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86 認知拡張が拓く人間や世界のあり方 〜 VR研究者 鳴海拓志 インタビュー

人間は古来、道具によって様々な身体拡張や認知拡張を行ない、新たな行動形態や生活様式を獲得してきた。その歴史は人間拡張の歴史とも言える。近年、コンピューターやスマートフォンによって人の認知能力が格段に拡張され、今後、バーチャルリアリティ(以下、VR)などの技術が普及していくなかで、人間や世界のあり方はどのように変化していくのだろうか。本稿では、東京大学大学院情報理工学系研究科で長年VRを端緒とした認知拡張にまつわる研究を行なっている鳴海拓志准教授へのインタビューをとおして、認知拡張の歴史とその可能性を解き明かす。


身体拡張と認知拡張の関係

── これまで様々な道具によって、人類の身体拡張が行なわれてきました。まず、道具による身体拡張と認知拡張の関係について教えていただけますか。

鳴海:猿に熊手を持たせて遠くにあるエサを取れるようにしてやると、道具である熊手まで含めて自分の体であると認識するということがわかった有名な研究があります。

猿の脳には、バイモーダルニューロンという視覚にも触覚にも反応する特殊なニューロン(神経細胞)があって、それによって自分の体の形を認識しています。猿の手の周りで視覚刺激用のプローブ(目印)を走行させると、脳の特定の場所のバイモーダルニューロンが発火して、「体への刺激に反応しているな」というのがわかるわけです。

熊手の使い方を練習する前の猿だと、熊手の周りでプローブを走行させても、バイモーダルニューロンは発火しない。ところが、熊手の使い方を練習して「これで遠くのエサが取れて便利だな」という感覚を会得した段階で、熊手の周りでプローブを走行させると、バイモーダルニューロンが発火するんですね。

実はこの特殊なニューロンは、人間も持っているんです。つまりわれわれは、体じゃないものを簡単に「体だ」と思い込める能力を持っているということです。それは、道具を使うためであったり、成長したあとに怪我や事故で手を失うようなことが起きたときに、柔軟に対応するために持っている能力だということがわかってきています。

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理化学研究所脳科学総合研究センターの入來篤史氏による実験。猿が道具の使い方を習得すると身体イメージが変化する 画像:『道具を使うサル』(入來篤史、医学書院、2004年)より


体と似つかない形のものでも体の一部だと思い込めるということは、われわれが適応すれば、しっくりくるような「体」とか「道具」の可能性が、いまとはまったく違った形でありえるかもしれないのです。

たとえば、3本目の腕や6本目の指が出てきたときに、どう脳の認知が変わるのか、そして行動様式が変わるのか。そういうことに興味を持って研究する人たちが増えてきました。そこでわかってきたことが、工学やものづくりのうえでも結構役に立つのではないかと言われはじめています。

──「猿が道具を自分の体の一部として使いこなす」というのは、エサが取りやすくなるという「メリット」が明確ですよね。一方で、6本目の指だったり3本目の腕が出てくるといった変化をメリットとして認識するには、まず「こういうことができるようになりたい」といった欲求や欲望が必要なのではないかと思うんですが、いかがですか。

鳴海:実はそんなに明確な「メリット」は必要ないのではないかと思っています。「予測したとおりに対象物が動く」というだけで、人間の脳は結構“報酬”を感じてしまうんですよね。

自分の体ではないものを「体の延長だ」と感じるには、大きな要素がふたつあると言われていて、ひとつは「自分が動かした」「意のままに動いた」という認識だと言われています。たとえばマウスのポインターを動かしたときにわれわれは「自分が動かした」と思うわけで、対象の見た目が自分の体とはまったく違っていても大丈夫です。

もうひとつの要素は、「複数の感覚が同期して入って来る」ということ。「ラバーハンドイリュージョン」という実験が有名です。自分の手の隣にゴムでできた手を置き、自分の手は衝立などで見えないようにしておきます。その状態でゴムの手がなぞられているのを見ていると、だんだんゴムの手を「自分の体だ」と感じてしまう。自分の手がなぞられているような錯覚が生まれるという実験です。

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東京大学人文社会系研究科・横澤一彦教授らの統合的認知研究グループによる、ラバーハンドイリュージョンの実験 画像:横澤一彦氏提供

心と体の結びつきに介入するテクノロジーの歴史

── 認知拡張の道具の例として、キーボードやマウスが取り上げられることも多いですよね。コンピューターそのものは「認知拡張」の歴史のなかでどう位置付けられているのでしょうか。

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