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112 建築畑を耕す

雄大にそびえる浅間山の山麓、長野県の御代田町で、住宅を5世帯分、同じエリアに同時期に建てる計画が立ち上がり、建築の専門家として携わった。5家族は元からの友人で、みんなお互いのことをよく知っている。それぞれの住宅の敷地は隣接していて、境界線に塀や壁も立てていないので、一見すると集落のように見える。

家どうしは離れているし、それぞれの住まい方や価値観も趣味もバラバラなので、建築として揃える部分は最低限、外観の要素だけにとどめることになった。家の外形は、傾きを揃えた小さな片流れ屋根のボリュームを組み合わせてつくること。外壁は、敷地を整地するときに伐採して製材したアカマツの木材とマットグレーの金属波板の2種類に限定すること。外壁に取りつける窓や扉などは、ディテールを揃えること……。そんな緩い景観条例みたいなルールをいくつか、設計を始める前に設定することにした。それ以外は、それぞれがほかの家を気にすることなく独自に設計を進めていく。

すると、それぞれの家は床面積も間取りもバラバラで、住み手の好みが反映されたものになっているのだけれど、雰囲気がお互いにどことなく似ているような、親戚の集まりみたいな風景が立ち上がった。ひとつのプロジェクトに見えるほど統一感があるわけではないのだけれど、敷地内のどこにいても自分の家にいるような、気持ちのいい場所になったように思う。

長野の住宅群プロジェクトのドローイング

ここまではある意味狙いどおりで、最初にみんなで設定したルールがうまく働いてくれたね、という話なのだけれど、興味深い点はこの後の展開にある。

ある日、この敷地から徒歩圏内の場所で大きな開発工事が始まった。聞けば5、6棟の建売住宅が一気に建設されるという。工事はあっという間に進み、その外観があらわになると、木板と金属波板のツートンで外壁が仕上げられた、片流れ屋根の住宅群が現れた。まったくの偶然か、そうでないかは定かではないけれど、少なくとも第一印象としては、このすぐ近くで建てた5軒の家とそっくりだったのだ。

その光景を目の当たりにして、こみ上げてきた率直な感情は、意外にも「喜び」だった。もちろん、たまたま似てしまっただけなのかもしれないけれど、設計した住宅の外観が「参照された」可能性もゼロではない。そしてもしそうだったとしたら、設計者としては嬉しいのだ。

自分自身、設計をするときにはほかの建築物の資料を沢山集めてきて参照するし、フィールドワークをして周辺の建物から要素をサンプリングすることもある。日々雑誌やウェブ、SNSなどで公開される建築の設計情報や写真、批評、論文などから刺激を受けることも少なくない。だからこそ自分がつくったものも、参照されたり、批評されたりすることで、いつかどこかで誰かの設計の一助になったらいいなと思う。

程度の差こそあれ、この感覚は建築家にとって共通のものな気がしている。長い年月をかけてみんなで培ってきた集合的な経験、知識、歴史、思想、技術……それらを参照したり、反目したり、拓いたり、掘ったりすることで、建築の文化は練られてきた。

なんだか、みんなでひとつの大きな畑を耕しているみたいだな、とふと思う。

これが建築という領域特有のものかどうかはわからないのだけれど、日頃から感じているこの感覚について、もう少し考察してみたくなった。

畑では育てるものが同じでも、土が違うとそこで収穫されるものの特徴が変わってくるという。つくられる環境に、つくられるものが少なからず影響されるというのは直感的に理解できる。では、建築家たちはどうやってこれまで、「建築をつくる環境」を熟成させてきたのだろう。建築畑を耕すために建築家がしていること、という視点で整理してみると、以下のような性格が見えてきた。

・循環の促進
発表することと、批評すること。この両輪を回すことで、参照して、参照されて、また参照して……という、建築の参照・被参照の連鎖が生まれる。建築畑の土壌の循環が促進されて、栄養が豊かになっていく。

・領域の拡張
新たな技術や手法、思想や発想などを能動的に開拓して取り入れていくこと。建築へのアプローチが多様化していくことで、建築畑の領域が拡張されていく。

・地盤の強化
それぞれのプロジェクトの「敷地」と向き合うこと。すべての建築家に共通するこの行為の総体が、あいまいな建築という概念の核を浮かび上がらせる。建築畑を支える地盤が強化されていく。

お互いに重なったり絡み合ったりしている部分もあるけれど、いずれも建築畑を耕してよりよい環境をつくろうとする行為だ。よりよい建築の畑から、よりよい建築が生まれると信じて。

それぞれについて、もっと詳細に見ていこう。


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