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53 文化的遺伝子は自由に繁殖したがる

ミームという言葉がある。これは、自分の脳内から他人の脳内へと伝達可能なひとまとまりの情報を指す。習慣や技能、物語といった文化的な情報が、ある項目として人の脳に保存されるときの一単位、それがミームだ。これは、1976年に発表されたリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』(紀伊國屋書店)のなかで、初めて「文化的遺伝子(ミーム)」という概念として提示された。

ミームがヒトの脳から別のヒトの脳へ伝達されていく、そのプロセスを進化のアルゴリズムという観点で分析するためにこの概念は考案された。基本的に保守的でありながら、増殖の過程である種の進化を生じるという点で、文化的伝達は遺伝的伝達と類似している。そもそも、遺伝子の特性は何かとひと言で述べるのであれば、それは「自己複製子」だということになるが、この世界に存在する「自己複製子」のメンバーが必ずしも遺伝子のみであるとは限らない。新たに地球上に発生した新種の自己複製子、人間の文化というスープのなかで進化を続けるそれを、ドーキンスは「模倣」に相当するギリシャ語の語源mimemeから、「meme(ミーム)」と名づけた。ミームは、模倣と呼ばれる過程を媒介として、脳から脳へと自己を複製して渡り歩く新たな自己複製子というわけである。この概念は爆発的に、それこそミームとして拡散、浸透し、様々な論考を生み出すこととなった。

ミームはたとえばどんなものを指すのか。『利己的な遺伝子』には、「旋律や観念、キャッチフレーズ、衣服のファッション、壺のつくり方、あるいはアーチの建造法などはいずれもミームの例である」とある。壺のつくり方やアーチの建造法と聞くと疑問を感じるかもしれないが、Twitterで流行っている「簡単レンジ調理パスタのレシピ」や、Instagramでシェアされる「日用品をインスタ映えさせるちょっとしたアレンジのコツ」のようなものに置き換えてみるとわかりやすい。

また、ミームにはもうひとつ大きな特徴がある。それは都市伝説のようにその概略だけが人々の話のなかで複製され続けていくうちに、同じミームであってもディテールが変化していくという点だ。たとえば有名なミームで、「プードルを電子レンジで乾かそうとして悲惨な結末に至ったアメリカ人女性が、プードルを電子レンジで乾かしてはいけないという警告をしていなかったことに対してメーカーを訴え、勝訴した」という逸話があるが、この話の「プードル」は話者によって、「チワワ」であったり「猫」であったりと様々な変化が見られるという。ここには、その動物が何であるかはそのミームにとっては重要な点ではなく、そのミームがより人に伝播しやすい、影響を与えやすい形となるよう、細部が勝手に変化していく、という、複製と伝播の過程のなかで変質・進化する性質が見られる。

さて、ここであらためてこの「ミーム」の概念から考えてみたいのは、文化というものは、そもそも「模倣」を前提としていたのではないかという視点だ。もし、文化に、そのありのままの挙動として「模倣されながら伝播する性質」が根源的に組み込まれているのだとしたら。遺伝子に類似した自己複製子であるミームの振る舞い、それが仮に「自己複製子」として「大きな意味」で意思のようなものを持っていたのであれば、それは原初から持ち得た欲望として、「模倣されたがる」……どころか、むしろその性質を種の存続のための前提としていたのではないだろうか。

「複製」や「模倣」を制限し、「模倣=悪」であるとするような現代の著作権的な思想と価値観とは真逆の振る舞いが、そもそも「文化」というもの自体の根本的な前提条件となっているのだとしたら?
ミームは本来的には文化のスープのなかで自在に泳ぎ回り、模倣をとおして複製され、繁殖し、進化したいという強い欲望を持っている。ミームの立場から著作権を見てみると、それはある種の繁殖抑制、「コンドーム」のような役割として機能している、つまり「本来文化が持っているはずの、ありのままの自然な振る舞いを恣意的に制約している存在」と考えることはできないだろうか。

著作権法「以前」の時代

ミームが自在に振る舞っていた時代、つまり著作権法「以前」のことについて考えてみたい。いまよりも1,000年以上前、この時期は、全世界的に文化と宗教の拡散が加速した時代だった。
たとえば中国文化と日本文化の関係を見てみると、中国は遣隋使や遣唐使などを通じて、現代の価値観から見るとかなり鷹揚に(あるいは他国へ優位的立場をとるための権力を示すツールとして非常に積極的に)宝物類を含む自国の文化資産を近隣諸国へ下賜するという戦略を取っていた。この価値観は、対日本に限らず、朝鮮半島やシルクロードなど、周辺のアジア各地にも色濃い影響を未だに残している。
仏教をはじめ、干支や方角、そして立春や春分などの年中行事。養蚕も含めた織物技術、箸や茶などの食生活。神社仏閣を中心とした建築様式、漢字をはじめとする文字、音楽、絵画……、挙げていけばきりがないほどあらゆる種目で、中国から伝来されたことにより日本に根づいた文化は多岐にわたる。これらは現代に至ってもなおわれらの無意識にまですりこまれ、結果的に、いわば中国に文化的侵略をされた状態と言えるほどにまで深く定着を果たしている。そして、中国文化は日本に浸透したあともまた、この国のなかで独自の進化を遂げ、発展を続けることとなった。

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