どんぐりスピンオフ記事

雑誌『広告』1冊2,500円

先日発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号は好評なようで、すでに1万部が完売したそうだ。「1円で販売される」という話題性もあって手にした人も多いと思うが、中身の記事も楽しんでいただけていれば、執筆に参加した人間としても嬉しい。

本号では「どんぐり100個600円」という記事を担当した。実はメルカリには、その辺で拾ったどんぐりを販売して商売にしている人たちがいる。ハンドメイド工作の素材として買われているようだ。一見、無価値に思えるどんぐりでも値段をつけて販売されることで今まで隠れていた価値が明らかになる。売買を平均すると、どんぐり1個5.5円という「相場」が形成されていた。

さて、1円で発売された雑誌『広告』だが、これもメルカリ上にて転売されひとつの市場が形成されている。転売の是非はいったん脇に置き、『広告』編集部が追跡した転売実態の記録をもとにした転売価格の推移を見てみよう。

画像1


7月24日の発売後、当初は1,000円台での出品がボリュームゾーンだった。7/31までの平均価格は1,614円。このころはまだ一部の書店でも販売されていた。1,000円以下でも売れている一方で3,000円近いものもあり、まだ価格が手探りな印象を受ける。8月に入ると次第に書店では手に入らなくなったからか、販売価格相場は2,000円台に上昇する。8月後半には1,500円以下での出品はほぼ見られなくなり、ほとんどが2,500円程度での出品に収斂していく。どうやらこの価格がこの段階の「相場」のようだ。

プラットフォームが変わると、価格設定も変わってくる。たとえばヤフオク。こちらは期間によらず、平均価格1,700円程度のところを推移している。もっと高くても買いたい人はメルカリでさっさと買ってしまうからだろうか。あるいは、競争人数のかもしれない。一方でAmazonでは当初から3,000円〜4,000円を超える出品が多く見られた。Amazonの出品者を見ると、「〜ストア」「〜ブックス」など古書販売を生業としている業者が目立つ。業者であれば、個人と違って在庫が数冊増えたところでたいして困らず、それよりもプレミアがついて高く買ってくれる人が現れるのを待ったほうがお得ということか。

画像2


さて、本来この雑誌『広告』の市場価格は「1円」のはずだ。本体表紙には「価格1円(税込)」と書いてある。では、2,500円で売られている雑誌『広告』は価値が上がったのだろうか。答えは否である。2,500円の『広告』が1円の『広告』2,500冊と交換できるわけではない。上がったのは価格であり、価値ではない。それではなぜ、「価格」は上昇したのだろうか。

どんぐりの場合、タダで拾えるどんぐりにも、プラットフォーム上では値段がついた。この価値はどこか遠くの、「欲しい人の元へ届ける」ことで生じていた。どんぐりが身近にたくさんある人のところから、どんぐりがない人へ。つまり「どんぐりという資源の配分」であり、そこに価値が生じている。

経済学者ライオネル・ロビンズは主著『経済学の本質と意義』のなかで、限りある資源の配分こそが経済学の目的だと語っている。自由市場による売買も、資源を配分する手段のひとつにすぎない。需要と供給のバランスで価格を決定させるのが、本当に欲しい人へ資源を届けるのに有用であれば、そのシステムを使う意味がある。

さて、そう考えると今回の雑誌『広告』はどうだろうか。たとえば、買える書店が限られていることで、場所的な制約などで入手できなかった人は多くいたとする。転売があることでそういった新たな人へも雑誌『広告』が行き届くのだ、と言えるなら、転売市場は有用かもしれない。

しかし、今回はそもそも販売がひとり1冊に限定されていた。転売があろうがなかろうが、雑誌『広告』を手にする人は1万人で変わらない。『広告』リニューアル創刊号発売後レポートによると、転売の最大値は426冊。これら426冊の転売は雑誌『広告』を得る人を広げたわけではなく、どこかの426人が手にするはずだったものを、別の426人に移し替えたにすぎない。全体で見ると、1万人が1円で買えたはずのものを、ただただ426人に何千倍ものお金を出させただけである。

近年、チケット転売などにも同じ問題が生じている。これに対し、そもそものチケット価格を高くして、実際のニーズに合わせていく方法もあるにはある。しかし、一方でチケットを高くしたくない、という声が販売側もある。あえて低い価格にすることで、新しいファンが参加するハードルが低くなり、総体としてのファンの量が広がっていき、長期的な利益を生むのだという。需要よりも低めの価格設定には実は、ファンを広げる、という価値もあったのだ。

価格は価値の、わかりやすいひとつの尺度ではあるが、価値のすべてを表している訳ではない。雑誌『広告』に関して言えば、「1円で買う」という体験そのものがひとつの価値であり、価格は価値の一部であった。見方によっては、2,500円の雑誌『広告』は「1円で買う」という体験がなくなった分、価値が下がった、とすら言えるのではないか。

Amazonでは20冊もの雑誌『広告』本を出品した業者すらいた。転売全体では数百人分の「1円で買う」体験が失われたことになる。ルールの問題とは別に、ここで問われているのは販売者のモラルである。奇しくも今回の特集は「価値」であった。転売という形で雑誌『広告』にかかわったみなさんも、ぜひ一度立ち止まって、果たして自身はどのような価値を提供しているのか考えてみてはいかがだろうか。

文:世羅孝祐

世羅 孝祐 (せら こうすけ)
東京大学文学部哲学科卒。技術論を専攻し、ものと人間の関係性を考察。同時に、大阪大学石黒研究室にてロボット演劇やロボットコミュニケーション研究のアシスタントを務め、技術の実践にも携わる。テクノロジーが変えていく社会に関心がある。現在は博報堂で働きながら、来るべき22世紀について考えている。


【関連記事】

この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号に掲載されている「どんぐり100個600円」のスピンオフ企画です。

どんぐり100個600円
▶ こちらよりご覧ください


いいなと思ったら応援しよう!

雑誌『広告』
最後までお読みいただきありがとうございます。Twitterにて最新情報つぶやいてます。雑誌『広告』@kohkoku_jp