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43 創造性を高める契約書 〜 写真家ゴッティンガムが示す共同著作のビジョン

クリエイターにとって契約書とは、どのような存在だろうか。本来は、発注側(=クライアント)と受注側(=クリエイター)の間で権利の帰属や責任の所在を明確にし、双方の利益を守るための重要なツールであるはずだ。しかしその一方で、法律用語が並ぶ条文や細かな規定の数々を見ると、傍に追いやっておきたくなる厄介な存在でもある。契約書は、クリエイティビティには関係ない、と……。また、業界によっては契約書を取り交わさずに納品まで進めるケースも少なくないという。どうやら契約書とは、クリエイター個人だけではなく、クリエイティブに携わる多くの人にとっても厄介であり、疎ましい存在となっているらしい。

写真家ゴッティンガム(Gottingham)は、そんな契約書をむしろ積極的にクリエイティビティのために使おうと、法律家・水野祐のサポートを受けながら、自らの手でいちからつくり変えてしまった。受注と発注の双方の利益を明確にするだけではなく、クリエイティブのためのポジティブな関係を誘発するパートナーのような存在として、契約書を捉え直したのだ。クリエイターの権利を守るツールから、創造性を高めるツールへ。この転換はいかにして生まれたのか。そして、そこにはどんな可能性があるのか。ゴッティンガムのユニークな作家性と密接にひもづくことで生まれた、新しい形の契約書を読み解いていく。

なぜ契約書だったのか? アートと仕事を分かつ、“踏み絵”をかわすために

2012年、個人のプロジェクトとしてスタートしたゴッティンガム。肩書きは、写真家。アート作品の制作を中心に、建築やプロダクトの撮影、展覧会、広告出版などの領域でも活躍し、作家性と記録性を曖昧にする作品を発表し続けている。プロジェクトを始めるまでは、アートセンターの企画職に就き、アーティストや行政らと協働しながらアートプロジェクトの事業スキームをデザインしていたという。この頃からアートの世界で培った経験を生かす形で、写真のマネージメントにまつわる仕組みづくりをしたいと考えていた。写真家の働き方、作品やお金の扱われ方、そして、作家としてのあり方……ただ撮るだけではなく、それらすべてにかかわる問題を解決する方法を探っていた。最終的に契約書という解決方法に至ったのには、写真家ならば誰もが一度は経験するであろう“分断”の問題に直面したことが大きかったという。

分断の問題は、仕事を始める際の些細なやりとりでも浮き彫りになる。たとえば、クライアントから投げかけられるこんな質問、「あなたは写真家ですか? それともカメラマンですか?」。この問いは、アートと受注仕事を分かつ、ある種の“踏み絵”となり、返答によっては“パーソナルな話をする作家気質の写真家”として扱われ、もしくは、“仕事の話がしやすいカメラマン”として扱われる。発注と受注という関係のもとスムーズに仕事を進めるためには、当然、後者のほうがありがたいというわけだ。事前に相手の立場を確認しておきたいという意図はわからなくはない。しかし、写真家に限ってなぜこんな質問をされるのか。同じモチベーションやコンセプトで撮影できる場合だってあるはずなのに、なぜアートと受注仕事が分断され、それぞれ異なる扱い方をされるのか……。

さらにこの“分断”を深掘りしていくと、建築家やプロダクトデザイナーといったほかの職種と比べ、写真家/カメラマンは撮影の仕事を受注する際に契約書を交わさないケースが慣習化していることがわかった。契約を結ばないということは、業界の実態として、暗黙の了解のもと著作者人格権を手放す(=個人の名義の作品としては発表しない)に等しい状況が生まれるということでもある。つまり、アートと受注仕事の分断とは、そもそも写真家としての人格(=アイデンティティ)を否定してしまうような構造があることで生まれている問題でもあったのだ。

“踏み絵”を踏まずとも、アートと受注仕事を分断せずとも、写真そのものへの情熱や表現のクオリティは変わらないはず。そして、写真家としてのアイデンティティを損なわないまま、受注仕事をすることだってできるはず。分断されることで、ひとりのクリエイターとして最大限のクリエイティビティを発揮しきれないことが多かった状況を変えるための仕組みが必要だった。そのためには、発注と受注の関係が生んでしまう意識から変えなければならない。そう考えたとき、「法律」というルールであれば、誰にとっても平等であり、アートでも受注仕事でもないニュートラルな視点から、“意識”に働きかけられるのではないかと気づいた。それに契約書は、仕事の始まりから終わりまでを規定するツールでもある。ならば、お金や権利のみのためだけではなく、写真家のアイデンティティを確立するための規定を盛り込むことで、これまでの問題を解決できるかもしれない。

こうして生まれたのが、アートと仕事を両立させながらそれぞれにいい影響を与え合う道を示し、仕事の進め方やクライアントとクリエイター相互の関係を再定義する契約書だった。ある種のアーティスト・ステートメントのように仕事の始めに宣言することで、両者の意識を変え、創造性を高める関係性をつくりあげる。そんな新しい役割を持った契約書の構想が明確になった瞬間だった。それではゴッティンガムは、これまでにない契約書をいかにして実現していったのだろうか。彼の写真家としてのアイデンティティである活動理念とも密接にひもづきながら生まれていった条文をピックアップしながら、本人の言葉とともに見ていこう。

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