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50 現代美術とフェア・ユース 〜 アプロプリエーションと向き合う著作権法

2013年4月、ニューヨークに衝撃が走った。アプロプリエーションの代表的なアーティストとして知られるリチャード・プリンスの作品『Canal Zone』シリーズが、素材として使用した写真の著作権侵害であるかが争われたケースで、ニューヨーク州を管轄する第2巡回区連邦控訴裁判所は第一審の判決を覆し、プリンスの写真使用がフェア・ユースに当たると判断したのだ(※1)。

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著作権侵害であるかが争われた『Canal Zone』シリーズの1作品 リチャード・プリンス『Back to the Garden』 引用元:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix


フェア・ユースとは?

この判決では、プリンスによる写真の利用が「フェア・ユース」に当たるかが争点になった。米国著作権法では原則として著作権侵害になる行為(たとえば、まさに写真の複製行為など)でも、次の4つの要素を総合的に考慮してフェア・ユースに当たるかを判断する(※2)。フェア・ユースに当たれば、他人の著作物であっても著作権者からの許可なく、無断で利用できるということだ。

①使用の目的と性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)
②著作権のある著作物の性質
③著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量と実質性
④著作権のある著作物の潜在的市場や価値に対する使用の影響

フェア・ユースのメリットとしてはカバーする範囲が広いため、新しい技術や著作物の利用方法に対しても柔軟に対応できる点がよくあげられる。著作物の利用者側から見れば、フェア・ユースが著作物を利用した新しいビジネスの試みを可能としている側面がある。

たとえば、米国ではグーグルの検索エンジンによるサムネイルの作成と表示もフェア・ユースに当たると判断されている(※3)。グーグルが書籍のデータをスキャンしてスニペット表示する、つまり、検索語に応じてその周辺の抜粋を表示するグーグルブックスもフェア・ユースだと判断されている(※4)。

他方で、フェア・ユースに当たるかは抽象的な4つの判断要素での総合判断になるため、結論の予測がしにくい点はデメリットである。

新しい技術やサービスに関して話題に上がることが多いフェア・ユースだが、実は伝統的な美術の分野でも、米国では多くの事例がある。そのよい例が現代美術におけるアプロプリエーションだ。

アプロプリエーションとは?

「アプロプリエーション」は既存の素材を意図的に取り込んで自らのアート作品として使用する手法を指す(※5)。

アプロプリエーションがとくに注目を集めたのは1980年代であり、冒頭で紹介した判決の被告となったリチャード・プリンスが代表的なアーティストにあげられる。有名な作品としては、マールボロの広告を再撮影(リフォトグラフ)したリチャード・プリンスの『Untitled (cowboy)』シリーズがある。

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マールボロの広告 引用元:Nancy Spector『Richard Prince』285頁(Solomon R. Guggenheim Museum、2007年)

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リチャード・プリンス『Untitled(cowboy)』(1989年) 引用元:Nancy Spector『Richard Prince』95頁(Solomon R. Guggenheim Museum、2007年)


広告として流通していた視覚的イメージでは写真家の名前が出ることはなく作家性は喪失していると言えるが、プリンスの再撮影によってトリミング、拡大してアート作品として提示されることで写真が本来有していた広告としてのメッセージ性は排除され、広告となる前の写真本来のイメージがプリンスの作品として回復される。再撮影によってコンテクストの置き換えが行なわれているのである(※6)。

このように、アプロプリエーションでは確信犯的に他人のイメージを取り込んだ作品制作が行なわれるようになった。しかし、当然ながらアート作品に取り込まれる他人のイメージ(取り込まれる写真を撮影した写真家のケースが多い)に関する権利との緊張関係を抱えることになる。

アプロプリエーションは議論の余地なく単純に著作権侵害として禁止されるべきなのだろうか? まず米国のフェア・ユースを巡る解釈の変遷を紹介してから日本の著作権法における解釈の余地を探ってみたい。

フェア・ユースを巡る解釈の変遷

米国ではアンディ・ウォーホル、ジェフ・クーンズ、リチャード・プリンスといった第一線のアーティストが訴えられ、裁判で主張が繰り広げられることになった。紹介する事件はいずれもアートマーケットの中心地であるニューヨーク州を管轄する裁判所で争われている。アーティストによる戦いの歴史を見てみよう。

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