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やさしい革命2 創造的になろう (永井元編集長イチオシ記事 #3)

創造的に生きるためにできること

つくることは、生きること。一人ひとりの「創造力」を、お互いに活かしあう、そんな「創造力の解放」ともいえる動きが、世界同時多発的に起こり始めた。その先駆的事例から見えてくる、私たちが創造的であるためにできることとは。


 人の手が生みだす「手仕事」の価値を見直そうという動きが広がっている。その理由はなんだろう。そして、人は何故モノをつくりだそうとするのだろうか。「なにかをつくりたい」、それは「よりよく生きたい」と願う人の根源的な欲望だ。そして「手仕事」とは、まさに人が自分自身の手で、よりよく生きるために生みだしてきた智恵や技術そのもの。「手仕事」への関心の高まりは、自分自身の創造力と生きる力をもう一度取り戻したいという私たちの気持ちの現れなのかもしれない。

 2011年9月から2012年1月にかけて、ロンドンのヴィクトリア&アルバート・ミュージアム(注1)で、『Power of Making(つくることのチカラ)』と題する展覧会が開催された。この展覧会では、手から手へと受け継がれてきた伝統的なクラフト(工芸)から、新素材やテクノロジーを活かした斬新なアイデアまで、様々な人の手がつくりだした「モノ」たちが世界各国から100点以上も集められた。

 英国の職人たちがつくりつづけてきた仕立て靴や、日本の三徳包丁。世界初というナイロン(合成繊維)製のパーツで組み立てられた自転車。新素材「Bio-Suit」を活かした、まるでアスリートウェアのような宇宙服。生身の肉体に近づけるのではなくファッショナブル性と機能性を融合させたカーボンファイバー製の義足。子どもたちが楽しみながら自由に使いたい玩具をつくりだすことができる「オンライン玩具製造ゲーム」、等々。様々な人たちの手がつくりだした「モノ」たち。そこにある創造力、冒険心、感性。

 またボスニアでの民族虐殺の被害にあった女性たちが、セラピーとして、生きる糧として編み上げつくった伝統的なタペストリーは、「つくる」ことが人間にとって大切な記憶や文化をつないでいく手段であり、何より「生きること」そのものなのだと気付かせてくれる。

「つくる」ことは、人が誰かのために、そして自分自身のために生きる喜びを生みだそうとする営み。つまり、“Power of Making(つくることのチカラ)” は “Power of Living(生きることのチカラ)” そのものなのだ。

 しかし、今、こうした私たちの営みを支える根幹が大きく揺さぶられている。

 エネルギー消費の拡大による経済成長という神話は崩れさった。グローバル化と情報化の恩恵を私たちは享受しているが、その一方では、多様性(生物的/文化的な多様性)に対して大きな負のインパクトを与えてしまっている。とりわけモノづくりにおいては、これまでの地域に根ざしてきたモノづくりの文化や仕組みがダメージを受けている。自然資源の枯渇、資源の高騰などはもとより、これまでの伝統的な技術と文化を継承してきた「つくり手」そのものが減ろうとしている。つくるための素材も、つくるための技や智恵も消えていこうとしている。それは私たち自身が自らの「生きるチカラ」を失いつつあることでもある。

 何かをつくりだしたいと願う人が持つ「創造力」が、私たち自身を閉塞感から解き放とうとするポジティブなチカラなのだとすると、定常期を迎えたこの社会で誰もが豊かさを享受しあうためには、わたしたち一人ひとりが持つ「創造力」と、それらをより上手くみんなで活かしあうという発想がとても大切になってくる。そのためには何ができるのだろうか。

注1 【ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム】
芸術とデザインを専門分野とし、約300万点のコレクションを有するロンドンの国立博物館。現代美術、陶芸、工芸、写真、デザイン、絵画、ファッションなどを、過去から現代、また西洋から東洋に至るまで、多岐にわたり蒐集、展示。そのコレクションの質、内容の多様さにおいて、世界的規模を誇る。

「Power of Making」
ヴィクトリア&アルバート・ミュージアムで行われた「クラフト」をテーマにした展示会(2011年9月6日〜2012年1月2日まで)。世界中から集めた多種多様な「ものづくり」展には、日本でおなじみの食品サンプルの展示もあったとか。


ぶつかりあう

 過去30年以上に渡り、アート、テクノロジー、ソサエティという3つの視点から、「これからの社会に必要なクリエイティビティとその先駆的な仕事」を提案しつづけてきた「アルスエレクトロニカ」(オーストリア・リンツ市)。芸術祭、ミュージアム、ラボなどの運営を通じて、世界的な「未来志向のクリエイティブ・ハブ」として大きな役割を担ってきた組織だ。年に1度行われるアルスエレクトロニカ・フェスティバルは、一般市民も参加する世界最大規模のアートとテクノロジーのイベントとして注目されている。

 今年のフェスティバルでは、従来のアーティスト作品の展示に加えて、一般市民やU-19(19歳以下の子どもたち)の参加を前提としたイベントや作品が大きく盛り込まれ話題になった。

 例えば、『Shadowgram(シャドウグラム)』という作品。これは、参加する人たちの「影(シルエット)」をかたどったシールをその場でつくるというもの。例えば「これからの未来をどうつくりたい?」という質問に対するアイデアを、漫画のふきだしのように書いて、自分のシルエットとともに展示空間に貼っていくことができる。参加者一人ひとりの存在とアイデアがその場を楽しくクリエイティブな空間に変えていく。他の人のアイデアに刺激されて生まれた新たなアイデアが、空間的にどんどん広がっていく。

 アルスエレクトロニカでは、こうした『シャドウグラム』のような作品を、「クリエイティブ・カタリスト(触媒)」と呼んでいる。さまざまな参加者が集まることで、みんなの存在(影)や、集まったアイデアが共有する場所の魅力や価値を広げたり、深めたりしていく。そんな誰もが持つ創造性を引き出すことが「クリエイティブ・カタリスト」(創造的な触媒)といわれる理由だ。そこには人を開放していくポジティブな発想が込められている。「人の影(shadow)には、価値や重さ(gram)がある」こと、それがこのアイデアに込められたアーティストの思いだ。

 それは、瞬間的な娯楽や消費のためにつくられる「アトラクション」(従来の広告クリエイティブもその中のひとつと言える)とはとても対照的だ。

 リンツ市では、実際にこのアイデアを、一般市民から行政への意見を集める手段として活かしている。ネガティブな意見も(まるで匿名の落書きのように)集まるかもしれないという関係者の予想とは裏腹に、楽しみながら自分自身の存在(影)とアイデアを伝えることができるこの仕組みを通して、とても建設的でまさに創造力あふれる意見が多く集まったそうだ。

アルスエレクトロニカで展示された『シャドウグラム』。見知らぬ人たちとの偶然の出会いが、アートとしての一体感を生んでいく。


アルスエレクトロニカの2011年のフェスティバルは、物質や宇宙のはじまりを研究するCERN(欧州原子核研究機構)とのコラボレーションが話題に。メインビジュアルには、粒子の衝突を視覚化したものが使われた(下)。日本人アーティストらの参加も多く、来場者は8万人を超えたという。


動きつづける

 グローバリズムからローカリズムへ。人々が生きている場所を丁寧に見つめていくこと、そこにある声や智恵を拾いあげていくこと。企業と生活者との関係もダイナミックに変わろうとしている。

 2010年10月、BMWグループとソロモン・R・グッゲンハイム財団(注2)が共同で計画した「BMWグッゲンハイム・ラボ」というプロジェクトが発表された。BMWグッゲンハイム・ラボとは、都市から都市へと自在に旅する移動式ラボ(研究機関)で、シンクタンク、公共フォーラム、コミュニティセンターの機能を組み合わせ、今都市が抱えている様々な課題についての意見交換や、その解決のためのアイデアを共有しあう場を提供することが目的だ。2年間かけて、北米、ヨーロッパ、アジアの世界3都市を巡り、それを3サイクル繰り返すことで、延べ6年に渡るプロジェクトとして計画されている。

 2011年8月に米国ニューヨークでオープンした第1回目のラボのテーマは、“Confronting Comfort : The City and You(安らぎへの取り組み)”。これからの都市と生活環境のありかたを、建築、アート、科学、デザイン、技術、教育など、様々な人々との対話や協働によって見つけだしていくことが目的だ。そこでは、100項目を超えるワークショップ、実験、討論会、上映会、屋外ツアーなど、多彩なプログラムが用意されている。

 移動しながら、新しい土地に入り、そこで暮らす見知らぬ人たちと出会い、その中から本当に必要とされる実践的なアイデアやソリューションを生みだしていこうとする。動きつづけることで生まれる出会いの中から、お互いの中にある創造力を見つけあい、交換しあっていく。

 移動することは変化することであり、変化することで自分をいつでも新しくつくり変え、自分自身を生かしていくことだ。そして、移動することは常に自分を「弱い」立場に置くことでもある。だからこそ、見知らぬ土地、見知らぬ文化、見知らぬ人たちから、私たちは大切なことを学ぶことができる。「強い」人は自分を変えない。自分を変えないのなら、移動しても旅をしても学ぶことは難しい。

 先行きが見えにくい時代だからこそ、むしろ積極的に自分自身の足で動いていくこと。移動し、動きつづけることでしか、これからは何も見えないのかもしれない。BMWグッゲンハイム・ラボは、他に類を見ない先駆的試みでありながら、私たち一人ひとりの生き方にも、とても大切なメッセージを投げかけている。

注2 【ソロモン・R・グッケンハイム財団】
1937年創設。芸術、建築およびビジュアルカルチャーなどの理解、振興に尽くしながら、あらゆる現代美術作品の蒐集や保存、研究にも力を入れている。ニューヨークやヨーロッパなどで美術館も運営。

2011年8月から世界ツアーをスタートさせたBMWグッケンハイム・ラボ。米国ニューヨークの第1回目のラボ施設は、軽量でコンパクトな二階建ての「移動式の道具箱」。日本の建築家チーム、アトリエ・ワンが設計を担当した。施設の下部は面積204㎡のオープンスペースで、さまざまな特別プログラムのニーズに対応可能。


よく見る

「つくりだすものが、本当に人々の生活の中にとけ込んでいくことができるかどうか。それは、現場に足を運び、つくり手やその技術、素材など、ひとつひとつを丁寧に見ていくしかない。よく見ることで確信が持てる。ビジネス面での要請にも自信を持って応えられる」。

 昨年、イッセイ ミヤケの4代目デザイナーに就任した宮前義之氏は、一本の糸、一枚の布から大切にしたモノづくりを行ってきたイッセイ ミヤケというブランドと、自身のモノづくりの信念をそのように述べている。

「よく見る」ことは、本当に難しい。それがあまりにも単純で当たり前のように思われる行為だからだ。しかしだからこそ、実は誰もができる創造的に生きるための最も大切な手段ではないだろうか。では、「よく見る」とは、どういうことなのだろうか。

 例えば、世界的なデザインファームのIDEO(注3)は、「エスノグラフィ」という行動観察による消費者調査を取り入れてイノベーション開発を行うことで知られる。「行動観察」と呼ばれるように、対象となる人の行動を、時間をかけてよく観察し、その気づきからアイデアを立ち上げようとする。これも、「よく見る」ための方法論のひとつだ。

 しかし、「よく見る」には、もうひとつの大切な方法がある。それは、目の前にある「モノ」そのものをよく見るという行為だ。

 そのモノの佇まい、色、素材、肌触り。そのモノがつくられてきた背景や歴史。それがつくりだされるプロセス、そこに生かされた技術や、つくり手の技や智恵。そのモノをつくりだした人たちの願いや希望。モノを「よく見る」ことは、そうしたそのモノにまつわる様々な「コンテクスト」(文脈)を「よく見る」ことであり、感じとろうとすることだ。

 だから「よく見る」ためには、観察者の感受性、あるいは自分にとって何が美しいのかというような、生活に対するその人なりの視座がとても重要になってくる。それがなければ、目の前にモノがあっても何も見えてこない。

「よく見る」というよりも、「よく見ようとする」こと。よく見ようとすることで、なぜそのモノが長く愛されてきたのか、なぜいま消えようとしているのかも見えてくるだろう。自分がつくろうとしているものが、実は新しいものでもなんでもないことが分かるかもしれない。あるいはそこに何が足りないのか気づくことができるかもしれない。

 つまり、「よく見る」とは、自分にとって本当に大切なものを探しだすこと。「よく見る」ことは、私たちの創造的な生活を支える大切な行為なのだ。

 ぶつかりあう、動きつづける、よく見る。自分の足で動き、いろいろな人たちと出会い、そして大切なものが何かよく見ていこうとすること。「創造的」といっても何も特別なことではない。特別な人の特別な能力でもない。むしろ毎日を丁寧に生きていこうとすること、その中から、美しいもの、楽しいもの、豊かなものを探していこうとすること。そんな生き方をしている人たちの中には、創造力が満ちている。そんな宝探しを、友達と、家族と、親しい人と一緒に、始めてみてはどうだろうか。その成果を交換しあってはどうだろうか。そんな小さな営みを積み重ねていくことが、本当は私たち一人ひとりが、よりよく生きるために、創造的に生きていくために、一番大切なことかもしれない。

注3 【IDEO(アイディオ)】
アメリカ・カリフォルニア州パロアルトに拠点を置くデザインコンサルティング会社。人間工学、機械工学、工業デザインなどの専門分野や人材を活かし、数千のプロジェクトを手がける。創業メンバーのトム・ケリーが書いた『発想する会社! 世界最高のデザインファーム IDEOに学ぶイノベーションの技法』(早川書房)が話題に。

取材・文:鷲尾和彦
撮影:三部正博


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 『広告』2012年1月号 vol.388
 特集「やさしい革命」
 ▶ こちらよりご覧ください

※2012年1月20日発行 雑誌『広告』vol.388 特集「やさしい革命」より転載。記事内容はすべて発行当時のものです。


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