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文化

「文化」に向き合うことは、「ものをつくること」を肯定すること──。

5年ほど前、本誌の編集長をやらないかと打診があり、なんでも好きにやっていいと言われて引き受けました。小さい頃からものをつくるのが好きで、これからもものをつくり続けたいと思っていた僕は、本誌の全体テーマを「いいものをつくる、とは何か?」にすることにしました。

ものをつくるときは、いつも「いいものをつくろう」と、つくることに没頭してきました。でも、「いいものをつくる」ということが何を意味しているのか、深く考えたことはありませんでした。その無自覚な無知を、つくり手としての伸びしろに置き換えて、このテーマを設定しました。

こうして、ごく個人的な動機から始まったのが現体制での『広告』なのですが、僕が編集長を務めるのは今号で最後になります。これまで「価値」「著作」「流通」「虚実」と4つの特集を組んできました。特集はすべて漢字2文字としています。というのも漢字2文字の言葉は、たいてい概念が大きく根源的です。そうした言葉を特集に据えることで、ものをつくることやその周りにある物事について、できるだけ広く深く思索したいと思ったのです。

そんななか、もともと最後の特集にと考えていたのは、「人間」でした。ものをつくるのも人、享受するのも人なので「人間」を最後に扱おうと。でも、しばらくすると、人間を真ん中に置くという発想が、20世紀的な人間中心主義の呪縛のように感じて、しっくりこなくなりました。それよりも、世界を構成するひとつの要素として人間を捉えたほうが、視野が広がるのではと、「人間」とも「ものをつくること」とも関係の深い「文化」を特集することにしました。

「文化」についてのリサーチを始めてすぐにぶつかったのは、その概念の曖昧さと複雑さでした。人の営みや考え、生み出すものすべてにかかわるのが「文化」です。一筋縄ではいきません。それでも、ものをつくることと「文化」がどのように結びついているのか、自分なりに言語化を試みました。

まず、ものをつくることを含む、人の営みの背景には、風土や伝統、言語などの文化が存在します。ここで言う文化は、主に人類学や民族学から発生した概念で、「ある土地や時代、分野などにおいて人々に共有される思考や行動、生活のあり方」を意味します。この文化は、世界に存在する事物の価値や意味を共有するインフラでもあります。逆に言えば、人が何に価値を感じるか、どのように世界を認識するかは、文化の影響下にあるのです。

エドワード・サイードは、著書『文化と帝国主義(1)』(みすず書房)のなかで「いかなる文化も単一で純粋ではない。すべての文化は雑種的かつ異種混淆的」だと述べています。人が様々な文化の影響下にいるように、ひとつの文化もまた多くの文化の重なりのなかにあるということです。この構造が、「文化」の概観を掴みにくくしている要因のひとつなのでしょう。

さて、「文化」には、もうひとつ重要な意味があります。それは、芸術や学問を指して文化と呼ぶときのもので、「知的、美的な精神活動」といった意味です。この文化概念は、18世紀末~19世紀初頭のドイツやイギリスにおける主に文学分野からの思想に由来しています。理性や普遍性を重視する啓蒙思想の広がりや産業革命を経るなかで、過度な理性偏重や機械化への反動から成立し展開していきました。

土地や民族の固有性と人間的な感性を重視するこの文化概念は、「人間の内面的発展」を含意しており、「culture」に「教養」の意味が含まれるのもこの文脈です。この文化には、禁欲的で高尚な側面があります。「文化」が語られるときに“俗っぽさ”、つまり金儲けや大衆性、承認欲求などが忌避されるのはこのためです。

ものをつくることは、様々な文化の影響下で、何かを生み出すことです。そして、その行為や思考、生み出されたものは、よくも悪くも、関連する文化を構成する価値や意味のひとつとして還元されるという循環構造があります。このとき、その文化に対していい影響をと考え、または考えずとも、人間的な感性や知的、美的な精神性を持って、いいものをつくろうと志すことも、また文化と呼ばれるのです。

本号を制作するなかで、何のために「文化」に向き合うのか、何度も自問を繰り返しました。その個人的な期待が冒頭の一文です。

「文化」に向き合うことは、「ものをつくること」を肯定すること──。

誰もものをつくることを否定なんかしない。そう思われるかもしれません。でも僕自身、ものをつくることにつねに葛藤があります。必要とされるけど、つまらないもの。誰にも必要とされないもの。事情にまみれた中途半端なもの。社会や環境に害をおよぼす可能性のあるもの。そんなもの、つくらないほうがいいんじゃないか……。ことあるごとに、そんなつぶやきが頭のなかに流れてくるのです。

だからこそ、ものをつくる背景にある価値や意味、そして自己の内面性と強く結びつく「文化」に向き合うことで、葛藤の先の“肯定”につながる何かを見出すことができるのではないか。そんな期待が浮かんできたのです。

ごく個人的な動機から始まり、ごく個人的な動機で終えることになりますが、現体制での『広告』最終号では「文化」を特集します。

価値や意味を共有するインフラであると同時に、知的、美的な精神活動でもある「文化」。

その概念の曖昧さと複雑さを受けとめたうえで、風土や言語、宗教や芸術、伝統や権威、経済や政治など「文化」をとりまく観念や事象をとおして、「いいものをつくる、とは何か?」を思索する様々な視点を投げかけます。


2023年3月 『広告』編集長 小野直紀


小野 直紀 (おの なおき)
『広告』編集長。クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー。2008年博報堂に入社後、空間デザイナー、コピーライターを経てプロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom(モノム)」を設立。社外では家具や照明、インテリアのデザインを行うデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を主宰。2019年より博報堂が発行する雑誌『広告』の編集長を務める。ツイッター:@ononaoki

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