「流通」を具現化した「段ボール装」は、いかにして生まれたのか
2月16日に発売した『広告』最新号は、「段ボール装」という独自に開発した装丁となっています。
ECで買い物をした際に届く段ボール箱のような見た目。箱を開封するようにミシン目に沿って側面をペリペリとめくると、箱だった段ボールがそのまま表紙となる……という箱と本が一体化したつくりです。
毎号、特集にまつわる装丁デザインとしている『広告』ですが、今回は「流通」を体感できるものとしてこの段ボール装が生まれました。
このnoteでは、今回のちょっと特殊な装丁が生まれた背景と最終的な形になるまでの試行錯誤、具体的な制作過程についてご紹介したいと思います。
段ボール装が生まれた背景
「流通」という大きなテーマを具現化するには、どんな形がふさわしいか。
リニューアル創刊号から『広告』のデザインをお願いしている電通の上西祐理さん、フリーランスの加瀬透さん、牧寿次郎さんと構想を練りはじめたのは2020年の7月。
当時はコロナの影響により流通の様相が大きく変わりはじめていた時期でした。ECで買い物をする人たちが増え宅配業者が疲弊しているというニュースが報じられたり、置き配と呼ばれるサービスが生まれるなど、いままであまり表に出てこなかった「ものが届く」ということに焦点があたっていたのです。
そうした世の中の変化を踏まえ、「宅配される段ボール箱」のような見た目で、開封すると本が現れるという装丁であれば、「流通」をいうテーマを感じやすいのではないかというアイデアがでました。
ただ、流通特集号の本質的な問いである「ものがつくられてから受け手に届くまで、何が起こっているのか」を表現するためには何かが足りない。そこからは編集長の小野とデザインチームが、ああでもない、こうでもないと議論を重ね、いくつものアイデアを出しては没にしてを繰り返し、気がつけば秋になっていました。
そうしてようやく生まれたのが、雑誌が製本されてから販売されるまでのすべての流通経路を、取次や運送会社も含めて表紙に記載するというアイデアでした。書店や入手方法の数だけ異なる表紙をつくる……準備や制作に膨大な手間とコストがかかることは明らかでしたが、それが「より早く」「より安く」を追求し、時間とコストを“ゼロ”に近づけようとする現代の「流通」に対する問題提起になるのではと考え、段ボール装とセットで実施を決めました。
このアイデアを実現するため、まずお声がけしたのは篠原紙工さん。リニューアル創刊号でも製本をお願いした製本会社さんで、代表の篠原さんは特殊な製本を数々手がけられている業界では知られた存在です。
そんな篠原さんでさえ「箱を開けるとそのまま表紙になるという装丁は見たことがない」というチャレンジングなものでしたが、「流通という表に出てきにくいテーマを扱うことは、本の流通にかかわる身としてもすごく共感できるのでぜひやりたいです」と快諾いただき、細かい設計や製造方法の検証がスタートしました。
形になるまでの試行錯誤
デザイナーから篠原さんに伝えたのは、箱のなかに製本された本が入っていて、開封して読むという形にしたいこと。開封したあとも本と箱が一体化しているように感じられる設計であること。そして本の中央には「コロナ禍の流通」をテーマにしたビジュアページをつくり、袋とじにしたいこと……etc.印刷をお願いする藤原印刷の藤原さん、箱の設計をしていただくかようびデザインの青木さんも加わり検証を重ねました。
なかでも難しかったのは、段ボールと本の接着設計でした。今回は接着剤として両面テープを使っているのですが、強度や貼る位置によっては本がズレてしまったり、段ボールから本が浮いてしまったり。1mm程度の些細な違和感も話し合いながら、段ボールと本が一体化する構造を目指しました。
最終的につくられた束見本は20種類以上。段ボールの試作も繰り返し行ないました。デザイナーや編集部とイメージを共有するためだけでなく、製造においてどのようなオペレーションを組むか、納期やコストはどうなるか。そして手作業で組み立てる段ボール部分においては作業性のよさと仕上がりの意匠性をいかに両立させるか。その検証のためにも試作を重ねることが必要だったと篠原さんは言います。
こちらは流通特集号のために制作された束見本の一部。荷物らしい箱のサイズ、段ボールの厚み、ジッパー加工(ペリペリめくるところ)のめくりやすさ、表紙の素材など様々な検討・検証をとおしてベストな形を模索しました。
流通特集号は本が開きやすくなるよう、裏表紙が折れる設計にしているのですが、どの位置に折れ線を入れるのがいいか、自然に折れやすくするにはどうするといいのか、いちばん手に馴染む設計を考えました。
ちなみに、なかの本の表紙には上の写真のようなプチプチ(緩衝材)を使いたかったのですが、こちらは予算がどうしても合わず不採用に。
こうして約2カ月間の検証期間を経て、流通特集号のオリジナル装丁「段ボール装」が生まれたのです。
流通特集号の製本工程
さて、ここからは流通特集号がどのようにつくられたのか、具体的な製本工程をご紹介したいと思います。
一般的な製本は、印刷会社で刷られた紙を製本会社が書籍や雑誌のサイズに合わせて「折り加工」をし、背表紙にあたる部分に糊づけをして表紙を巻き、最後に仕上げ断ちといって三方(上下と側面)を断裁するという流れで行なわれます。
最後に仕上げ断ちをする場合、折り加工の際に多少のズレがあっても調整ができるのですが、今回は本の真ん中に袋とじのページがあるため、小口側(側面)を断裁することができません。そのため、袋とじ以外のページの小口をあらかじめ最終のサイズに断裁してから組み合わせ、完成した本を段ボールで梱包するという工程になっています。
そこで、記事ページの折り加工は篠原紙工、袋とじにするビジュアルページをページ順に重ねる丁合加工は望月製本所という2社が行ない、それらを本間製本という製本会社がひとつにまとめて表紙づけと断裁を、最後にユミ・コーポレーションという加工会社が段ボールにセットするというチーム編成となりました。
このなかで表紙づけと断裁を行なう本間製本と、段ボールセットを行なうユミ・コーポレーションにお邪魔し、その製造現場を取材してきました。
表紙づけから断裁まで@本間製本
伺ったのは今年の1月中旬。埼玉県入間市にある本間製本は、一般的な雑誌や書籍だけでなく高い制度が求められる製本を得意とする製本会社です。
この日は、本の背にPURという糊を塗布して中表紙にあたる紙を包む作業が行なわれるということで、代表取締役の本間敏弘さんに現場を案内していただきました。
1.本文を手作業で組み合わせる
本間製本には、記事の前半・ビジュアルページ・記事の後半という3つブロックに分けた本文(表紙以外の中ページ)が納品されます。まずはその3ブロックを人の手でぴったりと重ね合わせる作業を。本間さんいわく、「この作業がいちばん時間がかかりましたね」とのこと。ここではその最終チェックを行なっていました。
2.背中の部分を削りPURを塗布
高速で回転している円盤の上を1で重ねた本文がとおっていきます。「円盤には歯がついていて、背を3mm削っています。紙の繊維を荒らして糊が絡みやすくするんです」
次はPURという糊を塗布。ふたつのローラーがありますが、ひとつめで繊維に押し込むように塗布、ふたつめでは厚みをもたせるために糊を重ねています。「PURは強度が高いのが特徴ですね。固まるまでは2〜3日と時間がかかるんですが、紙1枚1枚の繊維に絡むので熱や衝撃に強い。日本の高温多湿な気候においても経年劣化しにくく、本が長持ちします」
3.表紙をつける
表紙と本文をプレスしてくっつけていきます(ここでつける表紙は、本を開いたときに出てくる凹凸のあるエアーラインという紙)。「今回の表紙は静電気が起きやすかったり滑りが悪いのもあって、調整が難しかったですね。機械が止まってしまうこともあって」とのこと。この日はトラブルも起こらず次々と表紙と本文が合体していきました。
4.天地を断裁する
最後に三方断裁機にとおします。通常は小口もカットされますが、流通特集号は真ん中に袋とじのページがあるので天地のみを3mmずつカット。3冊重ねてあるので結構な厚みですが、大きな刃がガシャンと下に降りると一瞬で天地が断裁されました。
こうして完成した本たちは汚れないように紙に包まれ、次なる工場へと輸送されます。一般的な本であればこれで完成なのですが、流通特集号は段ボールで梱包するという特殊加工があるからです。
お忙しいなか丁寧にお話を聞かせてくださった本間さんにお礼をお伝えし、工場をあとにしました。
本を段ボールにセットし組み立てる@ユミ・コーポレーション
本間製本を訪れた約1週間後、今度は東京都墨田区にあるユミ・コーポレーションにお邪魔しました。複雑で細かい紙製品の組み立てなど、機械ではできない手作業による加工を専門にされています。
この日は本間製本から届いた本を段ボールと合わせて組み立て、表紙に流通経路が記載されたシールを貼るという作業が行なわれていました。作業されていたのは5人。人数が少ないのでは……? と思ったのですが、人数が多すぎると細かい工程の共有が難しくなるので、作業するのは多くても6人までにしているとのこと。
かようびデザインの青木さんが作成した手順書をもとに、まずは全員で基本的な注意事項を確認しながら作業。そのあとは各自がつくりながら疑問点を報告し合い、ミスがないよう精度をあげていくそうです。「最初の1、2日はそうした検証をしながら作業をします。うちの社員はすごく慎重なので、納期に間に合うかと不安になるくらいゆっくり(笑)。でも疑問点を最初に解消しておくと、その後の作業スピードがぐっと上がるんです」と現場主任の大澤さん。
「いちばん難しいのは段ボールの張り合わせの部分です。本に対して箱がぴったりのサイズなので、ちょっとでも貼り合わせ部分がズレると本が箱に入らなくなる。最初は箱をある程度組み立ててから本をセットしていたのですが、途中からはまず本を入れて組み立てる方法に切り替えました。箱の中身が入っているというのが特殊ですね。組み立てると外から確認できないので、なかに入れるパーツの漏れがないように箱とパーツの数をひとつひとつ確認しながら進めています」
裏表紙を折れやすくするためのパーツ。慎重にセットして組み立てます。
ホワイトボードには組み立てる際の注意事項が「!!」つきで書かれていました。
最後は表紙シールを貼って完成!
こうしてできあがった「段ボール装」の流通特集号は篠原紙工の元に運ばれ、そこで書店ごとに仕分けて梱包され、取次会社へと発送されていきます。
全流通経路を記載した表紙シールの作成
最後に、今回の装丁の要ともいえる表紙シールについてご紹介したいと思います。
表紙シールに採用したのは、レシートや宅配のラベルなどに使われている感熱紙。そこに、書店や取次、運送会社など本誌が製本されてから読者の手元に届くまでのすべての流通経路を記載しています。また、経路を地図上でも見られるQRコードも印刷。書店やAmazon、献本分などでルートが異なるため、全部で250種類(発売日時点)のシールをつくりました。
書店1件1件に意図を説明し、記載する住所に間違いがないよう何度も確認するという作業も大変でしたが、製本会社から取次、取次から書店へと移動していく際に表紙の取り違いが起こらないようオペレーションの整理には特に力を入れました。
通常なら冊数の管理で済むところを、250種類のルートを管理しながら流通させていく。この途方もない取り組みに賛同し協力してくださった製本、運送、取次会社のみなさまには感謝しかありません。本当にありがとうございました。
いいものをつくる、とは何か?
今回、制作現場の総指揮をとっていただいた篠原紙工の篠原さんがこんなことをおっしゃっていました。
「特集テーマを私なりに解釈して、今回は自社の工場にこだわらず、各工程における最適な会社に協力いただこうと思いました。うちの工場だけでなんとかしようとするのではなく、ネットワークをフルに活用しようと。声をかけるときに重視したのは、設備や規模、輸送費などより、難しいことに対してやってみようという精神をもっているかどうかと信頼関係。そして製造方法と工期との兼ね合いを考えながら、各社がストレスなく制作できるよう配慮しました。たとえばスケジュールがギリギリだったり、製造方法に無理があるまま、なんとかこれでやってくれと無理を言ってしまうと現場もミスを見逃してしまったり、違和感をそのままにしてしまうということが起こるんですよね。それぞれが無理なく、つくることに専念できる環境をつくる。それがいいものをつくるために大事だと思うんです」
2019年のリニューアル創刊号以来、「いいものをつくる、とは何か?」を全体テーマに据えている『広告』ですが、同じ問題意識をもちながらものづくりをされている方といっしょに雑誌をつくれるのは非常にうれしいことです。
流通特集号、ぜひ手に取ってみてください!
流通特集号の表紙には製本会社から書店に届くまでの流通経路が記載されています。ですが、記載されていない製本過程においても、いままでご紹介してきたような多くの方々の手が介され、様々な場所を移動しながらつくられた雑誌であるということを感じていただけたらと思います。
まだ雑誌を手にしてないという方は、ぜひ書店へ!
独自に開発した「段ボール装」が、ものがつくられてから受け手に届くまでの「流通」について、考えるきっかけになれば幸いです。
そしてご購入いただいた方、読んでいただいた方へ、アンケートのご協力をお願いします。現在制作中の次号への参考させていただいております。
アンケートにご回答いただいた方のなかから抽選で30名の方にAmazonギフト券(Eメールタイプ) 3,000円分または「広告 Vol.415 特集:流通」1冊を進呈します。
ご協力のほど、何卒よろしくお願いします。
『広告』編集部
最後までお読みいただきありがとうございます。Twitterにて最新情報つぶやいてます。雑誌『広告』@kohkoku_jp