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62 中国ライブコマースの体験的考察

「ライブコマース」という言葉を聞いたことはあるだろうか。2019年から中国で急速に広まり、日本でも広告やマーケティング業界を中心に、注目が集まっている新語だ。簡単に言えば「スマホを使った生中継の実演販売」のことだ。日本ではまだまだ馴染みが薄いが、テレビショッピングの進化形態と考えるとわかりやすい。

たとえばの話、ジャパネットたかた創業者の髙田明氏がテレビ画面のなかで高機能コードレス掃除機の素晴らしさについて声を張り上げて説明しているときに、本人に直接「耐久性はどうですか?」「充電はどのぐらい持ちますか?」「ほかの色はないの?」などと質問でき、即座に画面のなかで答えてもらえたらどうだろう。便利そうではないか。

そんなライブコマースが、中国ではすでにあたりまえの存在となりつつある。日本ではインスタグラムのライブ配信「インスタライブ」などで、主に女性向けにアパレルの商品紹介をしている事例などはあるが、そこから購入画面へ直接リンクさせる仕組みはまだまだ普及していないのが現状だ。「楽天ライブ」や「ヤフーショッピング」などのアプリでライブコマースを実施しているものの、質的にも量的にも、まだまだ試験的なレベルに留まっている。

中国のライブコマースとは、いったいどのようなものなのか。百聞は一見に如かずということで、実際に商品を購入してみることにした。使ったのは、楽天のような巨大ショッピングサイト「タオバオ(淘宝)」のスマホアプリ。運営するのは、中国を代表する巨大IT企業「アリババ(阿里巴巴)」だ。

タオバオアプリを開くと、楽天やアマゾンとの違いは明らか。楽天やアマゾンのトップページは漠然と商品が並んでいる印象で、画面全体に空白が目立つ。一方のタオバオはトップ画面に大量の情報がギッシリとつめ込まれていて、ゲームアプリの操作画面のように、様々な機能が階層的に織り込まれている。どちらがよいかは一概には言えないかもしれないが、タオバオのほうが画面が細部まで入念につくり込まれ、賑やかで楽しい雰囲気だ。中国人の国民性でもあるが、色使いもカラフル。画面の一角にある「タオバオジーボー(淘宝直播。直播はライブ配信を意味する)」をタップすると、ライブコマースの専用ページに移動する。

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「タオバオ」のトップページ 画像:「タオバオ」のスマートフォンアプリより

専用ページの画面は、圧巻だ。アパレルや化粧品、家電、雑貨、食品など様々な商品のサムネイルがインスタグラムのように並んでいて、なかには商品といっしょに売り手の姿が映り込んでいるものもある。試しに中華ベーコンのお店をタップすると、天井から大量のベーコンをぶら下げた精肉店のカウンターのようなものが現れ、40代ぐらいの女性店員が何やらカメラに向けてしゃべっている。私は「西谷1号」というアカウント名だったが、すぐに画面左下のチャット欄に「西谷1号 来了(=来ました)」と表示された。このチャット欄には、すでに多数の先客がコメントしていて「どれがオススメなの?」「送料はいくら?」などと書き込んでいる。驚いたのは、このあとだ。ベーコンをカメラに見せながら商品説明をしていた女性店員が一瞬手を止め、こう言った。

「西谷1号さん、いらっしゃいませ、ようこそ」

テレビを見るときでも、生中継と録画番組では感じ方が違うものだ。箱根駅伝や紅白歌合戦は、生で見るからこそ「現場ではいままさに熱い闘いが繰り広げられているんだな」「この瞬間に喉を震わせ熱唱しているのだな」と強い訴求力を持ち、画面の向こうとこちらに一体感を生む。そして、思わず引き込まれる。ライブコマースでは、これと同じ現象が起きるのだ。

「西谷1号さん」と呼び掛けられると、画面を閉じる指が思わず止まった。遥かかなたの中国の精肉店の中年女性と、東京の自宅がリアルタイムでつながってしまったのには、不思議な感動があった。声をかけてもらったのに、何も買わずに立ち去るのは何だか気まずい。だが、遠慮していつまでも画面を見ている訳にもいかず、次の画面へと移動した。この辺りの感覚(どんどんいろんな店に顔を出しても、別に失礼ではないという感覚)は、慣れの問題かもしれない。

実際に買って感じた大きなメリット

いくつかチャンネルを回っていると、モチや缶詰などを並べたテーブルの向こうで、パソコン作業をしている女性の姿が目に止まった。食品雑貨を扱う店だが、商品説明をしていないときでも、つねに顔を画面に出しておくことが重要らしい。しばらく様子を見ていると、女性はすっと立ち上がってカメラを向き、「あー、西谷1号さん、気づかなくてごめんなさい。パソコンでちょっと作業するから、待っていてください」と言って席に戻った。こちらに呼び掛けながら手まで振ってくれ、本当に店舗に来たような感覚だ。数分後、再び女性はカメラの前に戻り、いきなり商品の説明を始めた。

「32番のクッキーはサックサクで口当たりが最高です。海苔が入った塩味のほか、プレーンの甘いタイプがあります。リピーターも多いですよ。いつもできたてのものを発送しています」

毎日同じような説明を繰り返しているのだろう。立板に水で、次々と商品説明を続けた。商品ページを見ていたら、天日干ししたフリーズドライ風の菜の花が気になった。「菜の花、ありますか?」とチャットでメッセージを送ると、すぐに反応があった。

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