著作
音楽家の坂本龍一さんが「作曲の大部分は過去からの引用。“発明”はせいぜい数%程度」というようなことを言っていました。この見地に立つと、世に存在するほとんどの創作物は、オリジナルとコピーの間にあって、完全なオリジナルなど存在しないと言えるのではないでしょうか。
とはいえ、つくり手としての僕は、「オリジナル信仰」にひどく囚われています。作品のアイデアが浮かんだら、必ず似たようなアイデアがないかをリサーチし、似たものが見つかるとボツにします。「オリジナルであること」を目的にものをつくっているわけではないのに、いつからこんなにオリジナルにこだわるようになったのだろう。
オリジナルと似ている言葉に「ユニーク」があります。オリジナルは「最初の」を意味するのに対し、ユニークは「唯一の」を意味します。アダムが人間の「オリジナル」だとしたら、すべての人間は「ユニーク」だということです。
「ユニークであること」を突きつめていくと、「アイデンティティ」となるのでしょうか。揺るぎない「アイデンティティ」があれば、オリジナルの呪縛から解放されるのかもしれません。
話は少し変わりますが、いまの時代、完全なオリジナルをつくることが難しいのと同様に、ひとつの人格と作品の人格が完全に一致することも珍しいのではないかと感じています。
つまり、ひとりの作者の経験や思想など、内なる源泉から湧き出てきたものこそが作品であるという「作家と作品の同一性信仰」は、ほとんど幻想だということです。
以前、歌手の西野カナさんが作詞の際にアンケート調査を行なっているなどと発言したところ、一部から激しい批判を浴びました。「アーティストは自分の言葉でつくるべきだ」「あざとい」と、ある種の裏切りのようなものを受け手は感じたのかもしれません。
その裏側には、作家と作品の同一性信仰に加え、作家の商業性批判があるのでしょう。つくり手にとっては「作品=商品」であるはずなのに、作家性と商業性を対立軸に置きたがる人は、僕自身も含め、たくさんいるように思います。
アメリカでは、ドラマや映画をつくる際にパイロット版と呼ばれる試作品をつくり、それが世に受け入れられるかの受容性調査を行なうのが一般的です。
ネットフリックスでは、ユーザーの情報をもとに需要のあるドラマを割り出し、データにもとづいて監督や俳優を選んでいると言います。
こうした行為は企業の商品開発ではあたりまえであり、個人のつくり手においても、その縮小版をすることはなんら不思議なことではないはずです。
どこまで公言するかはありますが、既存の作品の要素を取り入れ、誰かの経験や考え方、市場の反応を取り入れることは、何かをつくるうえで当然の行為なのです。
「取り入れる」ことが当然の行為だとすると、重要になるのはその線引きです。どこまで取り入れるのはOKで、どこからがNGなのか。
そもそも、こうしたルールやモラルに関する教育は、どこで受けられるのでしょうか。もちろん著作権や意匠権、特許権などの法律を勉強すればよいのかもしれません。
ですが、僕自身は、仕事のなかで必要に迫られて身につけた部分的な知識はあるものの、その全容を体系的に学んだことは一度もありません。「暗黙知」としてなんとなく学んできたに過ぎません。
また、法律を学べば済むわけでもありません。法的にはOKでも、心情的にはNGな場合やその逆も頻繁にあるように思います。さらには、法律自体が古くて、現代のものづくりをとりまく環境に追いついていないということもよく耳にします。
いまや、誰もが簡単に世界中の良質なソースにアクセスでき、ものを生み出し、発表することができてしまう世の中。すべての人がつくり手になりうる時代です。
だからこそ、いまの時代にあったルールやモラルについて、もっと議論されるべきではないでしょうか。つくり手自身が、作品をどう生み出し、作品がどう使われるかに、もっと自覚的になることが重要なのではないでしょうか。
今回の『広告』では、全体テーマである「いいものをつくる、とは何か?」を思索する第二弾として「著作」を特集します。オリジナリティや作家性、そして、著作物の保護や利用のあり方についての視点を集めていきたいと思います。
2020年3月 『広告』編集長 小野直紀
小野 直紀 (おの なおき)
『広告』編集長。クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー。2008年博報堂に入社後、空間デザイナー、コピーライターを経てプロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom(モノム)」を設立。社外では家具や照明、インテリアのデザインを行うデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を主宰。文化庁メディア芸術祭 優秀賞、グッドデザイン賞 グッドデザイン・ベスト100、日本空間デザイン賞 金賞ほか受賞多数。2015年より武蔵野美術大学非常勤講師。2019年より博報堂が発行する雑誌『広告』の編集長を務める。
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(以下2020年7月1日追記)
この記事は2020年3月26日に発売された雑誌『広告』著作特集号から転載しています。
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