11_新作はいらない_音楽_

11 「新作」はもういらない? 〜 音楽の場合

平成初期、音楽は間違いなく娯楽の中心にあった。民放のゴールデンタイムには音楽番組が並び、毎週のヒットチャートは多くの人の関心を惹きつけた。ミリオンヒットとなる曲も珍しくなく、若者はCDを買い求め、その曲をカラオケで歌った。1998年、音楽ソフトの売り上げはピークを迎えている。

それから約20年。周知のとおり、状況は一変した。音楽はいま、数あるエンターテインメントのなかの選択肢のひとつにすぎない。また、ストリーミングサービスの登場により、巨大なアーカイブデータにいつでもアクセスできるようになったことで、定期的に世に出される新作の存在感は薄れている。

現在、「新曲」はどのように聴かれているのか?

Spotify Japanのビッグデータが示す懐古主義

PRINCESS PRINCESS、Wink、COMPLEX、米米CLUB、徳永英明。ここに名前を挙げたのは、2018年にもっとも聴かれた楽曲を歌っているアーティストである。そう言われて、あなたは信じられるだろうか?

種明かしをすると、これらのアーティストは音楽ストリーミングサービスのSpotifyで2018年のプレイリスト再生ランキング1位となった「平成ポップヒストリー」の冒頭を飾る面々である。「平成が終わる」というムードがあったとはいえ、「懐かしの」と言っていいアーティストがずらっと並んだプレイリストがランキングの1位に鎮座しているのは注目すべき事実である。

プレイリスト以外のランキングでも、同じようなことが起こっている。Spotifyにおける、2018年の楽曲再生ランキング1位は、2017年リリースの「打上花火」(DAOKO×米津玄師)。2018年リリースの楽曲はランキング上位5曲に「Change」(ONE OK ROCK)の1曲のみで、5位には2008年リリースの「愛をこめて花束を」(Superfly)がランクインしている。

こうした状況は「過去の音源まで手軽に何でも聴ける」ことを特徴とするストリーミングサービスの外でも大して変わらない。Every Little Thingの「fragile」やORANGE RANGEの「花」など、2000年代のヒット曲をメドレーにしたCD『ラブとポップ ~好きだった人を思い出す歌がある~ mixed by DJ和』(2017年8月リリース)は、昨年末時点でオリコン62週連続TOP30入りを記録し、MONGOL800『MESSAGE』を抜いてCD史上最大のロングヒットとなった。

テレビの歌番組では’90年代(もしくはそれ以前)に活躍したアーティストが往年のヒット曲を歌うフォーマットがすっかり定着し、かつてはリアルタイムの音楽を紹介することに主眼が置かれていた「ミュージックステーション」では、毎週あたりまえのように懐メロが何らかのランキング形式をとって紹介されている。

日本人は、新しい音楽への興味を失ってしまったのだろうか?

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提供:フリー素材ぱくたそ

30代で音楽への興味は失われる? イギリスの年齢別調査から見えたこと

この話題に関連して、昨年の6月にフランスのストリーミングサービスのDeezerからとても興味深いデータが発表された。イギリスで1,000人を対象に調査した結果、以下のような傾向が見えてきたと言う。

・人々は30歳頃から新しい音楽を探すのをやめる
・新しい音楽と接触しなくなる理由は「選択肢が多くて圧倒される」「子育てや仕事が忙しい」など
・新しい音楽を探さない人の約47%は「音楽への興味を失った」というわけではない(=残りの53%は音楽への興味を失っている)
・新しい音楽を探す能力のピークは24歳

つまり、人は
①新しい音楽への感度がどんどん高まっていく層(~24歳)
②新しい音楽を聴くがその興味が徐々に減退していっている層(25歳~30歳)
③新しい音楽を探さないが、音楽への関心は失っていない層(31歳〜、うち47%)
④新しい音楽を探さないし、音楽への関心ももはやない層(31歳~、うち53%)
という4つのグループに(ざっくりだが)分けることができる。

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この傾向を「音楽に対する人間の普遍的な特性」と考え、またポップミュージックに関心のある世代を「10代~60代」と仮定した上で、現在の日本の10歳から69歳までの人口(2017年の政府統計による)を先述の4グループに分類してみると、上図(2017年の状況)のようになる。

もちろん「31歳以上で新しい音楽を探す人」もいるだろうし37歳の筆者もそのひとりではあるが、おおむね「誤差」の範疇だろう(新進気鋭のアーティストのライブにいる年長者の多くは関係者席に座っており、同世代の友人とリアルタイムの音楽についての話をするのが難しくなりつつある実感が確かにある)。

ちなみに、もっともCDが売れた年は上図(1998年の状況)のとおり。新しい音楽に関心のある層(①+②)とはっきりと関心のない層(④)の数を比較すると、1998年では前者が後者を上回っていたが、そこから20年経って後者が逆転してしまった。

加速する市場の高齢化、保守化する大人たち

これが「高齢化社会・日本」の現実ということなのかもしれない。もはや日本人の多くが、新しい音楽というものを必要としない“世界線”に突入している。高齢化が加速する現状において、この傾向は今後ますます顕著になっていくはずである(そして、「課題先進国・日本」の姿は未来の地球全体の姿でもある)。

この状況を踏まえると、「音楽にとって“新作”は必要なのか?」という話になってくるのだが、「音楽ファン」という立場からの結論を一旦留保した上で考えると、残念な結論に到達する可能性が高い。

世の中にはすでにたくさんの名曲・名盤があふれており、これ以上の新作は人々を混乱させる原因にすらなりかねない。音楽への関心が高まる世代の若者たちも、過去のマスターピースを順番に聴いていけば、新作を聴いている暇もなく感動したり楽しい気持ちになること請け合いである。

何より、音楽は聴き手のノスタルジーを呼び覚ます強力な装置である。忙しい大人にとっては、自分に合うかわからない新しい音楽を探すよりも、思春期の思い出がこびりついた音楽を聴くほうが、確実に感情を刺激されるのは間違いない(長年好きなアーティストの新作であっても、いまの自分にフィットするかはわからない)。

ここまでの話をあらためてまとめると、下記のような結論が導き出される。どうにも違和感を拭えないが、ある意味では非常に「ロジカル」な帰結ではある。

「新しい音楽に興味を持たない大人は増えるし、ただでさえ音楽は飽和している。ゆえに、音楽にとっての新作は必要ない」

この結論を鵜呑みにするかどうかは、読者のみなさまに判断をゆだねたい。というのも、本稿の主題として扱ってきたストリーミングサービスというもの自体の歴史の浅さを考えると、また異なる未来を考えることも決して無茶苦茶な話ではないからである。

Spotifyがグローバルでサービスを開始してからまだ10年程度。日本でストリーミングサービスが一般化し始めたのが2015年(Apple Music、AWA、LINE MUSICのサービス開始が2015年。Spotifyは2016年)。

日本のデジタル配信市場においてストリーミングの売上がダウンロード販売の売上を(やっと!)上回ったのが昨年2018年の出来事であり、まだこのサービスが日本の音楽マーケットにどんな未来をもたらすかという確定的なストーリーは存在していない。

この先、利用者の拡大とともに日本のユーザーの嗜好をサービス側が深く理解していけば、「昔好きだった懐メロを起点に、好みに合った最新の音楽がレコメンドされる」という豊かな未来が実現する──そんな可能性も決してゼロではない。

いずれにせよ、現時点で言えるのは、「音楽における新作というものが、“必ずしも絶対的な価値を持つもの”ではなくなりつつある」ということだろう。それでは、現役のミュージシャンはこのようなテーマについてどう考えているのだろうか? いまの時代において果敢にも「誰からも愛される音楽」を新たに生み出そうとしているミュージシャンに話を聞いてみた。

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いきものがかり・水野良樹インタビュー「いま、新曲の意義とは」

リスナー目線で考えると、「音楽にとって新作は必要か?」という問いは必ずしも「YES」という結論にはたどり着かない。先ほどの記事で述べたそんな内容に対して、現役のミュージシャンはどのようなことを思うだろうか。

話を聞いたのは、昨年11月に約2年間の「放牧」期間を終えて日本の音楽シーンに戻ってきた、いきものがかりのリーダー、水野良樹。最近の水野は、再び開始したグループでの活動に加えて、水野良樹名義で多数のアーティストへの楽曲提供や様々なコラボレーションを行なっている。さらに自身にとっての音楽表現を探求するプロジェクト「HIROBA」を立ち上げるなど、あらゆる立場から音楽と対峙している。

「表舞台での華やかな活動に勤しむスター」としてだけではなく「物事の本質を探究する哲学者」としての側面もある水野。「新作っていりますかね?」という不躾な、しかも考えようによっては「登山家が山に登るのは、そこに山があるから」といった話で終わってしまいそうな問いかけに対して、彼は「難しいですね」と言葉を選びながらもひとつの明快な視点を示してくれた。

「何でつくってるんだろう? と思うことは確かにあります。ただ、唯一答えられることがあるとすれば……“名作”と呼ばれるものは時間が経っても“名作”ですけど、それは“過去”であることにも変わりないんですよね。一方で、いまの時代は何かを消費するときには“同時であること”がもはや前提になりつつあるし、リアルタイムを体験することの価値がますます高まっている。

最近の音楽の世界だと“ライブが重要”という話が定着していますが、これも“音源と違ってコピーできないから”という文脈よりも、“ライブは『いま』を共有しているから”こそ多くの人が楽しさを見出しているということだと思うんですよね。

そう考えたときに、仮に“音楽の新作がなくなる”ということが起こるとすれば、“その時代のリアルタイムを伝える音楽がなくなる” “過去を表現した音楽以外、世の中に存在しなくなる”ということになるわけで、その状況を受け入れられるかというと……音楽をつくる人だけじゃなくて、聴く人も満足できなくなるんじゃないでしょうか」

「過去」と「現在」という時間軸。そんな視点のなかで水野がまたこだわっているのが、先の発言にもあった「時代」というものである。時代とは何か? 水野は「つくり手」と「受け手」の相互作用によって生まれる空気のようなものとして認識している。

「つくり手と受け手を取り巻く空気をパッケージする表現は必要」

「2年くらい前に阿久悠さんについていろいろ調べていたんですけど(2017年にNHKで放送された『いきものがかり水野良樹の阿久悠をめぐる対話』)、あの人が“化け物みたいな作詞家だった”ということだけに必ずしも価値があるわけでなくて、それを熱狂的に受け止める人たちがいたからこそたくさんの伝説が生まれたと思うんです。

つくり手と受け手を取り巻くそんな空気をパッケージする表現は必要だと思うんですけど……ただ、“なんらかその時代の空気を閉じ込めたものは必要だ”と思う一方で、“その役割を果たすものが本当に音楽でなければならないか?”って問いもありますよね。

最近だと、イチロー選手の引退とそれにまつわるムーブメントが“時代の空気”をもっとも表現しているものかもしれない。’90年代から2000年代初頭にかけての日本は音楽が世の中の中心にあったからこそつねに新しいもの、つまりその瞬間瞬間の空気をまとっている表現がたくさんの人から求められていましたが、きっとあの状況は“たまたまそうだった”というだけの話で、もしかしたらいまは“音楽には新しいものを求めない”というような雰囲気もあるのかもしれない。

音楽家としてはそういう状況を打破できるならしたいですし、音楽と社会の新しいつながり方を提示していかないといけないのかなと思います」

「音楽にとって新作は必要か?」という抽象的なテーマに対して非常にクリアな見立てを提示してくれた水野だが、彼の本分は「評論家」ではなくて「音楽家」である。

いきものがかりとはまったく異なる力学、具体的にはメロディとビートが一体化したかのようなスタンスで魅力的な音楽をつくり出していく若手ミュージシャンの動向(最近は中村佳穂がお気に入りとのこと)に話が及んだ際にポロッとこぼしたこんなひと言こそ、「音楽にとって新作は必要か?」という問いに対するクリエイターとしての本音なのかもしれない。

「若い世代のやっていることは本当におもしろいと思って見てますし、ああいうつくり方にチャレンジしてみたいなという気持ちもありますよ。やっぱり、そういうのがないと自分に飽きちゃいますから」

クリエイターが持つ「時代」へのまなざし、そしてつくり手としての本能によって、新たな作品はこの先もどんどん生まれてくることになるだろう。ただ、水野の指摘にもあったとおり、「音楽の新作が必要かどうか」を最終的に判断するのは聴き手にほかならない。リスナーを真に惹きつけるのは甘美なノスタルジーか、それとも生々しいリアルタイムの感触か。来るべき2020年代は、後者が前者を痛快に打ち負かす世の中になればいいなと思う。


文:レジー

水野 良樹 (みずの よしき)
1982年、神奈川県出身。2006年、「いきものがかり」としてメジャーデビュー。作詞作曲を担当した代表曲に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。国内外を問わず、様々なアーティストに楽曲提供をするほか、ラジオ・テレビ出演、雑誌やwebでの連載執筆など幅広い活動を行なっている。
レジー
1981年生まれ。会社員兼音楽ブロガー・ライター。会社勤務と並行して2012年に開設した「レジーのブログ」での音楽シーンを俯瞰した分析が話題に。著書に『夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(宇野維正との共著、ソル・メディア)がある。

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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。

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