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「より早く」「より安く」を追求する物流に未来はあるのか

物流コンサルタント 西尾浩紀 ×『広告』編集長 小野直紀
『広告』流通特集号イベントレポート

2月16日に発売された雑誌『広告』流通特集号。そのスピンオフ企画として、4月6日にオンラインでのトークイベントを開催しました。今回のゲストは、工具や部品の通販会社であるモノタロウの物流センター立ち上げを指揮し、現在株式会社CAPES代表として物流のコンサルティングを行なう西尾浩紀さん。物流業界に携わってきた西尾さんに、編集長・小野直紀が「『より早く』『より安く』を追求する物流に未来はあるのか」というテーマでお話を伺いました。

「物流をコンプリートしたい」気持ちでモノタロウに転職

小野:雑誌『広告』では、「いいものをつくる、とは何か?」を全体テーマにしてきましたが、つくるのと同じように「届ける」ことを考えるのも大切なのではないかということで、最新号では「流通」を特集しました。

流通特集号を取り扱っていただいている書店のひとつに「泊まれる雑誌マガザンキョウト」という京都の書店があるのですが、雑誌発売日の直前まで物流をテーマにした展示会を開かれていたんです。先日、この書店を訪れた際に店主の岩崎さんから、「物流でおもしろいことに取り組んでいる人がいる」と紹介してもらったのが西尾さんでした。

2015年頃から物流危機という言葉を頻繁に聞くようになりましたが、運送に携わるドライバー不足や配送の不備などが問題になったり、ヤマト運輸や佐川急便、郵政の配送料が上がったりと、様々な動きがありました。西尾さんはそんななか、まさに業界のど真ん中で物流に取り組んでこられた。そこで、ぜひ西尾さんに物流についてのお話を伺いたいということで、このイベントを企画しました。

まずは改めて、西尾さんのこれまでのキャリアを教えていただけますか?

西尾:関西の大学を卒業後、東京のショップチャンネルというテレビ通販の会社に入社したのが始まりです。当初は物流の仕事ではなく、データ分析をしたり、その結果をレポートにまとめていくような仕事をしていました。しかし、ひたすら数字と向き合うって、仕事の手触りのようなものが得られず苦しかったんです。それを人事に相談すると、通販における顧客とのタッチポイントでもある物流の仕事を経験してみてはどうかいうことで、物流部門に異動することになりました。

物流には、いろいろなレイヤーの仕事がありますが、私はまず「荷主」という立場で物流に携わっていました。お客さんからのオーダーをもとに、物流会社さんに対して作業の指示や進捗確認をするような仕事ですね。その後、物流とは違う部署に異動しましたが、物流のおもしろさが忘れられず、もっと物流にかかわりたいということで転職しました。

小野:ショップチャンネルのあとはどこに転職されたのですか?

西尾:コンサルティング会社のアビームコンサルティングでサプライチェーン関連部署に所属していました。その後、モノタロウに転職しています。アビームコンサルティングで2年ほどいろいろなお客様とかかわるうちに、「ロジスティクスをコンプリートしたい」という欲が芽生え、「国際物流を設計する仕事」か「物流センターの立ち上げ」に事業者側で主体的に取り組みたいと考えたのがきっかけです。それで、これまで物流で培ってきたことの集大成的な意味合いで、通販の物流センターの立ち上げができるところがないかと探した結果、縁あってモノタロウに入社することになりました。

日本を代表するEC事業者で経験した物流センターの立ち上げ

小野:モノタロウはどんな企業なんでしょうか?

西尾:ひと言でいうと間接資材通販の会社です。ネジ1本から自転車まで、ホームセンターで売っているようなものを通販で販売しています。大工さんのような事業主から利便性が評価されて伸びてきている会社ですね。

小野:そもそも、物流センターを立ち上げるには何から始めるのでしょう。

西尾:物流は販売をサポートするプロセスの一環なので、基本的には販売計画を実現するために物流がどうあるべきかを考えていく流れになります。向こう数年間の販売計画というのがまずあって、そこから物流の構想を立てていきます。たとえば、向こう3年で売上を2倍にしたいのであれば、物流の規模としてはキャパシティーが2倍必要になります。将来に向かってどういう販売計画を立てるのか、物流の能力を試算するところから始めます。

小野:モノタロウの物流センターはどれくらいの期間で立ち上げたんですか。

西尾:扱う荷量や導入する設備などによりますが、みなさんがイメージされるようなAmazonやアスクルのような大規模なセンター立ち上げの場合、物流センターの機能や役割、立地、設備・システム構成といった構想から考えます。検討を進めていくなかでいろんな業者さんとお会いしながらセンターを設計していき、最終的なテストを経て稼働させるので、早くて1年。じっくり時間をかけるなら1年半〜2年の時間をかけて立ち上げていくというケースもあります。

小野:モノタロウの物流センターはゼロスタートだったんですか。

西尾:入社したときは大きな兵庫県にメインの物流センターがひとつありまして、初めの何カ月間かはそこでモノタロウの物流を学びました。今後の売上拡大を見込むと東日本にも拠点が必要だという議論があり、私が東日本物流センターの立ち上げと、稼働後のセンターマネジメントを担当することになったんです。

小野:立ち上げにあたっては、どんなことを考えなければいけなかったのでしょうか。

西尾:いちばん大きなものは、会社としての物流費です。売上高に対してどれだけの物流費を許容するのか、目線を合わせる必要がありました。日本の場合、一般的に全業種・業態の売上高に対する物流費は約5%なんですが、こと通販に関していうと10%を超えています。

小野:なぜ通販は高くなるのでしょうか?

西尾:小口数の影響です。たとえばスーパーマーケットにジュースを届ける場合、1ケース単位でまとめて納品すればいい。でも通販では、数本という単位で個人宅それぞれに送り届けなければいけません。店舗に向けて商品を届けることを考える場合、1ケースを1回触るだけでいいのですが、通販の場合は何回もピッキングしなければいけませんし、何軒にも届けるという話になります。

物流センターの一連のプロセスを整理し自動化 

小野:Amazonなどの倉庫ではロボットが活躍していると聞きましたが、モノタロウの物流センターでもそうした技術を取り入れたのでしょうか。

西尾:そうですね。2015年当時は物流だけでなく、日本の労働人口そのものが縮小傾向にあり、今もその傾向は続いています。そのため、持続的な物流機能を実現させるためにはなるべく少ない人で作業できるようにしなければならないというのが、センター設計の大前提だったんです。

小野:実際に、どんなふうに自動化していったのでしょうか。

西尾:まず、入荷されたものを検品して保管する、注文に応じて商品をピッキングし検品する、それをパッキングして配送会社に渡すというセンターの一連のプロセスのなかで、自動化できるものはどこなのかを整理していきました。

自動化の実際の様子は、YouTubeで「モノタロウ 笠間」と調べていただくと動画が出てきます。

(動画を見ながら)作業場所のことを「ステーション」と呼びます。冒頭の映像の手前のほうにあるのが、注文があった商品をひたすら梱包する「梱包ステーション」です。

これが割と最近のトレンドで、いろいろな事業者が導入をしようとしているのですが、これまでピッキングの工程では、注文が入ると作業者がカートを押して、スーパーで買い物をするときのように、商品棚まで商品を取りにいっていました。しかしこの方法だと作業時間の60%以上は人が歩行をしているだけになります。その歩行の時間をゼロにするために、商品が入っている棚自体をロボットに運ばせるようにしました。ピッキングするスタッフさんがいるステーションめがけて棚が集まってくるような仕組みです。

自動でパッキングするステーションもあります。ふたをしていない状態の箱が設備のなかを通過すると、自動でふたをされるというものです。

こういったロボットをセンター立ち上げ当初に150〜160台、棚を4,000〜5,000ほど準備しました。

小野:物流センターの立ち上げにあたっていちばん苦労したことは何ですか?

西尾:人にかかわる部分が大変でした。当時、いろいろなセンターを見学させていただきましたが、従業員の方々がすごく気持ちよく挨拶してくれるセンターもあれば暗い雰囲気のセンターもあり、自分が何百人の労働環境をつくっていくにあたってこの差は何なのかなということをよく考えました。

自発的に働いてもらう、職場を誇りに思ってもらうにはどうすればいいだろうかということを、ひとりめの採用のときから意識していましたね。

小野:商品を仕入れて保管し、送り出すまでが物流センターの役割だと思うのですが、西尾さんは輸送に関する部分には携わっていたのでしょうか。

西尾:配送はプレイヤーが変わることが多いですね。たとえば、先ほど映したような設備を使って効率よく荷物をつくったあとは、ヤマト運輸さんや佐川急便さんといった配送業者に荷物をお渡しします。そうしたときに、バトンの受け渡しがスムーズにできるよう仕分け作業をします。

小野:センター長として物流センターを運営していくなかで苦労したことはありますか?

西尾:私は約1年半ほど自ら立ち上げたセンター長を務めましたが、先ほども申し上げたとおり、人に関する部分は悩みが尽きませんでした。もうひとつ、自動化の設備を導入すれば人は何もすることがないように思われますが、そうではなく、ロボットは文句も言わず働いてはくれますが突然不調を訴えてくることもあるので、そこをケアすることは運営において苦労するポイントでしたね。

心が豊かになる物流のあり方を模索する

小野:その後西尾さんは独立されていますが、どんなきっかけがあったのでしょうか。

西尾:当時、物流センターには多くの企業が見学に来られていました。先ほど動画で見ていただいたピッキングで棚を運んでくるような仕組みは、今でこそ多くの方に認知されていますが、当時はまだ一般的ではなく、どのように導入すればいいのかよく質問をされました。

そうやって見学をアテンドするうち、日本で物流クライシスが叫ばれており、物流においてこれだけ困っている人がいるなかで、自分にできることはもっとあるんじゃないかという意識が固まっていったんです。

小野:物流がポジティブになっていく仕組みを提供したかったということでしょうか。

西尾:そうですね。これだけ通販が便利になって、日本ではますますEC化率が伸びていく未来があるなかで、物流がボトルネックになってはいけないという思いがありました。

設備的な観点で作業を効率化するというところは、ほかの方よりも経験や知見があったので、それをわかりやすく提供することで、便利な社会の実現を妨げないような貢献がしたかったのです。

小野:物流センターでのロボットによる効率化や自動運転による配送など、テクノロジーによって物流を変革していこうという印象があるんですが、テクノロジーによる課題解決は「より早く」「より安く」を目指していると思うんですよね。

一方で、『広告』の流通特集号を制作するなかで感じていた問題意識のひとつが、たとえば小売業チェーンが「より安く」を追求し、さらにAmazonが「より早く」という概念を追求したことで、物流がパンクしはじめているのではないかということです。

「より安く」「より早く」を追求する物流業界に対して未来はあるのか、西尾さんご自身はどんな問題意識を持っていますか?

西尾:「より安く」「より早く」というのは、企業としてお客様に約束するひとつの要素として、今後も普遍的なニーズだと思います。ユーザーとして注文するときには配送料無料のほうがいいわけですし、注文している時点で今すぐ欲しいと思っているわけで、流通コストや流通時間がゼロになるほうがいいというのは揺るがない事実です。

一方で、「それ以外」の選択肢が許容されている世の中の方が、もっとおもしろいと思うんです。「より安く」「より早い」とは逆に、1万円出してもいいと思えるサービスとは何なのか。1カ月待ってでも嬉しい届け方とは何なのか。そういった「大喜利」がちゃんとできていない気がするんですね。

「より安く」「より早く」は当然しっかりやらないと、インフラとして機能しなくなってしまいます。しかし、それ以外の選択肢が提示されたときに、物流起点で「これはおもしろい!」と見え方が変わる世界もあるはずです。

私はいま、「より安く」「より早く」というインフラを維持することはもちろん、高くても遅くても、そのサービスによって心が豊かになる物流のあり方を模索しながら、世の中の選択肢として定着させることに心血を注いでいます。

海外ブランドの取り組みに見る、物流におけるサステナブル

小野:サステナブルという観点で見たときに、物流コストや時間をゼロにする取り組みによってたくさんのゆがみが起こっているように思います。もしかしたら2、30年後には全部自動化されてそういう問題は解消されるかもしれませんが、そこに至る過程においてオルタナティブな物流のあり方を発明しなければいけないのではないかと感じています。

物流だけでなく、販売も含む流通業で見たときに、製造業はGDP比の20%、流通業が18%(※1)で、比率としては大差ありません。それなのに、製造業はものづくりという名目で注目され守られようとしている一方で、流通業だけコストゼロの方向に向かっていることに違和感を感じているんですよね。

西尾:経営的にはコストをなるべく少なくして一定利益を上げるというのは正しいことです。そこに対して反論するつもりは毛頭ないんですけれども、これからはより、コストをかけるところはかける、削るところは削るということが求められるようになるのではないでしょうか。

特に、海外のスポーツブランドやラグジュアリーブランドと企業の物流について議論をすると、日本企業の物流に関する意識と大きく異なることに驚くことがあります。

日本企業で物流を設計していくときに、物流センターのなかにあるすべてのものは最安のものを選ぶのが正解とされるんです。現場で使うペンでも、ちょっとテンションの上がる500円のペンと、字は書けるけどすぐに壊れそうな80円のペンがあれば、500円のペンは却下されます。そういった判断のなかで物流センターが組み上がるとどうなると思いますか?

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現場で使われるような椅子は段ボールをひっくり返したような椅子だったり、ビールケースを何個か並べて机にしたり、創意工夫と言えば聞こえはいいですが、そういう価値観で物流をやっているのが日本企業なんです。段ボールをひっくり返したような椅子では快適に仕事ができませんので、一定数離職してしまう。それが人材不足に拍車をかけています。

海外のスポーツブランドやラグジュアリーブランドでは、物流はお客様に対してブランディングをする最終防衛地点だと考えているところが多いんです。安くやって欲しいというよりは、ブランドとしてそれでいいのか、働く人がベストなパフォーマンスを出せる構成になっているのかを軸にコミュニケーションしているんですね。安ければOKというカルチャーとはまるで違っていて、物流に携わっている人を含めてブランドエヴァンジェリストだというニュアンスで語られています。

私自身、物流は安く設計することが教科書どおりのセオリーだと認識していたので、物流をとおしてブランド体験をユーザーに提供していくという考え方は衝撃でした。つまりは、お金をかけるところはしっかりかける。一方で、何でもかんでも華美にすればいいというものではありません。日本で物流をやっている事業者さんは、そうしたマインドが希薄なんじゃないかという点を問題意識として感じています。

小野:どこにお金をかけるかを合理的、効率的に判断するなかで、無理が生じてサステナブルではない働き方をさせたり、その結果、離職率が高まったりブランドとして裏側をさらせない状況になってしまうのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

西尾:おっしゃるとおりですね。注文が入ってすぐ商品が届くということは、注文が入ったタイミングで働いている人がいるということです。「より早く」「より安く」を実現しようとすると、それだけ人への負荷がかかっていて、サステナブルではない働き方が生じてしまいます。「より早く」「より早く」とうたっているような会社の裏の実態が公になると、企業価値自体が毀損してしまいますよね。

最近では、サステナブルな意識が高い企業では、物流設計の要件のなかに持続可能な働き方を明示するなど、風向きが変わってきている部分もあります。顧客の利便性だけを追求するのではなく、企業活動の裏側にも目が向きはじめているのではないでしょうか。

小野:なるほど。慶應義塾大学で教鞭をとられている経済学者の大垣昌夫先生は、世界観や価値観が経済に及ぼす影響を研究されているのですが、「マーケティングは顧客との関係をよりよくするもの」だと言っています。それを聞いたときに、ひとつの視点として共同体という見方をするとおもしろいなと思いました。

生産者や調達先も共同体の一部だし、物流センターで働く人やトラックドライバーさんも共同体の一員になっている。そこには顧客も含まれるわけです。その共同体にとってよいあり方を考えていくことがマーケティングにおいて重要だと。

このように、主眼を「売る」に置くのではなく、どうすれば共同体がよりよくなるかを考えることがサステナブルにつながるのではないでしょうか。

西尾:これも海外のスポーツブランドの例なのですが、あるとき物流担当の方に「物流は誰かに褒められることもなく、怒られることもなく、モチベーションが上がりにくい業種ではないですか?」という話をしたんです。

するとその会社では、どんな人に商品が届けられているのかを物流部門にフィードバックする体制がとられていると言うんです。

たとえば、物流の現場の人たちがピッキングしたり梱包したりして届けた荷物がプロスポーツ選手の手に渡ったとき、営業さんがスポーツ選手といっしょに記念写真を撮って、物流部門にフィードバックするんです。「みなさんのおかげでプロの選手にもこうやってものが届けられるんですよ」と伝えていると。それを聞いて、ブランドを守るひとつの砦として物流部門を捉えているんだなと感じました。

小野:人をコストとしてカウントすると、どうしてもサステナブルではない方向に向いてしまいますね。物流危機で言われるトラックドライバー不足もそこに起因しているのではないかと思います。いかに低賃金で運ぶかというサービス競争が起こったとき、どうしても請負側が不利な状況になってしまいます。そして、労働環境が悪化してしまう。

「今日頼んだら今日届く」という便利な世界を実現するためには無理が生じているということを知っておかなければいけないし、生活者だけではなく、メーカーや通販事業者といった物流を活用する側の企業もそこに意識を向けていく必要があると思います。

物流をコストとして見るのではなく、価値として捉える

小野:雑誌『広告』の流通特集号でも物流施設の話取り上げた記事があります。物流施設を建築家の目から見るとどう捉えられるのか、物流空間の考察をした「58 物流空間試考」という記事なんですけれども、そのなかで今、物流施設がポジティブな存在になるような様々な取り組みがあることを知りました。

もともと物流センターはブラックボックスな倉庫であって、もののための空間だというイメージがあります。物流センターの意義をどう地域に還元するか考えたとき、たとえば太陽光発電で環境に配慮したり、施設を一般開放することで小学校などの教育につなげたりといったオープンにする取り組みをしていると聞いたのですが、こうした物流施設は増えているんですか。

西尾:そうですね。私は物流不動産の企業といっしょに仕事をする機会が多いのですが、ひと昔前は「蔵」とか「倉庫」という言われ方が一般的だったんです。そこから「物流センター」という言い方をするようになったことはひとつの大きな変化ですね。ものだけを保管していた薄暗い空間から、たくさんの人が集まり、設備を導入したことで、明るい環境に変わってきました。

物流センターと呼ばれるようになったのは20年くらい前だと思うんですが、そこから競争が起こりはじめたのが不動産の多様化につながってきているんだと思います。

この競争が発生している理由はふたつあると考えていて、ひとつは通販の需要が増えることで不動産のニーズが高まり、不動産プレイヤーが増えてきたこと、もうひとつは、事業者による現場スタッフの取り合いが起きはじめていることです。

施設に入居してもらう競争と、入居した企業で雇用を継続するための競争。ふたつの競争のなかで、どうすれば魅力的な施設に変わるのか、人が集まってきてくれるのか、各社が考えはじめたのです。託児所を設けたり、快適なカフェテリアをつけたり、物流施設にいろいろな付加価値をつけることで多様化が進んできていますね。

小野:物流業界で働く人たちにとってポジティブになるような取り組みには、ほかにどんなことがありますか?

西尾:そうですね。物流を自動化したいというご相談をたびたび受けますが、「物流を価値化しましょう」ということを啓蒙活動していかなければいけないと思っています。

設備投資をするとき、たとえば「人を何人減らせたら何年で回収できる」というふうに、人をコストとして見てしまう。それはそれでひとつの方法なのですが、反対に、「辞める人が半分になりました。そうすると採用コストをこれだけ抑えられます」といったことも計算してみましょうと伝えます。こういうふうに自動化が進んでいるのでうちのセンターで働いてみませんかといった、人事や採用からの観点をきちんと盛り込むのです。

物流をコストとして見るのではなく、価値として捉えたとき、御社にとってオリジナリティーのある価値の付け方は何ですか?と問いかけて、たとえば食品メーカーだったらどうか、別の企業さんだったらどうか、きちんとお話していきたいですね。

物流はホスピタリティ

小野:製造業においても物流においても、安さ以外の価値をどうつくっていくのかが重要ですね。

D2Cでは世界観を大切にしていて、ブランドのファンになってもらうことを重視しています。量販店で買えば3割引きになる商品でも、そのお店では定価で買う。それはお店がつくり出す世界観を居心地がいいと感じて、そこで買う体験も含めて買い物だと思っているからです。ただ安ければいいという価値の捉え方ではありません。

アメリカのペロトン(Peloton)というフィットネス器具のD2Cの会社があります。2〜30万円するような高級エアロバイクを売っていて、サブスクリプションで配信されるエクササイズ動画を見ながらいっしょに運動ができるんです。ペロトンではエアロバイクを配達する際、すぐに使用できるようにセットアップまでしてくれるのですが、そこまで含めてブランド体験を設計しています。

日本ではまだそうしたブランド体験はあまりないように思いますが、物流側でそんな動きはあるのでしょうか。

西尾:まさに今、私がサンタデリバリーという会社でやろうとしているサービスですね。企業さんのブランディングの手段として配送を価値化してもらい、顧客ロイヤリティを高めるサービスです。

配送を自社化する場合、ネットワークを全国に引かなければならず、とても投資が重くなります。しかし外の配送業者を使って画一的な方法で届けるとなると、自分たちのブランドや想いを届けきれない。そんな課題を感じている人が多くいます。そこをうまくすくい取り、ブランディングのご支援やマーケティングの延長としての配送という観点から、今年に入ってサービスをスタートしました。

日本では、配送はコストダウンしたいという文脈で語られるところが多く、配送を価値化して、どう企業のブランディングをしていくかという議論はまだまだ少ないように感じています。

小野:まえにIKEAで買い物をしたとき、IKEAのユニフォームを着たスタッフが商品を届けてくれたんです。ユニフォームを着た人が顧客との最後の接点まで届けてくれるのはいいなと思ったんですが、そのスタッフの対応があまりよくなくて逆に残念な気持ちになってしまって……実際にブランド名を背負ったユニフォームを着て運ぶ人は責任を負っているんだなと感じました。

あと、流通特集号の取り扱い書店でもある汽水空港という書店が鳥取にあって、通販で書籍を買うと、おまけの本や手紙、植物のタネも同封して送ってくれるんです。流通にプラスアルファの価値がついている。購入した商品とプラスアルファの価値がセットになって、そこで買ってよかったと記憶に残るブランド体験ですよね。

さっきおっしゃっていたサンタデリバリーについて、具体的に聞かせていただけますか?

西尾:サンタデリバリーはもともとCAPESで事業開発をしていましたが、ニーズがありそうだということと、世の中にインフラとしてしっかり装着されていく未来が必要だ、ということでCAPESとは分けて別法人化しました。

冒頭の話につながるのですが、たとえば歯ブラシや水などの生活必需品は「より安く」「より早く」という文脈で整理されていいと思うのですが、ちょっとしたプレゼントや、企業の創業記念の花など、法人・個人とも「安く早く」以外の手段で届けたいというシチュエーションが少なからずあると思っていたんです。

サンタデリバリーと名づけたのはサンタクロースを配達員のモチーフにしたからです。彼らは1年に1回しかプレゼントを配達しませんし、何時に来るかも言いません。自分たちでものを調達せず、動物に乗ってプレゼントを持ってくるだけですけれども、あれだけの豊かな世界観を体現していて、かつワクワクした世界でものを届けられるって素晴らしいことだなと思いました。

届けることの価値にもう1回フォーカスして、それを手段として捉えたときに、サンタデリバリーのサービスを使えば、企業が今までやろうとしてできなかったことを選択肢として増やすことができるかもしれません。

世の中にはいま、置き配のような“届けばいい”エッセンシャルな届け方と通常の宅配体験しかありません。それよりも上のレイヤーとして、ちょっとリッチな配達体験やプレミアムな配送体験が定着すると、届けるという行為をとおして豊かな世界が実現できるようになるのではないか。そんな考え方がサービスの根本にあります。

小野:青森の八戸市が運営している八戸ブックセンターという書店では、なかなか売れなくても「価値がある」と思われた本を扱うようにしているんだそうです。一般の書店さんだと取り扱わないような本も置いているということなのですが、量販型の大きな書店にもそういった側面がありますよね。ビジネス本や啓蒙本といった売れ筋の本を置いている一方で、専門書のようなマニアックな本も置いていて、その両方が揃っているところが大きい店舗の意義だと思うのですが、物流において今はそうなってはいない。利益になる部分だけを見て、そうではない文化的側面へのコミットはしていません。

一方で、時間どおりに届いたり、壊れずに届いたりといった部分は品質として評価すべきところですが、買う側では壊れず、時間どおりに届くことがあたりまえになってしまっています。僕ら自身がそれを品質だと思わない価値観になってしまっているんですね。いかに安く早く正確に届くかというエッセンシャルな部分とは違う価値のつくり方ができていないと感じます。

西尾:そうですね。ほんとうにそこに対する選択肢のなさについては、平べったい言い方ですが、おもしろくないと思います。送り主の心の機微ってたくさんあるはずで、誰かが誰かにものを贈るときのように、荷物の出元と届け先が違う場合は必ずしもエッセンシャルであることが最適解とは言えません。そこにもう少し選択肢を増やしていけるよう、自分にできることを考えています。

小野:生活必需品と嗜好品があるように、物流においても嗜好物流といったものであったり、メーカーのブランド価値を高めたり、受け取り体験がハッピーになったり、そういう選択肢が確かに少ないですよね。受け手もつくり手も、届けるという行為に対して無自覚というか。

西尾:発想の外にある世界だからではないでしょうか。選択肢が提示されて初めて考える世界ではないかなと思いますね。

小野:そうですね。僕はつくり手としても受け手としても、届けるということをサステナブルな観点から考えるようになってきましたが、そこに嗜好性があるというイメージはありませんでした。ヤマト運輸や佐川急便といった配送業者がそういうブランドをつくってもよいと思いますし、百貨店や通販会社と組んで付加価値を付けた届け方をするのもよいのではないでしょうか。

そうした、届けることの価値が変わっていく第一段階としては、先ほどの外資系のスポーツブランドやラグジュアリーブランドのように、そこで働く人たちがベストパフォーマンスを発揮して、彼ら自身がブランドのエバンジェリストになることがひとつ。もうひとつが、嗜好性のある物流をつくっていくこと。その両面がいっしょに動いていくことで、物流業界で働きたいと思う人が増えていくのではないでしょうか。

西尾:そうですね。物流はホスピタリティ、相手に対する気遣いが体現される場所だと思うんですね。梱包の仕方も、届け方も、相手に対してホスピタリティを提供するところに物流の本質があります。

コストを削るということは、相手に対する気持ちや丁寧に取り組む余裕をなくさせる行為です。箱を開けたときに雑に入っていたとか、配達した人の態度が横柄だったとかは、その結果だと思うんですよね。

物流はホスピタリティだと考えたときに、気持ちに余裕がないと、ユーザーとしての体験が悪くなってしまいます。そうならないように、かけるべきところにはしっかりお金をかけていく。ドライバーさんが配達するときに身なりをちゃんとするとか、そういった相手に対する気遣いが物流にかかるコストのなかに含まれていると認識してもらえるようになれば、物流をとおして体験価値が上がっていくと思います。

私自身はコンサルという立場で仕事をしていますが、こうやっていろいろな場で意見を発信していくことも大事な仕事だと思っているので、今後も啓蒙することを意識していきたいと思います。


文:鹿野 恵子

西尾 浩紀 (にしお ひろき)
ジュピターショップチャンネル、アビームコンサルティングを経て、株式会社MonotaROにて自動搬送ロボットを始めマテハンを多数導入した物流センターの新規立ち上げを指揮。400名規模の物流センターの責任者としてセンターマネジメントを経験した後、2018年に株式会社CAPESを設立。物流センターの立ち上げ支援、ロボット・マテハンの導入アドバイザリー業務を中心に物流企画人財の育成を目的としたセミナー講師やアカデミーの運営を行うなどの活動をしている。
鹿野 恵子 (かの けいこ)
編集者・ライター。WEBメディア「MD NEXT」編集長(https://md-next.jp、運営:ニュー・フォーマット研究所)。1978年仙台市生まれ。2001年早稲田大学法学部卒業後、アスキー、商業界、ITベンチャーを経て2018 年より現職。流通業とテクノロジーを軸に活動。ツイッター@keikoka
脚注
※1 内閣府「2018年度国民経済計算(2011年基準・2008SNA)」より算出


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雑誌『広告』流通特集号では、建築家の大野友資さんに物流施設を考察いただきました。現在その記事を全文公開しています。

58 物流空間試考
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