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78 アップルの流通戦略 〜 どん底から世界一、そしてその先へ

「流通改革」で、どん底から脱したアップル

「アップルは特殊すぎる会社で参考にならない」──世界でもっとも成功した会社、アップル。そのビジネスに学ぼうという記事は多いが、それに食傷気味の人はこう思うようだ。だから、本稿では世界中のどの企業と比べてもアップルが見劣りした四半世紀前頃の話から振り返りたい。この時代、アップルからはイノベーションが消え、業績も悪く、あと90日で倒産という状態だった。アップルは、その状態からどうやって軌道修正をし現状を築いたのか。古い話ではあるが、そこにはいまでも多くの学びがある。また、同社の再建において「流通」の見直しがいかに重要だったかもよくわかる。

アップル再興の物語は、スティーブ・ジョブズの復活からスタートする。ジョブズは、アップルを創業するも、経営闘争に破れて会社を追い出される。その後、紆余曲折を経て戻ってきたのが1996年末、倒産寸前のアップル社だった。「アップルの経営には興味がない」と言っていた彼だが、社内にまだ優秀な人材がいるのを発見し、話すうちに会社の惨状に我慢ができなくなる。結局、彼は1997年、社内クーデターを起こして経営陣を刷新。自ら陣頭指揮を執りはじめた。

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1996年末、スティーブ・ジョブズが瀕死のアップルに戻ってきた。すべての改革はここから始まった 画像:ゲッティイメージズ


直近の課題は残り90日ぶんまで目減りした操業資金だった。ライバルだが旧友でもあるマイクロソフト社ビル・ゲイツと直接交渉をし、当面必要な運転資金を投資として引き出した。こうしてアップルの存続が決まると、ジョブズはすぐにふたつのことに取り組んだ。

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操業資金は残り90日ぶんというピンチの最中、アップルの舵取りを始めたスティーブ・ジョブズは仇敵でも旧友でもあるマイクロソフトのビル・ゲイツに投資を依頼。それを発表したMACWORLD EXPO会場はブーイングの嵐となった。ジョブズは「アップルが勝つためにマイクロソフトが負けなければならないという発想はやめるべき。アップルが勝つためにはアップルがいい仕事をするべき」と言って、それを制した 画像:ゲッティイメージズ


ひとつはアップルがどういう会社であるかを問い直す「Think different.」という広告キャンペーンの展開。これは顧客が持つアップル社の印象を好転させただけでなく、モチベーションを失いかけていた社員たちをも奮い立たせた。

もうひとつが流通改革だった。ジョブズがアップル社の状況を精査していくと、財政危機を生み出した最大の原因は市場でダブついていた数カ月ぶんの流通在庫であることがわかった。

当時はiPodやiPhoneが登場するはるか前。「アップル社」に変える前の会社名は「アップルコンピュータ社」で、主力製品はパソコンのMacと携帯型情報機器のNewton、そしてディスプレイやプリンターといった周辺機器だった。

1990年代中頃からマイクロソフト社のライバル製品、Windowsとの競争が年々激化。1995年にWindows95が登場すると、その話題でそれまでのMacの人気にも一気に影がさす。一時は20%ほどあったMacのマーケットシェアだが、Windows機の追い上げで5%以下にまで落ちこむと、マスメディアはそのことを大きくとりあげてアップル社の危機を煽った。その結果、アップルはシェアを改善しようと悪手を連発してしまう。

なかでも致命的だったのが、あらゆるマーケットセグメント、あらゆる価格帯のニーズに応えようと製品の種類を増やしたことだ。同社は最終的には製品群を15ラインナップまで拡充。流通チャネルによってPerformaというアプリが付属した別バージョンの製品も存在していたため、当時のMacのSKU(在庫管理上の商品の単位)は30種類をはるかに上回っていた。

当時のパソコン/家電の販売では、まだPOSの利用は一般的ではなく、こうした商品が実際にどのような層にどれだけ売れているかの手がかりがなかった。流通業者から受ける受注や返品だけが商品の売れ行きを知るための手がかりだった。アップルは精度の低い需要予測にもとづいて、この無駄の多い製品群をつくり続けては、製造・流通と倉庫の費用で赤字を膨らませていた。

ジョブズは、この無駄に気がつくと、一度、すべての生産を停止。アップルの現行製品数を0と宣言しリセットしてから、同社の再構築に取りかかった。シェアが小さいからといって、Macに需要がなかったわけではない。アップルはすでに出版業界やその周辺のクリエイティブ産業、教育業界などに強固な客層基盤を持っていた。

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