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83 タンザニアの商人とオルタナティブな経済 〜 文化人類学者 小川さやか インタビュー

コロナ禍での対応で知名度を上げた台湾のIT大臣オードリー・タンが、日本の哲学者・柄谷行人の思想に影響を受けていると、とあるインタビューで語っていた。柄谷氏の著書『世界史の構造』(岩波書店)を読んでみると、これまでの世界史を交換の様式(もののやり取りの方法)で、捉えなおす試みが行なわれている。

柄谷氏によると、交換様式には4つのタイプがあるとのことだ。A「互酬交換」(贈与とお返し)、B「服従と保護」(支配と被支配)、C「商品交換」(貨幣と商品)。そして、この交換の様式はそれぞれ社会構造とセットになっていて、Aは主に「狩猟採集社会」で、Bは「国家」、Cは「資本主義社会」で行なわれている。さらに柄谷氏は、同著にて行き過ぎた資本主義の問題点を指摘しながら、新しい「交換様式X」と、新しい共同体の模索を行なっている。そのXについては、ここでは省略するが、経済を考えるためには、その経済を支える社会構造のあり方もセットで考えなければならないだろう。

現代の日本社会はいうまでもなく資本主義によってつくられたものだ。売れば売るほど、買えば買うほど、経済成長がなされるという考え方のもと、大量生産・大量消費が波及。それを支えるチェーンオペレーションなどの効率性を重視した流通形態が発展し、「広くあまねく、より早く、より安く」という現代の流通の価値観につながっていく。そして、インターネットの登場以降、アマゾンなどのプラットフォーマーがさらなる消費を推し進め、それがコロナ禍のなか、さらに加速している。

しかし、世界には、日本や欧米とは異なる交換様式および社会構成体をもつ国や社会も存在する。そのひとつがタンザニアの商世界だ。『「その日暮らし」の人類学』(光文社)や『チョンキンマンションのボスは知っている』(春秋社)の著書をもつ文化人類学者の小川さやか氏は、タンザニア北西部の都市ムワンザで、マチンガと呼ばれる零細商人たちを調査し続けてきた。マチンガたちが商品として取り扱うのは、食品から電化製品まで多種多様であり、商品を担いで売買することもあるし、露天商をすることもある。小川氏は、調査者が調査対象の社会にとけこみながら、対象者を観察する「参与研究」という手法を取り入れ、自身も現地で実際に古着商になったことがあるそうだ。

私たちをとりまく交換様式や社会構造とは異なる世界線について知り、オルタナティブな経済のあり方についてのヒントを探るべく、本誌編集長の小野直紀が小川氏へインタビューを行なった。


タンザニアの商売の基本は「騙し合い」

小野:『「その日暮らし」の人類学』を読ませていただきました。そのなかに書かれていた、マチンガと呼ばれるタンザニアの零細商人たちの商売のあり方が、とても興味深かったです。あらためて、マチンガの商売について教えていただけますか?

小川:彼らの商売の仕組みは、まず、輸入卸売商から始まります。たとえば古着であれば、インド系やパキスタン系の業者がアメリカやヨーロッパから古着を500〜1,000枚単位の塊=梱で仕入れる。その梱を、アフリカ系の卸商人が仕入れ、マチンガに50〜100枚単位で掛け売りします。卸商人はマチンガに商品を前渡しし、マチンガの商売後に仕入れ代金を回収するという方法ですね。

マチンガたちのものの売り方のいちばんの特徴は、定価がないこと。そもそも中古品は定価販売に向いていないんです。状態もいろいろですから。そのため、値段は消費者との交渉で決まります。

どう交渉するのかというと、基本的には「騙し合い」です。「どっちが困っているか合戦」ですね(笑)。たとえば、商品を買いたいという消費者が現れたら、路上商人たちは「昨日から足が棒になるまで歩いているけど、全然売れない。このまま今日も売れなかったら死んじまう」と訴えます。すると、消費者たちは「いやぁ、一昨日から妻が寝込んでしまって。この値段で売られたら俺は死んじまう」などと言う。まあ、どっちも嘘や誇張ばっかりなんですけどね(笑)。

小野:嘘なんですね(笑)。

小川:まったくの嘘なんですけど、それが悪いことだと彼らは思っていません。それは、彼らの美意識にも関係していると思います。

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