きたかったが、その未来は閉ざされていると思わざるをえないほど、出版の世界は難しい状況にある。私の職業を知ってか「本は売れない」とどこに行っても誰かが呟く。ただ、それ以上に実感しているのは「売っても儲からない」ということだ。

書店における本の販売利益は平均して22%程度。本だけを売って生計を立てるには数を捌く必要があり、そのために次々に新しい本を仕入れ回転させ続けなければならない。毎日200点以上出版される新刊をすべて把握することの限界と、加速していく出版のサイクルに息切れを覚えたとき、立ち止まって考えるタイミングがやってきたんだと痛感した。なぜそうなっているのかを調べるならいましかないと思い、この記事を書いた。現場に立つ書店員が出版流通の「そもそも」を学び、考える意味が少しでも伝わることを願っている。

この記事に「よい本」という曖昧な指標をいれたのはなぜか。

出版のサイクルが短くなったのは、商業主義に偏った結果だといえないだろうか。ベストセラーの二番、三番煎じ的な本、売れさえすればよいゴシップ本、全国的な売れ筋ランキングを見ているとそんな本が溢れていて、内容について顧みられることはない。そのどれもが数カ月後には読者に見向きもされないような「一過性」のものばかりだからだ。仮にこの産業が持続可能であったとしても、そこに「よい本」がなければ、売りたいと思う本がなければ、私にとっては意味がない。

では「よい本」とは何だろうか。

その基準は一律ではないが、私は「長く読み継がれていく」ことをひとつの軸にしている。本屋や本の役割を「思考の取引」と表したジャン=リュック・ナンシーが、書籍の「時代を超える」性質について書いているように。時代を超えるからこそ、ほかの分野や、次世代の人や本と結びついて、そこに文化が生まれる。街の本屋が担っていた文化の集積地としての役割。すでに売れている「一過性」の本が売り場面積の大半を占め、少し経てばガラッとラインナップが変わってしまう本屋で文化が蓄積されていくことはない。これは書店員の矜恃うんぬんではなく、流通構造の問題が大きい。

物質としての本が「蓄積」されていくうえで、育まれていく文化。とはいえ、「蓄積」させるために、店は「継続」していかねばならない。利益を追い求めることも重要になる。よい本を売って、ちゃんと食べていける。自分にとってのよい本屋とは、文化とビジネスとを両立させる存在で、それは一朝一夕では成り立たず、時間がかかるものだ。現在の出版流通構造下でなぜ「一過性」の本が生まれやすいのか。この一点から出版流通の「そもそも」論を切り出すことで、「よい本」が生まれる環境を考えていく。


大きい出版流通/出版流通全体の話

そもそも出版流通とは何か。本が出版され、読者に届くまでの経路。全体を見ると複雑な構造をしているように思えるが、読者が本を購入するパターンは大きく3つしかない。

1.書店で購入する
2.インターネット通販で購入する
3.著者や出版社から直接購入する

そのなかでも書店を通じた経路がもっとも大きな市場を持っている。では、出版社から書店にどうやって本は届いているか。出版社と書店の取引では「取次」という仲卸会社を使う方法が一般的だ。「取次」は、書店出版社間の注文と送品の取りまとめだけでなく、精算も代行している。日本の出版構造の地盤ともいえる存在であり、出版に関する統計データのほとんどが取次を窓口とした金額から算出されている。出版流通の大枠を摑むために、まずここから掘り下げてみる。

「紙の本が売れなくなっている」という話はどこに行っても耳にするが、実際にどのくらい売れなくなっているかご存じだろうか。書籍と雑誌を引っ括(くる)めて、本がもっとも売れていたのは1996年で、売上は2兆6,564億円。2019年は1兆2,360億円。全体では46%まで市場規模は縮小している。では、新たに出版される本の数も減っているのだろうか。

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2021年2月16日に発行された雑誌『広告』流通特集号(Vol.415)。そのすべての記事を4月16日より順次公開していきます。各記事とも…

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