【ネタバレ解禁】「虚実」をいかに問うか? 〜 『広告』虚実特集号の仕掛けの全容と全経緯
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【ネタバレ解禁】「虚実」をいかに問うか? 〜 『広告』虚実特集号の仕掛けの全容と全経緯

雑誌『広告』

3月1日に『広告』虚実特集号が発売されてから1カ月と少しが経ちました。

みなさんが今回、『広告』虚実特集号を知ったきっかけは何でしたか? 編集部のnoteやSNS、メディアの紹介記事、書店やAmazonのサイト……いろんな入り口がありましたが、「店頭で初めて見た」という方以外は、『広告』虚実特集号の装丁はこの写真のイメージだったと思います。

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『広告』虚実特集号の書影(撮影:伊丹豪)

そして、もしこの写真のイメージを持ったまま実際の雑誌を手に取ったのであれば、「思っていたものと違った」と感じたのではないでしょうか。

『広告』では2019年のリニューアル以降、雑誌を知ったり、手に取ったりする段階から特集について考えるきっかけをつくろうと装丁や販売方法などに様々な工夫をしてきました。

「価値」を特集したリニューアル創刊号では、全680ページの分厚い雑誌を1円(税込)で販売。価値と価格の非対称性を問いかけました。

「著作」を特集したリニューアル第2号では、「オリジナル版・2,000円」とオリジナル版をコピーして制作した「コピー版・200円」を同時発売。著作物の保護や利用のあり方への問題提起を行ないました。

「流通」を特集したリニューアル第3号では、開けるとそのまま雑誌になる段ボール装を独自に開発。表紙には、書店ごとに異なる全255種類の流通経路を記載し、雑誌が手元に届くまでの距離や人の営みに向き合う仕掛けをつくりました。

そんな『広告』が、「虚実」を特集した最新号で、何を仕掛けたのか。「虚実」という抽象的なテーマを私たちがどう捉え、どう具現化していったのか、企画から完成にいたるまで、その苦悩や迷走、試行錯誤をすべてお話しします。

どんな仕掛けだったのか?

いきなりネタバレになってしまいますが、発売から1カ月が過ぎたということもあり、編集部として公式にネタ明かしをしていきたいと思います。

『広告』虚実特集号について最初に情報発信をしたのは、発売3週間前の2月8日。冒頭でもお見せした「真っ白な本」の写真を“書影”と謳い、noteやSNS、店頭ポスターやチラシ、交通広告やオンライン広告などをとおして告知と予約販売を実施しました。

告知を見た人や予約をした人に、今号の装丁は「真っ白な本」である、という思い込みを植えつけることが目的でした。しかし、私たちがつくった実際の装丁は、「真っ白な本」ではなく“書影”として提示した冒頭の写真がそのまま表紙になっている黒い本でした。

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『広告』虚実特集号の実際の装丁(撮影:伊丹豪)

発売日を迎え実物の雑誌を手にした瞬間に、それまで頭のなかに存在したはずの「真っ白な本」が消失する。そんな体験をとおして、「ネットや広告における情報の不確かさ」や「受け手による無意識の思い込み」についての問題意識を持ってもらい、それが「虚実」について考える入り口となればというのが今号の仕掛けの狙いでした。

誤解から生まれた最終案の原型

私たちは企画の段階から、この仕掛けのことを「ネット画像案」と呼んでいました。ここからは、「ネット画像案」決定に至るまでの経緯をお話ししたいと思います。

「虚実」にふさわしい雑誌のあり方とはどんなものか。装丁から販売方法、情報発信まで、全体の企画について本格的な打ち合わせを開始したのは2021年の7月上旬でした。

打ち合わせメンバーは、編集長の小野とリニューアル創刊号から毎号デザインを担当しているグラフィックデザイナーの上西祐理さん、加瀬透さん、牧寿次郎さんの4人。

巻頭メッセージにも書いたように「虚実」の捉え方は、様々。嘘と本当、フィクションとリアリティ、イメージと実体、バーチャルとフィジカルなど切り口が多いため、打ち合わせ当初からたくさんのアイデアが出ていました。

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7月8日、16日の打ち合わせメモ

以下は打ち合わせで出てきたアイデアや考え方の断片です。

・表は白い本、裏は黒い本として間のページをグラデーションにする
・「発売元:電通」としたり、偽の記事を入れ込んだりと、嘘の何かを潜ませる
・コンクリートのような本、木のような本など、何かに擬態させる
・ゆがんだ形状の本で不確かさを表現する
・紙の記事とネットの記事で何かできないか?
・錯覚・錯視をつかう
・鏡面の表紙
・聖書をモチーフにする
・何も書かれていない真っ白い本
・本のイデアをつくれないか
・Aだと思ったらBだったといったギャップをつくる
・フィルムのネガポジで何かできないか?
・「よくないものをよく見せる」という広告のあり方に問題提起ができないか
・あるのにない、ないのにあるみたいなことをつくれないか
・レンチキュラーの表紙に見せて、実際はレンチキュラーっぽいただの印刷
・マジックブックを応用した雑誌

「虚実」をどう解釈するか、そしてどう表現するか。概念的なアプローチと具体的なアプローチを往復しながら打ち合わせを重ねました。

打ち合わせのなかで、哲学の権威をゆらがせたソーカル事件(※1)のようなことができないか? だとか、天動説から地動説への転換のように、いまの常識や価値観が覆されるようなものができないか? といった目指すべき方向性や考え方の話もしました。

そして議論を進めるうちに、「虚実」とは、どちらかが虚でどちらかが実というように明快に切り分けられるものではなく、行ったり来たりぐるぐるするものなのではないか、という捉え方をするようになりました。

そのひとつの具体例として挙がったのが、2015年にSNSで論争を巻き起こした「白と金のドレスまたは青と黒のドレスに見える写真」でした。ある人にとっては片方が実でもう片方が虚であり、別の人にとってはその逆である。そんなどっちつかずな状況こそが虚実的なのではないだろうか、と。

また、「メガネをとってもメガネ」というキーワードも出ました。これは、私たちは世の中を何らかの色眼鏡で見ていて、たとえそのことを自覚して色眼鏡を外したとしても、まだ別の色眼鏡が残っているんじゃないか。つまり、思い込みを認識して是正したとしても、また別の思い込みが存在しているということです。

これらの議論をとおして、「虚だと思ったら実だった」というひとつの転換だけでなく「虚だと思ったら実だった、と思ったら虚だった」というような転換の連続をつくれないかと考えはじめました。

これを具体化した案としては、インテリア雑貨でよくある「本の見た目をした箱」をもとに、そこからさらに転換させて、「“本のような箱”のような本」をつくるというものがありました。

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7月28日の打ち合わせメモ

最終的に採用した「ネット画像案」の原型となるアイデアが出たのは、打ち合わせをはじめてから1カ月後の8月5日、4回目の打ち合わせの場でした。

「ある角度から見ると普通の本に見えるけど、実際にはいびつな四角形の本」というトリックアート的なアイデアについて話していたとき、そのスケッチを見たひとりが「本を撮った写真がそのまま表紙になっている本」と誤解して受け取ったのです。

誤解ではあったのですが、このアイデアであればネット上の情報や画像の不確かさや受け手の思い込みについての問題提起となる体験をつくれるのではないかと盛り上がり、「ネット画像案」の原型が生まれました。

ここまで読んだ方は、打ち合わせ開始からひと月でアイデアが出て、スムーズに進んだと思われるかもしれません。しかし、最終的に「ネット画像案」の実施が決まったのはここから2カ月半後の10月下旬でした。

表紙の写真をいかに認知させるか

「ネット画像案」の原型ができてから実施決定にいたるまで、なぜそんなに時間がかかったのか。それは、次のふたつの課題があったからです。

ひとつは、表紙の写真をどのように認知してもらうか。もうひとつは、写真に写る本はどんなものがふさわしいか。

前者の課題は、この企画は事前に告知を見て購入する人にとっては意味のある体験になるかもしれないが、何も知らずに初めて書店で雑誌を目にした人にとっては、よくわからないのではないかという懸念からくるものです。

これに対して、Amazonや書店のオンラインショップなど「ネット販売のみ」とすることで、購入するすべての人が表紙の写真を認知してから、実物を手にするという動線をつくれるのでは、という案が出ました。

しかし、少し古い考え方かもしれませんが、書店との関係性や紙の本のあるべき姿として店頭での販売をゼロにすることに抵抗があり、「ネット販売のみ」は不採用としました。

ここから店頭での体験をいかに成立させるかという話になります。前述した「虚だと思ったら実だった、と思ったら虚だった」と転換を連続させる考え方から、まずネットで本を撮影した写真を拡散し、店頭ではその写真に写った本の見た目をした袋に入れて販売する。そして袋を開けると、ネットで拡散した画像が表紙の本が出てくる。と思ったら、それはカバーでカバーを外すと写真に写った本が出てくる。

このように体験を複層化することで、ネット画像を入り口にしても店頭を入り口にしても成立させることができないか、と議論しました。ただ、これだと複雑になりすぎて、狙いがぼやけるのではないかと議論がストップ。

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「ネット画像→袋→カバー→実際の本」案のスケッチ

また別の案として、ネットで本を撮影した写真を拡散して、実際の本は、レンチキュラー(※2)をつかってある角度から見たときだけ、写真に写った本のように見えるようにできないかというアイデアも検討しました。これは実現できたら、店頭で初めて見たとしても体験のおもしろさがあるのではないかと、レンチキュラー専門の会社に相談して、実際に試作をして検証しました。

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レンチキュラー案のスケッチ

試作の結果は残念ながら失敗。いくつかの画像パターンを試したのですが、狙った効果が出ませんでした。

そんななか、ある日の打ち合わせの帰り道で、“『広告』の広告”を出したらいいんじゃないかという、いたってシンプルな案が出ました。そこから、予約販売を行ない、オンライン広告や交通広告などを出稿して、事前にできる限りの認知をしてもらうという発売前の体験設計に発展したのです。

もちろんすべての人に周知するのは難しいことは理解していました。ただ、予約販売と広告の実施という雑誌『広告』としてまだやったことのない取り組みに意味を感じて、この方向で進めようとなりました。

ステレオタイプな虚実をひっくり返す

写真に写る本はどんなものがふさわしいか? ネット画像案を採用するにあたって、こちらの課題についての議論は非常に難航しました。

議論を進めるなかで、前述した「メガネをとってもメガネ」の考え方から、「ステレオタイプな虚実をひっくり返す」という話になりました。

つまり、いかにも「虚実」を表現していそうな本のイメージを提示することで、「ああ、虚実という特集だからこういう表紙にしたんだ」とミスリードを促す。そのうえで、その虚実のイメージを裏切る。つまり、実際に手に取ったときに、自分が思い込んでいた「虚実」のイメージこそが「虚」だったという体験をつくるのがよいのでは、と。

方向性はよさそうとなりましたが、「いかにも虚実らしい本」とはどういうものか、ここから具体的な本の形について話しはじめます。

鏡でできた本、水でできた本、穴の開いた本、パズルでできた本、透明な本など、「虚実」に合う本のイメージを探っていきました。虚実らしい表現は無数に考えられましたが、何がいちばんふさわしい表現なのかなかなか結論は出ませんでした。

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「いかにも虚実らしい本」のアイデアスケッチ

打ち合わせのたびにアイデアを出したり、CGでイメージをつくったりもしましたが、どれも「これだ!」というところにはいたりません。

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CGによる「いかにも虚実らしい本」のアイデア検証

ただ、「こういうのは違うよね」というものは見えてきました。たとえば「金色の本」のような豪華な本がくると期待していたら、実物が届いたときにがっかりする気持ちが生まれてしまうからよくない。「水でできた本」のような、嘘だとすぐわかってしまう現実離れしたものはやめよう、などです。

打ち合わせを重ねるにつれ、たくさん出ていたアイデアもしりすぼみになりはじめます。議論が平行線をたどるなか、ネット画像案以外のアイデアも検討していました。何かヒントがないかと東急ハンズに出かけて使えそうな素材を探したりもしました。

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2021年9月1日、東急ハンズ新宿店にて撮影

そうこうするうちに、10月に入ってしまいます。もともと8月中には案を決めて具体的な装丁の検証に入りたいと考えていました。ただ、記事制作の作業も押していたこともあり、ある程度はスケジュールのずれは許容できていたのですが、全体の進行的に、いよいよ企画を決めないとまずい時期が来ていました。

そんななか、虚実特集号の特別企画で参加いただいたARクリエイターの北千住デザイン・渡邊さんと打ち合わせをしているときに、渡邊さんがポロッとアイデアを出してくれました。

それは、映像でよく使われるグリーンバックをモチーフに表紙をグリーンにすると、そこだけスマホ上でARを表示することができるというものでした。

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(上)グリーンバック案の考え方スケッチ(下)グリーンバック案の検証の様子

特別企画と装丁が一体になっていいのではと、その場で簡易的に試して盛り上がったのですが、「グリーンバック」は、映像における手法であり、雑誌らしい「虚実」のモチーフではないのではないかという議論になり、不採用に。

また、特別企画と装丁を絡めるという方向性から、ARのための専用アプリをダウンロードする動線としてQRコードを潜ませた表紙にするのはどうかという案も出ましたが、これもしっくり来ませんでした。

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QRコード案

こうして案を出してはボツにしてを何度も繰り返し、最終的に決まったのは、冒頭でお見せした「黒い背景に置かれた真っ白な本」という案でした。

実は、今回の企画の打ち合わせを始めた7月に、本としての形はあるのに文字が一切印刷されていない真っ白な本が書店に並んでいたら、店頭での違和感もあってよいのではないか。「あるのにない」という捉え方もできるし、「本のイデア(※3)」とも捉えることができるから「虚実」らしい表現になるのではと話していました。

そのときは、「真っ白な本」というのに既視感があるということで、気にはなりつつも不採用としていました。

そんな話をしていたことはすっかり忘れていたのですが、実際の装丁ではなく、写真に写る本として「黒い背景に置かれた真っ白な本」と聞いたとき、「これは!」となりました。

もともと不採用の理由となった真っ白な本に対する既視感も、「ステレオタイプの虚実の表現」としてならむしろポジティブなのでは。

さらに「黒い背景に置かれた真っ白な本」とすることで、ネット画像など事前の情報を見て白い本だと思っていたら、実際は黒い本だったという白と黒の印象の入れ替わりが起こり、転換のコントラストを強く出せる。

そのうえで、白い本も黒い本もどちらも間違いではないし、実物を見たあとも、黒い本でもあり白い本でもある両方の印象が残るのではないだろうか。これは、どちらかが虚でどちらかが実とするのではなく、虚実が行き来してぐるぐる回る表現になっているのでは。

こんな風に議論が白熱しました。『広告』では、編集長と3人のデザイナーの全員が納得できるまで議論し続けるのが毎度の進め方なのですが、この瞬間、全員の意見が一致したのです。

こうして「ネット画像案」の実施が決まりました。打ち合わせ開始から3カ月半が経っていました。

装丁の具現化のための試行錯誤

企画が決定してすぐ、装丁を具体的に検討するために、篠原紙工の篠原さんに連絡しました。篠原紙工はリニューアル創刊号と前号の流通特集号でも装丁をお願いした製本会社。その篠原さんに、「前号(流通特集号)の制作打ち合わせを開始したのも去年の今頃ですね」と言われ、丸1年が経っていたことに驚いたのを覚えています(もっと早くにお願いする想定だったので)。

表紙は「黒い背景に置かれた真っ白な本」の写真とし、その写真を見た人が「真っ白な本なんだ」と思い込むようなミスリードをしたい。実際の装丁は真っ黒にして、白と黒のコントラストを強く出したい、という意図を伝え、篠原さんと印刷を担当いただいたアイワードの浦さんとともに、どのように具現化するか打ち合わせを重ねました。

企画の意図を純粋に反映するだけではなく、紙の雑誌単体としても魅力があるように、丁寧に仕様の検討を進めました。

大きい方向性として、表紙の写真の見え方は、企画のいちばんのポイントでもあるので、厚紙を使ってきれいな平面を出したい。さらに、表紙の白い本と対照的に見せるため全体を抽象的な黒い塊のようにできないかと篠原さんに相談しました。

一般的な上製本だと表紙が中身のサイズよりも一回り大きくなってしまうため、塊という印象にはならず、並製本だと表紙と中身が同サイズだけど、表紙が柔らかいためカチッとした印象になりません。

そこで篠原さんに提案いただいたのが、表紙を厚紙としつつ中身と同サイズにできるドイツ装と呼ばれる製本方法。ただ、通常のドイツ装だと、表紙と背表紙の間に切れ目が入ってしまい抽象性が弱まってしまうため、最終的に採用したのは、ドイツ装と並製本の間のような、表紙に厚いボール紙を貼り、同じサイズの中身をくるむ方式でした。

この方式で束見本をつくり、厚紙の厚みや表紙や本文の用紙を検討していきました。

判型については、ネットで出回る写真によくある3:2の比率を採用。読みやすさを考慮しながら文字のレイアウトを検証し、横30cm縦20cmの判型としました。また、綴じ方は、特別企画のARの体験性を考慮して開きのよいPUR製本を採用しました。

そして黒い塊の印象をつくるために、本の天地と小口に黒い箔を施した三方箔を採用しました。ただ、それだけだと角度によっては三方の黒が薄く見えてしまうため、中のページすべてに黒いグラデーションの枠をつけてエッジの黒を強めています。このグラデーション枠も『広告』虚実特集号のデザインの特徴になっています。

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グラデーション枠の濃度や毛足の長さの検証の様子

さらに、最終形に近い束見本が届いた段階で、裏表紙を破るのはどうかというアイデアが出ました。とても抽象的でカチッとした印象の本に不完全性を付加することで、虚実的な表現にならないか、違和感をつくれないかという提案でした。

ただ、裏表紙を破ってしまうと、手にとった瞬間に“破れ”の印象が強くなってしまい、企画の根幹である表紙のインパクトが相対的に弱まるのではと考え、最終的に製本後に裏表紙を切り落とす仕様にしました。裏表紙に厚紙を使わないことで、雑誌を手に持ってめくるときにたわませることができ、ページをめくりやすいという効果も狙っています。

製本の仕様を決めていくのと並行して、表紙の撮影の段取りを進めました。篠原さんに白い本の束見本を制作いただき、撮影は写真家の伊丹豪さんに依頼。「被写体深度合成」という手法で、斜俯瞰の白い本全体にピントがくるように、少しずつピントをずらして撮影した複数の写真を合成して1枚の写真をつくっています。これによって実際に存在している物質的なディテールとCGのような抽象的なイメージを共存させています。

表紙の写真が完成するとすぐに色校正を出して紙と印刷の具合を検証。マットな仕上がりとツヤのある仕上がりのどちらにするかで意見が割れたのですが、ツヤにしたほうが、これまでの『広告』と並べたときに多様に見えるということと、紙焼きの写真らしさが出るということで、「サテン金藤N」という用紙にツヤの出るPP加工を施す仕様としました。

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表紙の色校正。用紙や仕上げ方の検証

最後に、表紙の文字についてですが、当初は「黒い背景に置かれた真っ白な本」という純粋な印象としたかったため表紙には文字をいれないでおこうと考えていました。ただ、実際に実物を見てみると、何もないと“雑誌らしさ”がなくなってしまう。好き勝手できる雑誌とはいえ、少し乱暴なのではないかという議論になりました。その結果、雑誌の体裁を保ちつつも、表紙写真の純粋さを損なわないように、タイトルや価格は印刷ではなく空押しで入れることにしました。
 
こうして、多くの苦悩や迷走、紆余曲折と試行錯誤を経て虚実特集号の装丁ができあがりました(実際には印刷・製本の過程で想定外のトラブルがあったのですが、それはまた別の機会に)。

ミスリードのための動線づくり

ここからは、虚実特集号の届け方についてお話ししたいと思います。

告知画像を見た人が「真っ白な本」だと思い込み、実際に手に取ったとき、それが自分の先入観によるものだったと気づく。その体験動線づくりのカギは発売前の情報発信にありました。

そこで、前述したようにリニューアル以来初の試みとなる“『広告』の広告”と予約販売を実施することに。

発売3週間前の2月8日に、『広告』虚実特集号の詳細内容とともに、“書影”として「黒い背景に置かれた真っ白な本」の写真=表紙写真を使い『広告』のウェブサイトやnote、SNS、博報堂からのリリースなどを行ないました。

さらに、書店や制作関係者にも協力を依頼し、表紙写真を使ってのSNS等による一斉告知を実施。店頭用のポスターやPOPも作成しました。

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店頭用ポスター

これらの告知用素材を使って書店やAmazonで予約販売を実施。オンライン広告や交通広告でさらに拡散していきました。
 
通常、『広告』が発売前の告知にかける費用はチラシや店頭ポスター制作など30万ほどなのですが、今回はその16倍以上の約500万円をかけました。

内訳は、チラシやポスターなど販促ツールの制作費として約150万、オンライン広告は約180万かけてGoogle、Facebook、Twitter、Instagramに出稿。

交通広告は広告会社やデザイン会社が多い東京の駅を中心に、予算との兼ね合いも考えながら2月8日以降7カ所(表参道駅、中目黒駅、下北沢駅、赤坂駅、汐留駅)に出稿。都営地下鉄大江戸線の車内ドア横にも掲出し、印刷費含めて約170万をかけました。

東京メトロ表参道駅2

大江戸線車内1

(上)東京メトロ表参道駅の駅貼り広告(下)大江戸線車内ドア横広告(撮影:藤田明弓)

1万部しか発行していない雑誌で、こんなに告知にお金をかけるのは、普通ではなかなか考えられません。これができるのは『広告』が出版事業ではなく、博報堂の広報誌的な位置づけだからです。非常に特殊である種とても贅沢な状況ではあるのですが、金銭的な利益については度外視でよいのです。

そのため、編集やデザイン、印刷・製本、販売など毎号の特集や内容に合わせて予算配分を変えていて、今号の仕掛けにおいては“『広告』の広告”が重要な要素だったため、その予算配分を大きくしました。

書店との商談の際には、特集である「虚実」を考える体験づくりの一貫として予約販売を実施してもらいたいこと、告知には専用の書影やポスターを使用してもらいたいこと、告知のときは実際の装丁の情報は出さずネタバレしないように注意してほしいことをお願いしました。

オペレーション的に予約販売が難しい書店を除き、最新号を取り扱っていただいている222の書店のうち172店舗の書店で予約販売が実施されました。

また、『広告』は毎号、博報堂のクライアントや関わりの深い識者・著名人に献本を行なっています。今号は3,308部の献本を発売日以降に行なったのですが、そのうち宅配便などで直接送付を行なった1954件については予約開始のタイミングで事前に献本予告のチラシを送付。同じタイミングで、今号の制作関係者にはメールで書影と詳細情報を送りました。献本先にも事前に書影のイメージができる限り伝わるようにしました。

こうして、発売の約1カ月前から、「虚実」を考える仕掛けとしての表紙画像が世の中にどんどん拡散されていきました。

世の中の反応 ~ 予約開始から発売まで

予約を開始した2月8日当日、Amazonでは約400冊の注文が入りました。 その後は連日100冊ほどの注文が入り、発売前日の2月28日までに入った予約注文は合計1,496冊。Amazonランキングの「アート・建築・デザイン」カテゴリーで1位になるなど好発進でした。書店での予約販売数は現時点で確認がとれている31店舗で合計51冊。予約の時点で完売になる店舗もありました。さらに告知を見た書店から「うちでも仕入れたい」と新たに6つの店舗で取り扱いが決まりました。

一方、SNSでは告知や広告を見た人たちの「中身はなんだろう?」「表紙に何も書いてないから気になる」「ずいぶんと簡素な表紙だな」という反応はあったものの、思っていたよりも少なく、今回の仕掛けがちゃんと機能しているか正直不安にもなりました。ですが、「虚実」を表現するステレオタイプの装丁=真っ白な本とすんなりと認知されたということかもしれない、と発売日の反応を待ちながら日々SNSを見ていました。

SNSの確認には、世の中の反応を見るだけでなく「書店のネタバレチェック」という重要なミッションもありました。書店には、表紙の仕掛けについては発信しないようお願いをしていましたが、仕入れと販売の担当が異なる書店などは共有がもれて発信されてしまうことも予想されました。

そこで編集部では、予約開始前日の2月7日から本日まで、1日6回のチェック時間を設け、SNSや書店のオンラインショップで表紙の仕掛けについて触れていないか、実際の装丁がわかる写真を載せていないかを確認していました。

把握できている範囲では2つの店舗でネタバレが起きてしまいましたが、すぐにご連絡し、意図を説明のうえ取り下げてもらいました。今回に限らず、『広告』は一般的な雑誌や書籍とは異なる販売方法をとっているため、書店のみなさまにはいつもお手数をおかけしています。この場を借りてお礼申し上げます。

世の中の反応 ~ 発売から現在まで

3月1日の発売以降、SNSでは続々と「てっきり白い本だと思っていたら黒い背景ごと表紙だった」「白い本だと思っていたら違っていてやられた感がある」といった反応が見られるようになりました。

また、「販促広告でのミスリードを回収するデザイン」「概念や価値観が揺さぶられた」「予約時の画像から手にとって買うまでの装丁イメージの移ろいが虚実だった」などの投稿も。気づかなかった、特に気に留めなかったという方ももちろんいらっしゃるとは思いますが、たくさんの方に狙っていた体験をしていただけているようで、ほっと胸をなでおろしました。

実は、今回の「真っ白な本であるとミスリードする」という仕掛けについて、博報堂の広報室からは「思っていた装丁と違うというクレームがあったらどうするのか」という懸念も指摘されていました。現在のところそういったクレームはなく、自分が思っていたものと実際の装丁とのギャップを楽しんでいただいているように思います(騙された、と不快に思われた方がいらっしゃったら申し訳ありません)。

最後に

2月8日の予約開始以降、取り扱っていただいている書店には「表紙の仕掛けについては発信しないでください」とお願いしていました。

発売以降、入手した方のなかにもネタバレしないようSNSでの投稿に配慮いただいた方も見受けられました。ありがとうございます。このnoteをもって、公式にネタバレ解禁したいと思います。

今号の装丁は「白い本だと思ったら黒い本だった」という一見シンプルな仕掛けではありますが、それが生まれた背景にはいままでお話してきたような様々な紆余曲折や試行錯誤、虚実についての多くの思索があったということもあわせて楽しんでいただければと思います。

そして、今回の仕掛けをとおして、ネットや広告を含む世の中の情報や画像の不確かさや、自分が見ているものに無意識の思い込みがあるということを感じていただき、ネットや広告などの情報や画像の不確かさについて思いを馳せていただき、それが「虚実」について考える入り口となれば幸いです。

また、3人のデザイナーと北千住デザイン・渡邊さんをゲストに迎えて、4月4日に開催したオンライントークイベント「『広告』虚実特集号の制作裏話」のアーカイブを公開しています。ここまで書いてきた話と重なるところもありますが、どんな雰囲気で打ち合わせをしていたのかを感じてもらえると思います。お時間あるときにぜひご視聴ください。

なお、本日4月6日時点の販売数ですが、Amazonだけでも合計2024冊が販売済みです。まだ手に入れていない方はお早めにご注文ください。また、全国の取り扱い書店をまとめていますので、ぜひお近くの書店にも足をお運びください。

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そして最後に、『広告』虚実特集号をご購入いただいた方、読んでいただいた方に、アンケートのご協力をお願いしています。ご回答いただいた内容は編集部全員で共有して、現在制作中の次号への参考にさせていただきます。

読者アンケートはこちら

アンケートにご回答いただいた方のなかから抽選で40名の方にAmazonギフト券(Eメールタイプ) 1,600円分または「広告 Vol.416 特集:虚実」1冊を進呈します。現時点でまだ11件しか応募がないため、回答いただければかなりの確率で当選する可能性があります。
 
ご協力のほど、よろしくお願いいたします。


『広告』編集部

脚注
※1 ソーカル事件……ニューヨーク大学物理学教授だったソーカルが、ポストモダン思想家の文体をまねて数学や科学用語を用いて内容のない論文を作成。これを現代思想系の学術誌に送ったところ、そのまま受理・掲載されてしまった事件。ソーカルはでたらめな論文を見抜けず掲載した専門家を非難するとともに、一部のポストモダン思想家が数学や科学用語を権威付けとしてでたらめに使用していると主張した。
※2 レンチキュラー……特殊なレンズ加工がされたシートを用いて、見る角度によって絵柄を変化させたり立体感のある見え方をつくる印刷手法
※3 イデア……プラトン哲学の用語で、肉眼に見える形ではなく、「ものごとの真の姿」「ものごとの原型」を意味する。
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小吉 「我が身を立てんとせばまず人を立てよ」
雑誌『広告』
博報堂が発行する雑誌。「いいものをつくる、とは何か?」を思索する“視点のカタログ”として2019年にリニューアル創刊。クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナーの小野直紀が編集長を務める。最新号の特集は「虚実」。