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118 激動する社会とマンガ表現

2021年、コミック(マンガ)の販売額は6,759億円に達し、1995年のピークを2年連続で更新。過去最高の市場規模になった。電子書籍の普及は言うまでもなく、コロナ禍で巣ごもり需要が増えたり、ヒット作に恵まれたりといった時勢が理由に挙げられるものの、マンガの存在感は増すばかりだ。

同時に、この10年、SNSの普及やポリティカル・コレクトネスの認知に伴い、女性蔑視や差別表現などを理由にマンガ作品が炎上したり再注目されたりする機会も目立つようになった。社会の変化に伴い、かつては「OK」とされていたものが「NG」に変わることもあり、その度に「表現の自由」とのジレンマが生じる。

たとえば、2022年2月には『のだめカンタービレ』の作者であるマンガ家の二ノ宮知子氏がツイッターで、新装版『のだめカンタービレ』の一部表現を変えたと告白し、話題になった。本作は2001〜2010年まで連載され、実写ドラマ化されるなど人気作として愛され続けていたが、2021年に刊行された新装版では一部の表現を変えたと言うのだ。

このとき明かされたのは、作中で「エロジジイ」として親しまれ、セクハラとも受け取られる言動をしていたシュトレーゼマンについての描写のアップデートだった。シュトレーゼマンが登場する際、挨拶代わりに主人公・のだめの「胸をつかんでいた」のを、新装版では「肩をつかむ」表現に変えていたという。

この「告白」は、オリジナル版と新装版を見比べた読者がツイッターで「変わっている!」と言及したことを発端に、作者である二ノ宮氏が反応する形でなされた。

二ノ宮氏は「ふふふ。地味に色々、変わっているのですよ。」と投稿し「久々に見たら、自分が引いたので、ちょっと直しましたよ。今のわたしのの感覚で同等かな。(原文ママ)」「コンプラとかじゃないです。」「私の中にも色々な時代があるようです😂」「単に自分が引くようなものを出すのは嫌なので。」と続けた。これらのツイートを見る限り、改変は自身の価値観にもとづき自発的に行なわれたようだ。

『のだめカンタービレ』の作者・二ノ宮知子氏のツイート 画像:二ノ宮知子氏のツイッターより

『のだめ』の改変告白については、『SPY×FAMILY』(作・遠藤達哉)や『チェンソーマン』(作・藤本タツキ)の編集を務める林士平氏がウェブメディアのインタビューで「僕の感覚では、『のだめ』ってつい最近の作品なのに、作者さんご自身がそういう判断をされて直されるのは興味深く感じていて」と言及するなど、時代と個人の価値観の変化を象徴するものとして、業界内外から好意的に受け取られた事象のように感じる。

連載終了後からこの10年で社会は大きく変わった。おそらくそれはマンガを描く作家だけではなく、受け手である私たちにも言えることだ。一方で、こう思ったことはないだろうか? 「最近は、正しさばかりが主張されて窮屈すぎる」「こんな状況が続けばつまらないマンガが増えていくだけ」。

もちろん、誰かを傷つけたり、差別や偏見を助長するような表現は言語道断だ。しかし、キャラクターに対する過剰なまでの非難や、一部の発言や描写を意図的に切り取っての糾弾など、表現の風当たりが強くなっていると感じるシーンは多い。

実はこの流れはSNS以降に起きたものではない。マンガは社会と密接に繋がりながら、規制され、ときに炎上しながら、発展を遂げてきた。

本稿では、戦後に花開いたマンガ市場とその規制の歴史を振り返り、アメリカでの普及、新しいプラットフォームでの課題などに焦点を当て話を展開していく。

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