44 振動する著作
予算を決め、ターゲットを決め、大きさを決め、手触りを決め、発注先を決め、あれを決め、これを決め、決め、決め……。
ものをつくることは決定の連続だ。
ときに決定を覆したり翻したりすることもあるけれど、原則は一方通行。最初はいろんな可能性をはらんで漠然としているイメージを、決定を重ねて可能性を収束させながら、具体的なアウトプットにまで持っていく。だから決定にはエネルギーを使うし、後悔をしたくないので必死で検証・スタディをする。つくり手が高い密度で決定を繰り返すほど、完成品の純度は上がっていき、強いメッセージ性を帯びるようになる。一般的には「いいもの」と言うと、こうやって何度も検討を重ねたもののことをイメージするんじゃないだろうか。
つくり手としては、検討し、考察し、ときには直感にも頼りながら自分で決定を積み重ねることで、コンセプトから細部にいたるまで、徹底的にこだわり抜いたものを届けることができたなら理想的だ。ものづくりの手綱を最後まで緩めないことで、つくり手の意図を色濃く反映することができる。銘の入った包丁のように、つくり手とアウトプットが一対一で結びつくようなものづくりのあり方だ。
収束させるつくり方
このように、つくり手が明確に立っている著作に対して、つくり手が誰か不明瞭な、「他者」を介入させる前提の著作のあり方はないだろうか。あるとすれば、それはどういったものだろう。
ものづくりのプロセスにおいて「(自分で)決める」の対極に「(他人に)任せる」という行為がある。どこかのタイミング以降の決定を他者に任せるというのは想像以上に勇気がいることだけれど、イレギュラーでアンコントローラブルな他者を巻き込むことで、従来の決定のプロセスとはまた違ったおもしろさが生まれることがある。最後まで決めきるつくり方に対しての、最後まで決めきらないつくり方。そこにはどんな違いがあるのだろう。
たとえばナイキは、自分でスニーカーの色や素材を選んでオーダーすることができるNike By You(旧NIKEiD)というサービスを提供している。自分だけのオリジナルスニーカーをカスタマイズできる人気のサービスだ。ナイキのデザイナーは、スニーカーのどの部分をカスタマイズできるかという決定や、シーズンごとの選べる素材や色のリストまではデザインするけれど、そこから先は一切関与しない。途中で他者が決定に介入してくるわけだから、最終的に届く完成品としてのスニーカーは「誰がつくったか?」という著作性が曖昧な状態になっている。
Nike By Youで作成したカスタマイズ例 引用元:「NIKE」ウェブサイト
こうしてものづくりの手綱を途中で手放すことで、従来のスニーカーデザインのように完成品としての「このスニーカーと言えばこの色! この形!」というような強いイメージは定着しない。その代わりに、オーダーする人の数だけバリエーションが生まれるような、もやもやとした可能性の塊のようなイメージが提供されている。きっかけによって無数のアウトプットが生まれるような、可能性がある一定の幅を持ってぶれている状態。つまり、「振動」をしているイメージだ。可能性の収束に対する、振動。ものづくりの過程で他者を介入させると、必然的にアウトプットに振動が起きる。決して新しい技術や手法というわけではなく、古今東西で見られるつくり方だと思うけれど、それを振動という状態、状況としてあらためて捉え直すと、ものづくりのヒントがたくさん転がっている。
振動させるつくり方
多数の振動している事例を分析していくと、意図的に振動を起こすためには、下記のポイントを意識する必要があることがわかってくる。これらはどれも、従来の最後まで決定を積み重ねていくものづくりとはまったく異なる視点/概念だ。
・変えさせない部分を決める
・群として捉える
・自由度を与えすぎない
・振動の先を予測する
・誤解をおそれない
具体的な事例を紹介しながら、これらのポイントについて詳しく見ていきたい。
変えさせない部分を決める/アンカーポイント
振動の可能性の振れ幅は、つくり手がプロセスのどこまでを決めるのか、そしてどういう決め事を設定して手放すのかにかかっている。思いどおりに振動させるために、逆説的にここだけはぶれさせない、譲れないという「アンカーポイント」を設定する必要があるのだ。つくり手はそのデザインにもっともエネルギーを費やすことが求められる。
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