動き出すシルバーメディア(久保元編集長イチオシ記事)
2000万部のシルバーメディアに学ぶ
シルバー新人類の時代がやってくる。高能力・高学歴でなにごとにも積極的なシルバー新人類。彼らが世代構成の中で大きなボリュームを持つようになるこれからの日本では、新しい形のシルバー層向けメディアが必要とされるに違いない。特に雑誌の世界では、マガジンハウスやPHP研究所が新しいタイプの熟年雑誌を近々創刊の予定でもあり、シルバーメディアへの試みは、ますます活発化しそうである。
そこで本特集では、最近急激に発行部数を伸ばしているアメリカのシルバーマガジン「モダン・マチュリティ」の内容を具体的に紹介することによって、これからの日本のシルバーメディアについて考えていきたい。
「モダン・マチュリティ」は昨年後半の平均部数が2143万部という堂々の全米ナンバー1マガジンだ。(表1参照)
AARP(アメリカ定年退職者協会)が発行する隔月刊誌で、同協会に年会費5ドルを納めた会員に送られる会友誌という性格を持つ。A4変型判、約100頁、読者対象は50歳以上。大部数のシルバーマガジンが定着しているアメリカの雑誌界でも別格的存在である。(表2参照)
この「モダン・マチュリティ」の成功の秘密を、現物の雑誌のなかから徹底的に探ってみようということで、本特集の構成は、①出版局長へのインタビュー、②最近1年間の全目次紹介、③最新号の全広告紹介と続く。最後に、これからの日本のシルバーマガジンの可能性を、「出版ニュース」編集長の清田義昭氏とメディア評論家の松尾羊一氏に語っていただいた。
新しいシルバー達の意識は、すでに国境を越えている。アメリカで2000万人に読まれている雑誌の隅々には、日本のメディアへの多くのヒントが隠されているに違いない。
読者は第2の人生を探している
「モダン・マチュリティ」出版局長 ロバート・E・ウッド氏にきく
人生、できることはまだまだある
── 今日は発行部数2000万部を突破する「モダン・マチュリティ」の編集方針と広告についてお話をうかがいたいと思います。まず、どのような経緯で雑誌が創刊されたかお聞かせください。
「モダン・マチュリティ」は1958年、AARP(American Assosiation of Retired Persons)の会員誌としてスタートしました。創刊号は、典型的な「会員報」で、支部のニュースやコラムなどがあるくらいのものでしたが、それがだんだんと、現在のような形になりました。もともとの読者はAARPの会員だけでしたから、部数の伸びもゆっくりとしたものでした。
当初は、広告はとりませんでしたが、商品やサービスの保証などは行なっていました。
── 雑誌の編集方針はどのようなものですか。
それは当初から一貫しています。〝年をとっても、人生できることはまだまだある〟ということを、読者に対し単に伝えるだけでなく、本当に元気を出してもらうように行動しようということです。と言うと少し自惚れているかもしれませんが、「モダン・マチュリティ」は、〝50歳を越えた人間は年寄りくさくて冴えない〟というような固定観念を払拭したかったのです。アメリカには、サーフボードを持っていなかったり、ビキニを着ていなかったら、世間からおいてきぼりにされてしまいそうな若者文化の暴挙があり、この雑誌はそんな考え方から抜け出すところから始まったともいえます。
私たちは、50歳以上の人々にとっての可能性に焦点をあてているのです。というのも、退職者は、山積みになった灰か、ごみの山か、あるいはもっと悪いものとさえ思われていて、誰もそれ以上であることは期待していないのです。職場の仲間はもうちりぢりになってしまい、組合は何もしてくれない。まあ、せいぜい「金時計」をもらってさよならというところでしょう。
ですから、「モダン・マチュリティ」はいつも彼らに、何ができるのかを気付かせる前向きな戦士なのです。私たちは、歳をとるということは、ひどい仕打ちでもなければ、敗北でもない。むしろそれは、喜びで、勝利を意味するのだと言いたいのです。
雑誌のトーンは、静かなほうだと思いますが、しかしこのテーマは地味であってはならないと思います。実際AARPは役員会も含め全員ボランティアです。アメリカ中の支部には、他の会員に対して種々のサービス、例えば税金のアドバイスなどを行なうボランティアがいます。こういった建設的なボランティアの精神と有益な情報がこの雑誌を作り上げているということができるでしょう。
高齢者に対する認識を人々に改めさせるには、ケネディ暗殺やチャレンジャー号の爆発といったひとつの出来事や国民的悲劇ではなく、人々と社会が徐々にその認識を変えていくしかないと思っています。
── シルバー読者対象ということで特に留意している点はありますか。
かなり質の高いサービスの材料をたくさん揃えているということ以外には、特別な特徴はないと思います。たとえば、どの号を読んでいただいても〝Your Money〟という特別コラムや、健康管理、人間関係についての記事がたくさんあることにお気付きになるでしょう。私たちは、今までの読者の反応やアンケートから、健康管理、法律問題、個人資産の管理に対するアドバイスを企画すると、非常によく読まれるという感触を得ています。
50歳以上である我々の読者層は、明らかに、親しみやすく、信頼できるアドバイスを必要としているのです。彼らは、すぐに引退後の計画をたてなくてはいけないにもかかわらず、そのような問題について不慣れで、その解決手段もよくわからないのです。つまりすべて新しいことなのに、充分な知識のないまま、その後の人生でずっとつきあう健康管理や投資といったものについての決断を、一度や二度のチャンスで決めなくてはいけない状況におかれています。
そこで、私たちは読者に対し〝さあ、これがこれからおこるだろう問題についての計画の立て方であり処方箋です。だから、気を落としたり、パニックにならないで〟といってあげたいのです。社会保障が完全に適用される66歳まで仕事をしていると仮定すると、定年後の計画を立てるにあたり、我々のほとんどが5〜6年の猶予期間を持って準備ができるようです。
しかし、ほとんどの人は、退職の10年前からかなりよい考えを持っており、やり方によっては退職条件を一番よいものにすることもできます。もちろん、人によりその状況は違いますが、政府や軍関係に従事する人達のそのほとんどが、その条件が最高になるような時期に退職を選ぶようです。
また、シルバー雑誌としての「モダン・マチュリティ」の特徴といえば、高齢者のイメージアップを図ろうとしているということでしょう。私たちはもちろん読者をだまそうとしているのではありません。ただ、イメージを上げようとしているのです。だから、雑誌のスタイルも見せ方もできるだけ活動的で積極的なものにしています。
もう一度、人生に熱中したい
── どんな企画に読者の反響が大きいですか。
時には「死ぬ権利」のようなとても深刻な問題もあり、大変判断し難いのですが、なるべく〝死〟については何も言わぬようにしています。しかし、痴呆症のようなテーマは、明らかに私たちが取り上げるべきものだと思い、とても重要な問題である〝介護〟という点に焦点をあてて、助け合いの問題と解決方法についてまとめたことがあります。この時は、実際にこの問題に悩む読者から多くの素晴らしい意見や提案を得て、再度特集を行なうことになりました。
もし、私たちが実際に直面する問題を取り上げなければ、それは読者をごまかしていることにしかならず、その姿勢はすぐに読者に見破られてしまいます。ですから、取り扱いが難しいテーマについては、まじめな読み物やコラムで取り上げるようにしています。また、旅行のような記事については、大きな写真のスペースをとり、きれいなスタイルをとっています。
特別企画ということでは、介護の問題ややもめ暮らし、死別、死ぬ権利のような深刻なものも扱いました。一方、最近やった第2回全米アートコンテストは、一万点もの応募のある大盛況ぶりでした。また、1年間にわたり税金の書類以外に遭遇した最も不愉快な政府・業界の書類について聞いたところ、保険の書類という答えをもらったこともあります。最近の企画では、全国的に有名なキャロライン・バードの「第2の人生」を掲載し、読者の意見を聞くための返信用ハガキを付けた企画を行なったところ、たいへんな反響をよびました。そして、その答えから、退職者が最初はお金のためであっても、次第に人間性を回復し、人生に熱中しようとして、〝第2の人生〟を捜していることがわかりました。
── 編集上のタブーとされていることは何かありますか。
内容的には何もありませんが、アプローチとして、〝死〟という言葉を避けるようにしているというのは、前にお話した通りです。また、〝お涙頂戴もの〟も掲載しますが、その時は必ずその問題を乗り越える方法、少なくともその問題の本質には触れるようにしています。
── アメリカのシルバー社会は2000年にむけて、どのように変わると思いますか。
社会が活力を持った高齢化に向けて移行しているというのは、一致した意見だと思います。お年寄りは肉体的にも、精神的にもかつてないほどのよい状態で定年を迎えており、彼らはまだまだ、旅行、新しい仕事、新商品といったことに挑戦したいと思っていて、またそれが可能にもなっています。明らかに、アメリカでも日本でも高齢化問題は、老人の世話をどうするかという点で大きな問題となっており、また、それは経費がかかるために既に深刻な経済問題にまで発展しています。このことは同時に高齢化に関する政治経済学が以前にもまして、論議の争点となることを意味しています。特に、社会保障や税金、福祉といった問題がそのポイントとなることでしょう。私たちは、この高齢化問題を単に「個人と社会」の問題としてではなく、家族の問題として捉えていこうと考えています。この問題を一つの方向からだけ考えるのは改めなければならないと考えます。
広告の分野は食品、旅行、車など
── 次に広告方針について伺います。広告主については〝The positive envi-ronment〟と題された広告掲載基準のパンフレットを用意されていますが、その掲載基準についてお聞かせください。
まず、私たちは読者である高齢者のイメージを下げたり、彼らを落ち込ませるような広告は掲載しません。たとえば頭痛薬の広告でも、その痛みにポイントを置くような典型的な表現のものは掲載を断っています。そして代わりに、「この頭痛薬をのんだから気分がよくなった。これは本当によく効いて元気が出た」というようなタイプのものを掲載しています。また、掲載をお断りしているものは、タバコ広告やベッド、浴室、椅子などから人を持ち上げるための機械や階段を上がるための用具の広告などです。そして、メールオーダーや医療関係の広告についてもかなり気を遣っています。
初めての広告主に対しては、その会社についても充分調べた上で掲載を許可します。その広告主の顧客名簿やサービス記録などを調べ、AARP内の広告掲載基準部門において、その商品自体についても調べています。そして、この局のディレクターがその商品の安全性を調べた上でその広告を掲載すべきかどうか連絡をしてくるという仕組みです。
たとえば、数年前ある会社から、電気で動く蝿取り器の広告掲載依頼を受けましたが、我々はこれを手に入れて使ってみて、蝿を追うどころか何の効き目もないことがわかり、結局掲載をお断りしたこともありました。
メールオーダーによる洋服の広告は、もちろん数多く受け付けていますが、洋服はよく生地の品質に問題があるので、私たちはその会社がトラブルなく返品や交換をするポリシーをきちんともっているかを必ず調べています。
このように広告の質を管理する一環として、我々は、広告された商品についての消費者の苦情を聞きだす努力をしています。もしその苦情に対し、広告主の反応がなかったり、お粗末だったりした場合は、それ以降の広告をお断りしています。
最後に、我々は会員のプライバシーの管理については大変気を遣っています。他の組織や出版社と違い、我々は部外者に対して名簿を売るようなことは行なっておりません。
── コンシューマー・リサーチセンターの調べによれば、8000億ドルともいわれる50歳以上のシルバー市場が、マーケッター達から忘れられているとのことですが、「モダン・マチュリティ」の広告主の業種分布や表現の傾向についておしえてください。
本誌を見ていただければおわかりになると思いますが、ほとんどの広告が食べ物、旅行、車、退職後の施設とメールオーダーというカテゴリーに落ち着くと思います。
表現の傾向としては、前にもお話したように読者を老人扱いしないもの、むしろ元気づけるようなものをお願いしていて、広告主もよく理解してくれています。
── 読者からの反響の多い広告はどんなものですか。
熟年向けということでなく、かなり広い対象に対して打たれた広告が、だいたい評判がよいようです。また、我々はメッセージのポイントの明確なものを好みます。ですから、広告表現が雑誌のイメージに合わない場合は掲載をお断りする場合もありますし、その内容だけでなく、見せ方もかなり気にします。ゴタゴタとしたコピーや文字の多いものは好みません。我々は、読みやすく、さがしやすい、つまり〝見やすい誌面作り〟をめざしているので、それを広告にも期待します。
シルバーは新しい情報に飢えている
── アメリカのシルバー向け広告全般についてどう思いますか。
熟年向け広告についてしばしば問題なのは、広告主が広告はすべて50歳以下に訴求すべきだという仮説を持っていることです。とすれば、この雑誌の読者は50歳以上ですから、普通のマーケッターであればそこでやめてしまうわけです。広告主は、熟年達はもうその歳までに既にブランドを決めてしまっていて、それ以後は変えないと思っているようですが、なんと愚かなことでしょう。50歳以上の人達だって、メッセージがきちんと彼らに向けられていれば、新しいものを試してみようと考えているのです。そして、やっと最近マーケッター達もそのことがわかってきたようです。
たとえば、我々の会員は50歳以上のわけですが、どんな基準をもってしても〝老人〟の部類には入らないわけです。実際我々の会員の半分はまだ普通に仕事をしている50歳から65歳の人達なのです。実際のところ、その目的からすれば、〝ミドルエイジ〟の雑誌ともいえるかもしれません。あまりその年齢にこだわりすぎると間違うでしょう。友達付き合いをみてごらんなさい。〝年齢〟以外のものがその基準となることもたくさんあるはずです。シルバーは今、その〝歳〟なんかでなく、〝どうやって生きるか〟を前向きに考えているのです。
── 最後に日本の広告主に向けて何かメッセージをお願いします。
我々は日本の製品の広告を歓迎します。まず、アメリカのシルバーマーケットの持つ大きな可能性に気付いていただきたいですね。前にもお話した通り、アメリカのシルバー層が新しい商品やサービスを好まないというのは事実ではありません。彼らはほかのグループと同じように、新しいものに対して興味を持っていて、それに飢えてさえいます。
特に、我々はたとえば家電製品の広告などを掲載したいと思います。最近の読者アンケートによれば、48%がVCR(ビデオ)を所有しており、電子レンジはさらに普及しているという数字がでているのです。ですから、日本の広告主に対しては、「モダン・マチュリティ」の読者はいつでも広告をお待ちしていますし、読者に届くような斬新で工夫された表現を期待していると申し上げたいですね。日本の広告主がその分野のリーダーとなることも可能であると思います。
撮影/小出信一
【久保元編集長 渾身の一冊を無料公開】
この記事が掲載されている久保元編集長 渾身の一冊をオンラインにて無料公開します。
『広告』1990年7・8月号 vol.281
特集「動き出すシルバーメディア」
▶ こちらよりご覧ください
※1990年7月15日発行 雑誌『広告』vol.281 特集「動き出すシルバーメディア」より転載。記事内容はすべて発行当時のものです。