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やさしい革命3 今を充実させよう (永井元編集長イチオシ記事 #4)

コンサマトリー。
身近な幸せを大切にすることが未来の幸せをつくる

「コンサマトリー」。文字通りの意味は「自己充足的」。アメリカの社会学者タルコット・パーソンズの造語だ。目的のために努力するのでなく、その時その場で楽しむこと。これを否定的にとらえるのではなく、肯定的な価値観、前向きな生き方として見ることに「未来を生きるヒント」がある。


今を、楽しく

 その切実さは「未来の不安」ではなく、ますます現在のものになりつつある。高齢化による、年金を始めとした日本社会の構造的不安。積み上がる一方の国の借金。グローバル経済の行き詰まりを示す、ドル安やユーロ不安。震災、原子力発電。豊かに完成された現在の社会で、若者たちは自力ではどうすることも出来ない不安にさらされている。それは今日の努力によって、明日を良くしていこうという考え方だけでは、解決の糸口が見えにくい問題群である。

 そんな現在にあって、将来の不安におびえず幸福を感じながら生きていくには、どういう考え方を身につければ良いのか? 「コンサマトリー」は、そのひとつの答えになるかもしれない。身近で幸せを見つける。今の暮らしに満足する。今やっている仕事を楽しむ。贅沢を望まない。貧乏でも気にしない。仲間を大切にする。家族と穏やかに過ごす。

「足るを知る」といえばポジティブ。「諦め」といえばネガティブ。発展するのが当たり前な「成長社会」と、明日が今日と同じで衰退しないことこそ望ましい「定常社会」とでは、ネガポジも文字通り反転する。成長という「統一的な価値観」が無効になった時代には、多様なそれぞれの価値観を大事にして生きる必要がある。であればこそ各自が、身近で幸せを見つけ、今を楽しく生きることが大切になるはずだ。


幸福感受性という能力

 自分たちの身のまわりと近しい人間関係を大切に思う「コンサマトリー」な価値観を否定的にとらえる人は、それを「世界と向き合わない態度」だと批判する。この価値観の溝はなかなか埋まらない。

 本誌「未来」特集号(2009年11月・1月合併号)の中で、社会学者・見田宗介氏は「幸福感受性」の復権が未来社会では重要な能力になると言い、青梅マラソンのあるランナーを例示している。「記録とか勝敗に関心がなく、純粋に走ることを楽しむ人たち」の言葉として、「みんなが少しでも順位を上げようと走っている中で、走ることを純粋に楽しみながら走っていると、すごく優越感を感じる」という感想を紹介している。

「世界の有限」と対峙する必要があるこれからの社会では「征服するという発想から、共存するという発想への転換」が重要になると見田氏はいう。「いかに競争に勝つかという原理ではなく、どうやって共存を楽しむかという原理が重要」になると。それを可能にするのに必要なのが「身のまわりのあらゆる物事に感応し、それらを幸福として感受する能力」であるという。また、人と人との関係とは、もともと「顔の見える範囲での関係性」であり「共存することに強い歓びを感じられる」ような「小さい集団」こそが人間には必要である、と。ここで言及されていることは、すべてコンサマトリーな生き方と合致する。


コンサマトリーな働き方

 働くことの価値観も大きく変化している。「苦学・立身・出世」を自他ともによしとする価値観から、「やりたいことをやって自己実現する」への移行は、以前から流れとしてあったが、近年の不確実な景気状況からますます顕在化している。

 我々は学校を卒業すると同時に一斉に就職して、サラリーマンとして一つの会社で一生のほとんどを働き、その給料で一生分のローンを組んで一つの家を持つことを「当たり前」だと思っているが、こういう生き方のモデルは1960年代以降のたった50年の歴史しかない。人類史全体から見れば、20世紀後半の高度成長期以降の50年間こそが、特殊な例外であった。

 社会が安定している時は、企業側も決まった採用で良かった。しかし社会が変化している時は、企業もどういう人を採用すれば先々までいいのか予測がつかない。また社会が成長し続けていた時は、一企業で勤めあげればそれが社員個人にとっても成長となった。しかし社会が成長しない時は、自らが成長を意図しなくてはならない。そこで大事になるのは、人生の持ち主による各人の「プラン」である。しかし、自分の頭で先々まで納得いくプランを立てるには、未来も社会も見えにくい。だとしたら、どうしたらいいのだろう。


複数の場で、なんでもやる

 汚れた食器を洗って片付けると達成感がある。洗濯モノを干すと気持ちがいい。体を動かして身のまわりのことを成しとげると、労働の歓びが得られる。これは人間の本能的な快感だろう。すぐにやりとげる。目の前の人にウケる。自分のやったことで、顔の見える相手が幸福になる。喜んで褒めてくれる。それが労働の歓びになる。リターンが早く返ってくると試行錯誤も楽しくなる。相手を見ながら自分も成長できる。コンサマトリーは今さえ良ければいいという態度ではない。今を生きながら、未来へ向かっていく態度だろう。

 知り合いのCMプロデューサーに極めて次世代な感覚の実行者がいる。イベントを実施するようにCMの撮影をおこない、東北支援のための花火の打ち上げを自ら実施し、顧客の反応を知りたくてクレープ屋さんを始める。そのどれもが本業であり、好きでやっているという軽快なスタンス。その彼があるインタビューで「震災以降は、やりたいことしかやらないと決めた」と発言していた。

 定常社会で活き活きと生きるためには、自分の価値観をもとに、複数のコミュニティに好きこのんで属し、マルチプルな仕事能力を発揮できる方が良い。ひとつのコミュニティ、ひとつの会社のみで自己実現しようとしたら、おそらく辛いことが待っている。リスクヘッジという観点からも、多層な集団に属し複数の状況に合わせて、何でも出来るようになっていた方が良い。もちろんやらされるのではなく、好きこのんで楽しく。それが今いかようにも仕事を愛するためのスキルだ。そんな能力を開発するには、退屈な仕事を我慢して続けるのとは真逆な行動が必要となる。アクティブでコンサマトリーな働き方。それは従来の「勤め上げる勤勉さ」ではなく、未来に適応した「勤めを広げる勤勉さ」だろう。


ライブに、生きる

『絶望の国の幸福な若者たち』の著者・古市憲寿さんは、全体などわからないし実感できないのだから「身近なところから変えていくしかない」という。「自分が困難に直面したり、違和感を持つことをきっかけにしか人は動かないし、そこからしか変わらない」と。

 国家のためには戦争しない。身近な違和感を改善するために行動する。そういうハッキリした態度「意志あるコンサマトリー」が少しずつ世の中を変えていく。「やさしい革命」とは、それに他ならない。誰かがどこかで革命するのでなく、自分が毎日、身近なところで革命するのだ。

 人類が文字を有する以前は、循環型の時間感覚が当たり前であった。季節は毎年めぐり、春が来て花が咲く。時間は直線的に過ぎて行くものではなく、回るものだった。持続可能な社会を人類全体が模索する必要が出て来た今、取り戻すべき時間感覚はそれだろう。

 未来のために刻苦したり、将来に負債を残すのでなく、めぐる時間の中で季節を楽しみ、花を愛で、今やっている仕事を喜ぶ。そうして、生きてる!と感じることが、なによりも幸せなのだと思う。

 佐野元春氏は本誌「わかりやすさ」特集号(2011年4月号)で、「ライブの確かさと強さ」を主張した。ライブとは「限られた時間、限られた人々と、ある思いを分かち合う場」であると。

 また、橘川幸夫氏は「新しい幸せのものさし」特集号(2009年4月号)で、「ライブ感覚」の大切さを以下のように主張した。「時代の変わり目には大好きなものでも捨てる、見切る力が大事」であり、それが「ライブ感覚」だと。ライブは「その場で判断する」しかなく、「このライブ感覚を持つことが、おそらく人間としてとても幸せなこと」「幸福は生き物」なのだと説いた。

 生き物としての自分を見つめ、生き物としての自分の判断を信じ、生き物としての幸福を丁寧に育て続けること。それが、今を大事にする「コンサマトリーな生き方」なのだと思う。


コンサマトリーな生き方をみんなで実現するために

今を大切にし、身近で幸せを見つける。そんなコンサマトリーな生き方を、みんなで実践するためには、常識を規定している社会制度の見直しや、進んだテクノロジーのサポートなど、いくつかの抜本的な変化が必要となるだろう。未来の技術や常識、その前兆としての現在のトピックなどを集めてみた。

1 場所を持たない会社

 2011年12月「豚組」を経営する株式会社グレイスの代表中村仁氏は、オフィスをもたない会社にするとブログ(*)で発表し、賃貸物件を引き払った。オフィスを放棄した理由は、それが本当に必要か? と思うようになったからだという。電話もFAXもプリンターもいらない。オフィスがなくてもネット環境があれば仕事ができる。最大の理由は「オフィスを構えていても、それが信用につながる実感がない」と感じるようになったからだという。

「コワーキング・スペース」と呼ばれるカフェとオフィスの中間のような「共有の場」が人気である。ネット環境さえあれば仕事が出来るノマド・ワーカーと呼ばれる人々が集まり、従来のオフィスのシェアよりも「個人的なつながり」が生まれるという。人気の理由は事務所の賃貸コスト削減だけではない。それぞれの仕事に取り組む人がいて、適度に交流が生まれる場の方が、モチベーションも上がり創発も生まれるのだろう。

 一方で、まだまだ遠隔地からラッシュで疲弊しながら通勤する人がいる。震災後「喫緊の用件がある者以外は、自宅待機にて各自の仕事をせよ」という期間がしばらくあった。ほとんどの用件がそれで済むと気づいた時、今までの出社はなんだったんだ? と思った人も多かった。実際、ネット環境やクラウドサービス、TV電話会議システムなどを駆使すればなんら問題なく仕事はできる。スキルのある、その道のプロがネットワークされていれば、仕事の成果にとって距離はすでに無効なのだ。

 会社に行かなくても仕事は出来るが、それでも楽しいから会社に行きたい。会社に行って仲間に会いたい。そういうサークルの部室のようなものに、会社はシフトして行くかもしれない。

*中村仁氏のブログ @hitoshi hatena annex
http://hitoshi.hatenablog.com/


2 意志決定代行サービス

 一人の人間の能力には限界がある。それを無視して、すべて自分で決めようとすれば、いずれ間違った選択をしてしまうのは避けられない。かと言って、皆でじっくり検討するというのも、人々の関心や選好がバラバラになっている以上、非現実的だろう。ならば、自由意志や熟議といった理想を追い求めるのは諦めて、ある程度までの意思決定をシステムに委ねてみてはどうだろう。

 購買履歴によってオススメをしてくれるamazonや、ユーザーからのフィードバックで賢くなっていくメーラーのフィルタを活用している人も多いだろう。米国のDVDレンタル大手、Netflixでは、売り上げの約6割が既にレコメンダシステムのオススメからだという。こうしたサービスが、政治や子どもの教育といったシリアスな分野にも進出し、あなたや関係者の選好や行動履歴を統計的に処理して、フィナンシャルプランナーのようにオススメしてくれるのだ。

 セキュリティやプライバシーへの懸念が払拭され、Googleのさまざまなサービスと同じような手軽さでこうしたサービスを受けられるようになれば、人は無用な不安や煩わしさから脱して、得意なことに持ち時間と能力を集中できるようになり、よりクリエイティビティを発揮したり、目の前のことをより楽しめるようになるだろう。


3 ゲームするように働く

 人間の脳がもっとも活性化するのは、ゲームをしている時だということが研究によりわかってきている。設定されたルールの下で成功・失敗を競うゲームの世界は、明確な目標があり、不条理な失敗はなく、プレイヤー同士の助け合いもあり、努力すればゴールにたどり着ける。

 人にモチベーションを与え、クリエイティビティを発揮させるゲームの効果・特長を労働に導入できないか? 複雑な仕事を単純なタスクに分解することは多くの人がやっている。ならばこれを「書類のレイアウトを揃える」「文章の誤植を探す」「企画のコンペに向けたスタッフのリクルートを行う」といった形で、ゲームとして公開することで、ストレスもなく文字通り「ゲーム感覚」でお金を稼ぐことができるようにならないだろうか。

 すでに現実でも、研究者が数年取り組んでも解明できなかったある酵素の立体構造を、ゲーマーたちがわずか3週間で解いてしまったという驚きの事例がある。

「ゲーム愛好者らが酵素の構造を解析」(AFPBBニュース)http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/it/2828876/7797437


4 らくらくスマートシティ

 スマートシティが目指すのは、再生可能エネルギーの持続可能な効率的運用である。電力消費と情報行動が一体となったクルマが普通になる。自動運転の個人交通システム、エネルギーを無駄にしない渋滞回避システム。情報流通コストも削減されるため、様々な通信インフラや閲覧視聴環境が進化を遂げる。エネルギー資源もマテリアル資源も、極限まで無駄使いがなくなる。そこで重要になるのは「ヒトがラクできる」こと。クルマは人間が運転するモノではなくなる。寝たまま移動でき、事故もない。製造も物流も極限まで無駄のないようにセーブされ、余計なモノは作らず、在庫は持たず、生鮮食品を数時間単位で破棄するようなこともなくなる。20世紀のような便利さではない。ヒトの欲望そのものが高度なシステムと履歴で完璧に管理され、そこに最適化された産業の運営が行われるだろう。なぜなら無駄にできるエネルギーは、もうまったくないからである。

 人間の行動履歴管理のために、ますます人間の感情に近い五感入力サポートが実現する。マンマシン・インターフェイスはフィジカルで気の利いたものになり、ビッグ・データと人生はますます近似値となる。インターフェイスの改善で、コンピューターを介しての労働も革命的に快適になる。もはや使い方のわからないソフトウェアやデバイスで困ることもない。スマートフォンの登場で、情報と人間の関係が激変したように、PCの画面やキーボード入力から解放されるオンライン・ワーカーが出現するかもしれない。

 橘川幸夫氏は「今までは社会システムがあって、人がそれに従ってきた。それは人間にとって本当に幸せなことではない。やりたいことをやって、それでも秩序が壊れない社会システムこそが幸せである」と言った。エネルギーが効率化された世界で、人間が幸せを感じ充実して生き続けるには「コンサマトリー」な価値観は必須となるだろう。


5 ゆるやかな就活

 ユニクロが年1回の採用を通年とし、選考する学年も問わない方式を検討していると報じられた。より多様な人材が必要だからという。現在の日本では就職活動は同時期に一斉に行われている。企業をあらゆる可能性に対処できるような集団にして行くには、就職活動も変えていった方が良いだろう。就職という制度を変えることが、日本人の生き方を抜本的に変えて行くきっかけになるかもしれない。

 大学1年から就職先を決める人もいれば、20代ではプラプラして30代で就職するひともいる。変化の激しい時代には、企業側もずっと必要になる人材を20代前半の候補群から予測して採用するのは難しくなる。ゆるやかで流動的な関係を当たり前とする社会。そこから様々なものが大きく変化して行くことは容易に想像がつく。

 従来の日本では、国が行うべき社会保障の多くを企業が肩代わりしていたが、企業と個人の関係がゆるやかになる時、保障や保険などで不利な条件を一方的に雇われている個人が負わされるようでは、その社会は健全とはいえないだろう。国が国として十分な機能を果たしてこそ、滅私奉公型ではないコンサマトリーな就職が実現できる。


6 持たない豊かさ

 カーシェアリング、ルームシェアリング、シェアオフィス、無料クラウドサービス、そして「断捨離」ブームや、果ては「シェア子育て」まで。「所有する豊かさ」から「所有しない豊かさ」への大きなシフトは、もはや誰にもとめることは出来ないだろう。twitterを通じたゆるやかな関係でお互いの「欲しい」と「あげる」を交換するサービスも登場している(*)。

 豊かなシェアを認める社会というのは、一見新しいようで実は原始時代から人間が大事にしてきた幸福な社会。「所有しなければ豊かになれない社会」よりも望ましいとすら言える。モノだけではない。情報大爆発の時代になり。むしろ情報を持たないことで行動と発想の自由が生まれ、今、ここの思考に集中することも可能になる。

 日本人の好む禅的な無常観。永遠なるものはなく、ただ一切はうつろってゆく。人は本来、裸で生まれ裸で死に行く。生きて存在したことを、親しい仲間たちが覚えていてくれるだけ。ならばなお「コンサマトリー」に今、目の前の幸福を、仲間たちと共に楽しみ、その幸せをシェアしていこうではないか。

*twitterを通じて商品をあげたりもらったりするサービス「リブリス」https://twitter.com/livlis

構成・文:須田和博、佐藤誠一
撮影:三部正博
イラスト:友田 威


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 『広告』2012年1月号 vol.388
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※2012年1月20日発行 雑誌『広告』vol.388 特集「やさしい革命」より転載。記事内容はすべて発行当時のものです。

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