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58 物流空間試考

都市のブラックボックスとしての物流空間

物流のための空間というと、どういう場所を思い浮かべるだろう。

コンテナ船が発着する港、たくさんのトラックが待機している駐車場、スチールラックが整然と立ち並ぶ巨大な倉庫。もしかしたら閉じた空間ではなくて、血管のように大地を巡る高速道路なんかを思い浮かべた人もいるかもしれない。

ところで、いま思い浮かべた空間のなかに「人」はいただろうか。おそらく、無人もしくはそれに近い状態だったのではないだろうか。そもそも物流のための空間といわれても、あまりピンとこないという人がほとんどかもしれないけれど。

住宅なら住民、店舗なら店員と客、病院なら医療従事者と患者のように、建築はそれを主に使う、空間の主役となる「人」のために設計されている。一方で物流空間の主役はあくまでそこに保管され、捌(さば)かれ、行き交う「もの」なので、そこで働く作業員や倉庫番という人の印象が薄いのだろう。

実は人が主役でない空間は意外とたくさんある。身近なところでいうと、建物のなかのパイプスペースやダクトスペースは文字どおりパイプやダクトのために用意された空間で、なかに入ることすらできない。ボイラー室や機械室といった部屋も、滅多にあるいはまったく立ち入らないし、大体の場合、奥や裏などの目立たない場所に配置されているので、設計者でもない限り、普通に生活をしているぶんにはこうした空間を意識することはまずないだろう。そもそも存在すら知られていないこともあるかもしれない。

意識の外にある盲点やブラックボックスのような空間。

現代の物流空間はまさに、都市のなかにおけるそんな場所のひとつではないだろうか。物流自体は経済活動において最重要な要素のひとつであることは疑いようがないし、ネットショッピングなどの需要がますます高まるなかで、宅配サービスの恩恵を感じない人はいないだろう。それでも、ハードウェアとしての物流空間を日々の生活のなかで意識することはほとんどない。まるで黒子みたいに。

物流空間のなかでもとくに「倉庫」は、近年のeコマース市場の拡大もあって大規模なものが急激に増えているという。人知れず、都市のなかにブラックボックスが広がっている。

確かに日頃のネットショッピングの利用頻度を考えると、全体で見るとものすごい量の荷物が日々倉庫を出入りしているのだろう。歴史的に見ても、もっとも倉庫が必要とされている時代なのかもしれない。それでも、倉庫の建設ラッシュが渋谷の再開発みたいにメディアを騒がせることはない。はたして人と倉庫との関係は、昔からこんなにも希薄だったのだろうか。

倉庫はかつて神殿だった

2015年、年末。エジプトのピラミッドが王家の墓ではなく、実は穀物の倉庫だったのではないかという説が一部の業界をにぎわせた。

それを否定する論拠のほうが多かったため、いまではあまり有力な説とはいえないらしい。それでも、ピラミッドほどの文明を代表する建造物の機能が、現代ではほとんど注目されることのない倉庫だったかもしれないという、そのギャップは興味深い。

倉庫建築の歴史は古く、文明がおこった当初からすでにあったとされている。主に稲やトウモロコシ、小麦などといった食糧を備蓄するためのいわゆる穀倉は、もっとも古いもので紀元前9,500年代のヨルダン川西岸地区に存在したことがわかっていて、メソポタミア文明や古代エジプト文明の発展に強い影響を与えたと考えられている。

現存する最古の倉庫は、紀元前1270年頃ルクソールに建設されたラムセス2世の広大な葬祭殿内にある。日干し煉瓦でヴォールト天井を組むという当時における最先端の建築技術を用いていることからも、当時倉庫がどれだけ重要な施設だったかをうかがい知ることができる。倉庫の規模はそのまま食糧の備蓄量を表し、権力者にとって自らの力の象徴でもあった。

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『The Pyramids and Temples of Gizeh』(フリンダーズ・ピートリー、1883年)に描かれているピラミッドの断面図 画像:「The Giza Archives」ウェブサイトより

日本でも、地面より高いレベルに床を組むことで、湿気や害獣、そして洪水などの水害から食糧を守る高床式倉庫が弥生時代に登場している。弥生時代は本格的な農耕が始まった時代でもあり、同時に穀霊信仰が広がった時代でもあった。穀霊が祀られている高床式倉庫は自然と信仰の対象となり、ある種の神殿としての機能も果たしていたといえる。伊勢神宮などで見られる「神明造り」と呼ばれる神社建築様式は、この高床式倉庫の造りが変化していったものだと考えられている。神明造りでは食糧ではなくて神の依代としての神宝が納められているけれど、人以外のためにつくられた空間という点で倉庫と共通している。自分から遠いものとして、人々は倉庫を信仰の対象として神格化し奉っていた。

古代の倉庫は、現代の倉庫とは異なり日常のなかに堂々と象徴として存在していたのだ。

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『地理写真帖. 内國之部第3帙』(野口保興編、東洋社、1900年)に掲載されている伊勢神宮「外宮」の写真 画像:「国立国会図書館」ウェブサイトより

倉庫があり、都市が始まった

中世ヨーロッパで、船による海洋交易が盛んに行なわれるようになると、倉庫は食糧を保存する単体の機能だけではなく、港に運ばれてくる物資を受け止め、陸運で国内に流通させるまでのバッファ装置として、都市のインフラに組み込まれていく。

古代ローマの外港都市であったオスティアには、ホッレウムと呼ばれる大規模な倉庫群が建設され、ローマへ向けて出荷する食糧や資材を大量に貯蔵していた。同時に船の維持管理に必要なドックを配置したり、商品の積み下ろしや荷捌きのために岸壁を整備するなど、倉庫単体だけでなく、物流に必要な様々な機能を一体的に開発することで、オスティアは商業都市としての地位を確固たるものにしていった。

フェルナン・ブローデルはその著書『物質文明・経済・資本主義』のなかで、アムステルダムの都市としての発展について次のように語っている。

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