見出し画像

115 ポップミュージックにおける「交配と捕食のサイクル」

ポップミュージックの歴史は、あるサイクルの繰り返しで成り立っていると言っていいだろう。そのサイクルとは「ローカル/アンダーグラウンド」カルチャーを資本が吸収/搾取して「メジャー」カルチャー化し、やがて細分化していくという一連の流れである。

ポップミュージックの誕生を歴史のどこに持ってくるべきかについては諸説あるが、このテキストでは現代のポップミュージックとの直接的なつながりが見てとれる点から、1950年代に起こったロックンロールの誕生をそのスタート地点として定義したい。黒人たちの労働歌をルーツに持つブルース、同じく黒人たちの教会音楽であるゴスペル。その両者をベースとした黒人音楽リズム&ブルースこそがロックンロールの直接的ルーツである。そんなリズム&ブルースの楽曲である「ザッツ・オール・ライト」をエルヴィス・プレスリーがカバーし、ラジオ番組からヒット。白人DJのアラン・フリードが自身のラジオ番組でリズム&ブルースを「ロックンロール」と命名したというのが、ロックンロール誕生の瞬間(としての通説)だ。

もう一度言おう。ポップミュージックの歴史の基本は、「ローカル/アンダーグラウンド」カルチャーを資本が吸収/搾取して「メジャー」カルチャー化するという流れの繰り返しである。そう、エルヴィス・プレスリーの音楽が「ロックンロール」と呼ばれた時点で、レースミュージック(=人種音楽)と呼ばれていた局所的カルチャーとしてのリズム&ブルースが、資本サイドである白人たちによって吸収/搾取されていると捉えることができるのだ。

もちろんエルヴィスひとりに“盗人”としての責任を押しつけるつもりは毛頭ない。エルヴィスは白人音楽であるカントリーやヒルビリー(※1)のエッセンスをリズム&ブルースに取り入れ、新たな魅力をロックンロールにつけ加えて生み出した。これはエルヴィスのマネージャーであるパーカー大佐が編み出した、現代まで続くプロモーションやマーチャンダイジング手法とならび、ロックンロールを世界中に広げていく大きな要因となったはずだ。つまり、これは単なる搾取の構造ではなく、新たな文化の醸成と衰退をとおして時代を前に進めてきた、大きな物語なのだ。

前置きが長くなったが、本稿では、そんな’50年代から2023年現在に至るまで約70年間の歴史のなかで繰り返されてきた「音楽文化の衝突と細分化サイクル」のいくつかと、そこから見えてくる課題のいくつかを取り上げたい。おそらく、これらの物語は音楽の枠を超え、幅広い文化に応用することができるのではないかと思う。


著作権クレジット、利益の分配

エルヴィス・プレスリーもカバーした、カール・パーキンスのシングル「ブルー・スエード・シューズ」(1956年)の強烈な歌い出し「ワン・フォー・ザ・マネー(まずは金のため)」にならって、カネの話から始めようと思う。

そう、著作権を含む音楽から得られる収入の話だ。カネは、先述の「音楽文化の衝突と細分化サイクル」が生み出す諸問題において、それらほぼすべての根底に潜んでいると言っていいだろう。話はポップミュージック誕生の瞬間として本稿が定義する「ロックンロールの誕生」に遡る──。

エルヴィス・プレスリーのデビューシングル「ザッツ・オール・ライト」がカバー曲だったことは先述のとおり。そのオリジナルをつくったのは、アメリカ合衆国ミシシッピ州で生まれたデルタ・ブルースのミュージシャンであるアーサー・クルーダップだ。しかしアーサー・クルーダップは当初エルヴィス版「ザッツ・オール・ライト」から印税を得ることができなかったのだそうだ(作曲者としてはクレジットされていたという)。これは「白人が黒人ミュージシャンを搾取した最初の事例」とも言われており、現在まで続くポップミュージックの搾取構造を象徴する悪行とされている。

ここから先は

14,589字
1記事あたり100円なので10記事以上ご覧になる方はマガジンを購入するとお得です。また、紙の雑誌も全国の書店で引き続き販売しています。

2023年3月31日に発行された雑誌『広告』文化特集号(Vol.417)の全記事を公開しています。 (2023年8月24日追記)「124…

最後までお読みいただきありがとうございます。Twitterにて最新情報つぶやいてます。雑誌『広告』@kohkoku_jp