102 空想する力と創造する力 〜 発達心理学と脳科学から考える
プロローグ ── 4歳の子どもの夢は「チーター」だった
ある日、4歳の息子に「将来、何になりたい?」と尋ねてみると、彼は「チーターになりたい」と言った。運動会を目前にして、地球上でもっとも速く走る動物に憧れたようだ。1カ月ほど経ってから同じ質問をしてみると、今度は「むし」と答えた。「大きくなったらなれると思う?」と尋ねると「なれないよ。むしは小さいから」との返事。しかし、ハロウィンで変装したドラキュラには「なれる」らしい。「衣装を持ってるからね」と理由を教えてくれた。わが家の4歳児は空想と現実を行き来する。
空想はときに創造的だ。空想する力は、誰にでも同じように備わるものではなく、個人の経験や環境、感じ方、考え方によって変わる。だが一般に、子どもは論理が多少破綻していたとしても自由に空想することができるのに、大人になると現実を無視して無邪気な空想をすることはほぼなくなっていくように思う。いったいなぜなのか。どうすれば大人になっても自由に空想と現実を行き来することができるのか──。本稿では、子どもの空想のあり方、さらには空想と創造性の関係について、学術的な見地をふまえて探究したい。
空想については子どもの発達心理学の視点から三重大学教育学部の富田昌平教授に、創造性については脳科学や神経科学の視点から東北医科薬科大学医学部の坂本一寛准教授に話を聞いた。
ただの遠足がエルマーを探す冒険に ── 1984年の「エルマー実践」
富田氏を訪ねたのは、「保育における想像的探険遊びの展開──エルマー実践から30年の節目を超えて」という論文に出会い、「エルマー実践」なるものを知り「これぞ空想と現実の行き来だ」と強く惹かれたからだ。
エルマー実践とは、1984年に三重県津市の公立保育園の5歳児クラスで行なわれた取り組みだ。その実践は、岩附啓子氏と河崎道夫氏によって『エルマーになった子どもたち』(ひとなる書房)として1冊にまとめられている。
エピソードはこうだ。遠足まであと2日と迫ったある日、子どもたちに『エルマーのぼうけん』(福音館書店)を読み聞かせていた保育者が、絵本の最後の文章に加えて、「その後のエルマーとりゅうの行方は誰も知りません。どこへ行ったのでしょう。みんなのそばにひょっとするとエルマーとりゅうは隠れているかもしれません」と読み上げた。すると子どもたちの間でざわめきが起こり「りゅうはどこへ行ったんやろ」と声が上がった──。
続きは、富田氏の著書『幼児期における空想世界に対する認識の発達』(風間書房)から、一部引用するかたちで紹介したい。
みんながストーリーを知っている「共同幻想」の力
富田氏は、まず最初に「想像」と「空想」の違いについて丁寧に教えてくれた。
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