5 どんぐり100個600円
メルカリで「どんぐり」を検索すると、たくさんのどんぐり販売人が出てくるのをご存じだろうか。価格は数百円~千円程度。装飾を施すなど、加工した品もあるが、ほとんどは無加工の普通のどんぐりだ。「近所で拾ってきました」などと書いてある。誰が一体何の目的で、何の変哲もないどんぐりを売っているのだろうか?
実際にどんぐりを購入してみた。商品名は「小さめどんぐり100個」で、価格は600円。送料込み。兵庫県からの出品。商品カテゴリーは「ハンドメイド」の「素材/材料」。どうやら、手芸に使う材料としての出品のようだ。洗って煮沸してあるらしい。お菓子の箱に入って届いたどんぐりはお店で売られるほどではないものの、「拾いもの」よりは価値のありそうな不思議な佇まいをしていた。
実は、メルカリが昨年発表した「数字で見るメルカリ」によると、史上もっとも多く「いいね」を獲得したのも「どんぐり」だそうだ。メルカリを愛用しているママの姿を見て、5歳の男の子が「仮面ライダーカードを買いたいから、これ売って」と公園で集めたどんぐりを渡した。その子が拾った鈴、手製の紙粘土のお団子をセットにして計300円で母親が出品すると、そのほっこりするストーリーがSNSで広まり、史上最多の1,512の「いいね」がついた。最終的には子ども好きの客が無事購入したようだ。
経済学者のアダム・スミスはものの価値を「使用価値」と「交換価値」に分けた。金の延べ棒はほとんどの人にとって使用価値を持たないが、交換価値が高いのでみんなが欲しがる。子どもの頃、どんぐりを拾って帰ると母親に「そんなのどうするの」と怒られた。「どうするの」は使用価値を問う質問だ。どんぐりに使用価値を見出せなかった僕は「確かに」と思いどんぐりを捨ててしまったが、どんぐりの交換価値には思いが至らなかった。捨てる神あれば拾う神あり。どこかに、どんぐりの使用価値を見出す人がいれば、その人の何かと交換することができる。どんぐりに交換価値が生じる瞬間だ。
かつて、交換は楽ではなかった。そのものに使用価値を見出す人に出会う、という手間があったからだ。「わらしべ長者」は、まさにこの交換という仕組みをテーマにした物語だが、彼は次の交換相手が見つかるまでひたすら歩き続ける必要があった。いまは違う。インターネットを通じて、プラットフォームに集まった見えない誰かに呼びかけることができる。写真を撮って、値段をつけるだけで。
もともと、物々交換には「欲求の二重一致」が必要だった。相手の欲しいものを自分が持っているだけでなく、自分が欲しいものを相手が持っていなければいけない。しかし、「お金」の登場がこれを変えた。相手が何かを欲しがるなら、とりあえずお金と交換しておけば好きなものを見つけたときの交換に使える。お金は価値の媒介ツールとして、交換を活性化している。
そう思うと、メルカリは売買でお金を稼ぐ、という以上に交換の場として機能しているのではないだろうか。「値段をつけて出品する」ことで不要なものをお金と交換し、そのお金でまた欲しいものを手に入れる。誰かにとって使用価値が失われたものを、使用価値を見出せる人へとお金を媒介して移動させていく交換のプラットフォームなのだ。
プラットフォームのもたらした恩恵がもうひとつある。過去の取引の記録が閲覧できることだ。使用価値は人によって違うため、どれくらいの交換価値(=値段)をつけてよいかは判断が難しい。自分にとって価値が低いものならなおさらだ。
メルカリでの「SOLD」状態のどんぐりは、実際に成立した取引の記録だ。過去のどんぐりの交換価値を可視化してくれる。実際にどんぐりの平均価格を調べてみた。直近20件の取引を平均したところ、1個5.5円。これがメルカリでのどんぐりの「相場」だ。そこではどんぐりの交換はもはや偶発的なものではなく、おおむね1個5.5円で売れると知ったどんぐり商人と買い手による「どんぐり市場」が形成されている。
誰かが値段をつけ、誰かがそれに応じる。その記録の蓄積が、いままで不明確だったものの価値を明らかにして新たな市場をつくっていく。すべてのものに値段がつけば、究極的には「不用品」という概念すらなくなっていくのかもしれない。
ほかにも筆者が見つけた“商品”をいくつか紹介しよう。バッグクロージャー(パンの袋のあれ)、フリスクの空き缶、コーヒーのかす(肥料や脱臭剤になるようだ)、トイレットペーパーの芯、水辺に生えていた苔……。
さあ、試しにあなたの周りのものに値段をつけてみてはどうだろうか。
文:世羅 孝祐
世羅 孝祐 (せら こうすけ)
東京大学文学部哲学科卒。技術論を専攻し、ものと人間の関係性を考察。同時に、大阪大学石黒研究室にてロボット演劇やロボットコミュニケーション研究のアシスタントを務め、技術の実践にも携わる。テクノロジーが変えていく社会に関心がある。現在は博報堂で働きながら、来るべき22世紀について考えている。
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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。
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