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129 流行の歴史とその功罪

「流行」の歴史は、メディアの歴史であり消費社会の歴史でもある。百貨店からマスメディア、そしてSNSへ。資本主義社会の到来から、物質的な大量生産・大量消費の時代を経て、情報や時間を消費する時代へ。「流行」には、自然発生的に生まれる流行もあれば、企業が仕掛けて生み出す流行もある。本稿では、近代から現代にかけてのメディアや消費社会の変遷とともに「流行」のあり方がどのように変遷してきたのか、識者への取材をとおして、その特徴と功罪をひも解く。さらに、流行が人々の生活や思考に「文化」として定着するのはどういった場合なのかを考察する。


流行とは、人々の間で起こるもの

そもそも「流行」とは何なのか。『広辞苑』(岩波書店)には、次のように記載されている。

①流れ行くこと。
②急にある現象が世間一般にゆきわたり広がること。「伝染病が━する」
③衣服・化粧・思想などの様式が一時的にひろく行われること。はやり。「━の先端をいく」「━作家」

社会心理学者の市川孝一氏による著書『流行の社会心理史』(学陽書房)では、先人の研究からふたつの定義を紹介している。ひとつは「ある社会集団の中で、一定数の人たちが、一定の期間、ある意図のもとに始められた同似の集団行動をとるように心理的に誘われること」(社会心理学者・南博氏)。もうひとつは「社会の許容する範囲内で、社会生活を営む個々人の新しい社会的行為が他者との間において影響しあいながら、新しい行動様式、思考様式として社会や集団のメンバーに普及していく過程であり、その結果、一定の規模となった一時的な集合現象」(社会学者・川本勝氏)とある。市川氏は、前者は人間の側から流行を捉え、後者はそれまでの定義を統合しながら社会現象の側からアプローチしたもの、と述べている。

“急に”“一時的”“一定期間”といった言葉から、その話題や行動が目立つ時期が限定的であることがわかる。また、それぞれの言う「心理的に誘われる」、「他者との間で影響しあう」の記述からは、あたりまえかもしれないが、流行が人との間でこそ起こるものだとうかがえた。

これを踏まえて、具体的に人々の間で何が広がるのか、流行の対象を整理すると、大きく「有形無形の商品やサービス」「映画や漫画などのコンテンツ(時間を消費するもの)」「価値観や行動(“エコ”や“ていねいな暮らし”など)」の3つに分類できると考えた。

「自分とは何者であるか」──自己顕示欲と流行

流行が人々の間にどのように存在してきたか、源流をたどってみたい。近代の大衆消費文化に詳しい関東学院大学の神野由紀教授は、流行と「自己顕示欲」との関連を指摘する。

神野氏の論文「近代日本と流行」では、過去の流行研究を踏まえて「流行は近代社会の成立以降、その性格を変えることになった」と記述されている。具体的には、明治20年代(1887~1996年)までは特定の現象が一定期間に多く見られることはあったが、それはたとえば蘭の栽培やウサギの飼育のような個人の趣味に留まっていたという。対象はいずれも大量生産品ではなく、資本の介入は見られなかった。

明治30年代(1897~1906年)を境に、流行が資本によって操作されるようになる。自然発生的な流行ではなく、企業が意図的に起こす流行の始まりだ。

だが、企業が投資するだけで流行が生まれるわけではない。「つくり手と受け手、その間を媒介するメディアがそろうことが条件」と神野氏は述べる。少し前から、呉服店は顧客の要望を聞いて商品を出す座売りというスタイルから陳列販売へと変わりつつあり、江戸発祥の越後屋に端を発する三井呉服店が屋号を改める形で明治37年(1904年)末に三越呉服店が発足。同社の高橋義雄らがアメリカの百貨店を参考に、様々な品目の商品をそろえて一棟の下で用が足りるようにする、という「デパートメントストア宣言」を打ち出した。

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