13_いかに新しいものを

13 いかに新しいものを生み出すか 〜 マンガにおける「新しさ」の意味

「新感覚」「新ジャンル」「新機軸」……マンガの世界は「新しい」に満ちている。「見たことがない世界」「体験したことのない感覚」という売り文句は確かに強い。真新しい物語が、自分の感覚や世界を広げてくれる。

だけど、物語の価値って「新しい」ことだけなのか、と問われたらちょっと違う気もする。王道の冒険物語、王道の恋愛物語、ともすれば「ベタ」と言われてしまうマンガにもまた、物語の力は宿っている。

たとえば少女マンガの世界。新しいジャンルやテーマの作品ももちろん生まれているが、ティーン向けの少女マンガではいまも圧倒的に「学園」「恋愛」といった定番のモチーフが主役と言っていい。乱暴に言えば、少女マンガは手垢の付きまくったジャンルだ。

しかし、少女マンガというジャンルはいまも変わらず人々に支持され続けている。むしろかつて以上に映画やアニメなどとのメディアミックスが増えているくらいだ。しかもそれは懐古的に消費されているわけではなく、つねに「いまのもの」として読まれている。

では、マンガにとっての「新しさ」とは何なんだろう? それって価値があるんだろうか?

定番ジャンルのなかでの「新しさ」とは

創刊から50年以上の歴史を持つ集英社の少女マンガ誌「別冊マーガレット」の勅使川原崇編集長にそんな疑問をぶつけると、「新しいかどうかということを意識することはあまりない」という。

「雑誌としては『新しいものを』という意識はあります。やっぱり新しい読者は新しい作品が連れてくるので。読者の新陳代謝を考える上でも、新しいものは必要です。でも、ここでいう『新しい』というのは純粋に『新しい描き手』というくらいの意味ですね」

実際、現在の「別冊マーガレット」の誌面を見ても主人公はほぼ例外なく高校生。ギャグ作品などを除けば、話も基本的に恋愛がテーマだ。これが、詳しくない読者に「少女マンガは似たような話ばかり」と言われるゆえんだろう。

過去には、新しいジャンルの開拓に挑んだこともあるという。

「10年ほど前に『別冊マーガレット』編集部に異動してきた頃、家族とか将来とかそういう題材を扱ってみたら雑誌としての幅も広がるんじゃないかと思ってやってみたことがあるんです。でも、あまり反響がなかった。結局は読者が求めているかどうかなんだとあらためて考えさせられました」

これは雑誌の読者層によっても反応は違うだろう。たとえば、より新味のあるテーマやモチーフが受けやすい雑誌もある。少年誌や青年誌などは、目新しい発想や題材が大きな武器になることも少なくない。たとえば謎の巨人に追い詰められた人類の戦いを描いた『進撃の巨人』(諫山創)や、ゴキブリと人類が戦うという『テラフォーマーズ』(作:貴家悠、画:橘賢一)など、物語自体ももちろんだが、斬新さが読者に強いインパクトを与えている。

だが、少女マンガは傾向として目新しさ以上に作家の経験や実力が問われるのではないかと勅使川原編集長は話す。

「少女マンガでは、若い才能というのはなかなか出てきづらいと思います。設定の目新しさ、アイデアみたいなものは、年齢に関係なく生み出せる人は生み出せる。だけど、『君に届け』(椎名軽穂)のような作品を若い作家さんがいきなり描けるかといったら、難しいでしょう。編集者が『こういう作品をつくりたい』と企画を立てるのも無理です」

企画書から『君に届け』は生まれない

『君に届け』は足かけ12年にわたって「別冊マーガレット」に連載された作品。主人公・黒沼爽子が「貞子」とあだ名されるほど、暗く見える顔と性格という、連載開始当時としては新しさのある設定だったものの、物語自体は極めてオーソドックスな学園恋愛マンガと言っていい。企画書にすれば「地味な女子がクラスの人気者と恋に落ちる話」という感じになるだろう。これだけではどこにでもある恋愛マンガだ。アイデアとすら言いづらい。

だが、そんな『君に届け』はコミックス累計3,000万部以上を記録。アニメ化、実写映画化もされて、2000年代を代表する大ヒット作になった。

作者の椎名軽穂は1991年に「別冊マーガレット」でデビューしている。そこから本格連載を持ったのは2003年。『君に届け』は2005年に読み切りとして発表され、その後2006年に連載作品となった。実にデビューから15年目の作品というわけだ。

『君に届け』は企画書に落とし込めばありふれた作品だ。しかし、キャラクターや感情の機微が読者を揺さぶり、ヒット作になった。まさにベテランの地力が生み出した作品と言えるだろう。

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『君に届け』 ©椎名 軽穂/集英社マーガレットコミックス

一方で、「別冊マーガレット」の’10年代のヒット作には『俺物語!!』(画:アルコ、作:河原和音)のような作品もある。美男美女揃いの少女マンガの世界で、ゴツくていかつい顔の男子高校生・剛田猛男を主人公とした恋愛マンガだ。こちらもアニメ化、映画化され、大ヒットを記録した。

『君に届け』のような作品に比べると、圧倒的にインパクトのある猛男のビジュアルなど、作品コンセプトの斬新さは強い。いわゆる企画書でも響きそうな作品だ。だが、読み切りから始まった本作も実際には狙ってつくったものではないという。

「もともと河原先生の創作スタンスは『自分の好きな人物を描こう』というもの。『俺物語!!』も『こういう人が好きなんだ』という面が出ただけだと思います」

河原和音もデビューは1991年。『俺物語!!』の原作を書いた時点で『先生!』や『高校デビュー』など多くのヒット作を生み出している大ベテランだった。『俺物語!!』は最終的に単行本13巻にわたる連載となった。美男子とは言えない男の子が主人公の少女マンガというのは、アイデアとしては生み出せるかもしれないが、説得力を持って描くこと、さらには長期連載としていろいろな面を描いていくことは、“企画力”だけでは難しいだろう。

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『俺物語!!』 ©アルコ・河原 和音/集英社マーガレットコミックス

自分の心を問い直した先に、新しい着眼点が見つかる

では、「別冊マーガレット」編集部が新人の作品などを見るとき、一体どういった観点を大事にしているのだろうか?

「『別冊マーガレット』は非常にオーソドックスな雑誌なので、投稿作品も定番の話が多いです。ただ、同じような作品でも『この感情を拾ってくるんだ』といった着眼点を見ています。そういうところに新しさというのを感じている」

「着眼点の新しさ」もよく使われるフレーズだ。一見すると「やっぱり目新しさが必要なのか」と思えてしまう。しかし、勅使川原編集長の言う感情や着眼点というのは単なる目新しさのことではない。

「若い作家さんや編集者は、自分の心なんてわかっていてあたりまえだと思い込んでいる。だけど、いろんな出来事や物語を前にしたとき、自分が何にときめいたのか、どんなところに心が動いたかというのは、意識して分析しないとちゃんと自覚できないものなんです」

ヒット作を生み出しているベテラン作家は、そうした自分の心の分析を丁寧にやっていると勅使川原編集長は言う。

「これはある編集者が言っていたことですが、『心のデッサンがきちんと取れているかが大事』なんだと。人って、ついわかったような気になってものを描いてしまう。でも、自分だったら本当にそう思うかと問い直さないといけない。同じようなことを河原先生にも言われました。だから、よく新人作家さんには『描いてきた作品の状況に自分がいたら本当にときめくか?』と聞くんです。『こういうのにときめくだろう』『こう思うだろう』という思い込みで描いていないか、きちんと考えないといけない」

そうやって問い直すと結果として作家ごとの着眼点が生まれる。丁寧に心を分析した先に、新鮮な感情の機微が見つかるというわけだ。それは結果としてキャラクターを生む。

「マンガのおもしろさって、生きものを観察するようなものだと思うんです。蟻が巣をつくるのも見ていて楽しいじゃないですか。ああいう感じ。描かれた人物が本当に生きているかのように感じられれば、自然とおもしろいマンガになる」

実写映画が公開中の『町田くんの世界』(安藤ゆき)もまさにそんな作品だ。メガネの地味な男子高校生・町田くんの日常を描いた作品で、ドラマらしいドラマはそれほどない。町田くんが日々の生活で出会った人、助けたことなどがずっと描かれている。だが、そんな町田くんを見ているだけで実に楽しくなる。町田くん以外の登場人物の心の動きも含め、新鮮な感動と読後感がある作品だ。

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『町田くんの世界』 ©安藤 ゆき/集英社マーガレットコミックス

人の心の動き、機微は時代の影響も受ける。時代が変われば人を取り巻く状況も変わり、状況が変われば心の動きも変わっていく。自分の心を問い直すということは、普遍性につながると同時につねに新しさもともなう行為と言えるだろう。

マンガにおける「新しさ」の意味とは、時代とともに変化する人間の心の発見にあるのかもしれない。

構成:外川 敬太/文:小林 聖

勅使川原 崇 (てしがわら たかし)
1997年、集英社に入社。「YOU」「別冊マーガレット」「りぼん」の各編集部を経て、2017年6月より「別冊マーガレット」編集長に就任。『ごくせん』『Real Clothes』『青空エール』『ヒロイン失格』『センセイ君主』『オオカミ少女と黒王子』『俺物語!!』などの連載を立ち上げた。

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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。

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