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広告屋が見ると、世の中はもっと面白くなる

雑誌『広告』歴代編集長インタビュー|第6回 嶋 浩一郎

平成以降、雑誌『広告』の編集長を歴任した人物に、新編集長の小野直紀がインタビューする連載企画。第6回は、平成14年4月から平成17年1月まで編集長を務めた嶋浩一郎に話を聞きました。サブカルチャー色を出しつつ、「売れる雑誌」を志向した嶋『広告』。広告会社が発行する雑誌『広告』は、売り上げ自体を絶対的な命題にはしていませんでした。それでも、“売れること”にこだわったのはなぜだったのでしょうか。

現場でつくった最初の『広告』。

小野:嶋さんが編集長に就任されたのは平成14(2002)年ですが、現場の仕事でかなり忙しい時期だったんじゃないですか?

嶋:新型携帯ゲーム機の実機を貼り付けた広告をつくったり、アーティストの同時多発ライブを企画したり、今でいう統合マーケティングの走りみたいなことをたくさんやっていた頃ですね。そんな時に「『広告』の編集長やらない?」って話があって。でも、当時はまだ広報室の中に『広告』編集部があって、フルタイムで雑誌をつくる部署だったわけですよ。だから最初は、「広報室に異動しろってことですか? それはヤダなあ」って言ったんですよ。

小野:雑誌づくり専業は嫌だと。

嶋:広告業界の現場で働く人間がつくる雑誌にしたかったんです。僕自身も今までの仕事は続けるし、できることなら社内で働いている人たちを編集として使いたい。ストラテジーや制作をやっている人間をかき集めて、現場で広告キャンペーンの制作をやりつつ編集者として雑誌もつくるっていう体制ですよね。

小野:嶋さんの時代からですよね。編集委員が雑誌づくり専業じゃなくなったのは。

嶋:つまり、今の『広告』編集部のかたちだよね。現場で『広告』をつくった最初の編集長なんですよ、僕は。プロの編集者じゃない博報堂の社員に編集をさせるわけだから大変だったけどね。

面白くて売れなきゃ意味ないでしょ。

小野:そもそも編集体制を現場で固めたいと思ったのはなぜだったんですか?

嶋:博報堂の人間が世の中を見るとこんなに面白い、っていうのをやりたかったわけです。博報堂の生活者発想とかクリエイティビティって、当時も今も博報堂の圧倒的な強みだと思うから。そういう思考を持つ僕らがつくれば、絶対に面白い雑誌ができる。だからこそ『広告』をつくること専業になっちゃうとつまらないし、現場で働いている人間が現場の感性でつくるべきであると。まぁ、無謀と言えば無謀なことをやらかしたわけです。

小野:でも、その無謀なチャレンジは見事にうまくいったんですよね。実際、嶋さん時代の『広告』はめちゃくちゃ売れたって聞いてます。

嶋:たぶん、『広告』の歴史でいちばん部数が出たと思うよ。もちろん時代の経過とともに雑誌離れは進んできているけど、商業ベースにちゃんと乗る雑誌をつくりたかったの。各方面から「そこは目指すところじゃないでしょ」っていうご意見ももらったんですが、「いやいや面白くて売れなきゃ意味ないでしょ」ってところにも挑戦したかった。それまでの『広告』は基本、マーケティングの最新事例を紹介するなど、博報堂の広報誌的な位置づけだったわけですが、自分としては一般書店で博報堂のことを知らない人にも買ってもらえる雑誌にしたかったんだよね。

編集方針は「こう見ると面白いでしょ?」。

小野:誌面はどういった編集方針でつくっていったんですか?

嶋:編集っていろんな定義ができると思うんだけど、僕にとって編集の仕事は、世の中の人たちがあまり価値を感じていないモノを取り上げて、「実はこれ面白いよ」って言ってあげることなんですよ。まだあまり知られていない辺境のモノを見つけてくるとか、日常にある当たり前のモノも「こう見ると面白いよ」って言ってあげるとか。

たとえば、特集「天才! 新幹線」(『広告』vol.362)もそうで、やりたかったのは「新幹線もこう見ると面白くない?」っていうことだったんですよね。当時は高速ブロードバンドの普及で世界が変わるっていう時代だったんだけど、「いやいや、新幹線のほうが高速でものすごい量の人間を運んでない?」とか、任天堂の「ゲーム&ウォッチ」は新幹線の中で任天堂の社員がアイデアを閃いた。だから、「新幹線ってクリエイティブだよね」っていう切り口とかね。

小野:すべての号でその方針を貫いたんですか?

嶋:基本は全部そう。一般的な概念に対して、「いやいや、こう見ると面白いでしょ?」っていう。これってまさに広告の手法なんだよね。ある商品を人にどう魅力的に見せるか。それを雑誌というフォーマットの中でやってみたということですね。

小野:なるほど。嶋さんの『広告』は手法で広告業界的な部分とつながっていたんですね。

嶋:意外にコンセプチャルに考えてるでしょ(笑)。

小野:「広告業界とまったく関係ない内容じゃん」っていう声もあったと思うんですよ。これは嶋さんの『広告』に限らずですけど。

嶋:僕の時代からだよね、「好きなことやってるだけだろ」って言われるようになったのは(笑)。表層から見るとそうなんだけど。

小野:底でつながっているんですよね。

名古屋人の天才的才能を見出した渾身の一冊。

小野:歴代編集長のみなさんに渾身の一冊を選んでもらってるんですが、嶋さんはどの号でしょう。

嶋:今の話の流れで言うと、名古屋を特集した号が秀逸かな。

嶋元編集長が選んだ“渾身の一冊”は、平成16(2004)年7月に発行された『広告』vol.361 特集「名古屋大好き!」
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小野:「愛・地球博」の前の年に出た号ですね。

嶋:万博の前に名古屋を特集して商業誌として売りたかった、っていう時節との掛け合わせはもちろんあったんだけど、「名古屋人って、日本人の中でいちばんクリエイティブじゃない?」っていう仮説の元につくった特集なんです、これは。

小野:名古屋の人がいちばんクリエイティブ……。

嶋:って言われたら、普通は「そうなの?」って思うでしょ(笑)。この特集で何が言いたかったかというと、「名古屋人は“順列組み合わせ”の天才!」ということなんですよ。

小野:順列組み合わせというと?

嶋:ジェームス・W・ヤングが『アイデアのつくり方』(CCCメディアハウス)にも書いてるけど、アイデアって結局、僕らは天才じゃないから既存の情報の組み合わせじゃないですか。博報堂のクリエイターだって日々情報の順列と組み合わせをやってるわけですよ、アイデアを出すために。

だけど、名古屋人って天才的に順列組み合わせをくり出してくるんだよね。たとえば食べ物ひとつとっても、「ひつまぶし」の食べ方には順番があって順列組み合わせだし、「小倉トースト」なんてアンコとトーストって絶対にありえない組み合わせだし。

基本的に人って頭の中でいろいろな組み合わせを考えるけど、ほとんどは「ありえない」って捨てちゃうんだよね。でも、名古屋人は本当にやるわけですよ。ヴィレッジヴァンガードの本と雑貨を同じスペースに圧縮して売る業態とか、スガキヤの「ラーメンフォーク」とかもそう。これなんてMoMAのパーマネントコネクションになっちゃってるじゃないですか。もう、アートに昇華しているわけです。

小野:たしかに、ひとつひとつ上げていくと名古屋ってすごいですね。

嶋:名古屋の人って、クリエイティブ業界の人間が見習わなければいけないくらいの「順列組み合わせクリエイティブ」を発揮しているんだよね。だから名古屋からは新しいビジネスや発想が生まれるわけですよ。でも、名古屋の人をそういう切り口で見る人はこれまでにいなかったでしょ。これも名古屋への一般的な概念に対する「こう見ると面白いでしょ?」っていう視点だったんだよね。

無駄こそがイノベーションを生む。
ダメ元の交渉で実現したイチオシ記事。

小野:ちなみに、名古屋の号でイチオシ記事を選ぶとしたらどの企画でしょうか。

嶋:巻頭企画がいいかな。「愛・地球博」って名古屋城の金のシャチホコが会場に置かれてたんだけど、その予行演習をする日があってさ。「写真撮らせてください」って頼み込んで撮影したんだよね。名古屋は車の街だから、駐車場にシャチホコを降ろしてもらって。

小野:すごい交渉力ですね(笑)。

嶋: PR局時代に培ったのよ、人に変なことを頼む交渉力。頼むのはタダだから、「絶対に断られるでしょ」とか「絶対にこの人出てくれないでしょ」みたいな企画でも、本当にやりたいならダメ元でオファーしたほういいでしょ。

小野:たとえそれが無駄に終わっても。

嶋:そもそもが雑誌って無駄なことだからね。でも、その無駄なことからしか新しいイノベーションやクリエーションは生まれない。「それやって何の意味があるの?」っていうことをやる。「その努力なくして何になる?」って、いつも編集委員にはディレクションしてたね。

もう一度『広告』の編集長をやるなら
アカデミックに、体系的に。

小野:『広告』の編集長を務めたことで、何か得たものはありましたか?

嶋:広告業界の人がメディアをつくると、最初から最後までビシっとつくっちゃうんですよ。わかるんだけどね、15秒のcmでど真ん中を伝えなきゃいけないのが広告の世界だから。でも、雑誌はリズムが違うわけです。企画で輪郭線を何本も引いて、真ん中に何があるかを見えるようにしてあげるのが雑誌。つまり、特集タイトルに「名古屋人は順列組み合わせが得意」とは書かないってことですよね。そんな広告的表現とエディトリアル表現の違い両方を身につけられたかな。

小野:今も嶋さんは雑誌『ケトル』をつくっていらっしゃるんで答えにくいかもしれないんですけど、改めてこの時代に『広告』の編集長をやるとしたら、どういう雑誌にしますか?

嶋:アカデミックなものをつくりたくなってるんだよね。今ってなんか、表層だけが切り取られてソーシャルメディアで消費されてるでしょ。そうじゃなくて、体系的なことを知りたい人っていると思うんだよね。歴史とか、哲学者は恋愛をどう捉えてきたか、笑いや宗教をどう考えてきたかとかさ。意外にニーズがあるんじゃないかと思うんだけど。『ケトル』でやってることと何も変わらないけどね。

小野:あえて『広告』でやるなら、ということですよね。

嶋:やらせてくれるんだったらね。

小野:いや、またオファーされるかもしれないですよ(笑)。

嶋 浩一郎
平成5年、博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。平成14年に『広告』編集長に就任、平成16年までに12冊の『広告』を手がけた。同年、「本屋大賞」立ち上げに参画。平成18年、既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。平成24年、東京・下北沢に内沼晋太郎との共同事業として「本屋B&B」を開業。カルチャー誌『ケトル』編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わっている。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)などがある。
撮影:本城直季
フォトグラファー。広告や雑誌など幅広いジャンルで活躍。平成18年、実際の景色をジオラマのように撮影した写真集『small planet』で木村伊兵衛賞を受賞。『広告』vol.362 特集「天才! 新幹線」では嶋元編集長と東海道新幹線に乗り込み、東京〜博多の各駅を1泊2日の突貫取材で撮影。当時、博報堂があった東京・田町のビルから撮影された新幹線の写真は、現在メトロポリタン美術館に収蔵されている。

インタビュー:小野直紀 文:編集部

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インタビューにてご紹介した嶋元編集長 渾身の一冊をオンラインにて無料公開します。

『広告』2004年8月号 vol.361
  特集「名古屋大好き!」
▶ ︎こちらよりご覧ください

さらに、その中のイチオシ記事をnote用に再編集しました。

やりすぎ万歳! 名古屋のクリエイティブ(嶋元編集長イチオシ記事)
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