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93 映画におけるフィクションとリアリティ 〜 映画監督 西川美和 インタビュー
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93 映画におけるフィクションとリアリティ 〜 映画監督 西川美和 インタビュー

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『ゆれる』『永い言い訳』『ディア・ドクター』『すばらしき世界』などで知られ、登場人物の苦悩や葛藤などリアルな心理描写に定評のある西川美和監督。自身が監督するすべての作品で脚本を手掛ける彼女は、登場人物のキャラクター像をつくるための念入りな取材・調査を行ない、数年かけて作品を練り上げていくと言う。そんな西川監督は、映画というフィクションのなかに、いかにリアリティを生み出しているのか、その思想や方法論、そしてフィクションの可能性について尋ねた。

なお、本稿では『すばらしき世界』の結末に関する記述が含まれている点にご注意いただきたい。

着地点がわかっている物語はつまらない

── 監督の作品に共通していることとして、「人の心の成長」という理想的な結末を描くのではなく、「人の心の変化の過程」を真実味のある描写で浮き上がらせることを重視してストーリーをつくっているように感じています。そのためなのか物語の展開も淡々としていることが多い印象です。もっと脚色して登場人物への感情移入をしやすくしたり、ドラマチックな展開をつくったりすることもありうると思うのですが、意図的にそれを避けているようにも見えます。実際、その辺りのバランスをどう考えられているのでしょうか?

西川:確かに私の映画は、「なんで乗らせてくれないのか」とか「せっかく気持ちがよかったのに」ということもよく言われます(笑)。娯楽物として捉える基準が人によって様々なんでしょうね。

私としては、非常にドラマチックな作品があってもいいと思っていますし、理想論が語られていいのがフィクションの世界だと思っていて、私もそういう映画作品を楽しむことがあります。ですが、そういう映画は私よりもつくるのがはるかにうまい人たちがいますからね。

一方で、100年を超える映画の歴史のなかで、すでにあらゆる物語が綴られてきたので、定石とも思える“理想の展開”をいまさら綴って終えてよいのかとは考えてしまいます。「こうだったらいいのにな」という世界を描いた素敵な作品はたくさんありますが、自分が脚本を書きながらそっちに流れていくと、自分自身どこかいぶかしみはじめるんです。こんな簡単に問題が解決されるなら、フィクションなんかいらないんじゃないかと。現実では経験したくもない、こんがらがったその先に、フィクションだからこそたどり着ける場所を見つける、それが大事だと考えています。ただ、その答えは実際にそのモチーフを扱いはじめたタイミングでは私自身にもわからないんです。

着地点がわかっている物語というのはつまらないし、そういうものを描くということは、脚本の書き手自身にも製作過程での変化が起こらないということだと思うんですね。どこに着地するかわからないけど、書き出してみたり調べはじめてみることで、私にとっても観客にとってもどうなるかわからないところにたどり着ける可能性があると思っています。

── 最初からどんな話にするのかを決めるのではなく、脚本を書き進めていくうちに内容が変化していくことが多いということでしょうか?

西川:私の場合、シナリオの1行目を書く以前に、大体1年から1年半の仕込み期間が存在します。思いつきだけで着地点まで行けるような才能は私にはないですから。物語の端緒やこういうシーンが撮りたいということだけが最初に浮かんで、それがどこに組み込まれるかわからないまま組み立てていくんです。脚本を学校などで学んだわけではないので、こうすればドラマが書けるというセオリーが私にはないんですよね。

書き方っていろいろあって、プロットで骨格をつくっていく方法がいちばん効率的だと思うんですけど、セリフがひとつ変わるとあとも全部変わってくるということがあるので、私の場合はとにかく日々足し引きしています。書いては直し書いては直しみたいなのが何週間も続くんですよ。

だからシナリオを書くというのは、小石を積み上げるみたいな作業だと思っています。ひとつ石の質や色が違うと、行き着いた先が全然違うものになっていて。そのときそのときはひとつの石を積むことに必死になっているので、どうやってたどり着いたのか自分でもわからないんです。だから、「どっから直していけばいいんだっけ?」「どこまで遡ればいいんだっけ?」と、積み上げた石を取り除いていって、また別の石を選ぶところからスタートする。ある程度形になったら人に見てもらってどこがおもしろいか、どこが違和感があるかを尋ねられるのですが、シナリオを書くのはとにかく孤独な作業ですね。

第1稿が書けたら、それをタタキにしてリライトを繰り返していきます。そうやって長い時間つき合っていると、本当に自分でも無意識なところで作品にとっていちばん大切なところとか気をつけなければいけないところの何かがつかめるんですよね。

フィクションのつくり手としての姿勢

── 映画って「人間はこうあるべきだ」だったり「人間ってこうだよね」だったりいろんな人間の描き方があると思うのですが、監督はどういう姿勢で人間を描こうとしているのでしょうか?

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博報堂が発行する雑誌。「いいものをつくる、とは何か?」を思索する“視点のカタログ”として2019年にリニューアル創刊。クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナーの小野直紀が編集長を務める。最新号の特集は「虚実」。