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文化の差異と共通性 〜 世界の「赤」は、こんなに同じでこんなに違う

色彩学者 日髙杏子 × 『広告』編集長 小野直紀
『広告』文化特集号イベントレポート

赤をシンボルカラーとした『広告』文化特集号では、雑誌との連動企画として「赤から想起するもの世界100カ国調査」を実施。この調査を監修いただいた色彩学者の日髙杏子さんをゲストに迎え、世界中の「赤」に込められた意味やイメージ、その背景について語り合うトークイベントを2023年5月19日、六本木の書店「文喫」にて行ないました。イベントの後半では、様々な文化圏の方々と赤から想起するものの共通点や差異について語り合うワークショップも開催。人類が最初に使用した色ともいわれる「赤」から人々が想起するものは、世界の文化、歴史、地域性をどのように可視化するのか。今回は、このイベントレポートをお届けします。


「赤から想起するもの100カ国調査」をした理由

小野:雑誌『広告』の最新号では「文化」を特集しています。「文化」の捉え方はいろいろあると思うんですけど、意味や価値を共有するインフラと捉えることもできると思います。それを可視化するために実施したのが『広告』のウェブサイトで公開している「赤から想起するもの100カ国調査」で、この調査の監修をお願いしたのが日髙杏子先生です。今日は日髙先生とこの調査をやってみてどうだったかをお話していければと思っています。先生にお声がけしたのが2022年の11月か12月頃だったと思いますが、依頼についてどう感じられましたか?

日髙:ぜひ! という感じでした。2016年に私が翻訳したブレント・バーリンとポール・ケイの『基本の色彩語』という本があります。その本は100カ国ではないですけど、98言語の調査があって、人間がどのように色の名前を増やしていくかを調査しているんですね。それに匹敵する調査をやりたいと思いました。

最初、『広告』最新号の表紙が赤になることは知らなかったんですよ。「134 風景から感じる色と文化」の記事を寄稿されている色彩研究者の三木学さんからのご紹介だったので、お話をいただいた時点では「なぜ赤だけなんだろう?」と思いました。「色」と聞いたときに思いつきやすい色だからなのかな? などと思いながら取り組みはじめた感じです。 

文化特集号の表紙は、1冊1冊色味が異なる「赤」のグラデーションとなっている

小野:2019年のリニューアル以降、『広告』は特集に合わせて毎号装丁を変えていて今回のが5号目なんですけど、デザインチームと打ち合わせしているときにこれまでの4号と並べて置いてみたら、仮でつくった赤い表紙の本がなぜかしっくりきたんです。

そのときに、「“色”といえば赤だよね」とか「文化は意味や価値を共有するインフラとも言えるよね」みたいな話をしました。日本で赤といえば、「赤ちゃん」「コカ・コーラ」「リンゴ」「郵便ポスト」とか、いろんなイメージが湧いてくると思うんですね。でも、郵便ポストの色が赤じゃない国もあるように、僕らは赤と思い込んでいるけど、国や文化圏によっては赤ではないものがほかにもたくさんあるはず。

たとえば、「血」はほぼ世界共通で、血=赤という認識がある。一方で、郵便ポストみたいに国や地域で赤だったり青だったり違うもある。世界100カ国で調査をすれば、共通してるものと違うもの、共通しているけど違うところまで見えてくるんじゃないかなと。赤にしたのは、こうした考え方からでした。でも最初に赤という案がでたときは「なんかいい」「きれいでいい」という感覚だったんです。

日髙:赤は人に注目してもらえる色。たとえば、赤丸や赤いバツ印は目立つんですね。編集や校正をしたりするときにも「赤入れ」「赤字」といいます。赤を使った言葉も非常に多いですよね。どうしてほかの色の調査はしないのかな? と思ったことは事実なんですけど(笑)、赤は人間にとって根源的な色だなと思います。

小野:血は世界共通の生物的なもので、コカ・コーラはグローバルブランド。共産主義はイデオロギー。赤から想起するものを調査することで、文化の背景にある風土や宗教、伝統やグローバリゼーションなども見えてくるんじゃないかと考えたんです。文化は意味を共有するインフラと捉えられると話しましたが、意味の背景から文化にかかわるいろんな要素が見えてきそうだなと思って、そこを探りたいなと。

日髙:長い間、学校で色について教えていますが、日本の方に「リンゴの色ってどんな色だと思う?」と聞くと99.9%ぐらい赤と答えるんです。でも、多摩美術大学に勤めていたときに、日本画を勉強しているイギリス人の男子学生が、「いや違う、絶対に緑」と。約200人いる教室のなかで、「絶対に緑だから!」と強く主張されたことがありました。

世界の郵便ポストの色について話をしたこともあります。たとえば、中国のポストの色は深い緑色です。「夏休みにハワイに行ってきました」という学生がいて、授業後に「先生、ごめんなさい」と。アメリカの郵便ポストをゴミ箱だと思ってスターバックスで買った氷入りの飲み物を捨てちゃったと。「先生の話を聞いて、アメリカのポストがブルーだとわかりました」って言われたこともありました(笑)。

そういうこともあって、国や地域によって色からイメージするものには違いがあるなと。そこで今回の『広告』の調査では、アンケートの質問事項として、自然に実るリンゴ、郵便ポストの色、太陽の色、お祝いの色を質問に入れたほうがいいと提案しました。

小野:「リンゴの色を聞きたい!」とその熱意に押されて。先生がおっしゃったように、「赤から想起するもの」以外に、リンゴ、郵便ポスト、太陽、お祝いの色は何色かという質問項目も入れました。

郵便ポストは何色なのか

小野:りんごは何色だと思うかという質問について、世界全体の結果では、赤と答えた人がが61%、次いで黄緑が14.7%、赤褐色が13.5%になっています。赤が1位の国が韓国、日本、ブラジル。この3カ国は赤と答えた人が80%以上で圧倒的なんですけど、実は黄緑が1位の国も15カ国あります。回答数が50以上あった67カ国を対象に分析すると、41カ国は赤が1位で、黄緑が1位の国も15カ国ありました。

日髙:ウガンダは、圧倒的多数で緑が1位、ウクライナでも半数が緑でしたね。「リンゴの色は?」といわれても頭に浮かぶ色は国によって違う。

りんごから想起する色の世界全体の結果

小野:郵便ポストはちょっと難しかった。ひとつの国のなかでも色が分散していたり複数の色があったりするんですが、「mailbox」(英語で郵便ポスト)の色と聞いたので、もしかしたら自分の家の郵便箱と捉えた人が多かったのかなと。正確性に欠ける結果かもしれないですけど、先生はこの結果を見てどうでしたか? 

日髙:やっぱり中国が緑でしたね。おもしろかったのは「自分の国にはメールボックスがない」という回答があったこと。「郵便ポストの色といわれても……」と感じる人たちもいるわけです。郵便ポストはその国の文化や政策を反映している。某国で郵便ポストがない理由は「盗難に遭うから」「届くかわからないから」と聞いたことがあります。EUの郵便ポストは黄色だから、ドイツは半数が黄色ですね。あとは小野さんがおっしゃったように、自分の家の郵便箱を連想する人もいたのかなと。

郵便ポストから想起する色の世界全体の結果

インターネット調査の可能性と限界

小野:いま話してきた調査結果はすべてウェブサイトに載っているので、みなさんも見ていただければ。この調査をとおして、先生のなかで「これは予想してなかった」なみたいなポイントはどこでしたか?

日髙:全然知らない言葉があったり、お祝いの色も、1色じゃなくて「たくさんの色(マルチカラー)」という回答もあったりしました。ローデータも含めて見てほしいくらい、本当にたくさん多種多様な答えがあったんですよ。でも同時に「赤から想起するもの」の20位くらいまでの答えはどこの国も似ているんですね。パッと思いつくものはいっしょなんだけど、そこからどんどん変わっていくんだなという感じでした。

予想だにしていなかったことはひとつ。人口が1億人以上いる国にもかかわらず、調査ではひとりの回答も取れなかった国があったんですよね。世界地図のなかで全然回答者がいなかったエリアがある。パソコンやスマートフォンを持っていて、インターネットを使えて、調査会社のシステムにつながることができるか。この条件がそろわないと、何千万人、億単位の人口がいても、ひとりともつながれない国がある。

最新号の「121 開かれた時代の『閉じた文化の意義』」で、東浩紀さんが「インターネットは意外と閉ざされた空間」とおっしゃっていました。私たちはインターネットで世界中の情報を知れるような気がしていたのに、意外とそうではなくて、何億人もの人たちの声が聞こえない場所でもあるんだと実感させられて。データを集計してからわかった話で、これがいちばん予想外でした。

小野:日本人の回答は簡単に集められるのに、たとえば、いざアフリカの情報を集めようと思ったらすごく困って。調査会社に高いお金を払ってお願いすればできるんですけど、予算の関係でそんなに高いお金も出せない。そこでインターネット調査のサービスをいろいろと調べてみたら、アマゾンがやっているサービスとか、クリックワーカー、サーベイモンキーといった調査サービスがあったので、これらを複数組み合わせて調査を実施しました。それでも世界中で取れるわけではなくて、一部の国は高額で調査できなかったり、そもそも調査可能国に入っていなかったりしましたね。

日髙:私たちが回答を取りにくい国にアクセスしようとすると、途方もなくお金がかかってしまう。でもその国にもたくさんの人々が住んでいる。たとえば、バングラデシュの人口は約1億6,000万人以上ですけど、データが1桁しか取れなかった。そこまで取りにくい国が存在すること、インターネットが世界に網羅されているわけじゃないということを体感させてもらいました。

国旗と「お祝いの色」の関係

小野:続いて、調査結果のなかで、おもしろいと思ったポイントをお話しできればと。僕がいちばんおもしろかったのは、国旗の色とその国の人がイメージする「お祝いの色」の関係です。

たとえばインドネシアの国旗は赤と白ですが、「お祝いの色」のトップが赤、2位が白。そのままですよね。日本も「お祝いの色」は赤、紅白、白。ベトナムも赤と黄色、アメリカも赤と青で、トップ2が国旗と同じ色。アルジェリアも緑と赤で、パナマも青と赤。理由はわかってないんですけど、おめでたいときに国旗を掲揚するので、そうしたイメージと結びついているのかもしれないと思いました。

国旗の色とお祝いの色の関係。「お祝いの色」と聞いて想起される色が、国旗の色と重なるという傾向が多くの国で見られた

日髙:調査して可視化した時点でわかったことなんですね。

小野:フランスも赤、青、白がそのままトップスリー。マダガスカルも赤、白、緑で一致している。これがいちばんおもしろかったですね。先生は、いかがですか?

日髙:細かいことはいっぱいあるんですけど、サンタクロースですね。欧米では赤からサンタクロースを思い浮かべる人が多かったんですが、ロシアではサンタクロースのように子供たちにプレゼントを届けるのは「ジェド・マロース」というおじいさんの精霊で、寒波を表す青い衣装を着ている。その物語はシンデレラとよく似た話になっていて、孫娘が出てきたりする……各地の有名な物語を寄せ集めてできたようになっているのが、個人的にツボでした。

文化という意味では、たとえばカレーなども、国や地域で素材や具材が違ったり、タイカレーとインドカレーと日本のカレーライスでは頭に浮かぶビジュアルだいぶ違ったりする。同じように、祝祭やお祭り、食品、郵便ポストの色が、長い間かけて、自分たちは典型的にこういう色だと感じられるようになる。それを調査で可視化することでわかったのがおもしろかったですね。

世界ランキング1位の「血」から考える文化的背景

小野:今回の「赤から想起するもの100カ国調査」で世界ランキング1位だったのが「血」です。人間の体に通っている身近なものだから、という想像もできるんですけど、ランキングを見るとジンバブエ、ウガンダ、ベルギー、アルジェリア、ノルウエー、モーリシャス……。アフリカやヨーロッパ、南米となっている。

赤=「血」と答えた国の調査結果

もう少し見ていくと、アフリカは「血」という回答が1位の国は多いですけど、日本は1位ではないんですよね。日本はリンゴが1位。なんとなく血が1位の国とそうじゃない国で、同じ血でも意味が違うんじゃないかなと思いました。僕は結構ローデータを見ていたんですけど、血が上位に来る国は、キリスト教圏とイスラム教圏の特徴。もちろんほかの国もあるんですけど、キリスト教圏だと「キリストの血」という回答もありました。だから、あえて「血」と「キリストの血」は分けたんです。あとは「犠牲」という回答もあって、これはアフリカに多いのかな。「犠牲」や「生贄」、「キリストの血」とか、割と血にまつわる言葉がある国がある。

僕自身は「赤」から「キリストの血」はまったく思い浮かばないし、「血」といえば体に流れている血液や怪我のイメージなんですが、もしかしたらキリスト教徒の方は「キリストの血」のようにちょっと聖なるものの印象も含んでいるのかなと思ったり。イスラム教圏やアフリカ諸国では聖戦や独立の際に流された「犠牲の血」みたいなニュアンスが入ってくる。僕は赤に犠牲や独立は思い浮かばないですけど、ほかの国の人は別の意味を込めて考えている。さっきのカレーじゃないですけど、血は同じものだけど、そこに違う意味が含まれていることが見えたのがすごくおもしろかった。

日髙:あとは、「お葬式の色」に赤の国があったこと。「葬式」と答えた人が結構いるんですよ。私たちはお葬式で赤を身につけようと思わないですが、喪服が赤の国が存在する。国旗に使われている赤が「犠牲の血」を象徴する国もあれば、フランスみたいに「博愛」の国もある。いろんな赤があって、それぞれ違うんだけど、でも何か連想ゲームのようにつながっているんですよね。

小野:たまに単語ではなく文章で回答している人がいて「お葬式に赤は着てはいけない」と書いた人がいたり、一方で「葬式の色」という回答があったり。真逆の例でいうと、赤は「縁起がいい」という国は中国が多くて、あとはシンガポールも多かったんですけど、真逆で不吉というイメージを持っている国もある。だから中国の人が赤はいいなと思っている一方で、赤をネガティブに捉える国や民族があったりする。

文化としての赤を捉えるための「問い」

日髙:赤は「情熱」や「愛」だけじゃなくて、「怒り」や「悪魔」という回答もたくさんあったんですよ。赤から連想するものが真逆なこともあって、全然知らなかったこともありました。

あと、日本の上位の回答では具体的なものが多い。「愛」や「情熱」など概念的なものはヨーロッパ圏に多かったなと。比較的、日本の場合は物質的なものが思い浮かびやすかったみたいです。

小野:欧米だと抽象的なものもありますね。調査前に周りの人に赤からイメージするものを聞いたとき、「トマト」「リンゴ」「ポスト」「東京タワー」……といわゆる物理的な回答が多かったので、質問の仕方を工夫しないといけないなと思って。

最終的には、「赤から想起する、物理的・抽象的なものを5つ答えてください」「赤から想起する、あなたの文化にかかわるものを5つ答えてください」というふたつの質問にして、全部で10個答えてもらいました。頭の体操というか、ちょっと頭の汗をかかないといけない質問の仕方をしたんです。やっぱりパッと思いつくのは上位のものですけど、本当に特徴的なものは10個くらい答えないと出てこないかなと思いましたね。

日髙:頭の体操というか、ちょっと考え込むレベルになると、私たちが初めて聞くような回答が出てくる。その辺に文化の違いが現れるんだろうと思いました。 

「共通性と差異」と向き合う

小野:先生は「共通性と差異」みたいなテーマでも話したいとおっしゃっていましたね。

日髙:たとえば、グローバル企業の「マクドナルド」の赤いロゴは、どこに行っても同じブランドとして認識される。あとは、信号の赤。赤信号を見て、車や人が止まったりするわけです。そういう風に、グローバルにみんなが同じようになっていくほうがいいのか。多様性というのは、その国の独特な文化や考え方、全然知らなかった独特の言葉は、どちらかというと鎖国的な、コミュニケーションが隔絶されているところに出てくるじゃないですか。

人間の文化や言語は、どんどん均質というか、みんなが同じ共通認識を持てるようになったほうがいいのか、それとも多様な、みんながどんどん違っていく方向に向かうほうがいいのか。どっちの世の中のほうが人間にとってよくておもしろいのかというのは、みなさんに考えていただきたい。

文化を考えるうえで、みんなが違った方向に行ったほうがいいのか、共通認識があって同じことを思い浮かべたほうがいいのか。日本は「ポスト」や「リンゴ」の色もほぼ同じ回答で、ものすごく均一で答えがきれいにそろう。

小野:リンゴとか、すごいですよね。

日髙:だけど、世界から見ると「東京タワー」を思いつくのは日本人くらい。そういう意味では「還暦で赤いちゃんちゃんこを着ました」みたいな日本独特なものは、ある程度隔絶されているほうができあがりやすい。ほかのところから借りてきて独特なものが生まれることもあるから、グローバル化と逆ではないと思うんですよ。みんなと理解し合うほうがいいのか、それとも自分たちの文化の囲い込みをやるほうがいいのか。違いを生むほうがいいのか、同じように統一させていくほうがわかりやすくなっていいのか。

小野:それに関することでいえば、類似度の「高い」「低い」国を出したんです。世界平均というか、世界の統計的な傾斜をかけたデータと、各国の回答者の回答との類似度を出してみると、1位がオーストラリア、2位がアラブ首長国連邦、次いでスリランカ、南アフリカ……。100カ国すべてではなく、50人以上の回答があった57カ国のデータですが、こうした国が世界平均との類似度が高いんですね。でも、1位のオーストラリアと2位のアラブ首長国連邦を回答は全然違う。だから類似度っていったい何なのかなと。データの分析の仕方で変わるとは思うし、今回もデータサイエンティストが妥当性のあるやり方でやったんですけど。

調査結果のハイライト。類似度の「高い」「低い」国は図2を参照

たとえば「血」でいえば、オーストラリアの人は「キリストの血」をイメージしながら答えているかもしれないし、アラブの場合は生贄、犠牲をイメージしながら答えているかもしれない。だから同じ血でも多分違うんだろうなと。世界との類似度は同じくらい高いけど、このふたつは全然違う国だからおもしろいなと。さっきの先生のお話みたいに、全部がいっしょになっていくのがいいのか、全部が違うのかいいのか。仮に世界や他国との類似度が100%になる日が来たとしても、やっぱり違うんじゃないかなって思ったんですよ。

日髙:いまの指摘、個人的にすごく好きですね。ウェブサイトでは、回答を入れると、パーセンテージとか何人の方が同じものを答えたかがわかるんですよ。世界全体の答えと類似度が高いのは、オーストラリアとアラブ。日本と韓国は世界平均の答えから、わりと乖離している。でも、どのみちみんな違う国なんですよね。正解・不正解ではない。ただ方向性として、みんなが共通認識を持てる状態があったとしても、結局個性はあるのよねという感じで、きれいな答えをいってくださった気がします。似た答えをしているはずなのに、見た目は似てなくない? みたいな。「同じことを連想していても個性は出る。結局みんな違うってことだから安心してください」というのはありますね。

また、今回は世界100カ国調査なんですけど、いま世界には196カ国あって、何億という方たちのデータが取れなかった。それを加えてカウントしたらまた変わる可能性はあるでしょう。

ロシアとウクライナの調査結果から見えたこと

小野:今回、データサイエンティストの新倉健人くんが調査を分析してくれたんですけど、彼が言っていたことは、ロシアから類似度の高い国のトップ5を見ると、3位にウクライナが入っている。ロシアを主として見ると、「ウクライナは自分たち」と近いという結果が出ている。

一方、ウクライナから見るとロシアはトップ5に入っていない。どちらかというと東ヨーロッパやカザフスタン、スペイン。ウクライナの赤に対する想起はヨーロッパ寄りで、ロシアが入ってないという結果が出ている。この違いはおもしろいなと思いました。

日髙:新倉さんの気づきはおもしろいなと思います。ウクライナの回答で1位のヴィシヴァンカ(民族衣装)といわれても、日本人からするとなにそれと思うじゃないですか。ウクライナが自分たちの民族性や独自性を強く意識しているか、それともあの国は自分たちの一部だと思っているか。視点によってデータが変わる事例のひとつだと思います。

小野:なんとなくいま起こっていることの背景が少しだけ見えたような気がしました。ありがとうございました。

ここからは、トークイベント終了後に実施したワークショップの様子をダイジェストとしてお届けします。

各国の参加者が、自分の国のデータを見て感じたこと

 トークイベント終了後、実際に様々な文化圏の方々と、赤から想起するものの共通点や差異について語り合うワークショップを開催しました。参加いただいたのは、アメリカ、イギリス、ガーナ、韓国、中国、チュニジア、フランス、ポーランドの8カ国の方々と日本の方4名。グループに分かれて「赤から想起するもの100カ国調査」の結果を見ながら「自分の出身国のデータや回答で気づいたことや感じたこと」について話し合い、発表してもらいました。印象的な声を紹介します。

・韓国
「韓国の回答ランキングの上位に『赤い悪魔』という言葉が入っているが、サッカーの韓国代表のサポーターを『レッド・デビルズ』と呼ぶからだと思う。あとはキムチとかトッポギとか、食が多かった」

・フランス
「フランスの回答ではワインが上位だった。びっくりしたのは、日本の人が赤から車やフェラーリをイメージすること。私だったらコカ・コーラが思い浮かぶ。あとは歴史的に革命や血のイメージ」

「フランスではカーペットという回答も多い。これはレッドカーペットのことかな。カンヌ映画祭の影響かな。宮殿やオペラでも赤いカーペットがある」

・中国
「赤はお祝いの色のイメージがあるけど、一方で不吉というイメージもあって、人の名前を赤で書いて渡してはいけない」

・日本
「日本でも、小さい頃に先生へのお手紙は赤で書いてはいけませんといわれたことがある」

・ガーナ
「ガーナも、人の名前を書くときは黒いペンで書かなければいけないといわれた。でも、お葬式は赤のイメージ。喪服も赤。でも、普段から赤い服を着るのも全然OK。みんな赤が好きでよく着る」

・アメリカ
「アメリカは、葬式のときに赤はダメ。ただ、ニューオーリンズはちょっと違う文化があって、葬式の半分は悲しみ、半分はお祝いになるので、赤い服もOK」

・ポーランド
「日本とポーランドは国旗の色は赤と白で同じだけど、その意味や背景がまったく違う。ポーランドは犠牲に近い。独立のために戦ってきたイメージ」

・チュニジア
「チュニジアでは赤から想起するものにピーナッツと11人も答えているんですけど、私も意味がわからないです(笑)」

・イギリス
「イギリスの回答では結婚式がランキングの上位に入っているんですけど、ロンドンで育った自分は赤のイメージが全然ないので、ケチャップより高い位置にいるのはびっくりした」

「夕焼けの色という回答もあるけど、自分はどうしても赤には思えない。オレンジか黄色。まだ紫のほうがわかる」

 参加者が、日本と出身国のデータを見て感じたこと

 次に新たなグループで、日本のデータと自分の出身国のデータを見て、「日本の独特なところ、自国と違うと感じるところ、同じだと思うところ」について話し合ってもらいました。それぞれのグループの感想をいくつか紹介します。

・イギリス、フランス、ポーランド、日本のグループ
「最初に挙がったのは、チューリップ。日本では赤だけど、ヨーロッパの人たちは黄色だと思う人が多かった。車も多かったけど、買うときに赤い車を選ぶ人は少ないと思う」

・アメリカ、ガーナ、中国、日本のグループ
「中国では結婚式は全部赤。新婚さんはベッドのシーツも赤にする。ただ、中華式とヨーロッパ式を合わせた結婚式をやる人も多くなってきた」

・韓国、チュニジア、日本のグループ
「赤って本当に赤を指しているのかなと。赤は英語だと『RED』になるけど、アジア圏は『紅』になる。この調査で、みんな同じ赤を想像して回答したのかなという話をしました」

「古代中国では染め物で紅花を使っていたから赤と言えば紅になる。その影響で東アジアは赤=紅。日本の神社や奈良時代の建築物にも朱や紅が使われていた。19世紀に東アジアがヨーロッパ化して赤が流入して、赤と紅がごちゃ混ぜになったんじゃないか。中国の共産主義はもとは外来のもので、中国の赤軍は紅軍、ロシアは赤軍。中国においても、東洋的なものと西洋的なものの文化的背景が混ざり合っているんじゃないか」 

自分にとって文化とは何か

 最後に、「自分にとって文化とは何か」という大きな問いが投げかけられました。参加者のみなさんが自分の言葉で語ってくれた深い洞察の声を紹介します。

・ポーランド
「自然との対比で考えることが多い。海や川など人間が携わってないものが自然。ヨーロッパには、人間が手を加えれば文化になるという考え方がある。やっぱり文化といえば、人が創りだしたものだと思います」

・アメリカ
「どの国や地域でも、みんなそれぞれに文化が何を指すのか、文化の意味がちょっと違うんじゃないか」

・日本
「共感から生まれるもの。国とか地域という感じではなく、やっていることなどにいいねと思う人が増えてくると、そこに文化が生まれる」

・日本
「同じ部分を保ったまま、違いが生まれてくると文化という感じがする。想像したのは鉄道が好きな人がいて、鉄道が好きなのはみんないっしょだけど、好きの角度が違う。眺めているのが好き、乗るのが好き……好きの種類がいろいろある。同じものが好きなんだけど、それぞれ背景が違うものが、文化として広がっていく理由になっているのかなと」

・イギリス
「文化は血の流れ、アイデンティティかなと。自分は日本とイタリアのハーフで、日本とイタリアの血が入っているんですけど、育ちがイギリスだから、自分のなかでも文化がごちゃごちゃしている。いろんなところが混ざってるからはっきりしないけど、やっぱりイギリス人とも思わないし、心とか文化的には日本人やイタリア人に近いかなと思うし、難しい。イギリスに住んでいても、見た目で日本人といわれて、イギリス人とはいわれない。イタリアに行っても日本人といわれたりする。でも日本にいたら『鼻高いですね』といわれる(笑)」

・韓国
「僕は韓国生まれではあるんですけど、高校までが韓国で、そのあとアメリカに留学して、1回戻って兵役を経て、そのあと日本に来たんです。アイデンティティという話はすごく共感しました。軍隊にいる間に友だちに会ったら『韓国人っぽくない』といわれたんですよ。『韓国人なのにそれもわからないの?』と。僕は純韓国人ですけど、血とかそういう話ではなくて、特定のグループが共有しているルールや知識を僕は共有していないので、『韓国人なのに知らない』といわれたんだなと。僕は文化は、狭い範囲の特定の人たちが共有する知識またはルールだと理解しています」

・中国
「自然にできた文化もあると思うんですけど、人為によってつくられた文化を意識的に広めた部分もある。中国は広いのでいろんな地域特有の文化がある一方、国の教育によって影響を受けた文化もある。それが混ざっている可能性があるなと思います」

 こうした参加者の意見を受け、日髙さんの次のようなお話をもってトークイベント&ワークショップは幕を閉じました。「ほかの人の文化を知るってすごくエネルギーがいるんです。あなたはあなた、私は私、と突き放してしまうのではなくて、ほかの人がどういうことをおもしろいと思うか、嫌いだと思うか、または習慣なども含めておもしろがるということ、その違いを理解していくことって消耗する部分もあるし、何かひとつの答えが出ることってないと思います。でも、今日こうしてみなさんとお会いできて嬉しかったし、文化は親や周りからもらうものでもあり、育てるものでもあり、私たちがつくっていくものでもあるなと思いました。そう考えると、生きていること自体が文化なんじゃないかな」


文:笹川ねこ
協力:ぶんカルチャー

 日髙 杏子(ひだか きょうこ)
色彩学者。芝浦工業大学准教授。一般社団法人日本色彩学会理事。色を分類する秩序である「表色系」、動植物・色料を色分けする科学的道具「カラーチャート」を主に研究。著書に『色を分ける 色で分ける』(京都大学学術出版会)、訳書に『色彩の表記』(マンセル、みすず書房)、『基本の色彩語──普遍性と進化について』(バーリン&ケイ、法政大学出版局)など。分担執筆に『色彩検定 公式テキスト1級編』(色彩検定協会)など。


【関連記事】

今回のトークイベントにご登壇いただいた日髙杏子さんをご紹介くださったのが、色彩研究者の三木学さん。現在、三木さんに寄稿いただいた雑誌『広告』文化特集号の記事を全文公開しています。

134 風景から感じる色と文化
▶︎ こちらよりご覧ください


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