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100 ポップ・ミュージックの虚実 〜 歴代のポップ・アイコンはどのようにつくられたか

雑誌『広告』

ポップ・ミュージックの世界にはたくさんの「虚実」が存在している。アイコンたるスターの誕生には、“実”から“虚”を生むことが不可欠だ。そして、幻想や妄想、あるいは勘違いが、いつしかリアルな表現やムーブメントを生むことも少なくない。本稿では、長年ポップ・ミュージックを観察し、その現場に立ち会ってきた編集者/音楽評論家の田中宗一郎氏と筆者・照沼健太が、ポップ・ミュージックの歴史を彩ったアイコンたちがどのようにつくられたのかを語り合い、“ポップ・ミュージックの虚実”についていくつかの視点を提示したい。


ポップ・アイコンの誕生は、“メディア”と密接な関係にある ── ビング・クロスビーとフランク・シナトラ

照沼:ポップ・アイコンの歴史を辿るにあたり、当初はエルヴィス・プレスリーから語ろうと思っていましたが、田中さんから最初に名前を挙げていただいたのがビング・クロスビーでした。彼はフランク・シナトラが憧れていたことで知られるシンガーですね。

田中:音楽の世界におけるアイコンのつくられ方は、その時代に隆盛を極めていたメディアと密接に結びついています。メディアがその人の“実像”を増幅して、イメージをつくり上げるわけです。ビング・クロスビーは歌手ですが、もともとはミュージカル映画への出演によってスターになった存在です。彼が活躍した1930年代はまだハリウッド黄金期だったので、ラジオ、テレビ、レコードよりもはるかに映画のほうが隆盛を極めていたんですね。

そもそもどんな領域でも“オリジン”を規定することというのは非常に難しいと思うんですが、音楽におけるポップ・アイコン──そのとりあえずのオリジンはビング・クロスビーと言えるでしょう。彼の歌手としての特徴と言えば、囁くように歌う「クルーナー唱法」です。それ以前は生声を会場中に行き渡らせる歌唱が一般的でしたが、マイクを使ったレコーディングが前提となったことで、声を張り上げることなく抑えた声で歌えるようになり、セクシーさやなまめかしさを乗せた表現ができるようになりました。いまではあたりまえのことですが、ビング・クロスビーがそうした歌い方をつくり、それをフランク・シナトラが発展させました。つまり、レコード産業の発達と彼らのアイコン化はシステマティックにつながっていたわけですね。

照沼:それまではオペラ歌手のように大声で大仰に歌うのが一般的だったところ、レコーディング技術の発達によって声量の必要性が薄まり、表現できる感情のグラデーションが豊かになったわけですね。

田中:はっきりした喜怒哀楽ではなく、その隙間にあるものを表現できるようになりました。しかし、何よりも大きかったのは、性的なニュアンスが表現できるようになったことだと思います。マイクに向かってどのような声を出すかで、親密な距離感の男女の関係みたいなものを表現することが可能になったんです。早い時期からポップ・ミュージックのレコードにセックスの要素が含まれていたのは、マイクで歌うということと関係しているのかもしれません。

照沼:そして、フランク・シナトラは、“マイクを手に持って歌った最初のボーカリスト”と言われています。現在は手に持つことを前提としてつくられたマイクがたくさんありますが、当時のマイクはスタジオ用の高価かつ繊細なものばかりでした。そのため「マイク=触れてはいけないもの」とされていましたが、シナトラはそんなマイクを手に持って歌ったわけですね。

田中:マイクを手に持つということは、身体が動かせるということにつながります。それまではマイクスタンドの前で直立不動で歌うのがあたりまえだったのですが、それによってダンスができるようになった。その身体的表現による視覚的効果が大きかったのではないかと思います。

照沼:クルーナー唱法からさらに一歩踏み込んだ、性の表現が生まれるわけですね。

田中:1950年代半ばにエルヴィス・プレスリーが当時の人気テレビショー『エド・サリヴァン・ショー』でパフォーマンスした際、カメラは彼の下半身を敢えて映さなかったという逸話があります。曰く、彼の腰の動きがセックスを連想させるということだったようです。いまその映像をYouTubeで見るととても滑稽に映るんですが、当時はそんな映像自体が反社会的でタブーとして受け止められていた時代だった。実際、10代の女性ファンたちは彼のダンスに黄色い歓声を上げて、熱狂していたわけですから。それによってエルヴィスは単なる歌手という役割以上の存在に増幅され、スターになった。つまり、最初のファンとの接合点はセックスにあったという視点も成り立つわけです。

ロックンロールという最初の“フェイク” ── エルヴィス・プレスリーとティーンエイジャー

照沼:エルヴィスは紛れもなく最初のロックンロール・スターであり、ポップ・スターの元祖として語られることも少なくありません。彼のアイコン化の裏にはテレビがあるのと同時に、当時新たな概念だった“ユースカルチャー”との結びつきが大きいですよね。

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2022年3月1日に発行された雑誌『広告』虚実特集号(Vol.416)の全記事を公開しています。

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