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38 中国と日本の「ホンモノとニセモノ」 〜 陳暁夏代インタビュー

日本と中国それぞれのバックグラウンドを持ち、コンサルティング事業などを手がける陳暁夏代氏は、中国社会におけるパクリをどう捉えているのか。幼少期には、周囲にパチモノのミッキーマウスやドラえもんが存在したというが、“ニセモノ”であると意識したのは、中学生ぐらいからだという。

「同級生から『そのミッキー、超ブサイク。ダサいじゃん』って言われ始めたのが、中学生の頃。それまでは、ホンモノもニセモノもあまり区別なく捉えていました」

間もなく、両者の区別は“大人の事情”に過ぎないと気がついた。

「版権管理があるかないかの違いで、版権がないものをパクリと呼ぶわけですよね。と考えると、ホンモノ・ニセモノという区別は、実は意味がないのかもしれません。かつてはニセモノ=精度が低いものというイメージもありましたが、この5年ほどで、精度は変わらなくなりました。日本もかつては欧米の技術やデザインをパクリながら経済成長してきたので、パクリの問題って、国は関係ないと思います」

だが、それでも中国社会のほうがパクリが多いのは事実。減りつつあるとはいえ、ネット上では様々なニセモノが売り買いされている。

「中国は13億総自営業のような国なんです。日本は大企業であればコンプライアンスなどの意識が強まりますが、中国は大企業であっても、中小企業と気質があまり変わらない。ホンモノとニセモノを区別しようという意識もなかったんです」

中国にパクリが多い理由は、ほかにもあるという。

「中国には長年、自国のオリジナルコンテンツがありませんでした。アニメは西遊記や三国志といった歴史物が中心で、原作者は大昔に死去している。古典作品は“みんなのもの”という意識があるため、版権という文化が生まれなかったんです。

日本では1980年代に東京ディズニーランドが上陸してパチモノが消えましたが、それと同じことが20年遅れで中国でも起こっているわけです。版権は金になると中国人が気づいて、独自のコンテンツを開発して著作権を取り始めたというのが、この5~6年の話です。それまでは、ほとんど無法地帯でした。ニセモノを売るのは悪いことだという意識もなく、ミッキーの絵を描いたら売れるというだけで、罪悪感もなかったはずです。それがいまでは、中国人同士でも著作権侵害を訴えるようになりました。コンテンツを保持している会社の人としゃべっていると、競合退治や利益保有、ビジネスになるという思考で裁判をやっていると感じます。ブランドや世界観を守るために裁判しているという人もいますが、それはごく最近の話で、この1~2年ぐらいですね」

ニセモノのミッキーがホンモノのミッキーに化けるまで

ホンモノとニセモノの違いは、“版権の有無”でしかないという陳暁氏の考えは、こんなエピソードでも裏づけられる。

「中国でディズニー商品を製造販売している大手メーカーの社長と知り合いなんですが、その会社は2000年頃から版権ナシでいろいろな商品を販売していて、生産量でも流通量でも国内でものすごく幅を利かせていました。2016年になって上海にディズニーランドが上陸してからは、本家のディズニーから商品の製造販売をオファーされ、ディズニー版権の利用許可も与えられて業務提携することになりました。いまや正規商品を扱うかなりの大手メーカーであり、中国のディズニーグッズの大半をその会社がつくっているんです」

ニセモノをつくっていた会社が、いつの間にかホンモノをつくる会社に化けたということだ。似たような事例として、上海の中心部にかつて存在した“偽ブランド市場”が頭に浮かぶ。ルイ・ヴィトンやグッチ、プラダなどの偽ブランドが大量に売られていたが、2000年代なかばに撤去され、それから約10年後には巨大ショッピングモールに変貌。ホンモノのルイ・ヴィトンやグッチがテナントとして入るようになったのだ。ニセモノとホンモノは、結局どこかでリンクするのかもしれない。

「ディズニーが新たにメーカーや工場を探してイチからグッズをつくるよりも、長年のノウハウがあるニセモノ会社と手を組んだほうが、うまくいくわけです。13億人を相手にオフィシャルグッズを売っているので利益は莫大で、グッズ会社のほうが立場は上だそうです。飲み会では、ディズニーよりもグッズ会社の人のほうが上座に座ることもあると聞きました」

ニセモノをつくっているほうからすると、最初は著作権侵害をしていたのに、結果オーライということになる。

「パチモノを叩くには、裁判してマージンを払わせるか、会社ごと買収するかの二択が多く、日系企業を含む多くの企業は買収するほうを選ぶそうです。クオリティーが高ければ、そのほうが両者の利益になりますから」

ニセモノと思っていたものが、やがてホンモノに変わる。両者の区別は、明確にあるようでいて、紙一重なのかもしれない。

「ニセモノとホンモノって、対立軸にあるものではなく、延長線でタテにつながっているものだと思います。ホンモノがいちばん上にあって、そのうしろをクオリティーが高いニセモノ、そして弱小なニセモノが追いかけている。クオリティーが高いニセモノは、少しずつホンモノへと変わっていくわけです。

ニセモノをつくる行為は相手の権利を侵害しているので、100%悪いことですよ。ですが、結果的にニセモノがホンモノと提携したり、メーカーの品質があがっていくことは事実としてある。時代性の話でもあるので、一概に過去の過ちだけを掘り起こしても前には進みません」

だが、近年は人々の意識にも変革があった。

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