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『広告』虚実特集号の制作裏話

グラフィックデザイナー 上西祐理 × 加瀬透 × 牧寿次郎 × ARクリエイター 北千住デザイン
『広告』流通特集号イベントレポート

3月1日に発売された雑誌『広告』虚実特集号にかかわりの深い方々をお招きし、オンラインでのトークイベントを開催しました。今回は、4月4日に『広告』編集部が主催して行なったイベントレポートをお届けします。『広告』の装丁デザインを担当する3人のグラフィックデザイナー、上西祐理さん、加瀬透さん、牧寿次郎さんと、『広告』虚実特集号の特別企画としてAR体験アプリを開発したARクリエイターの北千住デザインを迎え、『広告』虚実特集号の装丁や特別企画がどのようにつくられていったのか、完成にいたるまでの苦悩や迷走も含めた制作の裏側について振り返っていただきました。

「虚実」という概念的なテーマに向き合う

小野:僕が広告の編集長に就任したのが2019年。全体テーマを「いいものをつくる、とは何か?」と掲げ、リニューアル創刊号は「価値」、2号目は「著作」、3号目は「流通」、そして2022年3月1日に発売した4号目は「虚実」という特集でお届けをしてきました。本日は「『広告』虚実特集号の制作裏話」と題し、これまでとは違う仕掛けを施した虚実特集号の装丁がどのようにしてつくられたのか、全ページで異なるARが体験できる特別企画がいかにして生まれたのかを、ゲストのみなさんといっしょにお話していきたいと思います。お迎えしたのは、リニューアル創刊号からデザインを担当してくれているグラフィックデザイナーの上西祐理さん、加瀬透さん、牧寿次郎さんと、今回ARを担当してくれたARクリエイターの北千住デザインさんです。

まずは上西さん、加瀬さん、牧さんのお三方にお聞きしたいのですが、虚実特集号が動き出した頃のことは覚えていますか? メモを見返すと、虚実特集号の最初の打ち合わせが2021年7月8日でした。もう9カ月も前になりますが……。

上西:リニューアル創刊号の打ち合わせの時点で、すでに「虚実」を特集することは話していたので、流通号の次は虚実号なんだということは各々認識していたと思います。ただ「虚実」というのは非常に概念的なテーマですよね。どんな方向にも展開できるということもあり、話し合いにすごく時間をかけた覚えがあります。

加瀬:上西さんが言うように、「虚実」は概念であるからこそ、いろいろな切り口が考えられます。だからこそ、それをどう形にしていくか、何度も打ち合わせを重ねました。って、同じことを言っていますね(笑)。

牧:ふたりと同じことを言わないとすると(笑)。「虚実」は二項対立の構図があるので、「虚」と「実」を示していけばいいんじゃないかと、流通号の打ち合わせのときに話していましたよね。だから難儀した流通号に比べて、虚実号はスムーズに進行するんじゃないかと思っていたら、とても大変だったんですけど……。

上西:当初は二項対立かと思っていたけれど、みんなで話し合いを進めるうちに、「どっちが『虚』でどっちが『実』なんだ」とわからなくなり、どんどん深みにハマっていきましたよね(笑)。意味を定義しすぎてしまうことに、あらがう思いなどもあって。

加瀬:アプリオリなものでないと全員が納得しないということは、初期の段階から見えていたんです。要は人によって受け取る感覚が異なるところへ表現が向かうと、意見としてまとまらない。全員が生得的に経験しうるものだとしたら、合意に至ることはわかっていたものの、そこから先が長かった。

牧:「『虚』だと思ったら『実』だった」、あるいは「『実』だと思ったら『虚』だった」というのを越えたところまでいきたいよねと小野さんが言った頃から、仕組みづくりの話をしていった気がします。

小野:アイデアとしては1〜2回めの打ち合わせのときからいろいろ出てましたよね。たとえば、「発売元:電通」と表記する、偽の記事を入れ込む、コンクリートのような本や木のような本など何かに擬態させる、「よくないものをよく見せる」という広告の在り方に問題提起をするとか。

上西:ほかにも、雑誌『広告』はわりと書籍寄りのレイアウトなので、今回はあえて雑誌的なフォーマットにのっとってみる、というアイデアもありました。ただ、たくさんのアイデアが出るなかで、これまでにやった「価値」や「著作」の特集のほうがしっくりくる表現になってしまうのではないか、という議論もありました。「よくないものをよく見せる」などは「価値」っぽいのでは? といった具合に。「虚実」はあらゆる要素と隣接しているので、表現に落とし込むのが難しいと話していました。そんななか、加瀬さんが2015年にSNSで話題になった、「白と金のドレスまたは青と黒のドレスに見える写真」のことを取り上げ、話が一歩先へ進んだ気がします。

小野:そうそう。ある人にとっては片方が「実」でもう片方が「虚」であり、別の人にとってはその逆である。「虚実」とは「虚」と「実」を明確に切り分けられるものではなく、行ったり来たり“ぐるぐる”するものなのではないか、という捉え方をするようになっていきましたね。

上西:認識によって「虚」と「実」は分かれるけれど、どちらかが「悪」でどちらかが「善」、と見えるのだけは避けたかった。だからこそ、落としどころが余計に難しくて。

小野:議論を進めるうちに、「虚」と「実」を分解した二項対立で考えるよりも、混ざり合って作用し合う「化合物」と捉えていこうとなっていったんです。場合によっては曖昧になってしまうものが「虚実」だよねと。実際に記事を制作していく過程においても、嘘と本当で分けるよりも、“ぐるぐる”する感じにしたいと思っていたのもありました。そんななかで「本のような本」というキーワードが出てきましたね。

牧:インテリアショップなどにある「本のような箱」、いわゆるダミーブックから着想を得たアイデアですよね。そこから飛躍して、一見すると「本のような箱」なんだけれど、よく見たら実はちゃんと読めるという、「本のような箱のような本」。この「実だと思ったら虚だった。と思ったらやっぱり実だった」という二段階以上の展開があるとよさそうだと。

牧さん


加瀬:
ほかにも「レンチキュラーかと思ったら、レンチキュラーではなかった」とかね。

小野:そうそう。レンチキュラーは表紙を見る角度によって絵が変わる特殊な印刷物のことなのですが、これを使って表紙をつくったように見せて、実際はレンチキュラー風のふつうの印刷だったといった話ですよね。これは虚でこれは実みたいに単純化するのではなく、複雑で曖昧な状況を感じられる方が「虚実」というテーマにふさわしいのではないかと、話をしていきましたね。そこからなかなか出口が見つからない時期になっていったと思うんです。

上西:アイデアは出るし、どの案も悪くはないんだけれど、「果たしてこれでいいのか?」という雰囲気でしたね。だから粘らざるをえなかったというか。雑誌『広告』では、装丁のデザインに加え、販売の方法や書店での見え方なども並行して考えていくので、ゴールが見えなかった部分もあります。装丁はいいけれど、どういう仕掛けができるんだろうと、その逆もまた然りで。

加瀬:「これかもしれない」という道を進んでいくと行き止まりがあり、合格点を超えるアイデアが出てこないという期間が長かったですね。

小野:「色眼鏡」というキーワードも大事だったなと感じています。僕たちは世の中を何らかの色眼鏡で見ていて、たとえそれを自覚し、色眼鏡を外したとしても、まだ別の色眼鏡が残っているんじゃないか。さらに僕とみんなも違う眼鏡で世の中を見ているので、起きている現実の受け止め方も若干異なるはず。こういうことはあるよねと。

つまり「虚実」であることを認識し、嘘と真実を区分けできるくらいメタ認知をしたとしても、結局はみんなそれぞれの色眼鏡をかけている。だから「虚実」とは、“ぐるぐる”していくことなんだなと思ったんです。

ネット画像の認識が「虚実」を考える入り口に

小野:このような議論と思索を経てたどり着いたのが、「黒い背景に置かれた白い本」の写真を表紙に用いることでした。この表紙の写真を「『広告』虚実特集号の書影」としてうたい、発売3週間前の2月8日から情報を発信しました。

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『広告』虚実特集号の書影(撮影:伊丹豪)

noteやSNS、店頭ポスターやチラシ、交通広告やオンライン広告などで告知と予約販売を実施し、「最新号は白い本なんだな」と認識してもらう。そして実際に店頭に並んだり、予約してくれた方の手元に届くのは、ある意味書影そのままの本。「黒い背景に置かれた白い本の写真がそのまま表紙になっている」という仕掛けを施したんですね。

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『広告』虚実特集号の実際の装丁(撮影:伊丹豪)

「白い本だと思っていたら、白い本が写っている写真だった」という、どこか狐に化かされたような体験を通じ、「虚実」について考えてもらう入り口になれば、というのが狙いでした。

僕らはこの仕掛けを「ネット画像案」と呼んでいました。ネットで得た情報をもとに会話をしたり、それが真実かのように話すことは多々あると思うんです。今回の装丁では、それと同じ状況をつくって、実物を見てみたら「思っていたのとは違うけれども、嘘ではなかった」となる体験をつくるというのが今回のポイントでした。

メモによるとネット画像案が出たのが8月で、最終的にこの案で進めることを決定したのが10月下旬でした。ここからは、「ネット画像案のアイデアが出てからもめちゃくちゃ苦労したよね」という話をしていければと思います。まず、ネット画像案が出たのは、どんな状況のときでしたっけ?

加瀬:オンラインで打ち合わせをしているとき、たくさん案が出たなかで、小野さんが「これは?」と言ったアイデアだったかなと記憶しています。

小野:そうだ、確か上西さんの案を僕が誤解したまま、「めっちゃいいじゃん!」と言った気がします(笑)。僕が誤解をしていることに上西さんは気づいていなくて、最初は話が噛み合わなかったんですけど。

上西:私が「ポジティブな勘違いをさせたい」と言ったんですよね。たとえば「大きな本かと思っていたら、小さい本だった」というネガティブな勘違いではなくて。その流れで「写真は勘違いをするよね」という話になったのだと思います。写真と実物だと、違う形に見えるものってあるから。

小野:ある角度で撮影すればふつうの長方形の本に見える「台形の本」をつくるのはどうか、という錯視を利用した案のスケッチを上西さんが描いてくれて、僕はそのスケッチを見たときに「写真の状態のままの表紙」という風に受け取ったんですよね。

上西:「台形だと思わせた本が普通の形だった」という話をして、「それおもしろいね」となったものの、そこから「表紙でどんな勘違いを生むのか」という話し合いになったんです。それで発売前にネットなどで画像を見せなければ誤解自体が生まれない、まず初めに刷り込みの認識をつくらないといけない、という議論に進んでいきました。

この案を採用するのなら、ネット販売のルートはいけそうだけど、書店で初めて本を目にする人にとっては、こちらが意図する勘違いが生まれない可能性が高い。だからこの案は活かせないのでは? とつまずいて、同時にレンチキュラー案も走らせていましたよね。

加瀬:うん、両方走らせていた。ネット画像案はタッチポイントが限定的だから、どうしようって。でもある打ち合わせの帰り道、電車のなかで牧さんが「電車広告を打てばいいんじゃない?」とポロっと話したんですよ。すべての人に周知させるのは難しいけれど、タッチポイントは単純に広告を打つことで増えるだろうと。

牧:虚実号では、雑誌『広告』として初めて広告を打ったんですよね。

小野:そうですね。価値号から流通号までは、販売のための広告は打っていません。虚実号で初めての試みとなったのが予約販売とその広告。事前に画像で書影を認知してもらい、その認知をもって購入をしてもらうという流れをつくるためです。赤坂駅、表参道、汐留駅、中目黒駅、下北沢駅での交通広告やSNSなどでのオンラインアド、さらに書影を掲載したポスターを制作して書店での予約販売も行ないました。書影を使った告知を前提とすれば、ネット画像案はありなのではという話になっていったんです。

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(上)大江戸線汐留駅の駅貼り広告(下)京王線下北沢駅の駅貼り広告(撮影:藤田明弓)

上西:そこからまた議論が再燃したんですよ。「本のような本」というキーワードが改めて浮上し、「想像していた本と違う本が届いた」という状況を生み出すために、どういう本がビジュアル化されていたらインパクトがあるのかと。もともと「白い本」という案も打ち合わせの初めのほうで出ていたんですが、コンクリートのような本や、液体みたいなありえない本が画像になっていたらどうだろうとか。そんななか、加瀬さんが「イデア」という言葉を使っていて、「本のイデア」は何かという話になったんです。

加瀬:言ってないですよ(笑)。「本のイデア」っていうのは小野さんが言いはじめたんですよ。

小野:あれ? 僕でしたっけ(笑)。ちょっと補足をすると、イデアというのは肉眼に見える形ではなく「ものごとの真の姿」を意味するプラトン哲学の用語です。僕らはイデアを「みんなの共通認識」と解釈して、それを形にできればと話をしていました。

案としては、砂やガラス、透明の本をビジュアル化するといった案もありましたね。あと真っ黒な本や何も写っていないなんていうのもありました。この写真に写っている本がどうあるべきかというなかで、なぜこの「黒い背景に置かれた白い本」に決まったか、についてですが……。

加瀬:ここが決まらなかったですよね。なんでも代入できちゃうから。なんでこの案になったんでしたっけ?

牧:「雑誌『広告』が『虚実』をテーマにしたら、こんな装丁になりそう」と、受け手に思われそうなデザインを考えていきましたよね。ネット画像として認知を促すために、雑誌『広告』っぽいと思われそうな見え方を探った結果、この案になったんですよね。

小野:「虚実」をどう捉えるかと思索を巡らせるなかで、「虚実の捉え方のステレオタイプを提示しよう」という話をしたんですよね。そして、それを裏切る仕掛けを用意する。「虚実」は単純に捉えることができないからこそ、ちょっとシニカルなアプローチをしていった。「こういう本が発売されますよ」というミスリードをする対象となる本そのものが、虚実の典型的な表現でありたいというのがありましたよね。

上西:「白い本」がよさそうとなった決め手は、黒い背景で撮影する案が出たときですよね。

加瀬:そうそう。画像の四隅のキワを示すという意味でも。

上西:白い本を黒い背景に置くことで、白い本なのか黒い本なのかわからなくなっていく。完成した本は、表紙には白い本が載っているけど、写真の背景や本の小口は黒いから全体は黒っぽくて、でも、ページをめくると白い。だから、白い本とも黒い本とも言えないけど、どちらとも言える。そういう風に「黒でもないし、白でもない」「黒でもあるし、白でもある」といったような思考的に規定していない状態をつくれるのではないかと思って、この案がいいんじゃないかとなりましたよね。

上西さん


小野:
「いつかこの本を思い出したとき、黒い本か白い本、どちらの印象で思い出すのかな」と、ツイッターに書かれていました。この曖昧な感じはまさに、狙っていたところですよね。

ARの表現に虚実性を見出す

小野:ここからARの話に入っていければと思います。『広告』では、雑誌の要素のひとつとして何らかのビジュアルページを入れ込んできました。価値号では全記事に写真やイラストを、著作号では近年「写真の著作物性」に着目した作品を制作している美術家・原田裕規さんのアートワークを、流通号では世界中のSNSやニュース画像から集めた「コロナ禍の流通」にまつわる写真を掲載しています。

虚実号ではネット画像案を詰めていた2021年10月頭に、ビジュアルページの立ち位置として北千住デザインさんにお願いすることになりました。まずは僕らがなぜ北千住デザインさんに依頼したのか、その背景について話せればと思います。

加瀬:「虚実」とARは、親和性が高いんじゃないかという話はもともとあったんですよね。それでビジュアルページの打ち合わせをしていく段階で、僕のほうから北千住デザインさんを推薦させていただきました。北千住デザインさんは、日常が瓦解するような瞬間をARで表現されているイメージがあったんです。ARでもポケモンが現実世界にいるように見える! みたいな劇的な風景ではなく、日常の風景や認識が歪むような体験を作品として表現されているというか。その感覚が僕たちが話しているポイントと重なる気がしたんです。

小野:「虚実」がテーマであれば、ビジュアルは何でもありでした。偽物のページや空白のページを入れようとか、こんな写真家やアーティストに依頼しようとか、様々な案が出ました。その最初の頃から、北千住デザインさんの名前は挙がっていましたよね。

上西:拡張現実はすごく虚実性があるので、北千住デザインさんなら、ということでお願いした気がします。「全ページで異なるARが体験できたら理想だね」と私たちのなかで話をしていたら、本当にやってくださったという(笑)。

小野:僕らのなかではそう話していたけれど、北千住デザインさんに依頼するときには「全ページ」とは伝えてなかったんです。依頼したのが10月上旬、僕はその頃「発売は12月です」と言っていたので、さすがに全ページとはお願いできず……(笑)。実現可能なやり方を相談させてくださいと言いました。

北千住デザイン(以下、北千住):最初はこんな大変なことになるとは思っていなくて……。でも連絡をいただけて、純粋に嬉しかったですね。

北千住さん


小野:
お引き受けいただけるとなった時点で、検討中のネット画像案をお見せし、何ができるか考えてくださいとお話ししたんです。記事の数は20ちょっと、全部で数百ページありますよと。そこから約1週間後にデザインチームも含めて打ち合わせをしたのですが、その場で北千住デザインさんが「全ページやりましょう」と言ってくださったんです(笑)。なぜこの無茶な提案をしていただけたのでしょう?

北千住:雑誌でよく見るARは、だいたい1ページに対してそこにまつわる映像やキャラクターがちょっと出るくらいですよね。だけど今回は1冊の雑誌全体に対するARの体験です。雑誌にはページごとに記事が変わっていく特徴がありますから、ページをめくる体験に付随し、ARがどんどん変わっていくという体験ができたら、新しさにつながっていくはず。せっかく担当させていただくなら、という思いで「全ページ」と提案しました。

上西:北千住デザインさんにお願いしたときは、まだ最終的なページ数が決まっていなかったんですよね。

小野:200ページとお伝えしていましたが、実際は320ページに……。表紙と24の記事、記事以外のページなどを含め、合計161パターンのARをつくっていただきました。実際に制作されたご感想をお聞かせください。

北千住:すべてひとりで制作したので、クオリティとスケジュールのバランスをうまく調整するのは難しかったです。発売日が12月から3月になったので、それでなんとか完成できたというか。ですが記事を読みながら改めて考えると、「虚」のなかに「実」をARでつくっていたんだなという実感が湧いてきました。

小野:北千住デザインさんにARを制作していただいている過程では、デザインチームと内容の擦り合わせはほとんどしていないんです。ただ打ち合わせ初期の段階で北千住デザインさんからは、いつもの北千住デザインさんとはとは違う表現や、ほかのアーティストがつくったCGを取り入れる表現などもご提案いただきました。だけど僕らとしては普段、インスタグラムにアップされているような表現をしていただきたかった。北千住デザインさんが日頃から「虚実」を意識してARを制作されているわけではないとはいえ、僕らは北千住デザインさんの表現に虚実性を感じていたので、「あの表現をしてください」とお願いした記憶があります。

北千住:インスタグラムにアップしていてよかったなと思いました(笑)。過去の作品の集積があったので、それを引用しつつ完成までもっていった感じです。

上西:途中段階で見させていただいたときは、デザインチームのみんなで小野さんのスマートフォンの奪い合いになりましたよね(笑)。「ホントにできてる!」って。

牧:専用のアプリケーションをダウンロードして、誌面のマーカーとバーコードをカメラでスキャンすると、ARが表示される仕組みなんですよね。以前、北千住デザインさんがつくった別のアプリ(※1)をみんなで使ったときも、すごく楽しかったので、それが今回も味わえるようなものになってよかった。

上西:読者の方も楽しんでくれたのかな?

小野:楽しんでくれていると思いますよ。鹿児島にある「OWL」さんという雑貨店で開催した展示では、その場でARを体験できる構成にしたのですが、お客さまからもすごく好評だったそうです。

細部にまで意味のあるデザインを

上西:われわれも読者の方にARを体験してほしい思いが強かったので、表紙をめくった1ページ目に大きくQRコードを入れたんです。

牧:マーカーの入れ方は難航しましたよね。

北千住:技術的なことを言うと、ARのマーカーはあまり数が登録できないんです。この本は300ページ以上あるので、それぞれに違うマーカーが使用できない問題がありました。そこで今回、マーカーの隣にバーコードを置き、そのバーコードを読み込むことで、ページ数を認識できるというテクニックを用いているんです。だからページごとにマーカーとバーコードの両方が入っている。だけどもし印刷後にマーカーが読み込めないとなると、大変なことになるので、検証は非常に緊張しましたね。

小野:マーカー問題、ありましたね。バーコードは北千住デザインさんが提供してくださるから問題ない、だけどマーカーをどうしようかと。データマトリックスという2次元コードのマーカーにすることで決着はつきましたが、苦労しましたね。北千住デザインさんから「8ドット×何ドットがよさそう」とご連絡いただき、検証に検証を重ねて。

牧:ただの無意味なドットよりも、何か意味や必然性があるほうがいいだろうなと。でもその答えが全然見つからなくて。

小野:マーカーリサーチをしていくうちに、いろいろなコードが世の中にはあるんだと僕らも知ったんです。そのうちのひとつが、データマトリックス。つくり方をネットで調べ、北千住デザインさんに試してもらったら「いける!」ってなったんですよね。

データマトリックスに対応するコードリーダーで読み込めば、右ページは「Right」、左ページは「Left」、各記事の扉ページは「Title」と表示されるんです。牧さんが言っていたように意味を持たせることにこだわっていきました。

牧:どうでもいいと言えばどうでもいいことなんだけど、データマトリックスを発見したときに、これだ! となりました。途中、小野さんが痺れを切らして、「今週の打ち合わせで決まらなかったら、この適当なやつでいきます」となったり(笑)。

小野:僕、泣きそうになってましたよ(笑)。スケジュールのこともあるから、ここで詰まるとまずいと……。

上西:私としては主張しすぎないのであれば、どんなマーカーでもいいと思っていたけど(笑)。

牧:何でもいいんだけど、全ページに入るものだから……。

小野:たしかに全ページに掲載するとなると、強い圧になりますよね……。今回、小口の黒を強調するために、各ページにグラデーションの枠を入れているんですね。このグラデーションの濃度や足の長さも検証を繰り返していましたよね。やはり全ページにわたるものなので、嫌な感じにならないようにしたいというデザインチームのこだわりを感じました。北千住デザインさんは完成した本を見て、どのような感想を抱きましたか?

北千住:マーカーがきちんと読み込めたので、まずは御の字でした(笑)。あとプロダクトとしてカッコいいなと感じましたね。

小野:印刷をしたら修正がきかないので、マーカーの読み込みに関しては北千住デザインさんとは密にやりとりをしましたよね。何度も何度も、細かく確認していただいて。

「虚」と「実」を行き来するなかにあるおもしろさ

北千住:今日みなさんのお話を聞き、このスマートなデザインは長い話し合いと葛藤のうえに成り立っているんだなと知れ、改めてすごいなと思いました。僕は頭を使うというより、手グセで制作を進めていく感じだったかもしれません。

加瀬:デザインチームは複数人いるので、意見をまとめる作業も発生します。ゆえに削ぎ落とすというか、余剰があまりない状態になりがちですよね。そこにARのような、ある種の「遊び」のある表現があることで、この本のキューっとした印象に、柔らかさや広がりが加わったように感じています。

上西:「スマート」とは、北千住デザインさんがよく言ってくださっているんだなと思います。悪い言い方をすると、雑誌『広告』のデザインは「つまらない」と見られてしまう可能性をはらんでいるというのは、われわれも認識をしているんですね。

加瀬さんが言ったように、デザインチームのみんなが「よし」としたものだけで進めていくと、どうしてもこういう形に落ち着いていきます。だからビジュアルページが入ることは、非常に重要で。しかも「虚実」をテーマにすると、糾弾的になるのではないかという恐れもありました。「虚」という文字がもつネガティブなイメージに寄らず、ミニマムな雑誌に「楽しさ」が印象付けられたのは、北千住デザインさんのARの力だなと感じています。「虚」は怖いものではないどころか、楽しくもある。「白い本が出てきた!」とか、「ページがどんどんめくれていく!」とか、エンターテイメントとしていい体験を提供できる本にしていただけたのが、すごくよかったなと。

北千住:僕は根が技術者なので、「虚」のなかに「実」をつくることに対し、どう表現していくかにこだわっているんです。たとえば物陰に隠れると物体の半分が見えなくなる、オクルージョンという状況があるんですね。それがないと、物体がそこに存在しているというよりも、カメラの画像のレイヤーが分離しているように見えてしまう。そんな風に脳が勝手に認知してしまう「虚実」のコントロールを、自分はいつも意識していたんだなと改めて気づきました。クオリティを上げるとは、「実」をどれだけ感じてもらえるかということ。今回の制作を通じ、こういった考えを自分自身で認識できるようになったのだと思います。

小野:なるほど。ARで表現されるものは実態として存在していないので「虚」と呼んでいましたが、別の切り口での虚実性もあるということですよね。「虚」と「実」が“ぐるぐる”になっているのは、ここにもあったんだなと、北千住デザインさんのお話を聞いて思いました。

牧:北千住デザインさんはリアルに見せることより、バグなどの意外性におもしろさを見出している視点も感じます。

北千住:そうですね。バグのような“クソCG”であっても、そこに存在しているように錯覚してしまうおもしろさはあります。リアリティばかりを追求すると、現実と区別がつかない状況になっていく。それは表現として退屈だなと思う部分もあるんです。せっかくCGを使っているのだから、現実を真似るよりも、CGらしさをむきだしにしたほうが、表現の幅も広がるなと感じていて。クソCGっぽいものと実写が組み合わさったときの異様さがおもしろいんですよ。その異様さをいかにして表現するかが、僕の快感でもあるので(笑)。

加瀬:僕は北千住デザインさんの表現が、すごく好きなんです。コンピューター特有のおもしろさが出てくる瞬間に、目を向けていらっしゃるというか。感覚的に共感させていただいていた理由が、いまのお話を聞いてわかりました。

加瀬さん


フラットな関係性でつくる“耐久性のあるデザイン”

小野:このあたりで質疑応答の時間に入りたいと思います。まず僕から質問を。産みの苦しみがあったかと思いますが、虚実号をデザインされてみていかがでしたか?

上西:今回はとくに苦しかったですね……。加瀬さんや牧さんがうなずいている様子も、ぜひ映してください(笑)。なんというか、概念になればなるほど難しく。規定してしまう怖さがありつつ、それでも形にしてお届けしなければならなかったので、何がふさわしいのかすごく悩みました。完成した本も、どこかいびつな存在で。でもよく分からない存在を生み出せる楽しさが、この仕事にはあるんだなと感じましたね。

全体


小野:
確かに、哲学の権威をゆらがせたソーカル事件のようなことを起こせないか、天動説から地動説への転換のような価値観をゆらがせるようなことができないか、といった話はしていましたね。「虚実」について考えていけばいくほどに、世の中やものをどう認識していくかという思考になっていくので。この本を通じ、そんな一端を体験していただければいいなと思っています。

加瀬:雑誌『広告』って、クリシェにどう向き合うかということが毎回あるじゃないですか。今回もそういったなかで工夫を重ねて頑張った1冊になったのかなと。

牧:ネット画像案や交通広告を使い、『広告』という名前どおりの見せ方になりましたよね、結果的に。

上西:前半の話に戻りますけど、みんな白い本が届くって思ってくれていたんですかね?

小野:そこなんですよね。僕は発売前にいろんな人に書影をメールとかで送っていて、「次は白い本なんだね」と言われたら「しめしめ」って思っていたんです(笑)。だけど「雑誌『広告』だから、何か仕掛けがあるだろう」って目で見ていた方もいただろうなと。

加瀬:それこそ色眼鏡ですよね。

小野:そうそう。雑誌『広告』を知らない方はおもしろがってくれるけれど、雑誌『広告』を知っている人はどこか構えている部分は多少なりともあるので。後者に対し、おもしろさを提示できたのかは気になりますよね。ではいま届いた次の質問へ。「毎号、テーマはどのように決めているのですか?」。

これは僕が雑誌『広告』の編集長になり、リニューアル創刊号である価値号をやる時点で、テーマはすべて出ていました。「価値」、「著作」、「流通」、「虚実」のように、漢字2文字でいくことも決めていたんです。『広告』という雑誌名を変える以外は、何をやってもいい雑誌ではあるのですが、「広告」のど真ん中を扱わないにしろ、あまりにも広告とかけ離れた特集だとわけがわからなくなってしまう。広告に関連しつつ、全体テーマである「いいものをつくる、とは何か?」を考える特集になっています。

「価値」は広告においても付加価値は大事ですし、「著作」は広告の制作でオリジナリティは考えなければいけないこと、「虚実」はまさに広告のたまものですよね。「CMでタレントがお酒を飲んでおいしいと言っているけれど、本当においしいと思っているのだろうか?」、「毎日使っていますと言っているけれど、本当に毎日使っているのか?」など、虚実が垣間見られる業界でもあるので、「虚実」は積極的にやりたいテーマでもありました。僕自身、広告会社の人間なので、広告に携わる人間として考えるべきであろうテーマを設定しています。では次の質問。「虚実号はドイツ装なのですか?」。ドイツ装は表紙と裏表紙に厚紙を用いる製本のことを言うのですが、この本は?

上西:真っ黒な立体物にみえるように、表紙の裏に厚いボール紙を貼り、表紙の紙を背表紙まで延長させてくるんでいるんですよね。裏表紙にも厚紙を付けると、ページがめくりづらくなってしまったので、厚紙を表紙のみに付けることでめくりづらさを解消させています。

小野:ドイツ装と並製本の間のようなものですかね。篠原紙工の篠原さんに相談しつつ、試作を重ねた結果、この形となりました。では続いてのメッセージへ。「フラットな関係でものづくりをされていることが素敵だなと思いました」とあります。僕から「こういう方向でいきましょう」とディレクションすることもないので、関係性はフラットですよね。

上西:小野さんは編集長ではあるけれど、そんな小野さんを含めてフラットですね。

小野:これだけおもしろいメンバーでやっているので、みんなの意見を尊重しつつ、みんなが嫌でないスタンスでやるのがすごく楽しいんですよ。「これは嫌だ」というところがあれば、丁寧に議論をして、納得するものをつくり出す。各々が嫌だと思うポイントがそこかしこにあるので、そういったものはそぎ落とされ、めちゃくちゃスマートなものになっているのかもしれませんけどね。普遍的とまではいかずとも、耐久性のあるデザインになっていると思います。

上西:こんなにディスカッションを重ねる仕事も、同業が同じプロジェクトに同じくらいのボリュームで取り組む仕事も、なかなかないですよね。みんなの考え方の違いもすごくおもしろいですし、学びも多い。贅沢な仕事をさせていただいているなと思っています。

小野:すでにいい時間になってしまったので、最後にひとつだけ。虚実号の書影は写真家の伊丹豪さんにお願いしているのですが、なぜ伊丹さんだったかと言うと。

上西:書影をネット画像案と呼んでいたように、表紙の画像を見て、実物を誤解してもらうというところが起点にあったので、写真はとても重要なものでした。だから絶対に、CGではなく写真であるべきだと話していたんです。伊丹さんの作品は存じ上げていたので、伊丹さんなら「本のイデア」まで写していただけるはずだと考えました。

加瀬:伊丹さんはいろんなトライをしてくれましたよね。

小野:最初は白い本がソフトカバーだったのですが、画としての強さが弱いとなり、急遽、上製本をつくり、撮影し直しました。

牧:黒い本との差別化だったり、ソリッドな印象にしようということで、白い本は角背上製本にしたんですよね。ちなみにこの写真はどの部分にもピントがあっているんですが、それによって実写のような、CGのような印象に。

小野:トリミングも苦労しましたよね。黒い背景と白い本の割合も、細かく調整して……。ということで時間をオーバーしてしまいましたので、「『広告』虚実特集号のデザインの裏側」を終えたいと思います。本日はみなさん、ありがとうございました。


文:大森菜央

上西 祐理(うえにし ゆり) 
アートディレクター/ グラフィックデザイナー。1987年生まれ。東京都出身。2010年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業、同年電通入社。2022年に独立。 今までの仕事に、世界卓球2015 ポスター(テレビ東京)、LAFORET 2020 SUPRING SUMMER(LAFORET HARAJUKU)、FUTURE-EXPERIMENT.JP(docomo)など。趣味は旅と雪山登山。旅は現在42カ国達成。
加瀬 透(かせ とおる)
グラフィックデザイナー。1987年生まれ。2010年立教大学経営学部国際経営学科卒業。2011年桑沢デザイン研究所専攻デザイン科卒業。グラフィックデザインやエディトリアルデザイン等のデザインワーク、またグラフィックの「弱さ」を巡る制作を行ない、各種メディアへのコミッションワーク、展覧会等を行なう。近年の展覧会に『2つの窓辺』(CAGE GALLERY_2021)等。受賞歴にJAGDA新人賞2021等。torukase.com
牧 寿次郎(まき じゅうじろう) 
グラフィックデザイナー。1985年岡山県生まれ。武蔵野美術大学卒業。デザイン事務所などを経て、東京にてフリーランス。おもな仕事に、展覧会や演劇の告知物、本や雑誌、カレンダーなど。デザイン以前の段階から、企画、造形やレイアウト、印刷といったプロセスにおいて独自性を探る。
北千住デザイン(きたせんじゅでざいん)
プログラマー/ARクリエーター。近年はAR(拡張現実)の領域で活動中。主な活動としてiOSアプリのMEISAIやMEISAIΣの開発、展示ではAUDIO ARCHITECTURE展やMediaAmbitionTokyoへの出展など。http://kitasenjudesign.com/
脚注
※1……北千住デザイン・渡邊敬之さんが開発したARエフェクトアプリ「MEISAI[迷彩]」。アプリのダウンロードはこちら(iOSのみ/有料)


【関連記事】

今回のトークイベントでも触れている虚実特集号の装丁にまつわる仕掛けや全ページと連動したARについては以下の記事でも紹介しています。

【関連動画】

このトークイベントの動画は以下よりご覧いただけます。


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