26_つくり手が変える対価

26 つくり手が変える対価のあり方 〜 慣習を超えて価値を生み出すために

同じ文章を書く仕事でも、「作家」と「ライター」の性質は異なる。商業文章のライターである私は、出版社やクライアントから発注を受けて初めて、文章を「つくる」からだ。

先日、こんなことがあった。私がゴーストライター(編集協力)として参加した書籍で、事前に著者と口頭で約束していた印税の分配率が、出版の直前に出版社の意向で大幅に下げられてしまったのだ。事前に契約書を交わさなかったことが原因であるが、受発注の関係性は得てして「仕事を与える」側と「仕事をもらう」側といった、不均衡なパワーバランスに陥ってしまうことが少なくない。

つくり手の“対価”が“慣習”によって決まっているケースも多いため、受発注者の間で意識のズレが生まれ、場合によっては「買い叩き」が生じてしまう。

「足元を見られた!」と怒り狂っていても何も変わらない。

本稿では、「“対価”が地域や時代背景に紐づく“慣習”によって規定されている」との仮説を置く。デザイナー・写真家・建築家など、ライター以外にもクライアントへの納品が前提となるつくり手の事情に目を配りながら、各業界内に伏在する問題の構造と、それに立ち向かう新たな潮流について事例を交えて考察していく。


価値の範囲をどこに置くか

発注者/受注者の価値観の違いから生まれるトラブルの火種は、日常のなかに潜んでいる。大阪市・天王寺区で起きた「デザイナー無報酬問題」は、その一例だろう。

同区では2013年、広報デザイナーを募集する要項で「作品へのクレジット明記はするものの、無報酬で働くこと」を条件に提示。SNS上ではプロ・アマ問わず多くのデザイナーから批判が集中し、すぐさま資料の文言が「ボランティアでご協力いただける方を募集します」と一部変更される事態になった。

広告を取り扱うデザインの現場では、「無報酬コンペ」が珍しくない。費やした労力に対して対価がつかない“タダ働き”を強要する状況は、悪しき風習とも見て取れる。報酬が確約された案件であっても、納品後に契約内容以上の要求を強いられるとなれば、報酬のない作業を押し付けているのには変わりないだろう。

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不利な立場にいるのはデザイナーだけではない。「写真家」を例にとって、国外と比較してみよう。権利の譲受人やライセンシーによる不当な搾取から、交渉力の弱い著作者を法律で守ろうとするアメリカ、フランス、ドイツなどの諸外国に比べ、日本の著作権法には契約を規制する規定がほとんど設けられていない。不利な契約や慣習により著作権が制作者に残らず、契約後のロイヤリティも認められづらい日本では、名の売れたカメラマンを除き、経済的に不利な条件で契約せざるを得ないのが実情だ。

当然ながらカメラマンの仕事は、写真を納品するだけではない。高価な機材の搬送から撮影後のレタッチ、ときには数千枚にも及ぶデータからのセレクトまで、作品の背景には様々な苦労が隠されている。

国内外の広告写真に詳しいプロデューサーによれば、カメラマンの報酬が日本と中国では5〜10倍、日本とアメリカでは10倍以上の差が出るケースもあるのだとか。アメリカにおいては、エージェントが交渉を代行することがあり、撮影当日の稼働時間や作業費のみならず、当該写真が世界のどのエリア、どれくらいの期間使用されるのかといった「Usage(明確化された取り扱い)」に応じてギャランティが変動するという。

業務内容に大差はなくとも、国ごとの慣習や価値観の相違により報酬は大きく変わる。こうした事情もあってか、昨今は日本のカメラマンが中国へ出稼ぎに行くこともあるという。

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建築業界で比較しても、日本と諸外国では賃金ベースが大きく異なる。日本では建築家が対価を受け取る際、「設計をすること」のみが価値の対象となることが多い。

一方、アメリカでは設計の前段階から、なかばコンサル料のような形で設計外のアイデアに対しても充分な請求がなされているケースが多いのだ。どの作業工程までを対価の範囲ととらえるかによって、業界の給与水準にも大きく差が開く。

建築デザイン事務所noizの代表を務める豊田啓介氏によれば、AI(人工知能)を扱えるなどの技能があれば、駆け出しの建築家でもカリフォルニアでは日本の約4倍の年収が得られるという。日本では成果物のみに対価がつきやすく、アイデアの背景にある思考や情報へ報酬を支払う配慮が、まだまだ足りていないと言えるだろう。

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個人のインフルエンスを高めることで、交渉力を上げる

デザイナー、写真家、建築家が不利な状況に陥りやすい原因のひとつとして、「交渉」の不足が挙げられる。つくり手の対価を慣習に委ねたままでは、状況は一向に改善されない。不況が叫ばれる出版業界では、つくり手側が自ら声を上げることで対価のあり方に変化が出てきている。

過去に出版経験を持つプロブロガーのイケダハヤト氏は、出版業界の慣例である著者印税率8〜10%に対して自身の公式サイトで異を唱えた。クリエイターへの利益の配分率が85%のメディアプラットフォーム「note」を例に、コンテンツを出版社をとおして販売する場合と、Web媒体を起点に公開をする場合とを比較。発行部数が10分の1に下がったとしても、高配分率と高単価の掛け合わせによって、ネットでは出版以上の利益が得られることを自らの事例とともに説明している。紙の本であれば3万部売らないと500万円にならないが、noteなら2,000部で500万円稼げる計算になるのだ。

多くの作家にとって、出版社を介した売買がプラットフォームを通じた個人間での発信に劣ることが証明されると、コンテンツ販売のあり方も大きく揺れ動くことになるだろう。本稿の筆者である私は、編集協力として書籍のライティングに携わる機会がある。慣例では、紙の印税が10%であるのに対し、電子は20%程度。ある大物作家が自身で出版社に掛け合い、電子の印税率を倍の40%へ引き上げた話を聞いたことがある。高い影響力を持っていれば、実は交渉の余地は存分にあるのだ。

「そんな交渉ができるのは大物だけでは?」と疑問に思われる方がいるかもしれない。それでもSNSの一般化に伴い、こうした交渉の余地の裾野は確実に広がっている実感を持っている。たとえば、私が身を置くライター業界ではフォロワー数の多寡で単価が変わることさえある。

Web記事では、ライターのフォロワー数がそのまま記事PVのトラクション(初速で広がる度合い)を高めるからだ。近年では、『多動力』(堀江貴文 著)や『メモの魔力』(前田裕二 著)などのヒット作を連発していることで知られる幻冬舎の編集者・箕輪厚介氏が体現するように、書籍の売上にも大きな影響を及ぼしている。

また、あくまで肌感覚ではあるが、ネガティブな評判を拡散されることをクライアントが恐れ、受注側に理不尽な対応を強いるケースも減っている気がする。ライターに限らず、カメラマン、デザイナー、そのほかの職種であっても、自分をインフルエンサーとしてメディア化しておくのは、フェアな対価を得る上でのひとつの武器になると言えるだろう。

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受発注の負を解消するために

受発注時の、「見積もり」にも非効率な負の側面が多いのが実情だ。従来、エージェンシーが要件を定義し、システムの仕様やデザインを考え、見積もりとあわせてクライアントに提案。その後、ようやく受注の可否が決まる。ただ、どうしてもこうした過程を踏むと時間やコストがかかり過ぎてしまう。

オランダのデジタルエージェンシーでは現在、「見積もり」の概念さえなくなりつつあるという。案件の方針や戦略の軌道修正を前提とするならば、ユーザーの属性・行動データにもとづいて日々改善を重ねていかなければ、最善のものづくりはできない。
オランダでは、プロジェクトにアサインされた時点でつくり手にフィーが発生し、仕様や施策をオープンに話し合いながらものづくりにかかわれる体制へと変化してきているのだ。対照的に、業務契約の可否が不透明な状況で「見積もり」を求められる日本のやり方は、不合理と言えるだろう。

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受発注体制にも改善の余地がある。「一度仕事を断ると、もう仕事がもらえなくなるのでは」といった不安から、依頼を断らない受注体質が文化として根付いてしまっているケースも少なくない。自社のこだわりを追求する上で、ときには仕事を断ることも重要だろう。CIデザインにフォーカスしたデザイン事務所kern.studioでは、「企業やブランドの思想を純度高くクリエーティブへと変換する」を理念にデザインの制作や設計を行なっている。CI制作を入り口に新オフィスのデザインにも携わるなど、関係の深いクライアントとの仕事を拡張することで既存の枠組みを超えて活動しているのだ。

他方で、つくり手がチームを組むことで付加価値を生み出そうとする流れも出てきている。深津貴之氏が代表を務めるデザインファームTHE GUILDもそのひとつだ。同社では、立場が弱くなりやすいつくり手が集まることによって、仕事の窓口や実績、機材や固定費をひとつに集約して、スケールメリットの獲得に成功しているのだという。

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“受発注関係”から“パートナー”へ

シリコンバレーのスタートアップでは、報酬を金銭的なフィーではなくストック(株式)で分配することがひとつの形式になりつつある。たとえば、デザインコンサルティング会社のIDEOもスタートアップと協業する際、報酬をフィーではなくストックで受け取ることがあるという。エンジニアやデザイナーなど、優秀なつくり手の採用やリソース確保が深刻化しているなか、スタートアップは事業を成功へと導くために必要な報酬をストックによって代替しているのだ。

ようやくスタートアップエコシステムが成熟化しつつある日本でも、同様の仕組みを取り入れた動きが見え始めている。PR・広告・マーケティングを手がけるスタートアップGOが用いる報酬体系はそのひとつの事例だ。代表の三浦崇宏氏はクライアントの変化にコミットしてともに収益を得ていくビジネスモデル「サクセスシェアリング」を提唱。クライアントからの報酬をフィーだけではなく、レベニューシェアやストックオプションにまで広げていることが特徴だ。報酬までの資金繰りが厳しい場合は、プロジェクトの途中でも一時入金をしてもらえるように契約を結び、キャッシュフローの調整を行なっているのだとか。

新興企業の試みや海外の先進事例から、契約者と“受発注関係”ではなく“パートナー”として提携することで利益を分配する潮流が生まれつつあることがうかがえる。

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“慣習”から抜け出し、「自分が生み出す価値」を再定義する

今後、「対価のあり方」を変えるためにも、つくり手は“慣習”に縛られることなく、従来の環境から抜け出し「本質的な価値」を見出さなければならない。もちろん“慣習”という名の後ろ盾がなくなるとなれば、それだけ大きな責任を負う覚悟が必要となることも意味する。対価のあり方を変化させるためには、「生み出せる価値は何なのか」を絶えずとらえ直し続ける必要があるからだ。

つくり手がクライアントの要求に応じながら商品や作品のことだけを考え、既存の収益モデルや流通経路のみに頼る時代は終わりを迎えつつある。弱い立場にいて交渉ができないのであれば、自らの発信力や影響力を高めるためにSNSに力を入れることが有効になるかもしれない。あるいは、THE GUILDが実践するようにつくり手同士の輪を広げていくことで、クライアントとの距離を縮めることもできるだろう。

既存の枠組みに囚われないためにも、「自分が生み出す価値が何なのか」を再定義し、つくり手自らが対価を得る方法を模索する必要があるのだ。

文:長谷川 リョー

長谷川 リョー (はせがわ りょー)
株式会社モメンタム・ホース代表取締役/編集者。株式会社リクルートホールディングスを経て、独立。「SENSORS」編集長。修士(東京大学 学際情報学府)。編集協力に『10年後の仕事図鑑』、『日本進化論』(ともにSBクリエイティブ)、『THE TEAM』(幻冬舎)など。Twitter: @_ryh

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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。

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