25 見積もりの透明化 〜 ブラックボックスをひらくとき、ものづくりはどう変わるのか
見積もりは、ものづくりにおいて価値を生み出すスタート地点とも言える。にもかかわらず、どんぶり勘定や利益の水増しなど、見積もりのあり方には不透明な部分も多い。しかしいま、これまでブラックボックスとされてきた「見積もり」が、建築業界で変わり始めている。近年登場したBIMと呼ばれる建築設計システムは、設計にかかわるすべての情報をクラウド上でデータベース化し、その透明化を推し進めるツールになりうる。
見積もりというブラックボックスがひらかれるとき、何が起こるのか。その実態を探るべく、建築デザイン事務所noizの共同代表を務める豊田啓介氏を訪ねた。彼はコンピューテーショナルデザインの日本における第一人者であり、建築情報学の立ち上げを呼び掛けたり、“デジタルアレルギー”をもつ建築業界とテクノロジーを結びつけるコンサルティング会社gluonを共同主宰したりもする。見積もりの透明化という入り口から、透明化の先に残り続けるだろう「メタな曖昧さ」の重要性まで話は拡がっていった。
そもそもBIMとはどんなものなのか
BIM(Building Information Modeling)とは、コンピューター上で建築の3次元モデルを設計し、そこにコストや工程管理、製品情報などの属性データを入れ込むことができる建築の設計と施工をまたぐシステムです。BIMを使えば、設計者、施工者、クライアント、メーカーと様々なステークホルダーがかかわる建築ビジネスにおいて、業務の効率化や情報共有が可能になります。また、2次元の図面から3次元モデルでのコミュニケーションに移行することで、建築物に対する解釈の解像度を上げることもできます。
ただ、BIMの活用にはまだまだ課題があります。規模が大きくなればなるほど毎日生み出される情報量は多くなり、多くの関係者が体系的な情報をつねにアップデートし続けなければいけない。そうしたリアルタイムのアップデートが前提のシステムではありますが、現状では求められるデータ構造の複雑性にアップデートのスピードが追いついていないのが現実です。
建築はオーケストラのようなものであり、同時に様々なステークホルダーがかかわる業界です。そう考えると、多くの人が情報にアクセスし、いつでも必要な情報を抽出しアップデートできることが重要です。しかし、建築はそれ自体が準複雑系とでも言えるものです。建築にかかわる情報は個人が扱える量をすぐに大きく超えてしまうので、多くの関係者がつねに変化するひとつのマスタープランに沿って設計を進めることは、これまでは技術的に不可能でした。しかし、BIMというプラットフォームにより、分散的・離散的な情報を、複数の関係者が同時に扱うことが可能になってくるわけです。
建築業界では、いかにして「見積もり」をつくるのか
まず建築業界には基本計画、基本設計、実施設計、施工、といった基本的な工程があります。そのなかで、概算コストを弾くのは基本計画や基本設計の段階です。「積算」と呼ばれるネジ1本の価格まで明らかにするのは、実施設計の段階になります。
積算事務所が仕様やいろいろな表を精査し、平面図や断面図などと照らし合わせながら、ネジが何本あるのか、パネルが何枚あるのかを計上していくわけです。BIMを使って3次元モデルのデータをつくれば、2次元の図面を組み合わせて積算する場合と比べて、見積もりの精度は高くなると思うかもしれませんが、そうとも言い難いのが現状です。
どのプロジェクト、どの企業でも共通の仕様でレイヤーごとに属性のタグ付けや整理ができていれば原理的にはやりやすくなるはずですが、プロジェクトによって整理の仕方も異なるし、そう単純なものではありません。あらゆる状況や異なるBIMソフトをカバーする超汎用BIMをつくればいいじゃないかとなると、実際そういう仕様もなくはないのですが、市場の競争力が劣っていたり、あまりにも冗長性が高すぎたりして実用性に欠け、なかなかうまくいっていないのが現実です。
BIMによる「見積もり」の透明化は実現するのか
いまの時代は、インターネットで調べればある程度は積算ができますし、BIMをうまく使えば3次元情報に時間軸も加えた歩留まり工程モデルも組むことができます。昔に比べると、比較的小規模な設計事務所でも自前で試算できる環境は整ってきています。
当然インターネットには現れようのない様々な人件費や諸経費などもあるのですぐにオープン化というわけにはいきませんが、「見積もり」という観点から話をすると、BIMはうまくインターネットなどの情報を組み合わせることで、これまで業態やどんぶり勘定といった慣習のなかに隠れていた、見積もりの曖昧さを削ぎ落とすプラットフォームになりうることは確かです。
同じプロジェクトであっても見積額に違いがあることには、企業の組織構造や規模も影響してきます。たとえば大規模で営業部隊や技術研究所などをもつ会社は、同じ施工でもカバーしなければならない所帯や社会的責任にかかわる部分が、小規模の施工専業の会社よりはコストとして乗らざるを得ない。
また、現実の施工では、たとえばそのプロジェクト単体ではある資材を単独で購入する見積もりになっているとしても、実はほかのプロジェクト向けにも併せて契約・購入することで、実際の購入価格に割引を利かせることも施工側からすればひとつの企業努力です。こうしたやり取りはBIMで情報が透明化されたとしても表に出てきにくい。いくら詳細に積算をやろうとも、そうした曖昧さはどこかに入り込んできますし、ゼネコンからすればそこが儲けになります。むしろ、バッファがあることで、現場がある程度の干渉性をもってスムーズに動き、結果的によりよいものが効率的にできる側面も確かにあります。
一つひとつのプロジェクトを過度に厳格に透明化するよりも、ある程度の緩さを備えていることは社会全体では合理的なのかもしれません。ある程度の複雑系を越えたシステムではあらゆるところで辻褄を合わせることは不可能ですし、社会そのものもある程度の曖昧さを前提に成り立っているのも事実です。日本は建築の質が高いとよく言われます。それは、社会知とも言えるような「曖昧さを全体で許容するシステム」がうまく動いていたから、という部分は多分にあると思います。
インターネットやBIMを組み合わせ、デジタル技術をうまく使うことで、より透明度の高いピアtoピアのプラットフォームを形成する方向に、社会が動いていくのは間違いないでしょう。そうなれば、原理的には大規模事務所と小規模事務所の違いは限りなく小さくなっていきます。とはいえ、大規模組織事務所だからこそできるスケールのプロジェクトも、当然残り続けるでしょう。
情報の組み合わせ方や流れが変わり、それをうまく活用する新しい技術のさじ加減が必要になりますし、これまでとは異なる透明性や流動性が入りこんでくることは確実です。いずれにしても、デジタル技術を駆使し、すべての情報がネットワーク上で流通するときに、建築業界の生態系が書き換わる。その前提となるデータ体系がBIMになることは間違いないと思います。
「透明化」が創造的な余白を奪う
たとえばシンガポールでは、役所への申請時におけるBIMデータの提出義務化が進んでいます。これまでの図面による申請では、同じ情報が異なる形で複数の図面に現れてきます。その整合性のチェックは膨大な量にのぼり、現実的に完全なチェックは難しかった。BIMデータになれば、少なくともそうした整合性はより見えやすい形でチェックできます。
ただし、圧倒的な複合情報としてのBIMになることで埋もれてしまう情報もまた多く生じるので、何を認知しやすい情報として整理するのかという議論はまだこれからなのが現状です。すべてのデータをBIM化することのメリットは、施工や許可などの作業にはとどまりません。
今後都市のスマート化が進み、自律走行やARナビ、そのほか多様なサービスが都市空間で繰り広げられるようになると、いかに現実の都市空間自体がデジタル化されているかが勝負になってきます。あらゆる建築物の申請をBIM化することは、自動的に都市のデジタル記述を進めていく有効な手段でもあるんです。都市がデジタル化されれば、都市全体の交通や気候のシミュレーション、様々な経済活動や税収のシミュレーションなどもできてしまうので、長期的な都市計画の策定なども、より効率的になると思います。
ただ、BIMは建築にまつわるあらゆる情報を構造化していくので、程度によってはそれが社会全体の足かせにもなりかねません。たとえば契約社会のアメリカでは、日本以上に図面が絶対的な契約書としての効力をもっているので、各業者や職人の責任範囲が明確すぎて、あまりにも融通が利かずに困ることが日常的です。
図面にあきらかな軽微なミスがあったとしても、図面どおりに施工することが責任になってしまいますし、組合の労働時間が3時までとなっていれば3時を1分でも過ぎると作業途中でも荷物をまとめて帰ってしまいます。ですが、建築物は複雑系として、ある程度の曖昧性があることで質が担保できるところが間違いなくある。そうした曖昧な調整を新しい技術体系でコントロールできれば、それこそ創造的な価値になりますね。
このような状況もあって、日本はアメリカに比べると設計図面の精度が甘いと言われます。契約社会という観点で見れば見積もりや仕事の責任範囲が不透明だと思われるかもしれませんが、施工段階にならないとわからないことにも現実的に対応しやすい。そこに創造的な余地があると思います。
日本の現場が緩い契約形態でうまくまわっていたのは、おしなべて職人の技術レベルが高いことと、全体の枠が抑えられている範囲では「お互いある程度はみ出しあってでもうまくいくほうを探っていこうよ」という、共同体のような感覚が社会的に共有されていたからだと思います。
日本も現段階では職人の技や現場の調整能力がかろうじて残っているとはいえ、建築業界の人気も下がり、次世代の質の高い職人が育っていない現状があります。その一方で、デジタル技術で設計や施工の各過程をとおして保証できることの幅や精度は高まっています。
日本の場合、まだ現場と職人に任せるほうがいいものができるのですが、将来そうした質が下がり、同時にデジタル技術の組み合わせ精度が上がっていくと、早晩デジタル技術で設計から施工まで計算できる精度を担保したほうがいいという状態になるでしょう。
その際にBIMやデジタルファブリケーションを中心としたデジタル技術の活用ノウハウや洗練を早くから蓄積してきたアメリカと、属人性に依存することで新しい技術体系の練度を蓄積できていない日本とで、早ければ10年後には建築技術に大きな差が出てしまうと思うんです。なので、BIMや周辺技術を複合的かつ実験的にでも活用し続けることで、職人の暗黙知やノウハウと、新しいデジタルプラットフォームならではの精度や洗練を、きちんと融合して社会知にしていくことが急務だと考えています。
「メタな曖昧さ」は残り続ける
建築における「曖昧さ」を考えたときに、それは、平面図や断面図といった紙ベースの情報に頼らざるを得ないとか、多くの建築資材の情報が動的に流通していないなど、いまとなっては過去の常識になりつつある20世紀の技術的な限界ありきの産物だったと思っています。それがBIMやインターネット、様々な検索や提案アルゴリズム、AIなどの導入により解消されたとしても、どんなデータセットでAIを学習させるとより付加価値の高い結果が得られるかといった、メタな部分での曖昧な「ノウハウ」や「勘」のようなものは、つねに周縁に入れ子状態で生じ続けると思っているんです。次のレベルの創発領域で、新しい「どんぶり勘定」の感覚がつねに求められていく。堂々巡りのようではありますが、ある飽和を経て次のレベルの問題に当たれること。それは明確な進歩だと思っています。
メタなノウハウやさじ加減といった新しい価値体系は、新しい技術を使い倒すことでしか見えてきません。たとえばデザインの好みは別として、ザハ・ハディドによる新国立競技場案は、日本の建築界を次のフェーズに引き上げるために、ものすごく貴重な機会だったと思うんです。ザハ事務所は日本ではあまり普及していないハイエンドな3DCADシステムを使いますし、施工者にもかなりチャレンジングな施工技術の開発を求めます。
ザハ案が選ばれたとき、一時的に日本のゼネコンがこぞって最新のBIMのソフトウェアを導入する機運が高まったのですが、ザハ案がいろいろな政治的思惑の犠牲になり、既存の技術で建てやすいものに戻ったことで、そうした新しいデジタル技術への投資圧力がなくなってしまった。もちろん現行案でもBIMや新しい技術はいろいろ駆使されていますし、建築として否定するつもりはないんですが、非常にデジタルアレルギーの強い建築界全体としてチャレンジのレベル、機運が根本的に異なっていただろうと思うんです。
この一件で、僕は正直日本の建築業界は10年後退してしまったといまでも思っています。日本は2025年の大阪・関西万博を勝ち取ることができました。こちらは競技場という規模すら超えた、新しい都市実装を実験的に行なうための先進的な機会です。僕も招致段階から会場計画にかかわっているのですが、今度は10年建築界を早送りする、デジタル技術でも世界の最先端に送り出すような機会にしなければならないと思います。
BIMは高次元の情報を整理するゲームのようなものです。ゲームをマスターするには、まずはそのゲームを徹底的に遊び倒すことで、その使い方や本質的な可能性を身体で理解することが前提です。そのゲームはあまりに複雑なので、誰かひとりでクリアできるようなものでもないですし、そもそも複数でプレイしたほうが圧倒的に効率がいいようにできている。
そのゲームをみんなが高いレベルで遊び始めて、攻略法が流通し、いろいろな技が開発され、そうした知識やデータが流通するようになることで、初めて個人や小規模なユーザー、業界外の人もいっしょに楽しめるようになります。そういう状況を、企業の枠を越えて、社会投資としていっしょにつくり出していくビジョンと意識をしっかりと共有していくことが大事だと思います。
建築業界はBIMという新しいしくみで一定の透明化が進もうとしている。一方で、不透明な見積もりが横行するのは建築業界に限った話ではない。ほかの業界ではどうなっているのだろう。広告、家電のふたつの業界について、広告業界から船出し、クリエイティブ・PRの分野で新しいビジネスモデルを確立しつつあるThe Breakthrough Company GOの代表でありPR/Creative Directorの三浦崇宏氏、ビジネスプロデューサー田中陽樹氏、そして、パナソニックの子会社でIoT家電の開発・製造を手がけるShiftallの代表取締役CEO岩佐琢磨氏に聞いた。
「見積もり」に2割乗せることは仕事じゃない
──広告業界の事情
三浦:今日は「見積もりの透明化」の話ですよね。そもそも広告業界の話からすると、この業界における報酬体系は枠の取引をするコミッション制であり、クリエイターやプロデューサーの労働に、値段がついていなかった。また、宣伝広告費に対する予算をもらっているわけであり、それはクライアントの事業成長のためのお金ではない。この課題を解消し、アイデアやクリエイティビティがビジネスを成長させることを証明するためにGOをつくったんだよね。
田中:前職の電通では営業をしていたのですが、見積もりといえば、制作会社などから見積もりを集約し、ち密に地道に2割ずつ乗せていくのが業務のひとつでした。プロジェクトの変更によって見積もりをつくりなおしたり、ミスって請求できなかったり(笑)。GOの場合はフィー制で請求するので、制作会社の見積もりはそのままクライアントに見せられます。GOに転職して思うのは、働く時間とコストを意識するようになったこと。わたしが見積もりをつくる時間を減らせば、クライアントの事業成長に役立てるわけですから。
三浦:フィー制だからこそ、アウトプットが広告に縛られない強みがあります。広告会社にいたときは、どんな課題がきても広告としてアウトプットせねばならないことが多く、成長のパートナーになれないもどかしさがあった。GOは価値そのものを売っているわけだから、ストレートな見積もりをつくれるよね。
田中:これは見積もりと関係してくるのですが、わたしは価値と金額を照らし合わせた上での適正化が重要だと思っています。制作会社から見積もりが届いたときに、そのままクライアントに見せた上で「これが本当にベストなものですか?」といっしょに考える。
たとえば、先日ある大物アーティストのミュージックビデオの撮影現場を知るために、ロサンゼルスに行ったのですが、こんなに人数が少なくてもできるんだ、と驚きました。最適なチームやクリエイションが設計できれば、金額が膨らまなくてもいいアウトプットはつくれる。適正化も、プロデューサーにとっては重要な仕事ですね。
三浦:これらの問題は、広告会社が自社のもつ本当の価値に気づいていないことが原因だと思う。広告会社の価値はプロジェクトを通じて企業のコンセプトを明確化し、価値を高めることであり、表現に落とし込む部分はサブなんだよ。メディアの枠が主導の取り引きだから、それを価値としてとらえられていなかった。
「営業」という言葉がよくないと思うんだよね。広告会社の営業って、一歩間違えば御用聞きだけど、考え方を変えれば優秀なプロジェクトマネージャーなんです。商品を売りたいクライアントと、おもしろいことをやりたいクリエイター、そこにタレントも入ってくるなかで、異なる人々の利害を調整してプロジェクトを前に進めるのが営業なんです。GOでは営業をビジネスプロデューサーと言い換え、クリエイティブディレクターとビジネスプロデューサーが2人1組で稼働する体制を取っています。
田中:その価値に営業の一人ひとりが気づけるかどうかで、変わってくると思います。たとえ三浦がクリエイティブディレクターとしてどんなに優秀でも、実装できなければアイデアはアイデアのまま。実現まで漕ぎつけるのが、ビジネスプロデューサーなんです。
三浦:GOは究極のどんぶり勘定だよね。月400万円でクリエイティブを使い放題できるサブスクリプションサービス。GOを設立する前はコンサルティング会社のように稼働時間に応じた従量課金モデルを考えたこともあったけれど、クリエイティブの世界では1秒で出したアイデアが10時間かけて出したアイデアより優れていることもある。
俺はクリエイティブを「作品」と呼ぶやつを批判したりするけれど、いざ自分がCMやグラフィックをつくるときは手を抜けないし、徹夜して朝がこようが最後の最後まで粘る。時間や労働量と価値が比例しないから、どんぶり勘定にならざるを得ないよね。だってそもそもクリエイティブって非連続の成長を促すテクノロジーだからね。
「部品」を早く安く手に入れることだけが「価値」ではない
──家電業界の事情
岩佐:大手メーカーとハードウェアスタートアップ、日本と中国。コストや見積もりを考えるときに、いくつか視点がある気がしています。部品を発注するべく、中国の中小企業と日本企業に問い合わせをすると、日本企業の場合はたいてい契約前に審査があり口座開設の手続きが必要な一方で、中国企業の場合はチャットで発注が完結することも。中国はスピード感があると思う一方、誤った型番の製品が送られてきたこともあります(笑)。
見積もりで考えると、日本人は100万円で見積もれば、最終的に赤字でもよほどじゃない限り120万円で請求しないじゃないですか。中国企業の場合は途中で120万円になるとわかったら、「請求額を上乗せするけどいいよね」と連絡してくる。だから、「見積もり」が早くて安いんです。
日本における見積もりは「命運を掛けた書類」のようにとらえられており、見積もりを出すのに時間がかかってしまう。一方で中国企業はその約束を守らないことも多い。深センに拠点を構える中国企業と初回取引する場合は500万円と見積もりがくれば、800万円くらいに収まればいいだろうと思って発注しています。
それに、わたしたちがつくるようなIoTデバイスは、数百個の部品からできており、基板に100種類の部品が載っています。その一つひとつに値段がついているのですが、すべてを100とおりの業者に投げると大変なので、あまり相見積もりを取りません。
価格が高い上位5部品で、原価の1/3を占めることも多いので、そういった部品は数社に相見積もりを取りますけれどね。部品の相場観は過去の経験からわかっているので、あまり悩むことはないんです。
次に大手メーカーとハードウェアスタートアップの違いを部品選定の視点から考えましょう。大企業の課題として、購買と開発の人員が異なることが挙げられます。そして、大手メーカーは新部品を簡単には使えないんです。なぜなら、使っていいと認められた部品のリストがあり、ネジ1本にしてもそこから使うルールになっているから。
新部品をリストに加えるには工数と人件費を含めたコストがかかります。なぜこのしくみになっているかというと、もしネジの内部が腐食していても組み立て工程ではわからない。となると、このメーカー製のネジは信頼できる、と自分たちの経験と試験で証明できた部品だけを使いましょうとなるからです。
大手メーカーの社員は価格を知るために見積もりはバンバン取るのですが、品質を証明して実際に使うまでのスパンが長い。だから、大手メーカーは部品選定ひとつ取っても、スピード感に欠けてしまうのです。その一方で、ハードウェアスタートアップの強みは、機動力です。「あの部品がおもしろそう」と思ったら躊躇なく新規部品を使うことができる。
新規部品採用においては大手メーカーとハードウェアスタートアップで違いが出るのですが、それ以外の場合はそんなに大きな差異はありません。ただ、大手メーカーのほうが購買する数量が多いので、部品メーカーや工場に対して交渉力がありますね。
ハードウェアスタートアップをやってきた身としては、その価格差に驚かされます。ただ、スタートアップは高くても払えばいいと思うんですね。大手メーカーと同じものをつくり、同じ値段で売った場合は、スタートアップが勝てる要素はない。高いけれどユニークであったり、比べる対象にならないようなプロダクトをつくればいいと思っています。
ここまで部品の「見積もり」の話をしてきたのに前提をくつがえすようですが、新しい価値をつくるのは部品そのものではないんです。かつて製造業では、部品が価値でした。テープレコーダーやビデオテープは、いかにテープを安定しておくれるか、という価値を高めるために大企業自ら部品をつくっていました。
ソニーには、ソニー製のテープおくりの機構部品があったわけです。しかし、デジタル家電の時代になり、それを象徴するiPodには自社の部品がほとんど入っていません。部品が価値の源泉ではなくなったんです。その代わりにソフトウェアやデザイン、インターフェイスが重視され始めました。
わたしはつくるプロダクトを通じてゼロイチを体現したいと思っています。性能アップに価値を置くのではなく、異なる体験を提供したい。Shiftallを設立したあとにリリースした第一弾プロダクトは、ビール宅配サービスと冷蔵庫でした。これまで冷蔵庫は隠すものであり、食べ物を数多くストックするものと考えられてきました。
しかし、リビングに置き、ビールの残り本数を計測し、なくなる前に届けてくれる機能(価値)をもった冷蔵庫をつくりました。価値の軸を変えるんです。部品で差別化ができなくなるにつれ、それにまつわる見積もりに対する考え方も重要でなくなったのが、デジタル家電以降の流れなのかもしれませんね。
構成・文:岡田 弘太郎/写真:三ツ谷 想
豊田 啓介 (とよだ けいすけ)
建築家。東京大学工学部建築学科卒業。2002年コロンビア大学建築学部修士課程修了。東京と台北をベースに建築デザイン事務所noizと都市×テックのコンサルティング会社gluonを共同主宰。デジタル技術を応用した建築やプロダクトのデザイン、インスタレーション、コンサルティングなどを国内外で行なっている。
三浦 崇宏 (みうら たかひろ)
The Breakthrough Company GO代表取締役、PR/Creative Director。博報堂・TBWA\HAKUHODOを経て2017年独立。「表現を作るのではなく、現象を創るのが仕事」が信条。日本PR大賞・CampaignASIA Young Achiever of the Year・ADfest・フジサンケイグループ広告大賞など受賞。
田中 陽樹 (たなか はるき)
The Breakthrough Company GO Business Producer。電通の媒体担当・営業を経て、2018年にGO入社。「NTTドコモ25周年」「ケンドリックラマー来日広告」「メルカリチラシ」などのチャレンジングなプロジェクトをリード。「歌舞伎フェイスパック」の企画開発や「WIRED MUSIC FESTIVAL」の主催など、広告領域外のビジネスプロデュースも多数手がける。
岩佐 琢磨 (いわさ たくま)
2003年からパナソニックにてネット接続型家電の商品企画に従事。2008年に株式会社Cerevoを立ち上げ、20種を超える自社開発IoT製品を世界70の国と地域に届けた。2018年4月、新たに株式会社Shiftallを設立。2019年1月に残り本数の自動計測機能を備えた専用冷蔵庫によるクラフトビールの自動お届けサービス「DrinkShift」を発表。
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この記事は2019年7月24日に発売された雑誌『広告』リニューアル創刊号から転載しています。