133 「ことば」が「文化」になるとき ~ 言語学者 金田一秀穂 × 『広辞苑』編集者 平木靖
「ことば」の限界を知らないといい文章は書けない。いい文章に限らず、いい映像、いい器など、いいものをつくるには、「ことば」への解像度が欠かせない。時代によって変わる「ことば」への豊かな眼差しを持つことができれば、その時代にあったいいものがつくれるのではないだろうか。時代を超えて文化として残るものがつくれるのではないだろうか。時代と併走する「ことば」をつぶさに観測してきた言語学者の金田一秀穂氏と、『広辞苑』編集者である平木靖成氏に、「ことば」と「文化」、そして時代との関係性を聞いた。
『広辞苑』は特殊
──辞書といえば『広辞苑』という印象があります。
平木:『広辞苑』というと、国語辞典の代表格みたいに思われがちですが、すごく特殊な辞典なんです。国語辞典と百科事典が合わさっていて、しかも国語項目も古いものから順番に意味を並べているので、言葉の歴史をたどるような百科的な辞典になっています。
たとえば、普通の国語辞典だと、言葉の変化に応じて現在の意味を記載しようとなりますが、『広辞苑』の場合は、100年前、1000年前のものまで扱っているので、単に意味を新しく加えていいのだろうかと悩むことがあります。逆にいまの時代には使われていないけれど、歴史的な変遷のなかで実例があったなら、その用法もあったと加えるべきではと悩んだりもします。
金田一:僕は学生に日本語を教えているので、「先生、国語辞典は何がいいでしょうか?」って聞かれると、「『広辞苑』はダメだよ」ってまず言うんですよ(笑)。『広辞苑』は「使うための辞典」ではなくて「知るための辞典」なんです。言葉を調べると古語から出てきちゃう。知識としてはすごくいいんですけど、現代の人が日本語を学ぶために使うにはちょっと無理があるんですよね。
江戸時代ぐらいまでは、辞書には普通の人がこの意味わからないねっていう言葉が載っていました。でも明治になってアメリカのウェブスター辞典やほかの国の辞書を調べてみたら、もっと普通の言葉がいっぱい載ってたんですよ。要するに、その国にはどういう言葉があるかという「倉庫」のようなものだった。そうした近代的な国語辞典を、日本では国語学者の大槻文彦が初めてつくりました。この語彙表のなかにすべてがあるんだよ、それを使って僕らは生きてるんだね、と日本語というものの形をクリアにしました。
──『広辞苑』の印象がずいぶん変わりました。編集はどのように進めているのでしょうか?
平木:百科項目と国語項目ではかなり違うつくり方をしています。百科のほうは、物理学や美術、食べ物の言葉など分野ごとに分けて専門家に見てもらいます。この言葉の解説はこのままでいいのか、あるいは研究が進んで説明を変えなければいけないのかチェックしてください、この10年間で新しい言葉が生まれたなら選んでその説明を書いてください、と専門家にお願いします。各分野ひとりの専門家に委ねることになるので、どの方に頼むかというのが重要になります。
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