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51 著作権管理は、音楽文化を生かすか、殺すか

朝起きるとまずGoogle Homeに話しかけ、お気に入りの曲で目を覚ます。昼休みにはSpotifyで好きなアーティストの関連音源をディグりながらランチをとり、帰宅後Twitterで新譜を探しては寝る前にまどろみながら聴く。また、2018年に公開された映画『Bohemian Rhapsody』にいたく感激&感化されたこともあり、今年の初めにインディーズバンドを結成し曲をつくり始めた。暇を見つけては仲間と、あるいは自分ひとりでも歌詞や曲を考え、SoundCloudにアップするのがここ最近の緩やかなルーティーンである。

その曲づくりの一環で、プロのボーカリストやギタリストの方のもとに通おうと考えたことがあるのだが、ネット上でいろいろ調べていたときに目に飛び込んできたニュースがあった。「JASRACがヤマハ音楽教室から楽曲の著作権使用料を徴収する」というものだ。著作権使用料が上乗せされレッスン料が上がるため、教室に通わなくなる人も出てくるだろうとSNSでも議論や批判が巻き起こっていた。このニュースを知って、「自分の曲はタダで使っていい」と宣言するミュージシャンもいた。

またあるとき、バンド仲間からこんな話を聞いた。仲間が自分でつくった曲の話だ。「イントロのメロディがPhoenixの『1901』って曲にすごく似ていたらしくて、リリースしなかった」。結局、その曲はボツになったそうだ。うーん……。オマージュとかインスパイアって、創作においてめちゃくちゃ大事なことだと思うのだけど。それで毎回著作権使用料を取られるとしたら、みんな曲づくりなんてやめようってマインドになりかねないのでは?

DJなんかも完全に原曲ありきで成り立つ行為だし、「この曲を使うなら著作権使用料が発生します。XX円お支払いください」ってことになると金銭的な制約で使いたい曲も使えない、聴かせたくても聴かせられない。結果、日の目を見ぬ幻の曲が出てきてしまうかもしれない。

音楽教室で使われたり、オマージュ的な曲を創作したりすると著作権使用料が徴収される。それって、音楽文化の発展にとっていいことなんだろうか。
日本の著作権は音楽文化を生かすどころか、その発展を妨げ、殺しているんじゃないだろうか。著作権管理のあり方に、ふつふつと怒りに似た疑念が湧いてきた。
そこで、日本の音楽著作権のほとんどを管理するJASRACの実態を深掘るために、音楽著作権を専門とする東洋大学の安藤和宏教授のもとに向かった。

JASRACの誕生とその落とし穴

── そもそもなのですが、なぜ音楽業界だけにJASRACのような著作権管理団体が存在するんですか? 映画は映画製作会社、漫画は出版社が管理していますよね。

安藤:実は文化庁に登録している著作権管理事業者の数は28もあります。音楽だけでなく、小説や脚本、美術、写真などの分野でも著作権の集中管理は行なわれています。ただ、音楽の著作権管理の規模は群を抜いていますね。JASRACが管理する楽曲数は膨大です。では、なぜ音楽の分野だけ突出しているのか。その答えはシンプルで、音楽は権利者が自分で管理しきれないからなんです。映画や漫画などと比較して使われる用途や頻度が膨大なんですよ。たとえば映画なら、放送1回につきいくらでライセンスします、という取り決めをすればいいですよね。でも音楽はCD、DVD、放送、有線放送、楽譜、ライブ会場、カフェのBGM、カラオケ、サブスク、YouTube、CMなど使われるメディアや場所、回数が多岐にわたっているわけです。

── なるほど。ライブハウスとかカフェって日本全国に何万軒とありますもんね。確かに著作権使用料の徴収専門チームがいないと成り立たない。著作物を創造するアーティストたちが、創造し続けるためにはもちろん元手となる資金が必要だけど、お金を徴収することにアーティスト自身が過度な労力を使っていたら創造に割く時間が減り、本末転倒ですね。

安藤:そこでつくり手が創作に集中できるようにと生まれたのが著作権管理団体。音楽著作権の集中管理の起源はフランスで、使用者から著作権使用料を徴収して権利者に分配し、次の創作活動に活かしていこうという仕組みです。

── 理にかなっていますね。ちなみにJASRACの設立はさかのぼること第二次世界大戦の直前ですが、何がきっかけでできたんですか?

安藤:「プラーゲ旋風」ですね。これはヨーロッパの著作権管理団体の代理人だったウィルヘルム・プラーゲが引き起こした著作権紛争を指します。プラーゲは日本のラジオ局が流していた外国曲に対して高額な使用料を請求したんですが、放送局側がそれを受け入れなかった。
その結果、1年間くらいラジオから外国曲が流れなくなり、聴取者からクレームが相次いだんです。そのため、政府は法律を改正して、外国曲のレコードを自由に放送できるようにした。しかし、これだけで混乱は収まらなかったために、プラーゲを追い出す法律をつくった。これが1939(昭和14)年に制定された仲介業務法です。この法律により、著作権の仲介業務は許可制となり、大日本音楽著作権協会が政府から許可を受けて、音楽著作権の管理を開始しました。これがいまのJASRACです。

── ふむふむ……。それで問題はすべて解決したのでしょうか。

安藤:いいえ。国が仲介業務の許可を与えたのは音楽著作権管理の分野ではJASRACのみ。つまりその権利は「独占的」であり、ほかの者は仲介業務ができなかったんです。

「JASRAC独占」がもたらしたメリットとデメリット

安藤:音楽の市場規模が世界最大のアメリカは、この「独占」というものにとても厳しいので、音楽著作権は複数の団体によって管理されています。

── そうなんですね。「独占」に何か問題があるんですか?

安藤:ひとつの団体が管理していれば、音楽を使いたい側からしたらラクですよね。そこから許諾をもらうだけでいいんですから。そういう利点も「独占」にはあるわけです。しかし、JASRACがいちばん批判されているのは、「独占」だったために時代の変化に柔軟な対応ができていなかったところです。どんどん音楽の新しいメディアが生まれているのに、それにうまく対応できなかった。

── 確かに、急いで対応しなくても、競合に抜かされる心配はないですもんね。どの業界でも同じですが、競争原理が働くほうが互いに切磋琢磨してサービスも向上するし、やっぱり同じ道を走るライバルは必要なんですね。

安藤:そう。やっぱり独占ってどうしてもサービスが低下します。値段も上がります。簡単に言えばハンバーガー・ショップがマクドナルドだけだったら、絶対に100円メニューなんてやらないでしょう。サービスだって悪くなります。つまり独占というのは、会社を腐らせるわけです。

── 何か独占の弊害を象徴するような出来事があったんですか?

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